「は……?」

 リリナの言葉に俺は思わず間が抜けた声を漏らす。

 「今の友聖をあの世へ連れて行ったら......あなたは確実に涅槃《ねはん》へ送られることになるわ。しかもあなたの場合、涅槃の最下層...地獄へ落とされることになる。あれだけたくさん人を殺したもの......その判定は絶対に覆らない」
 「...まぁな。俺が今まで殺してきた人間は全員、死んで良いい殺すべき害虫のクソ人間やった。
 けどそう思ってるのは俺だけで、お前ら他人にとってはほとんどが“罪無き”民どもなんやもんな?お前らにとってのそんな奴らを大量に殺した俺は、やっぱり極悪大罪人に値する人間なんやろうな...」

 というか地獄ってマジであるんか。ならやっぱり俺は地獄行きやろうな...理由とか価値観とかどうあれ俺は人を何人も殺したという罪を犯している。この世とあの世ともにその認識は共通してる。俺は人類史上稀に見る凶悪で狂った殺人鬼...そう判断されるんやろうな...。
 俺にとっては粛清のつもりでも、俺以外はそうは思ってはくれねぇ、結局やってることはただの人殺しやからな...。

 「...ンなもん初めっから分かっとることやボケ」
 
 愚痴を漏らすように小声でぽつりと呟く。リリナはまた血を吐きながらも話を続けようとする。コイツまだ死なへんのか。女神に転生したことで生命力が前世より強化されてるとかか?あの時はすぐに死んだくせに、しつこい...。
 けど...瀕死のコイツを、俺は何故か止めを刺せないでいる...。光の輪による拘束もあるけど、なんか...手が出せないっていうか......俺にも分からへんなぁコレ。

 「けど、ね......私は今の友聖をこのまま......かふっ!こ、のまま...地獄へ逝かせたくないの。あんな悲しくて寂しいことを言って、今も人を嫌って憎んでいる友聖を......。まだ本当の意味で救うことが出来てないあなたを、このままあの世へ連れて行くのは......本当は反対、なの」
 「はぁ?俺が...救われてへんやと?ざけんな!俺は救われてるわっ!あいつらへの復讐とこの国の独善的な粛清と改造をしたことで俺は幸せになれた!憎い奴も不快感を抱く奴も一人としていねぇ理想の国を創った俺の生活は最高やった!嘘やない、この感情は本物や!!」

 本音や、間違いやない。復讐は心に溜まっていた汚れや澱《おり》を洗い流した。
 要らん人間の抹殺は生活を気持ちよくしてくれた。俺がやってきたことは全部意味ある行動やった!何もかもから解放された感じ。我慢や柵が一切無い日々。
 これだけ充実しているはずの俺がどうして救われていないとか言えるんやコイツは!?

 そんな俺を、リリナは苦痛を感じてるにも関わらず優しく微笑んだままでいる。
 
 「確かに......友聖のしたいがままに行動して、全部成功して、理想をつかみ取れて...。それは確かに満足できるものでしょう、ね。すごく快感だと思う、幸せに思えるかも、ね...」

 でもね...と続くリリナの言葉は――



 「 孤独は 《《誰も》》 《《何も》》 《《救わない》》 」



 「―――――」

 何故か俺の心を抉った...。
 

 「確かに人によっては独りの時間は好ましく思ったりはするわ。けど...それは自由や楽しいって気持ちになるだけ。独りきりだと楽しいや嬉しい、幸せといった気持ちを...誰かと共有することができない。辛い・悲しい気持ちも...独りきりだと誰にも打ち明けたり分かち合うことも出来ずに背負い込んでしまって、酷いといつかはそれらに押しつぶされてしまう...。それらがずっと続くと、いつかは心が閉ざされていく...死んでしまう...。
 ずっと孤独のままでいるのは、心を完全に救うことにはならないのよ......っ!」 

