そう、ベッドの上に横たわるギルスは裏の道具の『握ると自分の人形を作り出す玉』で作ったデコイだ。

 人形と言っても精巧に作られているため、死体だと言われれば見分けがつかない程であった。

 ルーの精霊に囲まれた時、その内の1体が地中に穴を掘り、デコイを作ってからそこにギルスは隠れたのだ。

 デコイは2時間ほどで消えてしまうが、キエーウを騙すには充分な時間であった。

 ギルドの応接室にムツヤ達向かう。

 そして、ギルドマスターであり、アシノの祖父であるトウヨウに今後の作戦を詳しく話していた。

 その最中、部屋にノックの音が響く。

「入れ」

 ギルドの中で最も口の堅いベテランの受付嬢が失礼しますと扉を開け、その後ろにはギルスが居る。

「あらー、アンデットかしら?」

「アンデットみたいな生活しているお前に言われたくないわ」

 皮肉を返してギルスは応接室へと入った。

「ギルス、ご苦労だったな」

「いえ、大した事はありませんよ」

 トウヨウに言われ、ギルスはそう返す。

「明日お前の葬式を行って、それで死んだことになるが、店はどうする?」

 アシノに聞かれると、ギルスは「あぁ」と言って返答する。

「俺は本来、研究員志望だからな。裏の道具を研究できるってんならそっちが優先だ。常連さんには悪いが、店のものはギルドに寄付するって形で」

「良いのか、それで」

 トウヨウに聞かれ、ギルスはまた答えた。

「俺は喧嘩別れで遠い故郷を飛び出したんで、身寄りがない様なものですから」

「そうか」と言ってトウヨウは頷く。

「お前の店が無くなったら、私達は困るが仕方がないな」

 モモは少し残念そうに言うと、ギルスは笑顔を作る。

「そう思ってもらえただけ、店の店主としては嬉しいよ。でもこれから俺はギルドにこもって、裏の道具の研究をしながら君たちのサポートをする」

「つまり、店主から引きこもりにジョブチェンジってわけね」

「引きこもり生活しているお前には言われたくないな」

 ギルスとルーは軽口を叩きあっていた。

 ムツヤ達は家へと帰った。ギルスの妨害魔法が無く、盗聴の恐れがあるので、まだギルスが死んだという設定で過ごす。

 だがそれは、結構楽なものであった。

 ただ会話をしなければ落ち込んでいる。悲しんでいる風を装えるので、ムツヤ達は黙って部屋で大人しくしたり、ソファに座ったり、地下にこもったりとしている。

 最小限の会話だけをしてその日は過ごした、そして夜はルーが探知盤の監視、夜明けからはユモトが交代していた。

「行くぞ」

 朝の支度を終えると、アシノが短く言った。みんな無言で頷いてスーナの街を目指し、歩き始める。

 街へ着くとギルドの中へと入った。ギルスの訃報と、ギルドで葬儀を行うことは昨日の内から知らされていたので喪服を着ている人物がチラホラといる。亜人が多いのはギルスの店で世話になったからだろう。

