転生して帰って来た俺は 異世界で得た力を使って復讐する(全年齢)



 ピンポーン......ドンドンドンッ!


 翌朝、インターホン音とドアを荒々しく叩く音で目が覚めた。
 鳴り止まない二つの不快音に苛立ち、布団から出る。眠っているところにああいう音聞かされるのはマジで不愉快でムカつく。

 それはそうとして、こうして乱暴な訪問をしてきた奴だが、大方の予想はついている。

 洗面してジャージに着替えて(その間もインターホンとドア叩く音は続いた)身なりもそれなりに整えてから玄関のドアを開けると、黒いスーツを着た男が立っていた。

 「おはようございますー杉山...さん?君?まぁええわお前が友聖君でええよな?」

 やっぱりな。先日のヤクザの一員が、俺のところに訪問しやがった。

 「何やねんお前。朝からドンドン叩きやがってよぉ、うるさいねん…!」

 睨みをきかせながらの挨拶に怯むどころか第一声で文句を言う俺の態度に顔をひくつかせながらも話を進めてくる。

 「それはスマンかったなぁ、手荒にして悪かったわ。けどウチの親分に大至急って言われたからそうも言うてられへんのや...。
 お前、人質取られてんのに呼びかけに応じへんかったそうやなぁ?」

 やや凄んだ顔で俺に昨日のことを尋ねる。ハァと呆れた様子で返事する。

 「いやさ、用があるならそっちから来いって話よ。人質取ってようが俺には関係ねーし。それ以前に俺に人質とか意味ねーし」

 ヤクザは俺の今の発言に若干引いていた。

 「......普通家族を人質に取られて来い言われたら来るもんやろ...。お前少し狂っとるな...」
 「別にええやろ?それよりどうするん?俺をここで拉致するんか?大声上げれば即通報されるけど?というかもう通報されかけてるみたいやけど」

 後方へ顎をしゃくって振り向かせる。隣とその隣の住人がこちらを怪し気に見て携帯電話を持っている。あれは通報一歩手前ってところか。
 周りを見たヤクザは小さく舌打ちして、俺に向き直って軽く頭を下げる。

 「......こっちとしてはサツに目つけられるんは御免やからな...。頼むから同行してくれへんか?じゃないとマジでお前の家族がどうなるか分からへんで?」
 「人質は意味ねーって言ってんのに...まぁ良いけど。お前の希望通りにしたるわ。面白そうやし」

 「.........なんなんやコイツは。聞いた話やと見た目は二十歳のガキやったとちゃうんかよ...。どう見ても中坊やんけ」

 小声でぼやきながらも俺を連れて移動し始める。一応周りに催眠術をかけて今の一連のやりとりを忘れさせておいた。

 「ところでお前らはマジのヤクザ?この国にはホンマにそういう組織があるんか?」
 「......ああ俺らはお前が言うとこのヤクザ組織や。お前が先日行ったカジノを運営しているヤクザや。さらにはこの市の偉い奴とも提携していることでも有名や。
 せやから自分......ウチの親分にそんな態度取ってたらただでは済まへんで?」
 「忠告どうも。というかヤクザのくせにけっこう親身やな?さっきの穏便な促しといい、もっと荒く来ると思ってたけど」
 「本物のヤクザがフィクションのそれと同じと思うなや?俺らにとって肩身が狭い時世やからな、あまり人目につくことはせんようにしとるんや。まぁ俺は比較的穏やかやって言われてはいるけどな...」

 などと車中で会話をしながら移動すること約20分後、小さなビルの前で停車して到着やと声をかけられて車から出る。ヤクザの後をついて歩いてビルに入る。フロア紹介の欄でこのヤクザの名前を調べようとしたが全部空欄だった。

 「このビル全部が、ウチらの縄張りや。他の会社は数年前から出て行ったわ」
 
 質問したらそう返ってきた。随分荒っぽいことしてんじゃねーか。
 エレベーターに乗り5のボタンを押す。上昇している最中、俺はヤクザに忠告する。

 「おい、俺をエレベーターから降ろしたらお前はそのまま下へ降りてここから離れろ。場合によってはお前の組織の運営は今日限りになるで」
 「......おいガキ。デカい口叩くのもそこまでにしとけ。お前長生きしたいやろ?なら逆らうべきやない人間には逆らわへんことや。俺もそうして今まで生きてきたし、こんな...裏の仕事をする人間をしとるからな」
 
