綾子に引き立てられて警察署に出頭した重森安喜良は、婦女暴行未遂を認め、原田武彦の死亡も、事故ではなく殺意あっての殺害だったと告白した。
 綾子の行動は正当防衛であったとして、安喜良に負わせた傷については不問となった。

 カネが入院したまま動くことも出来ず、他に身内のいない綾子を、藤田記者が身受け人として迎えに来てくれた。ぼろぼろに怪我をしている綾子を見て、藤田記者は言葉を失くした。
 藤田記者の張り込み取材が実を成し、重森議員の不正が暴かれた。これまでの息子の犯罪の隠蔽までもが明るみに出て、重森親子は共々に罪を償うこととなった。


「ああ、綾ちゃん。待ってたのよ。ねえ、武彦」

 カネが優しく人形を撫でている。綾子は、カネの手を取り人形を離させた。

「綾ちゃん、武彦をどこに連れて行くの?」

「伯母さん、武ちゃんは、もういないんです」

 カネが首をかしげて不思議そうな表情を浮かべる。

「何を言っているの、綾ちゃん。武彦なら、そこに」

 指さしたカネの目の前で、綾子は人形の首を胴から引き剥がした。

「武彦……。武彦が……」

 カネは人形の頭を右手で、胴を左手で、そっと包み込んで目を伏せた。ふるりと首を振り、ため息をこぼした。久々に生き返った人のような深いため息だった。

「ああ、そうね。これは武彦じゃない。武彦はいなくなったんだったね」

 綾子はカネの肩をそっと撫でた。

「大丈夫、伯母さん。私がずっと一緒にいるから。武ちゃんの代わりに、ずっといるからね」
 
 カネが眠るまで付き添い、病室を出た綾子に、ずっと待っていた藤田記者が尋ねた。

「重森安喜良のことを伝えなくてもいいのかい?」

「いいんです。伯母さんはもう、誰も恨んだり、ゆるしたりしなくていいんです。もう、辛いことは全部終わりにするんです。私が、伯母さんを守るから」

 静かに語った綾子の瞳は、とても強く、けれど優しく、きらめいていた。