宿屋に居たサズァンは、ソイロークからの使いの者により、手紙を受け取っていた。

 式典が開かれることを知ったサズァンは、くすりと笑う。

「ソイローク様、照れてるんだろうなぁ」

 黒魔術師の末裔である自分は表舞台に立つわけにはいかない。

 だが、いずれソイローク様がそんな世界を変えてくれるだろうと信じている。

 三日後の式典では、王都がお祭り騒ぎになった。

 そこら中で貴重な酒を持った者達が肩を組んで飲み交わし、ソイロークとニシナーのパレードを見ている。

 戦う時の勇ましさはどこへやら、ソイロークは恥ずかしそうにしながら手を振り続けていた。

 城の中でソイロークが王直々に勲章と感謝の言葉を受け取り、式典が終わるが、騒がしさは夜遅くまで続く。

 ようやく国の復興が始まる。魔人と魔物の恐怖に人々は力を合わせて打ち勝ったのだ。



 そして、一ヶ月が過ぎた。



「どうして、どうしてこんな事になってしまったんだ!!!」

 ソイロークは悔しさで地面を叩いた。

 復興の最中、隣国からの宣戦布告があったのだ。

「ソイローク……」

 ニシナーが心配そうに見つめる。

 戦力になりそうな者は国境に招集された。もちろん勇者であるソイロークも例外ではない。

「俺は、俺は、人々が手を取り合って生きていける世界を目指していた。その為に戦った……。戦ったのに……」

 悔し涙が流れそうだった。

「俺は、人を斬りたくない。俺の敵は魔人と魔物だけだ……」

「ソイローク。ですが、ここで侵略を防がねば、より多くの自国民が犠牲になります」

 ニシナーの言葉にソイロークは声を荒らげる。

「わかっている!! わかっているが!!」

 彼は少し沈黙を置いてから、冷静さを取り戻す。

「すまない。少し感情的になった」

 サズァンは二人のやり取りを見ていることしか出来なかったが、口を開く。

「私も、同じ気持ちです。平和のために戦っていたのに、こんな事になるなんて……」

「私もです」

 ニシナーもソイロークやサズァンと同じ考えだった。

「奴らは国が疲弊し、魔人が倒されるのを待っていたんだろう……。俺がした事は間違っていたのか……?」

「間違ってなんていません。魔人があのままでいれば国は消えていました」

 ニシナーの慰めの言葉が心に届いたのか、届いていないのか、ソイロークはうなだれる。

 こうしている間にも、時間は残酷に過ぎていく。その静寂を邪魔するように声が上がった。

「敵軍に動きがありました!!」

 敵国の軍が進行を始める。ソイロークは剣を強く握りしめて立ち上がった。

 勇者は人々の希望だ。感情を押し殺し、凛と澄ました顔をする。

 国の兵士や、冒険者達の寄せ集めの軍をかき分けてソイロークは先頭に立つ。

 ニシナーの支援魔法が掛かると、剣を掲げた。

「行くぞー!!!」

 弾けたようにソイロークは敵国の軍目掛けて突っ込んだ。その後を追うように叫びながら味方が続く。

 ソイロークが大剣を軽々と振り回し、数人まとめて斬り捨てる。

 もう何も考えたくない。ソイロークは返り血を浴びながら無心で剣を振るった。

 後ろで詠唱を始めたニシナーも似たような気持ちだ。今から自分はこの魔法で大勢の人の命を奪う。

 業火が射出され、敵国の兵士たちを焼き焦がす。その様子をニシナーはじっと見ていた。

 フードを深く被り、身を隠していたサズァンも空から闇の大剣を降り注がせる。

 圧倒的な力で暴れまくるソイロークと、それを支えるニシナー。

 一時間も戦うと、敵は敗走を始めた。それを見て味方陣営は歓声を上げる。

 自陣へ戻ってきたソイロークの白い鎧は、敵の血で赤黒く染まっていた。



 夜になり、簡易テントの中にソイロークとニシナーは居る。

「寝付けないのですか、ソイローク」

「あぁ……」

 ニシナーの言葉に短く返し、横になったまま目を瞑る。

「人を斬ったのは初めてではないが……」

 ポツリと言葉を(こぼ)し始めた。

「俺が斬ったのは、悪党だけだった。だが、今日の相手は違う。国に仕えた人間だ」

「ソイローク。夜に難しい考えをすると、悲観的になりますよ」

「あぁ。だが……、俺は何と戦ったんだろうな。彼等も国のお偉方に利用されただけだ」

 そこまで言った後にソイロークはまた話し始める。

「誰しも皆、平和に生きたいはずなんだ。だが、たった何人かの野心や野望の為に、大勢が死ぬ」

「ソイローク……」




 その後、ソイロークや味方の軍が国境付近で追い返しているが、敵国の攻撃は一ヶ月に渡り続いた。

 自軍も敵軍も疲弊しきっている。ソイローク達もその例に漏れず、肉体的にも精神的にも疲れ果てていた。

 襲撃が今日も始まる。ソイロークは淡々と敵を斬り伏せていった。

「敵の大部隊が二日後に到着する模様です」

 その報告を受けて、ソイロークはため息を付く。こちらも志願兵が集まっているが、金目当ての者も多い烏合の衆だ。

 勝算は薄いが、戦うしか無いだろう。





「二日後が決戦になるだろうな……」

 月明かりに照らされてソイロークは言った。今はニシナーもサズァンも居る。

 はつらつとしていた彼はもう見る影もなく、疲れ切って目も輝きを失っていた。

「ですが、それを耐えればきっと……」

 ニシナーに言われ「あぁ」と短く返事をする。

「言っておきたい事がある」

 そう前置きをして、ソイロークは一振りの剣を取り出した。

「それは!!」

 魔人エィノキが使っていた真っ黒な魔剣だ。

「もう、どうしようも無くなった時。俺はこの魔剣を使おうと思う」

「ソイローク様、いくら勇者とはいえ、魔剣に取り込まれてしまう可能性があります」

 サズァンは冷静に言ったが、ソイロークの覚悟は決まっているらしい。

「大丈夫だ、本当にどうしようも無くなった時の切り札だ」

 力なく笑って言う。

「もう休もう。決戦の日まで英気を養っておくぞ」




 そして、訪れる二日後。偵察隊の言った通り、大軍が押し寄せていた。

 今日もソイロークは無双の働きをし、敵の数を減らしていく。

 ニシナーとサズァンの援護もあり、ほぼ勇者一行だけで数百人近くの敵を殲滅していた。

 投石部隊と弓兵、敵の魔法使いが、ニシナー達の魔導部隊を狙う。

 ニシナーは魔法の防御壁を展開し、それらを防いだ。

 だが、いかんせん数が多すぎる。彼女は苦しそうな顔をして壁を張り続けていた。

 ソイロークが気付き、攻撃を止めさせようと突っ込むが、一足遅い。

 防御壁はひび割れ、崩れ落ち、ニシナーの体には無数の矢が刺さる。

「ニシナー!!!」

 ソイロークは叫んだ。

「ニシナー様!!」

 サズァンが駆け寄るが、既に事切れてしまっていた。

「う、うわあああああ!!!!」

 近くの敵を力任せに斬り散らかし、ソイロークは自陣へと戻り、魔剣を手にした。

「許さない、お前達は絶対に許さない!!!」

 魔剣を引き抜くと、力が全身に(みなぎ)るのを感じた。

 そして、何処からともなく声が聞こえる。

「良いぞ勇者ソイローク。衝動のまま全てを壊してしまえ!!!」