トレイは村の外で見張りをしていた。遠くに火の明かりがいくつも見える。

 少し驚いた、本当に今夜に襲撃があった。村で待っているサーラを呼ぶ。

「おい、本当に来たぞ!!」

「だから来るって言っただろ? 私はここに来るまで勇者の行動をずっと監視してたんだ」

 村の入口で明かりが近付いてくるのを待つ。心臓の鼓動が高く脈打つのを感じた。

「エルフの反乱があったと聞いた!! こちらには勇者オガネ様が居る!! 皆殺しにされたくなければ降伏しろ!!」

 先頭の男がそう叫ぶとトレイも声を張る。

「俺は冒険者のトレイだ。オガネ!! 話がある」

 勇者オガネが一歩前に出る。少し老けたが、忘れもしないあの顔を見てトレイはグッと歯をくいしばる。

「我が友トレイは魔人ドソクとの戦いで、確かに名誉の戦死を遂げた。お前はトレイの姿をした魔のものだろう?」

「なっ!!」

「お前から溢れる魔人の魔力と、村の中にいる魔人が動かぬ証拠だ!!」

 魔人と聞いて兵士達はどよめく。そんな中、サーラがトレイの後ろから歩いて登場した。

「やっぱ、あの勇者は生かしちゃおけないだろ?」

 僅かに残っていた望みも消えて、トレイは剣を構えた。

「あぁ、俺は」

「勇者に復讐をする」



「皆、かかれ!!!」

 兵士達がトレイとサーラの2人目掛けてなだれ込む。勇者パーティだった頃の仲間達が居ないことが唯一の救いだろうか。

 サーラは聖剣に魔力を込めて光の刃を何枚も飛ばした。次々と兵士が倒れる。

 魔剣を構えてトレイは突っ込んだ。振って突いて薙ぎ払い、兵士達を焦がした。

 最初は不利に見えたが、トレイとサーラは圧倒的な力の差で兵たちを屠っていく。

「私が行きましょう」

 勇者オガネが片手剣を引き抜いて切っ先をトレイに向けた。一気に走り寄ると剣を振りかざす。

 重い一撃だった。魔剣で受け止めたが、トレイの腕にビリビリとした感覚が襲う。

 二撃三撃と剣をふるい続けるオガネ。防戦一方だったトレイのもとにサーラが割って入った。

「死んじまいな!!」

 光の刃を飛ばすが、オガネは片手で魔法の防御壁を貼り、それを軽々と防いだ。

 トレイも剣をふるい続け、空いた左手から業火を浴びせるが、オガネに傷一つ負わせることは出来ない。

「こんなものですか」

「オガネ!! 何故俺を殺した!!」

「何の事ですか?」

 涼しい顔をしてはぐらかすオガネにトレイは激昂する。

「俺をこの剣に封じた事を言ってるんだよ!!」

 叫びと同時に剣を振り下ろし、ぶつかる。ガキィィンと鈍い金属音が響いた。

 オガネは兵士達に聞こえないようにトレイに呟く。

「俺が魔人を倒した勇者になるための踏み台だよ」

 それと同時に、オガネの剣がトレイを袈裟斬りにした。

「ぐうう!!」

 トレイは声を漏らして倒れる。

「この野郎!!!」

 サーラはオガネに近付いて飛び上がり剣を振り下ろした。

 その一撃もサッと避けられて、サーラは反撃を食らってしまう。

「ぐがっ!!!」

 血を流しながらサーラは片膝を付いた。


「おい」

 薄れゆく意識の中でトレイは声を聞く。

「おい、起きろ」

 もう斬られた所どころじゃない、全身が痛い。そして酷く眠い。

「起きろ!!!」

 嫌だ、もう充分じゃないか、勇者になんて勝てないんだ。

「起きろ!!!! トレイ!!!!」


 名前を呼ばれてトレイはハッと意識を取り戻した。

 目の前では勇者オガネがサーラに向かって剣を振り下ろそうとしている。

「サーラ!!!!」

 魔剣ムゲンジゴクを強く握る。身も心も熱い。剣身からは凄まじい熱気と炎が出る。

 弾けたように飛び出たトレイはサーラの前に立ち、オガネの剣を受け止めた。

「なっ」

 先程までとは明らかに違う力と気迫にオガネは一瞬怯んだ。

 鍔迫り合いになり、トレイは聞いた。

