「............」
 

 開いた口が塞がらないとはまさに今の俺のことを指すんやろうな。
 半開き状態の口を俺は閉ざせないでいる。それほどリリナの今発した言葉に衝撃を受けている。


 「私決めたの......私も我を通そうって。私がしたいことを、友聖にしてあげたいって思うことをしようって。
 私は本当の意味で友聖を救いたい。あなたが嫌だと言っても、救いたいの...!」

 「おい......なんやそれ? 俺を孤独から救う?俺と一緒にいたいから心中を強制やと...?
 お前、とうとう俺みたいにイカれたか?」

 「違うよ?これは私の“わがまま”...。私が友聖とこのまま永遠のお別れなんてしたくないってだけ。完全に私の願望よ...」


 今まで散々好き勝手に暴れて理不尽を強いた俺が言うのも何やけど、そんな身勝手が許せるかよ!?
 俺の意思に関係無しに孤独にさせない、一緒にいさせると主張してやがる。

 「ざけんな。そんなもん許せるかよ...!俺はもう誰ともいたくねぇ!!味方なんかいないこんな世界に、俺の周りに人一人も視界に――」

 「私は 友聖の味方よっ!!」

 
 その力強い発言に、俺は思わず言葉を途切れさせる。血を吐いて苦しいはずなのに、その言葉に強い想いが込められているのが分かる。分かってしまう...。

 「この世界...誰も友聖の味方じゃなくても、私は...私だけは友聖の味方、よ...!ずっと好きだった。愛したいと思ってる...。側にいたいって思ってる。私がそうしたい」
 「.........」
 「友聖が地獄へ逝くなんて、私耐えられない。心が救われていないまま地獄へ逝くなんて嫌。
 友聖を救いたい...私なら、友聖を癒してあげられる...。絶対に友聖の心を癒してみせる...」
 「.........」
 「このままお別れなんて嫌、絶対に嫌...!あの時と同じような終わりにはさせない。女神にここに来る時からずっと......決めてたから、友聖を止めてそして......側について友聖を癒すって、救うって...」

 「そんな......お前に、お前なんかに俺を......っ!第一、俺は今もお前なんか......」
 「うん、分かってる...。それでも私は友聖と一緒にいたい。前世からずっと決めてたことだから。あれから今まで何十年間ずっと変わらないこの気持ちに嘘は無い。だから......友聖が何と言っても、私の側にいてもらうから...!」

 いくら言っても...もう覆らない。コイツは本気で俺と一緒に...!
 するとリリナから青白い魔力が吹き出てくる。それは俺をも包み込んで......球体となっていく...。

 「これは禁忌の魔術。対象と死ぬ心中魔術。対象とともに魂を別の次元......この世からもあの世からも干渉できない...“無次元”へ永遠に封印する魔術よ...。
 これで私と友聖...二人きりになれる...わ」

 もう...発動してやがる...。今すぐこの光の輪を解かねぇと...!

 「ぉおおおおおおおおお......っ!!」
 「ダメよ友聖......逃がさない」


 パァン!!「あ......え?」


 全力を振り絞って熾した魔力が霧となって消え失せた...!もう、魔力が切れてしまった...。

 「何で...何で魔力が...!?」
 「私は、魔力を消すことができるの...。あの世で会得できるスキルよ。この時にまで残しておいた、私の切り札」
 「は......は...。この、チート女、が......っ」

 掠れた声を漏らす俺だがすぐに次の攻撃手段...力ずくを敢行する...が、
 
 「あ...力、が......?」
 「ごめんね...友聖の体力なんだけど、実はさっきからずっと吸い取らせてもらってたの。
 “エナジードレイン” そのお陰で私はこうしてまだ生きていられる。もう力ずくでもこれを破るのは無理よ」

 「......この状況になるまでずっと、隠してたんか......っ!?お前、《《最初から》》――」

 「うん。言ったでしょ?あなたを救うって」

 青白い光がさらに強まる。魔術が発動しようとしている。取り返しのつかない終わりが...迫って来る...!

 「くそ...ざけんな!お前の勝手に、巻き込まれてたまるか…!俺まで死んで...消えてたまるかっ!!俺は、俺はぁ!!」
 
 怒りのままに叫ぶ。その時リリナが俺をギュッと抱きしめてくる。


 「ねぇ友聖...。さっきあなたは、自分には大切な人は一人もいないなんて言ってたけど...。だったら――

 私を 友聖の大切な人にして欲しい!! 」

 「―――――」

 また...こいつは......っ!言葉が、出てこねぇ。


 「友聖をそんな寂しい人間にしたくないから...。誰もいないなら、私が友聖の大切な人になるわ!もう、友聖を...独りにさせたくない!
 私が絶対に...友聖の味方になる。ずっと優しくする。心だって癒してみせるから......っ!!」


 そんな都合の良い展開への期待は、とっくの昔に捨てた。あるわけないと。
 進学できず、クソッタレな会社で勤めてハブられて家族を縁を切られて...たぶんそんくらいで俺は何もかもに見切りをつけた。
 もう俺に救いの手は差し伸べられない......優しい世界は訪れない......味方なんて現れねない......。
 捨てた......期待なんて捨てた。もう俺は現実で夢を見ることは諦めて止めて――

 
 「友聖......ずっと言いたかったことがあるの」


 もう要らない。誰も要らない。必要無い。必要とされてない。世界が俺を拒むなら...俺かてお前らを否定して――


 「前世で魔王軍を討伐してくれて......魔王を討ってくれて......世界を救ってくれて―――」


 否定 し、て―――



 「 ありがとう 」



 「あ............」

 
 あの時―――壊れかけていた勇者だった時の俺が。
 魔王を討って帰って来て、いちばん欲していたその言葉―――


 「......ざけんな......ッ 今になってそんな、そん...な――ぁ」
 「本当に今さらでごめんね。でも分かって欲しい。この気持ちと言葉に...嘘は無いって。これが私の偽り無い本音...。
 言えた......やっと言えたわ.........っ」

 リリナも、たぶん俺も、泣いている。俺に関しては何の涙かは知らねーけど、リリナのはたぶん...嬉しいって意味の涙なんやろうな...。

 認めたくはなかった...。けどここまでくればもう認めるしかねぇ...。

 青白い光が強まり、球体が小さくなっていく...。俺はここで終わる...。後で転生することもない、文字通りの「終わり」。
 もう好き勝手は出来ない......その代わりに、


 「友聖―――」

 
 俺は...孤独ではなくなる。俺のことを好いている...愛している女と二人きりになる。
 その女は、最後の力を振り絞って俺の頭を彼女の顔に持っていき――


 「   愛してる   」


 俺にとって人生最初で最後の...想いがこもった優しい口付けをしてきた――。

 そして





 俺は リリナとともに この世から消えて無くなった―――。