「お待ちしておりました」

 例の口の堅いベテランの受付嬢がムツヤ達をギルドの奥へと案内する。小さな会議室で男女別に用意されていた喪服に着替えて、応接室に行く。

「よう、みんな俺の葬式によく来てくれた」

 ギルスとギルドマスターのトウヨウが座って待っていた。

「アンタの葬式なんて実際にあったら行かないけどね」

 ルーはギルスにそう返した、ハハハとギルスは笑う。

「昨日、俺が死んだって泣いてたのは誰だっけ?」

「あんなもん、唐辛子をちぎった手で目をこすっただけよ。良い子は真似しちゃダメよ!」

「それにしても、何か、これからお葬式をする人と話すってのは変な気分ですね」

 ユモトは苦笑いをして言う。

「あぁ、俺も今から自分の葬式が始まるって考えると妙な気分だよ。参加者は結構いたかい?」

「亜人の参加者が多かったぞ、多分客だった連中じゃないか?」

 モモが言うと「そっか」と答えてギルスは複雑な気持ちになった。

「誰かが俺の店みたいな事をやってくれりゃ良いんだがな」

「お喋りはここまでだ、じいちゃんの話を聞くぞ」

「おぉ、失礼しました」

 アシノが言うと全員ソファに座ってトウヨウの話を聞く。

「ギルスの偽の遺体は先程作った、そして地下に探知盤を広げて置く部屋も確保した。そこでしばらくギルスには生活してもらう」

「ようこそ地下の民へ」

 ルーが言うと「黙って話を聞け」と言われながらアシノに頭を叩かれていた。

「ギルスの身の回りの世話や、探知盤の監視は24時間体制で俺の信頼のおける者たちに任せようと思うが、良いな」

「はい、お願いします」

 ルーは打って変わって真面目な返事をする。

「信頼の置ける方たちってどなたですか?」

 ユモトが不思議そうに言うとトウヨウは「入れ」と言い扉が開いた。

 そこにはギルドの紋章を付けた仮面を被る3人組が居た。それを見てユモトは「あっ」と声を上げる。

「警邏(けいら)の連中か」

「そうだ」

 アシノが言うとトウヨウは肯定する。

「あのー、アシノさん。警邏って何ですか?」

 ムツヤが質問をすると、アシノは答えた。

「警邏ってのは、悪い噂のある冒険者の素行を調査したり、ギルドへの驚異となる者を監視する密偵みたいなもんだな」

「みってい……? ってなんですか」

「あー、とにかく信頼できる奴らだ」

 面倒くさくなったのか、アシノはムツヤを適当に納得させる。

「しかし、警邏をもっと早く動かしてくれれば私達も楽できたんだけどね」

「警邏は別の仕事にあたっていた。それに街から数日離れっぱなしにさせるわけにもいかない。そっちにはお前とルーとムツヤがいるから戦力面では心配無いだろうと判断しての事だ」

 トウヨウはアシノへそう答えた。

「さて、早速ギルスには地下で巨大探知盤を作成してもらう。お前達は葬儀へ参加しろ」

「かしこまりました」

 ルーが立ち上がり頭を下げると、アシノ以外の皆も同じ様にして部屋を出ていく。

 遺体安置所へ行くと、棺桶に入れられたギルスのデコイがあった。

「ギルドでの葬儀はこれを広場まで親しい者たちで運ぶ、私達で運ぶぞ」

 大きな台車に乗せられた棺桶の周りをムツヤ達が囲む、その時ふとアシノが言った。

「肝心なことを言い忘れるところだった。ギルスの死因は実験の事故で、私達の仲間になったのは、私がギルドに勧誘したからという設定だ」

「わがりまじだ」

 ムツヤは少し緊張気味に言った、他の皆も頷いて返事をする。

「それじゃ行くぞ」

 薄暗い遺体安置所を抜けると眩しい日差しが出迎えてくれた。全員でガラガラと台車を押してギルドの横を通り抜け、正面まで歩く。

 そこには喪服を着た者たちが集まってギルスを待っていた。チラホラと泣いている者がいる。

 待っていた者たちもムツヤの後を着いて広場まで移動する。演説台の隣でトウヨウが待っていた。

 その演説台の前へ棺桶を置くとアシノとルーはトウヨウに1礼する。それに習い皆もお辞儀をした。

 ムツヤ達は参列者の場所へと下がり、トウヨウが演説台に上がる。

「皆、お集まり頂き感謝する。きっと故人もそう思っているだろう」

 そこまで言って少し間を開けてまた話し始める。

「ギルスは昔から冒険者ギルドへ勧誘していた。そして数日前にやっと首を縦に振ったというのに、実験中の事故という形で、この才のある若者が死んでしまった事は非常に残念で、非常に無念である」

 ルーは泣き始めていた。おそらくまた唐辛子をちぎった手で目をこすったのだろう。ユモトも雰囲気に流されて少し泣きそうになる。

「ギルドの仲間となって日は浅いが、ギルスの店で世話になった者も多いことだろう。そういった意味ではギルスは昔から私達の良き仲間であったと言える」

「ギルスの安らかな眠りと冥福を祈って黙祷」

 参列者達は皆、手を組んで目をつむり、両手を組んで祈りを捧げた。その後は1人、また1人棺桶に花を入れながらギルスへ最後のお別れの挨拶をする。

 泣きながら花を入れる人々を見ると、ギルスの人の良さと慕われていることがよく分かった。

 そして、そんな人達を騙していることにムツヤ達は心が痛む。

 棺桶の蓋が閉められると、男達が棺桶を担いで町の外の墓地へと歩く。1つ空いた大きな穴に棺桶を入れて皆で土を被せた。そしてまた黙祷をする。

 これでギルスはこの世にいない者となった。