 またあの凄んだ顔で俺に警告をする。俺はそれを鼻で笑って言い返す。

 「お前さ、とっくに気付いてるんやろ?俺が普通やないってこと。何か...ヤバいものを持ってるって。俺は親切に促してるんやで?巻き込まれないように...。もう二度と子どもに会われへんようになんの、嫌やろ?」
 「お前......いったい何なんや?どういう生き方してたらそんな目をするようになるんや...。お前、もう何人もヤってるな?」
 「さてどうかなー?まぁとりあえず......《《今日はもう帰れ》》」

 最後に催眠術をかけてヤクザをエレベーターに乗せたままにして、自分の家へ帰らせた。あいつは検索したところ俺にとって害にはならない人種だと分かった。ヤクザだからといって確定害悪ではないと言うわけやな。
 むしろ、カタギの中の方がよっぽど害悪だったりする。

 さて、さっきのヤクザは見逃したが、この先にいる連中もあれと同じとは限らない。ムカつく奴らは全員、殺す。

 エレベーターからさほど離れていないドアを雑にノックして開けて中へ入る。俺の無遠慮な入室にヤクザ連中は威嚇の視線を向ける。誰もが武装している。日本刀に短剣など刃物を持った奴ばかりいる。

 「あのー。お前らに呼ばれて来た杉山友聖ですー。朝早くから呼びつけやがっていったい何の用やねん。下らん用やったら殺すぞ?」

 俺の言動に対する怒りとこいつ状況分かってんのかっていう馬鹿を見る視線が向けられる中、大層派手な飾りをつけたオッサンが近づいてきた。顔に強面を思わせる皺が入っていて実年齢より老けてそうな面だ。

 「俺はこの明村興業を仕切ってる後藤言うもんや。杉山友聖、自分のそのナメた口のことは後にしてや......瀬戸の奴はどこ行ったんや?自分と一緒に来たはずやろ?」
 「ああ俺に親身になって色々教えてくれたあのヤクザならさっきエレベーターで別れてきたで?まぁトイレか何かちゃうか?知らんけど」

 皺だらけの顔をさらにしわくちゃにして俺をねめつけて凄むが俺はマイペースのままで動じることはない。他の組員がさっき入って来た扉の前に立ち俺の退路を塞ぐ。穏やかに話をする雰囲気ではなくなってきた。


 「瀬戸の捜索はこの件の後で良いとして...。今日自分をここに呼んだんは、ウチの甥のことや...。
 単刀直入に訊くで―――自分、優に何かしたか?」




 やっぱりな...。コイツは前原が言ってた、ヤクザの親戚で間違いないようや。前原と最近連絡がつかないってことで、俺にも唾かけてきたってことなのか。

 「以前から優はなぁ。杉山…自分のことでウチに相談しに来てたんや。何やら自分が優を脅してるとか何とか...。いずれにし自分、優にちょっかいかけてたそうやな?
 そんな中、最近その優と連絡つかんようなってなぁ。学校行っても何でか学校先が分からんようなってるわ、連絡先も分からんようなってるわ、参っとんのやけど」
 「ぶはっ!......ああ失礼......くくっ......w」

 思わず吹き出してしまい詫びを入れる。後藤と組員どもは殺気を向けるも話を続ける。
 それより何やねんその話!?俺がちょっかいかけてたやと!? 
 クソが、あの最低ゴミカス野郎はどこまで俺を貶めりゃ気が済むんや...!まぁもう死んでいなくなったから済んだことやけど。

 「そんな時にや...自分がウチらが運営してるカジノに来て自分の名前を出してくれたお陰で手がかりが掴めたって話や...。とは言ってもどうやったんか、自分見た目を誤魔化して入ったそうやな...。てっきり相手は二十歳の奴かと思ったら、まさかの優とタメやったとはな。しかも随分荒稼ぎしたとも聞いたが......今はそんなんはええわ。
 もう一度訊くで。自分、優に何かしたんか?」

