二つ目のバイト先をクビになってから、俺の心はさらに荒れていった。些細なことで家族に当たり散らすようになり、家庭内暴力手前のことを起こしてしまった。それをきっかけに、あのクソ叔父が出てきて俺は勘当処分されて大阪を出て行くことになった。

 家族とはもう関わりたくないということで、俺は思い切って単身で、実家から遠く離れた地...北国へと移った。
 安いアパートで暮らし始め、しばらくニート生活を送っていた。しかし働かずの生活は当然長く続かなかった。
 目減りしていく貯金を見て危機感を抱いたところで、仕方なく再々就職を決意した。

 この段階でかなり心を病ませていて鬱になりかけていたのだが、生きるには金を稼がなきゃならないということで、嫌々働きに出た。働き甲斐など微塵も無い。金が無くなった死ぬから、仕方なく金の為に働くしかないのだ。

 相変わらず面接を受けては落とされての繰り返しがしばらく続いて金(履歴書と証明写真の代金)と時間を無駄にする日が続いたが、やっと内定をくれた会社と出会った。

 清掃会社「オネストメンテナンス」 独立して立ち上げた小さな清掃会社で、社員も社長含めて3人しかいないという規模だった。俺みたいな人間を雇ってくれる職種はもうこういうのしか無いだろうと思ったから、今度こそはああいう理不尽が起きなければ良いなと願いながら勤務を始めた。

 まぁ、当然その願いは虚しく叶えられなかったんだけどな。

 まず外での清掃業はほぼ定時に帰れない。現場移動の変形労働時間制のせいで、現場によっては早く終わることもあれば、9時間以上働かされることもある。
 応募欄には8時間労働制と書いてあったからここに応募したのに、この時点でここはブラックだと確信したわ。
 しかしここを辞めたらもう俺に働き口が無いという事態になりそうだったから、よほどのことが起きない限りは辞めないという方針で行くことにした。残業時間があれば定時より早く帰れることもあるから、イーブンだと妥協することにした.........本当は不本意なのだが。

 「杉山君、正確にするのは大事だけど、慣れたら速くこなすこともできるようになってね」
 「この道具は、こう使う。そう、そういう感じ...」
 「ちょっと休憩するか......何飲む?」

 社長の名は杉浦俊哉《すぎうらとしや》、当時60才のジジイだ。身長は俺より高く180㎝はあった。奴はこれまでのクズどもと比べれば、まぁマシだった。定時を守らないのはムカつくが、俺に対して嫌味も無く、ハブり者にすることもしなかった。雑談に興じてくることもあり、今までよりかは比較的マシだった。
 他の社員もまぁ害はなかった。ヤニカスもいなかったし。だからこの社員だけだったら上手く続けられていた...。

 問題が発生したのは、勤めてから1年経った頃のこと。杉浦が他の清掃会社からお手伝いを要請するようになってからだ。元々お手伝いしてもらっている清掃会社とは長い付き合いで、杉浦とある社員が同期ということもあって度々一緒に仕事をすることがあったとか。

 で...その清掃会社の連中が、俺の心に止めを刺してくれたゴミクズどもだった...!
 きっかけは...あの老害...遅川《おそかわ》たけしの人前での喫煙行為だった。俺は引越センターでの度重なる受動喫煙とハブり者扱いによって、副流煙を少しでも吸うと気分がわるくなり、体調を崩すようになってしまった。まぁ単純に副流煙は体に害だし、なるべく吸いたくないというものだが。

 引越センターの仕事以降、普段でも歩きタバコのクソどもにも辟易するレベルになってしまい、特に仕事中とかは俺の前で喫煙行為は止めて欲しいと、面接でそう言っておいた。そのせいで面接を落とされるという理不尽を受け続けたのはまた別の話。
 そういうわけで勤務中での受動喫煙は無いように努めてもらったんだが、奴は...遅川は俺の風紀を乱してきやがった...。

 「遅川さん。俺タバコの煙が無理なタイプなんで、そういう煙吸ったら体調悪くなるんです(という設定にしてある)。ですから俺の前で喫煙は止めて下さい。ご協力お願いします」

 俺は間違ったこと言ってない。そもそも受動喫煙は非常識であり、喫煙者は分煙に努めるべき、非喫煙者への配慮をきちんとしなければならない。だから俺には何の非はなかった。あるはずがなかった。
 なのに......

 「ちっ......。鬱陶しい」

 俺に注意されたあの老害は謝るどころか、舌打ちして陰口を吐いてそのまま喫煙を続けようとしたのだ。その時は俺が再度止めろと言って止めさせてその場は終わった。
 俺の立場に異変が起きたのは、次にお手伝い連中と仕事した時のことだ。
 俺はまた、意図的にハブられるようになった。
 
 (......あいつや、あのクソヤニカス老害が...!)
 
 先日俺に注意されたことがそんなに不快に思ったのか、遅川が主に手伝いにきた社員どもを唆して俺を輪から追い出したんだ。
 遅川と一緒になって俺を無視したり感じ悪い視線と態度を飛ばし取ってきたクソ社員らの名前は一応憶えている。

 説田義一《せったよしかず》と池谷隼《いけたにじゅん》。池谷は、お手伝いに来る会社の社長だ。30代後半で妻子持ち。
 そして説田は眼鏡をかけていた中年野郎。俺はしっかり仕事してるのに、水分補給してるところを見ただけでサボり扱いしやがった。サボってねーのに奴は杉浦にデタラメを吹き込みやがった。サボってねーのに俺は注意されるハメに遭った。

 ここでも、嘘を言ってる奴の言うことを信用するというクソ展開が起こった。
 いい加減ブチ切れそうだった。会社に戻ってから奴らが俺に対してだけ感じ悪いということを告げても...


 「そんなことはないだろ?彼らとは長く仕事を共にやってるけど、特定の誰かに嫌がらせをすることはしないはずだ。...それより杉山君、以前たけし君と少し揉めたそうだね?まぁ俺たちは一緒に仕事する仲だからさ、あまりギスギスして欲しくはないよな。そこんところよろしくな――」


 ...なんてことを言うばかりだから取り付く島もない。このジジイは単に遅川どもとは友達だ、だから彼らと不和を起こしたくない、揉め事は御免だ...ってことが言いたいらしい。後は本当に奴らが俺に嫌がらせしてるとは思ってねーんだろうな。友達贔屓甚だしいクソジジイってわけだ...。