 
 リリナの言葉にしばし絶句してしまう。何とか言葉を紡ごうとするも上手く出てこない。
 
 「誰もがってわけじゃねーやろ...?俺はそいつらとはちゃう...孤独でも俺は救われてる。満たされていてずっと幸せで......っ!」
 「本当にそうかな...?」
 「ああホンマや!!俺だけ特別に、幸福を感じさせて......っ」
 「それなら......」

 リリナの手が......俺の目の方へ伸びてきて.........、


 「どうしてそんな悲しそうに泣いてるの?」

 「―――――あ...?」

 自分でも気づかず出ていた涙を拭ってきた...。そこで俺は初めて自分が涙を流していて、顔を変に歪ませていることい気付いた。


 「え...は?何やコレ、何でこんなもんが...。何で俺こんな顔をして......はぁ?意味分からん。何で今さら......」
 「友聖。私はあなたを救いたいって思ってる。私が、あなたの傍にいるわ...それであなたを救ってみせるから...」

 腕が不自由なせいで目をこすることも出来ない俺は目をギュッと瞑ることしか出来ない。リリナはそんな俺の頭を優しく撫でて、そんなことをほざきやがった。

 「救う?お前が?俺の傍にいることが救い?ざけんなやおい...。殺したい女なんかと傍にいて、俺が救われるわけないやろが...!」

 頭を撫でている手を振り払うことが出来ずされるがままということに屈辱を感じながら、ただそう反論する。

 「俺に味方なんかおらへんかった...家族すらも。せやから俺は孤独を選んだ!誰一人として俺に優しくせず味方をせず、ただ理不尽を強いて虐げるだけの世界やから俺は全部壊して殺して理想を創ってそこへ入り浸った。それの何が悪いねん!お前なんかいなくても、俺はこの先毎日幸せな日々を送ってやる......っ」

 「悪いとは言ってないわ。けどね友聖、その幸せは...きっと長くは続かない。本当に満たされることはないわ」

 「たとえそうやとしてもや!俺はそれでもええ!!こんなクソッタレな世界なんかよりもマシや!!孤独?ハッ、喜んで受け入れようやないか!憎悪や嫌悪、不快感を抱くより永遠の孤独の檻の中にいる方が、よっぽどマシや!!」

 未だ優しい眼差しを向けるリリナを睨みつけながら、俺はリリナを突き放すかのように猛然と叫ぶ。蔑みも哀れみもない奴の目が、俺を苛つかせる...。ここまで俺の自己中まみれの本音を聞いて、何でまだそんな目ができるんや?

 好きやから?愛してるから?こいつはマジでそんな理由で俺を救おうとしてるのか?


 「ねぇ友聖。あなたは家族すらも味方じゃなかったって言ったけど、家族の皆があなたのことを何とも思ってるわけじゃないんだよ」
 「あ?家族?今更何やねん。つーか何でそう言えるわけ?」

 する必要の無い会話を、何故かしてしまう。

 「私ね、天界から友聖とあなたがいた世界のことをずっと見てたの。その時にあなたの家族のことを見てみたの」

 ストーカーか。

 「母は...あなたの母だけは、友聖の遺影に毎日向き合って合掌して。お供え物を置いたり、何か話をしたり...。彼女はあなたが死んでからずっとあなたの死を嘆き悲しんでいたわ。後悔もしていた。ちゃんとあなたの声を聞いておけばって。信じてあげていればって」

 は?

 「母は友聖のこと大切に想ってた。心配もしていた。ただ...あなたとの接し方、付き合い方を間違ってしまった。友聖が喧嘩早くて実際同級生に怪我させてきたからそれを引き合いに出してあなたの虐めことをあなたが悪いと言って遠ざけてたのは知ってるわ。
 それは私から見ても間違いだったことよ。接し方は褒められるべきじゃなかったけど、友聖の母は友聖のことちゃんと大切に想ってはいた...本当よ」

 ...こいつはどこまで俺の心をかき乱せば気が済む?