 「.........ふぅん?」

 「というか自分、昨日自分んとこに電話かけたよな?人質まで取って呼び出したのに昨夜はカジノにこーへんかったしなぁ...。お陰でこっちは待ちぼうけくらったでホンマ...。というか自分どういうつもりや?普通家族人質に取られたら――」

 「あーその質問さっき瀬戸?の奴にもされたからええよもう。というか用があったんやろ?ならお前から出向けや。何が来いや?人質もナンセンスやし。アホやろお前ら」

 度重なる俺の不遜な発言に後藤も組員どもも堪忍袋の緒が切れる寸前だ。

 「おい......こっちは昨夜待ちぼうけされて苛々してるんやわ...。そろそろ真面目に答えろや。やないと今ここで人質バラすことになるでホンマ――」
 「は?マジやけど?人質は無意味やって言うてるのが分からへんか?意味無いから昨夜はお前ら放置したったんやぞ」
 「自分......家族のこと何とも思ってへんのか!?」
 「そやけど?お前らと一緒にすんなや。あんな奴らどうなろうが俺の知ったこっちゃないから。今日俺が呼びかけに応じたんはただの暇つぶしや。まぁあのゴミカス前原がバックにお前らみたいなんがいるってのがホンマやったってことが分かっただけでも十分面白かった――「オイ」――あ?」

 少し部屋の温度が下がった...気がした。目の前にいる後藤の今の短い声に殺気が帯びているのが分かった。それに応じて組員どもも殺気を放っている。こいつらそれなりに命のやりとりの経験を積んだ奴らばっかのようやな...。現代に帰って以降でこういう連中と見るのはこれが初めてやな...オモロいやんけ。

 「優がゴミカスやと...?アイツを侮辱したんは流石に聞き捨てできひんなァ?裏社会を生きる俺が言うのも何やけどなァ、自分かなりの下衆野郎やで?家族を人質に取られても知らんぷりやわ、他人の身内を侮辱するわ、色んな人間見てきたけど自分ほどの腐った奴はそうおらへんで?」

 「あっそ。ホンマにお前が言えたことやないよな。反社会やってる分際が。というか前原が人として終わってる最低のゴミカスやってことは事実やぞ?
 まず誤解を解かせてもらうけど、ちょっかいかけてきたんや俺やなくて前原の方や。俺の方が、二年半もあいつから理不尽な虐めをされとったんや!!」

 俺がやや怒気を孕んだ声に後藤らはやや怯み、次いで驚愕した反応をする。

 「優が、虐め...!?杉山...自分を、か!?」
 「っははは...!そういうことか!あいつ、自分の身内に嘘教えてたんかよ!なぁ後藤。あいつの学校で見せてた汚い本性を教えたるわ!」

 そして俺はヤクザ全員に前原優という汚く最低な人間について教えてやった。強い奴についてそこでイキって人を虐げる奴。俺に対して散々理不尽を強いたこと、痛めつけられ辱められたこと、将来的にはあいつは社会のクズになるってこと全部を話した。

 「ぐ......デタラメを!!あいつが小学生の頃はそういう奴やなかった!12才の時のあいつはそういう奴には見えへんかった!!あいつはベソかいた様子で自分にちょっかいかけられてるって相談を受けた!あれが嘘には思え――」

 「全部嘘や。あいつはお前らヤクザという後ろ盾を使ってデカい面する為にお前らを上手いこと誤魔化してたんや。甥を溺愛してる様子のお前はそんなゴミカス野郎の下らん嘘に唆されて勝手に俺を悪役と決めつけて今回みたいな因縁をつけて、まんまとあいつの下らん思惑通りに動いたって話やっ!
 ただ、あいつの賢いであろう親は騙せなかった...というか相手にされへんかったんやろーな。権力者とは言え政治仕事に身をやつす柄である以上、学生同士の問題なんかに労力を割くことはせーへんかったんやろうな。
 せやから俺の家族が路頭に迷う理不尽な仕打ちはなかったって話やけど……まぁ今となってはもうどうでもええか」

