「なに馬鹿なことを言って……」

 サズァンはそう言いかけて黙る。

「お前には神になる素質がある」

 エィノキは語りかけた。

「もし、神になり、全ての生き物を救済したいのであれば、この魔石を手に取れ」

 その言葉に、サズァンは戸惑う。脳裏に浮かぶのはソイロークとニシナーの顔。

 決心し、魔石に手を伸ばして、強く握る。

「よし、良いぞ」

 次の瞬間。体がふわりと宙に浮かぶ感覚があった。景色が暗転し、突然のことにサズァンは歯を食いしばる。

 そして、サズァンは草原に立っていた。目の前には大きな塔がそびえ立つ。

「こ、ここは!?」

「裏の世界だ。そして、この塔は。まぁ裏ダンジョンとでも言っておこうか」

「裏ダンジョン?」

 サズァンが聞き返すと「そうだ」と返事が返ってくる。

「ここには世界の理をひっくり返すような道具が古今東西から集まり、増殖する」

「どういう事かしら?」

「ここに足を踏み入れた者は、必ず道具を外に持ち出す。その道具たちが世界に流出すれば、人々は必ずその道具を使う」

 サズァンは察しが付いた。

「つまり、その道具たちで世界を滅ぼそうと?」

「御名答。力を手に入れた人間は、必ずその力を使う」

 エィノキの言葉にサズァンは言葉を返せずにいた。

「転移に力を使いすぎたか。そろそろ魔石の効力が切れる頃だ。後はそこにいるジジイ。タカクに聞いてくれ」

 いつの間にか、サズァンの隣には老人の男が立っている。驚き腰を抜かしそうだった。

「サズァン様。私はタカクと申します。今より貴方様にお仕えいたします」

 いきなりの事に戸惑うサズァン。タカクは続けて言った。

「今日よりサズァン様には、塔の最上階でお過ごし頂きます」

「塔の……、最上階?」

「左様でございます」

 どういう事かとサズァンは疑問に思う。

「この世界は、結界で隔離されております。千年は結界が持つでしょう」

 タカクはそこで区切り、また話す。

「塔の最上階では、サズァン様の魔力を高める事ができ、神にも等しい力を手に入れられる事が可能でございます」

「……、わかったわ」

 世界に絶望し、自暴自棄になっていたサズァンはその誘いに乗ってしまった。

「それでは、最上階までご案内致します」

 タカクが宙を飛び、サズァンも青い光を身に纏って空へ旅立つ。

 あっという間に最上階へと着いた。そこには立派な部屋が用意されている。

「本当にここに居るだけで良いのかしら?」

「左様でございます」

 タカクは深々と頭を下げて答えた。

 サズァンが塔の最上階で過ごし、一週間が過ぎた。

 気付いたことが、いくつかある。まず、この塔に居る間は食事や排泄といった生理現象が起きなくなった。

 睡眠は気まぐれで取っているが、取らなくても大丈夫そうだ。

 黒魔術師として迫害された苦しい過去から、ソイローク達と旅をした楽しい記憶。色々な事を思い出して過ごしていた。

 魔力は日々少しずつだが、強化されている気がする。




 二週間が過ぎて、初めて転移魔法陣を使い、地上一階へと降りた。

 魔物と戦ってみる。サズァンは相当な使い手だったので、難なく突破することが出来た。

 落ちている武器や薬といった道具を拾い集めてみる。



 一ヶ月後、サズァンは十階層まで辿(たど)り着く。

 色々な道具の効果も分かってきた。確かにこんな物たちが世界に流失したら、世界を何度でも滅ぼせるだろう。



 半年後、サズァンは書斎に籠もっていた。

 そこは書斎というよりは巨大な図書館である。

 興味深い本を見つけた。宇宙の成り立ちと、自分の住む世界の誕生が書いてある。

 半信半疑で読んでいたが、その内容によるとこうだ。

 人は神が(つく)ったのではなく、ゴミのような物が集まり、最初の生命体が出来た。

 その生命体が、段々と形を変えて、様々な動物になり、人も産まれる。

 それが本当であれば、人とは何なのだろうか。

 人だけではない。動物は生きるために別の生き物の命を奪う。

 奪われれば痛み苦しみ、死ぬ。そんな悲しい連鎖をずっと繰り返す。

 何故そこまでして生きなければいけないのだろうと。

 その答えをサズァンはずっと考えていた。



 一年後、サズァンは戦いも魔力も大幅に成長した。

 塔も二十階層まで攻略が出来る。

 塔の封印とやらが解けるまで、孤独と絶望で気が狂わないように戦い続け、書斎で本を読む生活だ。



 十年後、サズァンは狂ったほうが幸せである事に気付く。

 この残酷な世界では、まともで居るほうがおかしいのだ。

 そんな中、書斎で禁術が書かれた本を見つける。

 準備に三百年と膨大な魔力を使うが、全生物を殺すことが出来るという。

 サズァンはその本をページが擦り切れそうになるほど読みふけっていた。



 百年が経ち、サズァンは塔を完全に攻略していた。

 このまま行けば、もはやこの世界に敵は居ない。

 そして、七百年後。

 サズァンは全生物を死に導く為、禁術の準備に取り掛かる。

 結界が薄れてきて、外の様子も少し見ることが出来た。

 人類は相変わらず争い合い、不幸を生み出している。

 早くこの負の連鎖を終わらせなければ、サズァンはそう考えていた。



 それからどれだけの時が経っただろうか。サズァンは今日も外の世界を見ていた。

 遠い異国の地。戦火に巻き込まれた小さな村を眺める。

 村人は無惨にも奪われ、殺され、死体が転がっていた。

 燃え盛る村の片隅で、子供を抱いたまま事切れた親が居る。

 サズァンは泣きじゃくる赤ん坊を見ていた。

 ふと、無意識の内に手を伸ばす。

 その時、結界に裂け目が出来てまばゆい光が広がる。

 次の瞬間には、サズァンの目の前に赤ん坊が現れた。

 驚くも、宙に浮かぶ赤ん坊を抱き寄せる。

 子供をあやした事なんて無かったが、腕の中に居る内に安心したたのだろうか、すやすやと眠ってしまった。




 サズァンはタカクを呼び出す。

「お呼びですか? サズァン様」

「タカク、久しぶりね。この子を頼むわ」

「かしこまりました」

 タカクは事情を聞くこともなく、赤ん坊を預かった。

 いずれ全生物を殺すというのに、何故自分はこの様な事をしたのだろうかと、サズァンは自分自身でも不思議でならない。




 赤ん坊は大きくなり、裏ダンジョンである塔へとやって来るようになった。

 小さい頃から裏ダンジョンの物を食べて、道具に囲まれて育った子供は、そこら辺の冒険者よりも遥かに強かった。

 サズァンはそれを見守る。

 子供が裏ダンジョンで死にかけると、こっそり手を貸す事もあった。

 外の世界へ興味を持たせるように、書斎にあった本を道端に置く。

 案の定、外の世界に憧れを持った子供は、最上階へと辿り着いた。

 その後、子供は結界を抜けて旅立つ。