 「......俺のこと大切やった?ふざけんな...っ!虐めをどうにかしなかったくせに何が大切や。クソみたいなこと聞かせやがって――」
 「友聖、あなたは知らないはずがない...。最近のあなたの母のこと思い出して...!」


 最近のあのくだりも見てたのか...。それに......「最近」のあのクソ母――


 
 「作るな」と言ってもいつも必ず俺の食事を作る――
 食卓から去ろうとすると母がこっちをじっと見つめてきた――
 独立しようとする俺を見送るかのように玄関に立って俺をいつまでも見つめ続けていた――


 まるで、俺を気に掛けるように―――


 「......そうやとしてもや...っ!実の子の悲痛な助けを求める言葉は素直に聞くべきやろ...!死んでからじゃあ、遅いやろうが...!」


 (友聖!あなたがそんなに思いつめていたなんて...!私が間違ってた!お願い!これからはちゃんと友聖と向き合うって約束するから―――)

 
 「全部、遅過ぎや、クソボケが......っ」

 遅い、もっと早くから向き合うべきだった。俺はずっと呼びかけていた。なのにあの母は、親やのに俺を断罪した。でも俺のことは大切ですって...。ふざけた家族愛や。
 要らねー。そんな愛は要らねー。ゴミや、んなもん。そんな愛を受けるくらいなら俺は孤独を選ぶ...!

 俺の心を読んだかのように、リリナが再び話しかける。

 
 「友聖は......本気で孤独を肯定しているのね...?誰もいない孤独な人生を、自分の理想の中に独り閉じこもることを...本気で気に入っていて、幸せでいて、救われてるのね...?
 本当に...あなたは孤独を好いているの、ね...」

 「ああそうや...。涙が出たんは予想外やったけど、俺はそれでええんや!永遠に孤独で良い!人がおるから俺は不快感を与えられる。人がいっぱいおるから必ず誰かに憎しみを抱く。それならそんな奴ら俺の周りから消してしまえばそんなもん感じないで済む!
 代償が孤独だけや言うなら俺はそれでええわ!お前が傍につくとか、そんなもん要らん!お前の救いなんか要らんわ!ていうか、救いですらねぇ!」

 「もう......覆ることは、ないか.........」

 「なァもうええやろ?俺の心もう分かったやろ?俺は孤独でも良い。救われなくても良い。理想さえあればもうそれで満足できる...。
 もう邪魔すんなや。逝くんならお前一人で逝けや」

 最後はもう懇願するように言った。ここまで言ったことで、リリナも俺の本音をようやく理解できた様子だ。

 そう、俺は誰も必要としてへん。この世も...どうせあの世にも俺の味方はおらへん。俺はどうやらそういう星の下で生まれた生物みたいやからな。期待するだけ無駄なんや。
 この女がどれだけ言葉並べようが、俺は信じられへん。いつか味方や無くなるやろうし、もう期待することは止めた...。

 どこにも味方はおらへん。俺に優しくしてくれる世界はどこにも存在してへん。現実は俺にとって地獄や。
 それなら自分で理想を創って、そこへ籠ればええやろ。孤独という檻やけど、そこへ行けば俺に理不尽を強いることは無い。虐げる奴も存在せーへん。
 孤独と引き換えに永遠の快楽と安寧を得られるなら安いはずや。

 救われない...心が?独りでいるのは......寂しい。

 否定はせーへんよ。事実や。一度目の人生でそれは痛いくらい思い知ってる。虐められてる時も、社会人の時も、破産した時も。
 独りがどれだけ寂しいかを、俺は痛いくらいに知ってる。
 孤独の寂しさ、心細さは誰よりも理解しとるつもりや。

 けどええやん孤独。俺の平穏を乱すゴミクズどもがいなくなってせいせいするやん。
 孤独でも楽しいことはある。悪いことはほとんど無い。
 そう、俺は今後も...未来永劫独りで――――



 「でも私は友聖と一緒にいたい!孤独にさせたくない。このままにさせたくないって思ってる!
 だから私は...友聖と一緒に私たちだけの世界に……!!」