 前原優という腐った人間の本性を知らされた後藤は愕然としている。実の息子のように想っていたのか、ショックだったようやな。

 「じゃあ......自分は、優が消えたことについては何の関係もなかった言うんか...?俺らは優の嘘を信じて杉山...自分の家族を人質に取ってまで――」

 「ああ、あいつは俺が殺したで?」
 「.........は?」
 
 俺の暴露に後藤は瞬時に顔をこちらに向ける。驚愕と怒りを滲ませている。

 「いやお前らがあいつと連絡つかない理由は、その日にあのゴミカス野郎に復讐して、ぶち殺したからやって言うてるんやけど。うん、お前らが睨んだ通りで、前原優は俺が惨たらしくぶち殺しましたー!その証拠に......ほい」

 これの為に取っておいた証拠写真を後藤に見せてやる。その写真には......体の至る所に傷を負って泣き叫んでいる前原優の姿と、もう手遅れ状態の奴の姿が写っていた―――

 「~~~おのれはァ!?殺してやるっっ!!!」
 
 普通の人間が見れば震えるような般若相を浮かべた顔をした後藤が怒号を上げて、手を挙げる。それを合図にヤクザ全員が一斉に俺に斬りかかってきた!闇雲にではない、同士討ちしないよう連携をとって襲ってくる。

 ははは、前原が仕切ってた馬鹿どもと違ってこっちの方がしっかりしてるやんけ!ハッキリしたわ......あいつは、前原優はやっぱりクズやったと!
 あいつは将来何か汚い手をつかって親の権力を奪って自分のものにして、このヤクザをも上手いこと乗っ取って利用して好き勝手するんやろうよ!実際だいぶ汚い事やりまくってたみたいやし多くの人を傷つけて潰して殺してたしな。

 反対に今のこのヤクザは、比較的善良寄りや。人質取ってるのはホンマみたいやけど二人には乱暴はしてへんみたいやな?どっちでもいいけど。
 まぁとにかくコイツらは別に俺を不快な気持ちにはさせてへんし害を為してもないけど......。

 「こうやって向かってくる以上は、しゃーないよなァ?」

 というわけで―――

 風魔術“斬撃”  

 「「「「「―――ごあ”......っ!!」」」」」

 敵となった以上は慈悲は無用、皆殺しルート確立!
 ってわけで魔術をつかって瞬時にヤクザどもを斬殺した!わずか数秒で俺以外の人間は全員首無し死体と化した...!

 「俺が下衆になったんは......お前んとこのゴミカス甥のせいや。あいつらの理不尽な虐めが、俺をこんなにさせたんや。じゃあな社会のクズども。今の俺がいる以上は、この組織は今日で終いや」

 特に恨みはない連中なので、証拠隠滅(別に必要無いけど)に死骸を全て消却して何も無い空間に変えた。そして下の階に移動して本当に縛られていた人質二人を解放する。

 「......」
 「......」

 「はッ、礼無しかよ。一応解放したったのに。心を消したら感謝の気持ちすら湧かへんようになるんかい」

 侮蔑を込めてそう吐き捨てて、二人を放置して屋上へ行く。そこから飛んで家へ帰った。

 少しは暇潰しにはなったな…。




 前原と繋がりがあったヤクザを潰した翌日。
 実家にある私物を俺が建てた新居へ全て移行して、引越作業を完了させる。
 母と姉が実家に帰って来たのは、昨日の夜になってからだった。解放されてから二人はそれぞれ、学校・職場へ行ったんやろうな。感情が無い分何が起ころうがお構いなし、いつもの行動を進めることしかしないようになっている。
 帰った後もいつも通り無言のままだった。解放したことに対して礼の一言も無く、俺の邪魔にならないところへ引っ込んでいった。
 そんな二人をいないものとして扱うことにした俺は、引っ越し作業を進めていく。

 最後に財布や携帯などの小物を全て鞄にまとめて、完了。あとはこのまま新居に移って新生活を始めるだけや...。

 「これで、お前らクソ家族と完全に縁を切れるわ。本来ならこうして絶縁するのに、この時代からあと七年はかかってたからな。
 チートのお陰で、めちゃくちゃ早く独立することが出来て、最高の気分だ」

 けけけと笑いながら、最後に俺が使っていた部屋を除菌する。俺がこの部屋を使った痕跡を完全に絶やして、まるでそこは最初から誰も使ってなかったかのようにしておいた。
 ここには俺の思い出などは塵一つも無くなっている。未練も何も残っていない。

 スッキリした気分で玄関へ行き靴を履いているところで後ろから人の気配がしたから、振り向く。


 「.........」


 クソ母が玄関前に立ち、俺を見つめていた。

 「はぁ?いったいどういうつもりなん?こないだの時といい、キモいねん」
 「.........」


 口汚く罵って詰問しても無言のまま。感じ悪いったらありゃしない。心と感情は確かに消し去った。つまりは何かに興味を持つことも起きないということにもなる。だからこうして何か意図した行動を起こすなど無いはずや。
 何でこうなっているのか訳が分からん。独立する息子の見送りのつもりかよ?