「亜人だからって理由で奴隷になるなんて間違っているとお前は思わないのか!?」

「うるせえな!!! 俺は俺が褒め称えられて地位も名誉も金も女も手に入りゃいいんだよ!!!」

「お前なんか勇者じゃねぇ!!!!!」

 魔剣から吹き出した熱気とトレイの力に押し出されてオガネはよろめく。

「お前は俺の命を、尊厳を奪った!!! そして今、亜人達の尊厳まで奪おうとしている!!!!」

 トレイは剣を振り回して叫ぶ。オガネは躱し受け止めるのに精一杯だ。

「お前には!! 地獄に落ちてもらう!!! 俺が地獄へ落としてやる!!!!」

「馬鹿なことを!!!」

 オガネは魔法で太い氷柱を無数に飛ばし、トレイを牽制するが、届く前に熱気で溶かされてしまう。

「皆、魔人の娘をやれ!!!」

 フラフラと起き上がり、サーラは襲いかかる兵に向かって構えた。

「サーラ!!!」

 それを見て思わずトレイはサーラの元へ向かった。

「馬鹿、お前は勇者を……」

 その隙きをオガネは見逃さなかった。トレイに向かって氷柱に電撃といった魔法をありったけ打ち込んだ。

 熱気を出し続けたらサーラが焼け死んでしまう。トレイはいったん魔力を抑える。

「私は良い!! 勇者を!!!」

 オガネの魔法が、兵士を巻き込んでサーラとトレイを襲う。周囲は阿鼻叫喚の地獄絵図になった。

 土埃が舞い上がり、オガネは高く笑った。しかし……

「私のありったけ、使ってやるよ」

 聖剣ロネーゼから溢れる光がサーラとトレイの二人を包む。

 魔法を一つも受けること無く、二人は立っていたが、立っていると言うよりお互い支え合っていると言った方が正しい。

 二人共限界が近い。

「死にぞこないが!!!」

 オガネは剣を構えて特攻をしてきた。サーラとトレイは支え合って剣を構える。

「私も清く正しく生きたわけじゃない。死んで地獄があったらそこへ行くだろう」

 トレイは黙ってサーラの話を聞いた。

「だから、アイツを地獄の旅の道づれにする」

 聖剣を強く握ってありったけ魔力を込める。魔人にとってそれは。

 死を意味していた。

 聖剣から伸びた光がオガネを捉えた。腹を深々と突き刺し、自由を奪う。

「ぐがぁっ!!!」

 痛みでオガネは声を出した。そこへトレイが走り、飛び、斬る。

 オガネはトレイが描いた剣の動き通りに体から業火を吹き出す。

「あああああああ!!!!!」

 そう断末魔を叫んで勇者オガネは絶命した。

 トレイは次に兵士達を睨んだ。兵士長の撤退命令が下り、生きている兵は散り散りに村を出ていった。

 それを見届けると、トレイは倒れる。

 そして程なくして、サーラも地面にバタリと倒れた。

 トレイは這いずってサーラの元まで進む。

 自分たちは多分死ぬだろうと何となく分かっていた。

 でも伝えることがある。せめて、それまで命の灯火が持ってくれと願う。

 無限にも思える時間をかけてトレイはサーラの元へたどり着く。サーラは目を閉じたまま開かない。

「サーラ、起きてるか」

「死んでるよ」

「なんだ、まだ息があるじゃないか」

 トレイが言うとサーラはゴフッゴフッと血を吐きながら目を開いて笑う。

 肺に激痛を感じながらトレイも笑った。

 二人は寝転がって夜空を見上げた。

「ありがとうな、俺、人として死ねるわ」

「そうかい、良かったな」

「俺は死ぬのか、魔剣に封印とやらになるのか」

「どっちかは私も分からない」

「もし剣になるなら、ちゃんとした奴に使ってほしいな」

「そうだね」

 しばらく静寂が流れる。

「お前…… サーラは死んだら地獄に落ちるって言ってたな」

「あぁ」

 サーラはもう長い言葉が話せない。短く返事をするのが精一杯だった。

「お前がどこへ行こうと」

「俺がその旅の道づれになってやるよ」

 トレイの言葉を聞くと、サーラはニッと笑って、死んだ。