ナツヤは自分でも叫んでしまった事に驚いた。魔物が子供達に一斉に飛びかかる。

 一際大きな悲鳴の後に何も聞こえなくなった。

「これで、憎い貴族様は皆死んだね」

 淡々と言うフユミト、ナツヤは目の前の光景から視線を逸らしたくて彼の顔を見る。

 目が合うとニッコリと笑い返してくれた。

「従者たちはいかがなさいましょう?」

 デュラハンが聞くとナツヤは悩んだ。そこまでは考えていなかった。

「お腹すかない、ナツヤ? 食事でも作ってもらおう」

「そ、そうだな」

「かしこまりました。おい、従者共!! 死にたくなければ食事を用意しろ!!」

「か、かしこまりました!!!」

 弾けたように従者共は城の中へ入る。

「ナツヤ様、死体の処理は我々にお任せ下さい。ナツヤ様はお疲れでしょう。お休み下さい」

「だってさ、ナツヤ。ご飯できるまで城の中でも見学しようよ」

「え、あぁ、そうしよう」

 ナツヤはどこか心あらずだった。ナツヤとフユミト、鉱夫達はぞろぞろと城の中へと入る。

 見たこともない綺麗な装飾品や貴金属がそこらかしこに置いてある。

 食堂らしき場所にたどり着くと、ナツヤ達はそこで食事が来るのを待つ。

「おーい、早くしてくれ。パンでも何でもいいから持ってきてくれよー」

 一人の鉱夫がそこに居たメイドに言う。

「か、かしこまりました!!」

 メイドは急ぎ足で厨房に向かっていく。その後ろ姿を鉱夫達はギラギラした目で追っていた。

「ひひっ、女だ。久しぶりに見た女だ」

「中々上玉だよな、流石貴族様だ」

「あのでかい胸、たまんねぇな」

 上品な空間に似つかわしくない下品な会話を始める。

 しばらくして、たっぷりのパンと野菜のスープが届けられた。

「俺達、肉も食いてーなー」

「かしこまりました!! 調理中ですのですぐお持ちします!!」

「なぁ、コレ毒とか入ってないよな……」

 鉱夫が心配して言うが、フユミトはお構いなしにスープをすすった。

「多分大丈夫だよ、毒なんて城に無いだろうし。おいしいよ」

 そう聞いて生唾を飲んだ後に鉱夫達はスープに手を付けだした。ナツヤも一口飲む。

 野菜の優しい甘みと、コクが口に広がり、パンもふわっふわで美味しい。

「かーうめぇ!!!」

 夢中で食べる鉱夫達、ナツヤも何口か食べた後に言う。

「美味しい。ほんと、美味しい」

 気付けば何故か涙が溢れていた。

「ヒャッハッハ肉だー!!」

 焼いた肉と香ばしいソースの匂いが部屋に立ち込める。気品ある部屋でテーブルマナーも何もない者達がそれを貪り食った。

「うめぇ、うめぇよ!!!」

「俺、生きてて良かった……」

 皆の言う通りだ。こんなもの生きていて初めて食べた。だが、殺した貴族達には何てこと無い日常の食べ物だったのだろう。

 そう考えると、殺したはずの貴族に、また殺意が湧いた。

 腹一杯に食事を詰め込むと、フユミトが言う。

「ご飯も食べたし、お風呂でも入ろうか?」

「風呂だって? ずいぶん呑気だな……」

 鉱夫が言うと、別の鉱夫もそれに便乗して言った。

「そうだよ、貴族殺しちまったんだぜ? 早く金目の物を盗んでトンズラしねぇと……」

 そうだそうだと声が上がるが、フユミトは言う。

「大丈夫だよ、ナツヤの力なら普通の軍隊じゃ勝てない。それこそ勇者でもないと」

 その言葉に皆が黙る。

「僕達、汗臭いよ、お風呂入っていい服に着替えよう」




 フユミトはメイド達に風呂の用意をさせていた。大浴場に皆が集まる。

「おぉ、すげー!!!」

 大きな風呂は湯気を放ち、見るからに気持ちよさそうだった。

「石鹸でよく体を洗ってから入ってね」

 風呂に走ろうとする鉱夫をフユミトは止める。「そうだった」と鉱夫は笑った。

 いい香りのする石鹸で体を洗う。汚れがひどいのか、泡が立たなかったので何度も洗った。

 ナツヤはザパーンと勢いよく風呂に入った。本当に心地よい。まるで天国に来たかのようだ。

「どう、ナツヤ。気持ちいいかい?」

「あぁ、本当に、本当に気持ちいいよ」

 湯から顔だけ出してナツヤは言った。

「でもさ、フユミト、俺は、俺達はこれからどうすれば良い?」

 そこまで言いかけたナツヤの口にフユミトは人差し指を置いた。

「それはお風呂出た後にしよう? 今はゆっくりすればいいさ」

 それもそうだなと思ったナツヤ。今だけはこの心地よさを感じていたかった。



 風呂を出た皆は、上物の服へ着替えていた。そして先程、食事をした食堂へ集まる。

「皆、僕達はもう自由だ」

 フユミトとナツヤはテーブルの端に立ち、そう言い放った。歓声が巻き起こる。

「奪われた分を奪い返そう」

 皆がそれに賛同し、一人、また一人と席を立つ。

 誰かは貴金属を集め、また他の誰かはメイドの手を掴み部屋へと消えていった。

 残されたのはナツヤとフユミトの二人だけだ。

「ナツヤはどうするの?」

 フユミトに聞かれるも、ナツヤは戸惑って言う。

「いや、どうしたら良いのか、正直分からない」

「そっか」

 そう言ってフユミトは笑顔を作る。

「明日までは時間があると思う。だから、ゆっくりと考えれば良いさ」

 とりあえずと、ナツヤは金目になりそうな物を城を見学しながら漁る。

 夜になり、うまい食べ物を腹一杯に食べると、眠気がやって来た。

「そろそろ寝ようかな」

 フユミトが席を立ったので、ナツヤも後を追うように立ち上がる。

「あ、俺も」

 適当に見つけていた豪華な部屋のベッドに腰掛けた。寝床というものはこれ程までに柔らかい物なのかと思う。

 今日一日で色々な事があり、疲れたが、逆にナツヤは眠れなくなっていた。

「あのさ、フユミト。フユミトの事を聞きたいんだけど」

「何だい?」

 フユミトも眠らずに隣のベッドで返事をする。

「フユミトって、あの鉱脈に来る前に何をしていたの?」

「そうだね……」

 しばらくの沈黙があった後に話し始める。

「とても暗くて狭い場所に閉じ込められてたよ」

「そっか……」

 暗くて狭い場所とはどこか、気になったがフユミトにも思い出したくない事ぐらいあるだろうと、詮索はやめておいた。




 ナツヤは夜が明ける前に目が覚めた。

「おはようナツヤ」

 それを見透かしたかのようにフユミトに声を掛けられる。

「あぁ、おはようフユミト」

「ねぇ、日の出でも見に行かない?」

 日の出と言われて何故と思ったが、断る理由も無いので頷く。

 二人は城壁から東を眺めた。段々と空が明るくなっていく。

「知ってる? 夜明けって難しい言葉で『黎明(れいめい)』って言うんだ」

「そうなんだ」

 夜明け、ナツヤにとっては、この置かれた状況も人生の夜明けだった。

 辛く苦しいことから開放され、ここから人生が始まる。

 ナツヤは登ってきた日に思わず手を伸ばした。