 「クソが、馬鹿馬鹿しい。下らん詮索は要らんわな。早よ出て行こ」

 自分を叱咤するようにそう叫んでこの家を出た。奴の気配は、ドアを閉めてもそのままで、玄関前から立ち去ろうとはしなかった。

 「......今さら何やねんって話や...。俺が苦しんでた時にロクに助けようとせーへんかったくせによ…!さっさと死んじまえ!」


 こうして俺は「杉山」と完全に縁を切った。
 三度目となる人生でも、俺は本当の意味で天涯孤独の身となった――。



 
 新居に移ってからしばらくは自堕落な生活を続けていた。
 高級食品(料理)・ゲーム・アニメ・漫画・風俗等々。欲しいもの全て思うがままに手に入れてばかりの生活だった。
 金の心配は無い。以前と同じく競馬やカジノ、さらには株トレードも始めて当てまくったことで、月に数百万の収入を得ている。

 異世界のチート能力があれば、この世の中の大半の人間のような労働なんかしなくても、遊んで暮らすことができる。

 もちろんただ自堕落生活を送ってばかりの俺じゃない。
 娯楽を満喫している片手間に、二度目の人生と同じように、この国の「粛清」と「改造」も進めて行った!

 俺の前に現れるヤニカスや交通マナーを無視して俺の通行の邪魔をする違反者に、バイクなどの騒音まき散らす害悪などを中心に、殺しまくった。
 2010年って、20年代と比べて喫煙とか交通ルールとかの規制が凄く緩いな。そのせいでまぁいるわいるわ、モラルが欠如してる自己中のゴミクズどもがよぉ…!

 「消えろ……どいつもこいつも消えろォ!!死ね、死ねぇ!!!」

 まずは自分の生活圏だけでも、俺を不快にさせるクズどををこの世から無くす「粛清」を進めていく。今日この日だけで100人以上殺してやった。
 
 やがて直接殺すことに飽きたところで、いったん「粛清」を中断する。


 「来年になると『あいつ』は俺と同じ高校一年生なる。高校生になった『あいつ』じゃないと満足した復讐にはなれへん...。
 同時に今日からしばらくは『粛清』『改造』を控えた方が良いな。この活動の範囲を広げ過ぎてしまうと、『あいつの未来を変えてしまいかねないからな。高校生にすらならない未来もあり得ることになってしまう。
 せやから一旦切り上げや。続きはまだ残っている復讐対象を全員ぶち殺した後や」


 来年には前世の俺が通ってた高校に復讐対象の『あいつ』...上方逸樹《かみかたいつき》と、その他虐め連中が入ることになる。
 「粛清」と「改造」をやり過ぎると上方どもがその高校へ進学しない事態になるかもしれない。
 そのリスクを回避するべく、「粛清」はせいぜい自分の生活圏くらいまでにしておこう。

 復讐対象は上方の他にもまだいる。社会人時代の元先輩と同僚ども。アパートのクソ隣人なんかも...!今ここで派手に動き過ぎると連中の未来が大きく変わってしまうかもしれない。それはなるべく避けておきたい。
 
 「二度目の人生でもやった『日本を理想の国へ改造するプロジェクト』は、残りの復讐対象全員をぶち殺した後にする...と。
 まずは来年に上方どもを。そこからさらに4~5年後に引越センターや清掃会社、宅急便会社それぞれにいる復讐対象どもを。全員ぶち殺してやる。
 俺が殺意を抱いた当時の姿の奴らを殺してこその、俺が望む復讐になるんだ…!」

 そうしてノートに、これまで述べた今後の復讐計画の全容を書きまとめる。終えた後は満足気に頷いた。

 とりあえずは自分の生活圏だけでも理想の地へ変えることに成功した。
 副流煙も無い、横断を邪魔する違反者も無い、騒音出すバイクやカーも無い。
 俺を害するもの、不快にさせるものは、ここには一つも無い!

