「い、イチャつくってぼ、ぼぼ、僕は男です!」

「うるさくしてずみまぜんでじだ!」

 2人のその態度は女を更に激昂させる。ガタッと椅子から立ち上がり声を上げた。

「とにかくうるさいって言ってんだ!! 静かに酒も飲めないのお前らは!!」

「申し訳ありません、ムツヤ殿、ユモト、流石に騒ぎすぎです。もう帰りましょうか」

 ムツヤとユモトの代わりにモモが謝罪をするが相手の勢いは止まらない。

「そんで、そこのお前。ハーレムがどうとか言ってたけど冒険者舐めてんの?」

「え、入りたいんでずか?」

「誰がっ!!」

 ムツヤの言葉に対して赤髪の女が怒鳴ると、ギルド中の全員がこちらの様子を伺っており、視線を独り占めしていた。

「ムツヤ殿!! も、申し訳ない! 帰りますのでどうかお許しを……」

「そうかそうか、ハーレムをねぇ…… それじゃあ私と喧嘩して勝ったらハーレムだろうがなんだろうが入ってやるよ。負けたら二度とこのギルドに来るんじゃないよ?」

 まずい事になったとモモは思った。相手の力は未知数だが、酔っ払ったムツヤは何をしでかすか分からない。

 あの桁違いな強さで圧倒してしまったらそれはそれで問題になるし、負けても冒険者ギルドに来られなくなってしまうかもしれないのだ。

 それ以前に問題を起こすこと自体が一番してはいけない事だ。

「騒がしくしたこと、無礼なことを言ってしまった事は謝りますのでどうか見逃していただけませんか?」

 モモがそう言って頭を下げるも。

「やったー!! 夢に一歩近づけまずよー!!」

「やりましたね、ムツヤさん」

 2人は火に油を注ぎ続ける。しかしそこでムツヤはハッとして言う。

「いや、でも喧嘩はダメだってじいちゃんが言っでましだ、だからやっぱり駄目です」

「安心しな、闘技場で素手で戦ってやるよ、新米のあんたが私を傷付けるなんて出来ないし、あんたの事も半殺しで勘弁してやるよ」

 女はニヤリと笑ってそう言った。

「でも喧嘩はダメですよ!」

「じゃあ言い方を変えよう、試合だ試合。それなら良いだろう?」

「それならオッケーでず!!」

 アホのムツヤはあっさりと親指を立てて言った。その瞬間今度はユモトがあっと驚いて話し始める。

「あの人『赤髪の勇者アシノ』ですよ!」

 赤髪の勇者と言えばモモも聞いたことがある。かつて魔人を倒せるのではないかと言われていた有名な冒険者出身の勇者だ。

 それが何故こんな所に居るのか謎だし、本当に本人か分からないが、この戦いは絶対に止めなくてはいけない。

「数々の無礼をどうかお許しください。ムツヤ殿、帰りますよ」

「でもあんたのお仲間、やる気満々みたいだけど」

「えっ、ってムツヤ殿おぉぉ!?」

 アシノの指を差す先には腕と足を伸ばして準備運動をしているムツヤの姿があった、ギルド内からもいいぞやれやれとヤジが飛んでいる。

「試合なら良いじゃないですかモモさん」

 酒が入っていることによってムツヤは冷静さを失っていた。モモは引っ張ってでも帰ろうと決意をしたその時だ。

 酒場の奥からぬらりと現れたのは、あの忌々しい仮面をつけた人間だ。

 そいつは走り出し、ギルドの人間を押しのけてあっという間にムツヤのカバンをひったくった。

 騒然となるギルド内、仮面の人間はギルドの窓ガラスを割って外に逃げる。

「おい、今の仮面ってキエーウのじゃ……」

 誰かがそう言った。間違いない。

 モモも忘れはしない、あの仮面は亜人を滅ぼそうとしているキエーウのメンバーが付ける仮面だった。一瞬出遅れたがムツヤは走り出してその後を追いかけた。

「ユモト、ヨーリィ、ムツヤ殿を追うぞ!」

「は、はい!」

「了解しました」

 更に出遅れてモモ達も後を追う、そして1人残されたアシノだが、彼女の取った行動は。

「ちょうどムカムカして暴れたかったんだ、アイツは気に入らないがギルドで泥棒するなんていい度胸じゃねーか」

 未開封のワインボトルを1本持って走り出した。

 ムツヤは信じられない速さで走り、街の外へと向かう泥棒に追いつこうとしていたが、その目の前に2人仮面をつけた人間が剣を抜いて立ちふさがる。

 ムツヤは右側の敵を裏拳で殴り飛ばし、そのままの勢いでもう1人の敵を蹴り飛ばす。

 相手は加速の魔法を使っているのか、人混みを縫って街の外へ出てしまった。

 だが、ムツヤは逃がすことはしない。街はどんどん遠ざかっていく。そして敵は森の中に逃げ込んだ。

 どこまで逃げるつもりかムツヤは考えていたが、意外にも泥棒はパタリと止まり、振り返って言ってきた。

「お前、裏世界の住人だろう」