朝になるとぽつりぽつりと皆起き始めた。モモは目が覚めると顔を洗い、居間に行くとギルスがソファに座って探知盤を眺めていた。

「おはようギルス」

「あぁ、モモちゃんおはよう」

 ギルスは視線を探知盤からモモに移して挨拶を返す。

「随分と早いな」

「ルーと交代でね、探知盤を見ていたんだ」

「あぁ、そうだったな。ありがとうなギルス、お疲れさま」

 モモはギルスにねぎらいの言葉を掛ける。するとギルスは笑って言った。

「ルーは元々夜行性で夜は元気だからな、それに俺はあまり長く寝ないし、そんなに苦じゃないよ」

「確かにルー殿はそうだったな。私は素振りをしてくる」

「はいはい、いってらっしゃーい」

 クスクスとモモは笑い、居間を後にする。

 外に出るとムツヤから与えられた剣を握り、素振りをする。晴れ上がった(さわ)やかな空の下で体を動かすと気持ちがいいものだ。

 次に起きたユモトはうーんと背伸びをした後、ギルスに挨拶をし、いつものように朝食の準備に取り掛かる。

 朝食が出来上がる頃、ムツヤとヨーリィ、アシノもぞろぞろと居間に集まった。

「えーっと、ルーさんは起こさない方が良いですかね?」

「朝ごはんは食べるから起こしてーって言ってたよ」

「わかりました」と言ってユモトは地下室へと降りていった。魔法の明かりは付いたままだ。

「ルーさん起きてくださいってああああああ!!!!!!」

「おはようユモトちゃーん」

 ルーは一糸まとわぬ姿で毛布にくるまっていた。毛布を持ったまま起き上がったが、大きな胸があらわになりそうだ。

「だから、何で服を着ないで寝るんですか!!」

 手で目を隠しながら、珍しくユモトが怒る。

「えーだってー、服着ないで毛布で寝るとすっごい気持ちいいのよ? こう、開放感が!!」

「おい、痴女。服を着ろ」

 ユモトの後ろからギルスが言うと今度はルーが怒り出す。

「痴女じゃないもん!!!」

 ルーの着替えが終わると食事が始まる。食べながらギルスは話した。

「音の妨害魔法は張ってある、みんな昨日話した作戦は覚えているな?」

「もちろん覚えているわよ! 本日、「ギルス死す」。ミッションスタンバイ!」

「まぁ、本当に死ぬわけじゃないがムカつく言い方だな」

 ルーとギルスが言い合っているが、モモは話し始める。

「私はきちんと何回もシュミレーションはしておいた。大丈夫だ、問題ない」

 それに習ってみんな返事をする。

「僕も大丈夫です!」

「俺もです!」

「私もまぁ、何とかなるだろ」

「大丈夫です」

 全員の返事が来るとギルスはフッと笑って言った。

「よし、キエーウの連中を騙してやるか」

 突然、家の窓ガラスが割れてギルスが飛び出た。手にはムゲンジゴクが握られており、剣身は炎をまとっている。

 しばらくして、ムツヤ達は玄関から飛び出してギルスを追った。周辺に人がいる事はムツヤの探索魔法で確定済みだ。これからキエーウとムツヤ達との騙し合い勝負が始まる。

「ギルス!! 待ちなさい!!」

 そう叫んでルーは精霊を大量に召喚してギルスへ突撃させる、見た目はいかつく装っているが、中身は素人でも倒せる最弱の精霊だ。

 当たり前のようにギルスは剣を振って次々に精霊をめった切りにしていく。ユモトの支援魔法でギルスの身体能力は強化してある。

「いい加減にしろ!!」

 パパパパーンとアシノはギルス目掛けてビンのフタを連射する。絶妙に当たらないようにだ。

 ヨーリィもそれに同じく飛び上がって上空から木の杭を無数に飛ばす。

「うああああああ!!!」