 「最高や...。何もかもが俺の思うがままや!俺に優しくしてくれへんような、味方にならず敵にしかならへんようなこんな世の中なんか、ぐちゃぐちゃになってしまえばええわ。
 
 「いくら他人が不幸になろうが悲しもうが絶望してようが、全部どうでもいい。この俺さえ幸せであればそれでええ。
 この世界にいる他の人間なんか全部どうでもええわ!!俺の味方をせずただ理不尽を強いるだけのクソッタレな世界なんか、俺の好きなように潰して汚して殺しまくって、改造したるっちゅーねん!!

 「お前らがそうさせたんや!俺ばっかあんな目に遭わせたのが悪いんや!!この状況を形成したんは、お前らクズどもが選んだ結果や!!
 俺を理不尽に虐げて排除することしかない世の中やから、俺がこの手で自分が快適に幸せに生きていける世の中に変えてやってるんや!!」


 誰に向けて誰かに聞かせているわけでもなく、ただ確認するかのように俺は溜まったものを吐き出していた。
 俺にとって優しくないこの世界が憎かった。俺に味方というものを何一つ与えてくれなかった。俺の助けを求めるサインに誰一人まともに応じようとせぇへんかった...!

 せやから俺は全てに牙を向けた。復讐することを決心した。このクソッタレな世界を自分好みの世界に改造してやると決意した。
 その際にどれ程の犠牲も他人の不幸と絶望も厭わない。むしろ指さして嗤ってやるとさえ思うようにもなった。

 俺がこうなったのは全部お前らが悪い。そうに違いない。全部お前らが悪い。全部、全部お前らのせいや......っ!

 ギリと歯を軋ませて怒りのままにコンクリートをある程度破壊してから帰る。それ以降の毎日は、「その日」が訪れるまでずっと自身の欲望に浸り続けた...。




 ――そしてあっという間に年が変わり春を迎える。つまり高校生になる年や!

 俺は受験しなかった為15才にして無職となってしまったけど、問題無い。復讐ができるなら肩書きも職業も何も要らんわ。

 天気は曇り。この曇天は...上方逸樹のクソ野郎どもに不幸と絶望が訪れるサインだと思うと気分が良くなった。
 
 「そう......今日はあの最低ゴミカス上方逸樹どもをぶち殺す日や...。やっと殺せる。あのクソ憎い面を見下しながらどう甚振ってやろうか。楽しみや...ああ楽しみやなァ!!」

 本来俺が入学するはずだった高校の屋上で、俺はその時を待っていた。標的が登校してきたらここへ引きずり出して、最高の復讐タイムを始めよう。
 そしてこの高校も地獄に変えてやる。あの中学と同じ、この高校も俺が虐められてることに、誰もかれもが知らんぷりしていた。教師どもも虐めを問題にしなかった。

 いくら偏差値が低い学校でも、それは無いやろ。赦していいわけがない。教師どもはもちろん、ここの生徒全員もぶち殺さないとな。連帯責任や。
 ああ……今日ここで、大量の血が流れることになるんやろーなァ!!


 「くく、ふふふふふ......っははははははははははははは!!!
 さぁさぁ!あと10分ってところかァ!?
 さァ続きを始めよう!
 復讐を、俺の心を救う為の儀式を!!
 このクソッタレな世の中をぶっ潰す為の――――」



 ―――そこまでよ 友聖


 歪んだ笑みを浮かべながら意気揚々とこれから行うことを叫んでいざ行動開始……と思ったところで、《《その声》》は聞こえた。

 聞こえた...というより、「響いた」が正しい。脳に直接語りかけたような感じ。耳を塞いでも絶対聞こえるようなそんな感じだった。

 そしてその声は...初めて聞くものではなかった。
 まるで......そう、あれだ。人の心を潤すような澄んだ綺麗な声...的な。

 その時俺は弾かれるように空を見た。そこに何かあると何故か思わされたからだ。案の定、空に異変が起きていた......曇っていたはずの空が、明るく光っていたのだ...!

