「いーやー!!! おーちーるー!!!」

 塔の最上階から落下し、叫ぶルー。

 先に飛び降りていたモモは背中を引っ張られる感覚を味わった。

 リュックサックから巨大な布が現れ、展開し、落下速度がゆっくりとしたものになる。

 次々に皆のリュックサックから布が現れ、地面への激突を防ぐ。

「はぁはぁ、た、助かったの!?」

 ルーは涙と鼻水を垂らしながら言っていた。

 バサリと布の音を立て、全員が着地する。塔は崩れ落ち始めていた。

「まずいな、お前ら走って逃げるぞ!!」

 アシノの掛け声と共に皆は走り、塔から距離を取る。




 時を同じくして、塔の周辺で裏の魔物と戦っている勇者達。

「な、なんだ!?」

 勇者イタヤは斬り掛かった魔物が急に半透明になり、そのまま消えて驚く。

 周りの魔物達も次々に姿を消していった。

「これは……」

 勇者サツキも魔剣カミカゼを片手に周囲を見渡す。

「決着が着いたみたいですね」

 元勇者トチノハはそう言って塔を見た。




 塔から走り、ムツヤの住んでいた家まで辿り着く。

 そこにはムツヤの祖父……。ではなく、正確には育ての親だったタカクが立つ。

 魔物と同じく、その姿は透けていた。迷い木の怪物と、ノエウ。アラクネのナリアもそれを見つめる。

「じいちゃん!!!」

「ムツヤか……」

 タカクはムツヤをじっと見る。

「じいちゃん!!」

「ムツヤ、お前も知っただろう? 俺はお前の本当の祖父ではない」

 そう言われ、ムツヤは一瞬悲しそうな顔をするが、言った。

「それでも、じいちゃんはじいちゃんだ!!!」

 その言葉を聞いて、タカクはフッと笑う。

「あぁ、ムツヤ。俺にとってもお前は孫だ」

 ムツヤは胸がいっぱいになり、泣いた。

「マヨイギ、ノエウ、ナリア。お前達と過ごした時も楽しかったぞ。ムツヤをよろしく頼む」

「任せなさいタカク」

 マヨイギが返事をし、タカクは次にアシノ達に頭を下げて言う。

「皆さん、ムツヤをどうかよろしくお願いします」

「えぇ、かしこまりました」

「はい!!」

「オッケー任せて!!」

 モモ、ユモト、ルーはそう返事をし、アシノとヨーリィは小さく頷いた。

「それじゃ、そろそろだな」

 タカクはスゥーッと姿を消していってしまう。ムツヤは下を向いて涙を堪えていた。

 無理もない。育ての親と、自分を見守っていてくれた存在を、自分の手により同時に()くしてしまったのだから。

 ムツヤ達が無言のまま感傷に浸っていると、森を抜けてサツキ達がやって来た。

「アシノせんぱーい!!!」

 そう言いながら近付いてくるが、アラクネのナリアと迷い木の怪物を見て剣を構える。

「まだ魔物の生き残りが!?」

「待てサツキ、コイツ等は無害だ」

 アシノに言われ、半信半疑ながらも武器を収める勇者達。

「裏ダンジョンが……崩れていくな」

 イタヤは崩落する塔を見上げて言った。

 それと同時に、トチノハがある事に気付く。

「!! 弓が」

 トチノハの持つ弓が半透明になり、消えていった。

 それだけではない。探知盤やモモの無力化の盾といった裏の道具も消えていく。

 だが、ムツヤのカバンや魔剣ムゲンジゴク。その他、サツキの魔剣カミカゼやイタヤの聖剣ロネーゼといった消えない物もある。

「裏ダンジョンが消えたから、道具まで消えたのか……?」

 アシノはムツヤを見て言うが、本人も何故かは分からないようだ。

「消えた道具と消えない道具。何か違いがあるのかしらね」

 ルーは憶測であるが、そんな事を独り言のように話す。

「ヨーリィ、無事で本当に良かったわ」

 マヨイギはヨーリィを抱きしめていた。

「はい」

 真顔で返事をするヨーリィ。ムツヤ達はそんな二人を見ている。

 抱きしめられた腕から離れるとヨーリィは一言。

「マヨイギ様は心配性ですね」


(イラスト:tw先生)