 ギルスは叫んでこちらへと特攻してきた。ユモトの攻撃魔法と一緒にモモが飛び出てギルスの攻撃を無力化の盾で受け止めた。

 そしてギルスの後ろに回り込んでいたムツヤがギルスを取り押さえようとするが、振り返ったギルスにムゲンジゴクで斬りつけられる。

 ムツヤはギリギリの所でそれをかわして、ギルスを蹴り飛ばした。

 大きく5メートルは吹き飛んだギルスをルーの水の精霊が取り囲む、その中心から火柱が上がり、水の精霊たちは湯気になって消える。

 そして湯気が晴れると、体の半分以上が黒焦げになったギルスが倒れていた。

「ムツヤ!! 回復薬だ!」

「は、はい!」

 アシノが叫ぶとムツヤはカバンから青い薬を取り出して倒れるギルスの口に流し込んだ。しかし、傷が治ることも、息を吹き返す事もなかった。

「そ、そんな、ギルスさん……」

 ユモトは膝からその場に崩れ落ちる。

「ギルスさん、ギルスさん!!」

 ムツヤはギルスを揺さぶって叫んでいた。アシノは冷静にギルスの口と手首に手をあてる。

「……、ダメだ、息も脈も無い」

「ギルス!! 起きなさいよギルス!!」

 ルーが駆け寄って泣きながら叫ぶ、モモは目を伏せてヨーリィは視線をそらさずジッとその様子を見ていた。

「俺のせいだ……、俺のせいでギルスさんがッ……!!」

 ムツヤは歯を食いしばって地面を殴る。

 ムツヤ達はしばらく呆然としたり、泣いたりしていたが、アシノが家から持ち出した担架にギルスを乗せて白い布を被せた。

「スーナの街へ戻るぞ」

 アシノの言葉に全員が頷いて、担架はムツヤとモモで持ち上げる。

 皆、無言のまま森を抜け、スーナの街へとたどり着く。城門前でアシノは担架をおろして言う。

「私がギルドへ言って事情を話してくる。それまでここで待っていてくれ」

 アシノがギルドへ向かうとまた静けさが戻る。通行人が何事かと遠巻きにこちらをチラチラ見ている。

 少し時間が経ち、アシノが戻ってきた。

「事情は話してきた、ギルドの遺体安置所は空いている。ギルスを運ぶぞ」

「……はい」

 またムツヤとモモが担架を持ち上げると、人混みの中を歩く。

 冒険者が死んでこうして運ばれることは年に数回はある。

 察した住民たちは自ずと道を開けて野次馬になっていた。

 冒険者ギルドの裏口にたどり着くとアシノは扉を開けた。1人の受付嬢が深々と頭を下げる。その横を担架を持って一行は歩いていく。

 活気のある表口とは違い、暗く静かな雰囲気が漂っている。

 そして、案内された1室にはベッドが3つ並んでいた。白い布を取り払い、ギルスをその1つに寝かせる。

「ここまで来ればキエーウの連中にも聞かれないだろ、皆おつかれ」

 アシノはそう言ってうーんと背伸びをする。するとルーは笑い始めた。

「しっかしこれ良く出来てるわね、本当にギルス死んじゃったみたいじゃない」

「ムツヤ、ギルスに連絡は入れたか?」

「はい。監視していた2人の気配は一緒に付いてきていたんで、連絡は入れておきました」

 アシノに聞かれると懐から連絡石を取り出してムツヤは言う。


 時は少し戻って、先程ギルスとの戦いがあった場所。地面をよく見ると小さな穴が空いている。その横からボコッと手が伸びて人が這い出てきた。

「はぁはぁ、窒息するかと思った……」

 出てきたのはアンデットではなくギルスだ。右手には呼吸をするために使ったであろう筒が握られている。

 朝、モモに茂みの中へ隠しておいてもらったフード付きのローブを着て顔を隠し、ギルスはスーナの街へと歩き出した。