 「あれは.........魔術か何か、か...!?」

 曇天を穿つような光が差し込まれてこの世界を明るく照らしている...そんな光だった。その光の中に、何か人のようなシルエットが見えた。それは徐々に俺のところに近づき、やがて俺と相対するように降りてきた。
 同時にその人のようなものの正体も分かったのだが......


 「は、あぁ......っ!?お前、は...っ!!」

 その姿を見た俺は、ただ驚愕することしかできなかった。有り得ないものを見たリアクションを取るしかなかった。

 俺の前に立っている「そいつ」は、姿はアレ......「女神」を思わせる格好で天使の輪っかを浮かせて羽を生やした少女だ。これだけだったならただの初見女で済んだのだが、問題は彼女の髪と顔だ...!

 《《肩にかかるくらいまで伸ばした艶やかな青い髪》》の、育ちが良い《《王女》》を思わせる少女......というか、王女だった奴、だ...!!


 「友聖。あなたの凶行はここまでよ。あなたは......私が止める!!!」








 リリナ王女。


 異世界で復讐して殺したはずの女が、この世界に現れて俺の前に降臨した―――








*以降 回想

 「え……?」


 目の前に広がる景色は...真っ白に染まった何も無い空間。次いで自分の体が存在していることも確認する。

 「お腹の傷が……ない」

 自分はある少年によって無惨に殺されてしまった。声を消されお腹を剣で貫かれてそれが致命傷となって...確かに自分は死んだはずだ。

 「ゆ、め...?」

 「夢ではありません」

 「――っ!?」

 呟くように出た少女の疑問に答えが返ってきて驚き、声がした方へ目を向ける。そこには白い装束を纏う、長い金髪の妙齢の女性がいた。見間違いでなければ、その女性の体は輝いて見えて神々しさを感じる。

 「驚かせてごめんなさい。私は“大女神”。女神族の長を務めており女神界を統轄している者です」
 「め、がみ...!?」

 出会って早々「私は女神だ」と言われたら、相手の正気を疑うのが普通だろう。けれど今目の前にいる金髪の女性...大女神とやらが言ってることはデタラメでは無いと、思わされてしまった。
 この妙な空間、何故か体が無事でいる自分、そして人間を超越して見る神々しい女性。こんな状況下であれば目の前にいる人が女神だと名乗っても。おかしくは思わなかった。
 
 「いや...そうなの、かな...?あ、いえ!何でもないです」
 「?まずは、この状況について説明しましょうか......リリナ・エレック王女」
 
 名乗ってもないのに自分の名前を呼ばれても大して動揺はしなかった。相手が女神なら自分の名前くらい知っていても変ではないと思うからである。

 「まず始めに...自分でも分かっているかもしれませんが、あなたは死んでいます」

 やっぱりか...とリリナは嘆息する。あの最期は忘れられるはずもない。好きな人にあんな憎悪の目で睨まれて、残酷に殺されたのだから。

 「それによってあなたは今、魂のみという状態でここ、 “転生の間”にいます。今のあなたには今肉体が無い状態です。その姿は死ぬ直前のあなたを再現しているだけに過ぎません」

 改めて自分の姿を見ると確かにあの日死んだ時の服そのものだ。大事な日だった為に特に気合い入れたドレスを身に纏った。今もそのドレスを着ている。

 「ここに送られて来る者は誰でも良いというわけではありません。生前に悲惨な最期を遂げた者、報われない人生しか送れなかった者、そしてロクに愛を受けず、愛を感じなかったままこの世を去った者の魂が、この転生の間に連れてこられるのです」
 「悲惨、な......」

 自分で言うのは気が引けるが、私の人生の終わり方はやはり普通の人と比べると悲惨と言えるようなものだったらしい。自分がここに来たのも頷ける。

 「その様子だとあなたは全て憶えているようですね。何故死んだのか......いえ、誰に殺されたのかを」
 「はい......。私は、友聖という少年に殺されました」

 自分で口にして心が痛んだ(魂だから心があるのか分からないが痛みを感じた以上心か何かはあるのだろう)。

 あの世界では勇者として魔王軍と戦い勝利した少年…友聖。孤児院で育てられ、ある日そこで才能を見いだされた彼は、王国に連れられ討伐軍に入隊させられる。
 彼の活躍で魔王は討たれ世界は平和になった......はずだった。