 そう言って、少しだけ微笑んだ。マヨイギは見間違えかと思い、もう一度よく見ると真顔に戻っている。

「ヨーリィ!? い、今!! 笑って!?」

「そうですか?」

 思わずマヨイギは何か胸にこみ上げるものがあった。

「モモ、良くやったな」

 モモの父であるネックは娘に近付いて言う。

「いえ、私はムツヤ殿に付いていっただけです」

「いや、お前は良くやった」

 父親に褒められ、顔を赤くするモモ。

「そうですか……。ありがとうございます」

「ムツヤ殿」

 ふと名前を呼ばれてムツヤはネックの顔を見る。

「モモを、娘を、これからもよろしくお願いします」

 そう言って頭を下げるネック。

「わがりまじだ!!」

 更に顔を赤くするモモ。仲間達はニヤニヤとその光景を見ていた。

 裏ダンジョンである塔が崩れ去り、一ヶ月が経つ。

 邪神サズァンは勇者達が力を合わせて倒したことしておいた。

 国王の死と、邪神の騒動があり、国は慌ただしい。

 アシノは邪神サズァンを倒す時に能力を使い切った事にした。

 彼女曰く「やっと肩の荷が下りた」との事だ。

 イタヤは各地を周り、復興の支援をしている。

 サツキは王都に残り、治安の維持をしていた。

 お尋ね者の元勇者トチノハだが、先代王の評判が良くなかった事と、世界の平穏を脅かす邪神を倒した功績が認められ、特別に恩赦となった。

 今は国の命令に従って、国境の警備をしている。




 勇者達の進言もあり、裏ダンジョンの現れた一帯は立入禁止になる。

 迷い木の怪物とアラクネのナリア。ノエウはそこでひっそりと暮らすことになった。




 ムツヤは柔らかなベッドの上で目が覚める。

 うーんと伸びをして家の外に出た。

「おはようございます。ムツヤ殿」

 人間のような顔立ちのオーク。モモに声を掛けられた。

「おはようございます! モモさん!!」

 ムツヤはオークの村で空き家を与えられ、厄介になっている。

 モモの家まで行くと、妹のヒレーと美味しそうな朝食が待っていた。

「いよいよ、今日ですね!!」

 モモはニコニコ笑いながらムツヤに話しかける。

「そうでずね!!」

 何だかムツヤも楽しそうだった。

 朝食を食べ終え、二人は村を旅立つ準備をする。

 村中のオークに見送られて村を出ていった。




 談笑しながらスーナの街へ向かう。

 そして、一軒家を訪ねた。

「ムツヤさん!! モモさん!!」

 出迎えてくれたのは、美少女……。に見える男の子だ。

「ユモトさん! お久しぶりです!」



 三人はスーナの街の冒険者ギルドへと向かう。

「やぁ。お久しぶり」

 ギルスが研究室で待っていた。

 死んだことになっていたギルスだが、勇者アシノの手伝いをするために消えていた事を明かし、今では普通に暮らしている。

「やーん!! みんなー!!」

 部屋の奥からルーが現れた。


 ルーも加わり、一行は王都を目指す。

 王都が見える距離まで来ると、先に裏ダンジョンの現れた森へと向かう。

「お久しぶりです」

 マヨイギと共にヨーリィは森で過ごしていた。

「お久しぶりーヨーリィちゃん!!」

「久しぶり、ヨーリィ!!」



 みんなで王都へと向かった。

 招待状片手に城へ入ると、一室に通される。

「久しぶりだな、お前ら」

 アシノが扉を開けて入ってきた。

「久しぶりねアシノ」

 椅子にドカッと座るなり天井を見上げるアシノ。

「この一ヶ月、本当に疲れた……」

「お疲れ様です」

 ユモトが苦笑いしながら言う。

 アシノは偽装工作やら、演説やらで大忙しだった。



 裏ダンジョンと共に、裏の道具は殆どが消え去ったが、まだ残っている物もある。

 それらを探すのがムツヤ達の使命だ。



「さーて、また冒険の始まりだな」

 王都の門を抜けるとアシノは伸びをしながら言う。

「えぇ、そうですね」

 モモも澄み渡る青空を見上げて言った。

「行きましょう!!」

 ユモトは楽しそうにニコニコと笑っている。

「そうね!!」

 ルーもそう言って胸を張った。

 ムツヤはチラリと、こちらの世界に現れた森の方角を見た。もう見慣れた塔は無かったが。

 そう、彼の生まれ故郷は。

 裏庭が裏ダンジョンでした。