「お目覚め下さいムツヤ殿」

 そんな声で起こされたムツヤが目にしたのはエプロン姿で長い栗色の髪を後ろで結ったモモの姿だった。

「おはようございます、お食事の準備が出来ましたのでこちらにお越しください」

 柔らかな表情で微笑んでモモは部屋を出ていく。

 ムツヤが後に連れられて出ると、美味しそうなスープの匂いが漂ってきた。

 ヒレーとも朝の挨拶を交わしムツヤは椅子に座る。

「お口にあうかわかりませんが、どうぞお召し上がり下さい」 

 ムツヤの目の前には豆と野菜を煮込んだスープ、丸いパンと何かの果実のジャムが置かれていた。

「美味じそうですねー頂ぎます」

 ムツヤはスプーンでスープを口に入れる。

 柔らかく煮込まれた豆と溶け込んだ野菜と崩れかけのジャガイモがコンソメスープによく合っていた。

「本当に美味しい、モモさんはお料理が上手ですね」

「あ、いえ、それほどでも」

 ムツヤに料理を褒められるとモモは顔を赤くして視線を逸らす。

 そんな二人を見てヒレーはずっとニヤニヤと笑っていた。

「それで、ムツヤ殿。大きな街までの案内の話なのですが」

 言いにくそうにモモは話を切り出す、何となく悪い話なのだろうなとムツヤも感じ取る。

「私としてもムツヤ殿にご恩返しをしたいのですが、村でこれ以上犠牲者を出すわけにもいかないのです。大きな街まで歩いても1日はかかります。その間村を留守にする訳には……」

「そうですか……」

「もしお待ちいただけるのであれば犯人を捕まえるか、治安維持部隊が来るその日まで私の家でお世話をさせて頂くのでお待ちいただけないだろうか」


 最寄りの治安維持部隊の駐在所へは使いを出した。

 早ければ今日、遅くても明日には腕の立つ者が来るだろう。

 治安維持部隊にオークの問題だと戦力を出し渋る者がいなければの話だが…… いずれにせよそれまでは自警をする他は無い。

 モモの職業は猟師兼この村の警備だ。

 モモは流石に力のぶつけ合いでは負けるが、剣を持たせればこの村の戦士として戦うオーク達の中ではかなりの実力者だった。

 そんなモモが今この村を離れるわけにはいかない。

「そんな事情があるのでしたら待つのは良いんですけど…… そうだ、その犯人がわかれば良いんですよね? それじゃあ俺も手伝いますよ」

 ムツヤの提案にモモは目を丸くする。その提案は嬉しいものだった。

「それはありがたいのですが、これ以上ムツヤ殿にご迷惑をお掛けするわけには」

 心の何処かでまだムツヤに助けを求める卑しい気持ちが無かったわけではない。

 だがここまで簡単に快諾されてしまうとやはり申し訳ない気持ちが出てくる。

「良いんですよ、このまま放っておけないし」

 そうだ、ムツヤには放っておけなかったし、犯人が何を思いこの様な事をするのかが知りたかった。

 この村のオークに、少なくともモモとヒレーに何か非があるとは思えない。オークを助けたいし、何故こんな事が起こるのかを知りたい。そう思った。

 準備を整えてムツヤが外に出ると、日が登ったというのに外に出ている者は少ない。

 モモによると襲撃があったため警備以外の用事がない者は外に出ないようにしているらしい。

 その警備も森の中や高台等で監視をしているので、村の中心にはオークが少ない印象を受けた。

 そんな中、一人のオークが乱暴に声を掛けてきた。ムツヤを、人間を敵視している例のバラという名前の母親を殺されたオークだ。

「おい!」

「何だお前か」

 モモは面倒臭そうにそう言った、バラが人間という種を憎む気持ちは分かるし自分もそうだった。

 しかし、ムツヤへの非礼は許すことが出来ない。

「お前、オークの男に相手にされないからって…… まさか人間の男とくっつきやがるなんてな」

 バラは鼻を鳴らしながらモモを小馬鹿にしてそう言う。

 てっきりまたムツヤに喧嘩を売りに来たものだろうと考えていたモモは、想像とは違う発言に頭の切り替えが追いつかなかった。

「な、いっ、いきなり何を言うか貴様は! 断じてムツヤ殿とはそんな関係で無い!」

 モモは必死に言われたことを顔を赤くしながら思い切り否定する、それにムツヤも乗っかっていく。

「お前、モモさんに酷いことを言うのはやめろ! それとオークと人間が異性として相手を意識するのは物語の中だけらしいぞ、俺はハーレムを作りたいがモモさんをそんな目では見ていない!」

 自分を庇ってくれたし、至極正論を言って悪気もないはずの言葉だったが、モモは軽く血の気が引くような、喪失感を覚えた。

 そして、ちょっとだけムツヤのお尻あたりでもつねりたくなる。

 そんな次の瞬間だった、バラが倒れ、後ろに人影が見えた。