家に帰るまでの間、会話は無く気まずい空気が支配していた。

 ルーは黙って探知盤を見ているが、赤い点は浮かび上がらない。

 そうこうしている内に家に帰ってきてしまった。

 特にすることもなく、ユモトは気まずさに負けて提案をする。

「あの、お昼の為に作っておいたお弁当を食べませんか?」

「そうね、お腹すいたしー」

 ルーは少しでも場を和ませようとしているのか、いつもの様な口調で言った。

「私はいい、疲れたからちょっと部屋で休む」

 アシノはそう言い残して自室へ行ってしまった。ムツヤはソファーに座って下をうつ向いたままだ。

 モモはギュッと拳を握り、その後胸に手を当ててムツヤに話しかけた。

「ムツヤ殿ッ!! その、お昼を食べ終わったら一緒にその辺りを散歩しませんか?」

 モモの提案にムツヤは上の空で一瞬返事が遅れる。

「あ、えっと、はい、わがりまじだ」

「なになにー? デートのお誘い?」

 ルーがちゃかして言うとモモは少し顔を赤らめた。

「そういうわけでは無いのですが、少し、その……」

「あーあー、初々しいって良いわねー」

 ユモトが机の上に広げたサンドイッチを食べながらルーは言う。

「ギルスー、私もデートしてあげても良いわよー?」

「地下室で裏の道具の研究ってデートプランなら歓迎だ、それ以外はパス」

「えー、何かその言い方ムカつくんですけど!!」

 はははとユモトは笑ってそのやり取りを見ていた。昼食を食べ終えた後、外へ出ようとするモモにルーは一言話しかける。

「モモちゃん、ムツヤっちのこと頼んだからね」

「はい」

 何を頼まれたのか言わなかったがモモは分かっていた。

 そして、久しぶりにムツヤと2人きりの時間が始まる。

 外へ出ると少し暑いぐらいの快晴だった。夏の始まりを予感させるような陽気だったが、ムツヤは浮かない顔をしている。

「気持ちの良い天気ですね」

「そうでずね」

 モモの言葉にもムツヤは上の空だ。2人は家の後ろにある雑木林を歩いていた。

「あ、あの、モモさん……」

 ムツヤは何かを言いかけたが、何を話せば良いのか自分でもわからない。

「ムツヤ殿、食事の後のちょっとしたデザートでもいかがですか?」

 ムツヤの言葉を聞き返すことをせずにモモはそんな事を言った。

「デザート、ですか? 何か持ってきたんですか?」

 モモは何か手荷物を持っている様子はない。不思議そうにムツヤが思っているとモモは白い花に手をのばすとそれを3つほど摘んだ。

「この先の部分を咥えて吸ってみて下さい」

 ムツヤは言われた通り花を咥えて吸ってみる、するとほんのりと優しい甘さが口の中に広がった。

「甘いですね」

 ムツヤがそう言うとモモは満足そうに笑顔を作る。

「次はこの木の実です」

 今度は赤い小さな木の実をモモは手に取った。

「どうぞ、ムツヤ殿。種は食べないで吐き出してくださいね」

「はい、ありがとうございまず」

 甘酸っぱいベリーの様な味がする赤い木の実は、中々に美味しいものだった。

「私は狩人なので、こうやって山の中で食べられるものにはちょっとだけ詳しいんです」

 手を後ろで組んでモモは軽く空を見上げる。

「少し昔話をしてもいいですか?」

 モモは視線をムツヤに向けないままで話す。

「モモさんの昔話ですか?」

「えぇ」

 心地よい風がフワッと吹いてモモの束ねた栗色の髪の毛を優しくたなびかせた。

「もうちょっと、ひらけた場所で座ってお話をしましょう」

 優しい笑顔をムツヤに向けてモモは言う。

 見晴らしの良い小高い丘に2人はやってきた。カバンから取り出した青いシートを敷いて2人は座る。

「私は、狩人であり戦士ですが、まだ人を殺めたことはありません」

 人を殺す話題が出てムツヤは一瞬ビクリと緊張した。

「ですが、狩人として始めて獲物を狩った時のことは今でも覚えています」

 モモは優しい表情のまま遠くを見つめている。

「私が8歳の頃です、長い棒きれを持って、それを投げてうさぎを狩りました」

 ムツヤは黙ったままだが、真剣に聞いていた。

「当てた時はやったと達成感がありました。そして、近づいてみるとうさぎは口から血を流してピクピク痙攣していました」

 モモは思い出すように空を見上げる。

「その時です、初めて自分の手で大きな生き物を殺してしまったという実感が湧いた時、急に怖くなってしまったんです」

 そしてモモは三角座りのまま、うずくまるように顔を伏せた。

「一緒に居た父はナイフを私に持たせてうさぎを捌くように言いました。でも私は泣いてしまい、嫌だ嫌だと言っていました」

「その時始めて父に叩かれました。そして言われたのです『獲物に対して最後まで責任を取らないならば、殺す資格は無い』と」

「それで、モモさんはどうしたんですか?」

 ムツヤはモモの方を見て聞いてみる。するとモモも目を合わせて話し始める。

「涙は止まりませんでしたが、うさぎは捌いて夕飯のシチューになっちゃいました」

 フフッとモモは笑っていた。辛い話なのにつられてムツヤも少し笑ってしまう。

「俺は…… 俺は初めて倒したのは倒すと煙になる魔物だったんで、そういう事は思ったことがありませんでした」

「そうですか」

 モモはまた遠くを見つめ、決意をして言う。

「私は、今後ムツヤ殿に…… いえ、仲間に危険が及んだ時は迷わず人を斬る覚悟をしています」

「……モモさんは、強いんですね」

「いいえ、私は強くなんて無いです。大切な仲間を失うのが恐いだけです」

「仲間……」

 モモはふと立ち上がりうーんと背伸びをした。

「もうそろそろ帰りましょうか、ムツヤ殿」

 モモは笑顔で手を差し伸べてきた。

 それをムツヤは握って立ち上がる。

「忘れないで下さい、私はどんな時だって、どんな事があったって、ムツヤ殿の味方です」