雨は激しくなっていた。痛いほどに肌を打つ。雨だれが泥道を叩く音以外の、何の音も聞こえない。

 綾子は自分の傘を拾いあげると、雑木林からよろばい出て来た安喜良に、安喜良の傘を投げ渡した。

 安喜良は傘を両手で構えた。じりじりと間合いを詰めてくる。綾子は全身の力を抜き、左手だけで傘の重心を取り、両腕をだらりと体側に垂らした。

 間合いが一間を切ったところで、安喜良が上段から袈裟懸けに切り込んできた。

 綾子はあわてず切っ先を見つめた。

 遅い。

 一瞬が、どれほども長く感じられた。安喜良の繰り出した切っ先が止まっているかの如く感じられる。

 左手の傘を腰まで持ち上げ、右手をかけて、左肩の周りをめぐらすようにして、安喜良の傘と合わせる。

 安喜良が押し込んでくる勢いを活かして一歩引き、そのまま腕を脇に畳む。傘は滑りながら安喜良が押してくる力を下方に流した。

 勢いをそがれて安喜良の傘が地面を叩き、泥水がはねた。

 前傾になった安喜良の両腕の間から、がら空きになった胸と腹が見えている。綾子の視線が安喜良の水月に向かい引き絞られる。

 気合一閃。

 綾子の傘は吸い込まれるように安喜良の水月を捉えた。

 ほんのわずかな間をおいて、綾子はそっと傘の先に力を込めた。安喜良の体が後ろへと吹き飛んだ。

 泥水の中に横たわった安喜良は動くことも出来ない。

 綾子は傘をおさめ、体側に持ち直すと、深く、礼をした。