道場に通いながら、綾子は安喜良の身辺を探り始めた。職をもたない安喜良の生活には決まった行動というものがなかった。

 家を出てくる時間もバラバラ、行き先もバラバラ、ただ、なぜか自動車には乗らなかったため、尾行は割合、うまくいった。


 ある日、酒場が並ぶ薄暗い路地に入った安喜良を追おうとしたところを、肩をつかまれ引き留められた。

 慌てて一歩引き、振り返ると、新聞記者の藤田が立っていた。

「君、どうしてこんなところに」

 綾子はぎゅっと口を結んで黙り込んだ。

「もしや、重森安喜良をどうにかしようと思っているんじゃないだろうね。まさか、復讐なんて考えていやしないだろうね」

 綾子はやはり答えなかった。藤田記者は安喜良が入って行った路地をそっと覗いてから、綾子の肩を押し、表通りに出た。



 近くの喫茶店に入り、藤田記者は綾子のためにクリームソーダを注文した。自分はホットコーヒーを頼み、マッチを擦って煙草に火をつけた。ふうっと大きく煙を吐き出してから、藤田記者は話し出した。

「安喜良の父親、重森議員に、最近また汚職の噂が立っているんだ」

 煙草の灰を、ぽんと落とす。

「それに安喜良も関わっているらしくてね。張り込んでいたんだよ。それで、君は何をしていたのだね」

 綾子は黙り込んで、テーブルを睨んでいた。ウエイトレスがクリームソーダを綾子の前に置いて去った。

「まあ、ちょっと、ソーダでも飲んで、一息入れようじゃないか」

 案外と優し気に藤田記者がすすめるので、綾子は視線を上げた。藤田記者は目を細めて美味そうにコーヒーをすすっていた。綾子は長いスプーンを取って、アイスクリームをすくった。

「もし、復讐なんてことを考えているなら、やめておきなさい。安喜良が何をしても、重森議員が握りつぶす。武彦君が亡くなった事件が表沙汰になったのは、議員が外遊中におきたのが幸いだったんだ。そうでなければ、安喜良には過失傷害の犯人として捕まるようなことはなかった。議員が必死にもみ消しただろう。だが、安喜良は刑務所に入って箔をつけたかったのだと仲間に話していた」

「……箔をつける?」

 綾子の言葉に、藤田記者は黙って頷いた。

「もしかして、武ちゃんを死なせたのも、そのため……?」

「いや、まさか」

 藤田記者はあわてて居住まいを正して綾子の目を覗きこんだ。そこに暗い火がともったように見えて、藤田記者は自分の失言を悔いた。

「いいかい、重森安喜良のことは私に任せてくれ。必ず親子ともども罪を暴いてみせるから」

 綾子は藤田記者と目を合わせないようにしながら、小さく頷いた。