「なっ、どうしてアラクネがここに!?」

 アシノは目を疑った。裏の道具持ちだけでも厄介なのにアラクネまで一緒に鉢合わせするとは思わなかった。

「ど、どうしますか?」

 ユモトは慌ててアシノに聞いた。アシノは急いで頭を回転させて何か策を考える。

「ひとまず様子を見るぞ、どういう状況なのか知りたい」

 確かに今の状況は何もかもがおかしい。まずは落ち着いて状況を確認をした。

 アラクネの前に立つ男と、フードを深く被った男が2人いる。多分彼等がムツヤの感じ取った人の気配だろう。

 フードを被った男は何かを手渡し、何処かへと走り去っていった。それと同時にアシノは飛び出し、ムツヤ達もそれに続いた。

「おい、そこのお前!! アラクネから離れろ!!」

 アシノの声を聞いて男は振り返る。

「お、お、お前達な、なんだ!?」

 体格の良い男は虚ろな目でアシノを見た、そしてアラクネを庇うように立ちはだかった。

「とりあえず武器を捨てろ、そしてアラクネから離れるんだ」

 男は金属製の棍棒を持っていた。

 しかし、アシノの警告に従う素振りはない。それどころかこちらに向けて棍棒を構えている。

「な、な、ナリアは俺が守る!!」

 そう言って男は一歩も動かずにいた。ルーは探知盤で確認をしていたが、去っていった男は裏の道具を持っていないらしい。

 つまり、目の前の男だけが裏の道具を持っていた。

「お前の持っている武器は危険だ、良いから早く手放せ!!」

 アシノは大声で言うが、男はフゥーフゥーと荒い息をして敵意を向けている。

「ムツヤ、あの武器の特性はわかるか?」

 アシノがムツヤに尋ねると、うーんと考えて思い出す。

「あれは軽く殴っても、もの凄い威力になる棒です」

 厄介だなとアシノは思った、そして覚悟を決める。

「あの男を傷つけずに武器を取り上げるぞ!!」

 全員が返事をして一斉に飛びかかる。まずはムツヤが風のように走り、男の棍棒を奪おうとした。

 しかし男は軽々と棍棒を振り回して近づけない。ムツヤは男に気を取られていて、別の敵の事を忘れている。

 アラクネがムツヤに向かって糸を吐いた。身をよじってギリギリでかわすが、バランスを崩して危うく棍棒を食らうところだった。

 モモが隙を見て男の棍棒を弾き飛ばそうとするが、思い切り振り下ろされた棍棒が盾に直撃する。無力化の盾でなければモモの腕の骨は粉々に砕けていただろう。

 そして、ヨーリィもめちゃくちゃに振り回される棍棒と蜘蛛の糸に翻弄され近づけずにいた。

「面倒だな、まずはあのアラクネを倒すぞ」

 アシノはビンのフタを飛ばし、ルーとユモトも魔法で雷と氷柱を飛ばす。

 氷柱がアラクネの頬をかすめて緑色の体液が流れる。それを見た瞬間、男が大声を出した。

「うがああああああああああああああ」

 男は棍棒で地面を叩くと地割れが起きた。それを見たアシノはまずいと思い、命令を出す。

「いったん距離を取るぞ!」

 前衛のムツヤ達は後ろに下がる。ルーが精霊を召喚して男を襲わせるが次々に消し飛ばされていった。

「おいお前!! よく聞け、お前はそのアラクネに騙されているんだ!!」

「な、な、ナリアはだましてない!!」

「そいつは人の形をしているがモンスターなんだ!! 目を覚ませ!!」

「ちがう、ちがう、ちがう!!!!!!!!!」

 男はこちらに特攻してきた。もはや衝突は避けられない。

 アサヒの村に男の子が産まれた。男の子はノエウと名付けられる。

 ノエウは村長と愛人との間の隠し子だ。村を街にしたい村長からすればそれだけでも厄介だった。

 隠れて育てられたノエウだったが、人の口に戸は立てられず。一部の村人はノエウの存在を知っていたが、村長の圧力で知らぬふりをするしかなかった。

 ノエウは言葉を覚えるのも遅く、そしてろくな愛情も知らぬまま、10歳になった頃、夜中に村を追い出される。

 途方に暮れていたノエウだったが、森の中での暮らしは彼に合っていたようで「村から追い出せば野垂れ死ぬだろう」と考えていた村長の考えとは裏腹に、ひと目を避けながらノエウは長い月日を森の中で生きた。

 ある日、食べ物を探して森をうろついていたノエウは、ばったりとアラクネと出会った。初めて見るその姿に腰を抜かした。

「な、な、なんだお前!!」

 しかしアラクネは襲いかかるでも逃げるでもせず、その場で足をたたんでうずくまっていた。

 どうやら弱っている事を悟ったノエウは何気なくアラクネに獲物の肉を差し出す。

 アラクネはその肉を食べるとまたうずくまる。ノエウは毎日アラクネに食事と水を運び、世話をしてやり話しかけた。返事は1回も貰えず、アラクネは。

「あっ……あ……」

 とかすれた声を出すだけだったが。

 しばらくして、アラクネは自分で動けるほどに回復をした。ノエウは心からそれを喜んだ。

「お、お前やっぱり話できないのか?」

「あ……」

「お、俺もは、話すの苦手、だからいっしょだな」

 そう言ってノエウは笑った、また返事は「あ……」としか帰ってこない。

「お、お前名前はないのか?」

「あー」

「お、おれ、ずっと考えてたんだけど、ナリアって呼んでもいいか?」

 ナリア、それは唯一知っているおとぎ話に出てくる女の子の名前だった。

「あ……」

「よし、お前の名前はナリアだ!」

 それからアラクネのナリアはノエウの後を付いて回るようになる。

 会話は出来なかったが、自分を馬鹿にせず気味悪がらずにいてくれたナリアはノエウにとって最高の理解者であった。

 ノエウとナリアは共に食事をし、共に森を歩き、夜は寄り添って寝る。

 ナリアは一緒にいると餌が手に入ると考えているのか、もしくは感情も無く、何も考えていないのかわからないが、ノエウから離れることはない。

 そしてノエウは自分でもその感情が何か分かっていなかったが、ナリアに恋心を抱いていた。