 「私が...あんなこと言わなければ...!普通に最初から......私のせいで......っ!友聖、友聖ぃ......っ」

 今更ながらリリナは悲しみと後悔に苛まれてその場で泣き崩れる。嗚咽を漏らして友聖と何度も呼んで涙を零してしまう。
 大女神はそんなリリナを黙って見つめていた。

 「......申し訳ありません。大女神様の御前ではしたない姿を...」
 「良いのですよ。ここに来る者たちは皆、最初はさっきのあなたみたいに感情を出してましたから。あなたの悲しみと後悔、私に十分伝わってきました」
 
 リリナの謝罪に対し大女神は慰めの言葉をかける。そんな彼女にリリナはありがとうございますと頭を下げるだけだった。

 「それに......私にも、この件に関して責任があるのです...。はっきり言いましょう、友聖という少年は、あなたがいた世界の人間ではないのです」
 「―――っ!?」

 大女神の思わぬ告白にリリナは驚いて顔を上げる。

 「それって、どういう......」
 「友聖という少年...本名“杉山友聖”は、あなたがいた世界とは別の世界...日本という国で生きていました。
 そして彼は、そこで一度死んでいるのです」
 「―――――」
 「彼もまた......報われない、愛をロクに与えられないまま命を散らしました。故に今のあなたがいるこの場所に移送され、あなたがいた世界へ転生したのです」
 「友聖は転生者...!?」

 リリナは啞然とした様子で今の大女神が話した内容を思い返す。
 友聖はもともとは自分とは異なる世界の人間だった。彼は一度死んでおり、転生して自分がいた世界へやってきた...。

 「思い出してみて下さい。彼は...何か、目立つことをしていませんでしたか?例えばあなたがいた世界では全く思いつかなかったことの実現や、何かを発明したとか。 
 前世の記憶を持ったまま異世界に生まれ変わった者は大抵その世界の人間には考えもしなかった発明をするものです。杉山友聖もそういうことをしていませんでしたか?」
 
 大女神の問いにリリナは今さらながら気付く。確かに友聖は私や王国の人間が知りもしなかった知識を披露して目立ったことをしていた。「銃」という遠距離の武器や、電気でより便利な発明品を考えついてみせたり...言われてみれば確かに友聖はどこか別世界じみた発想をしていた節があった。

 「そう、だったんですか...。友聖は、一度死んでいて......それも私みたいに良い最期を遂げられずに...。だから私がいた世界来た。孤児だったのも、転生者だったから...」

 色々得心した様子のリリナに大女神が話を続ける。

 「前世の彼は酷い虐めに遭い、それに対し家族や他の大人たちには全く助けてもらえず、社会に出てからも理不尽を強いられ続けて...ついには彼の心は折れてしまい、病んでしまい、全てを諦めました......自分の命さえも。そんな人生しか送れなかった彼に、私は彼に今度は良い人生を送る機会を与えました。
 元いた地球に転生させるかどうか迷ったのですが、記憶を持たせたままあの世界へ帰すのは彼にとって良くないと思い、他に転生させるところが無く、彼には負担が重くなることになって申し訳なかったのですが、魔王軍の討伐を目的にあなたの世界へ転生させることにしたのです」

 だけどそのお陰で自分は友聖に逢うことが出来た、とリリナは内心大女神に感謝する。それに彼の活躍で魔王軍は討伐され世界は一時的に平和になったのだから彼が来た意味はあったと言える。しかし......

 「ところが知っての通り、彼はまたも理不尽な仕打ちを受けることになってしまいます。
 そのせいで彼の倫理や理性、人の道など…何もかもが壊されてしまった。そうして彼は全てへの復讐を決行したのです」

 父の国王や貴族、冒険者たちに国民、さらには孤児院の者までもが、命を懸けて世界を救った友聖に、何の礼も感謝もすることなく冷たく突き放して用済みだと切り捨てた...。
 彼らが本心で友聖にそんな仕打ちをしたかどうかについては...恐らく本心だったのだろう。低い身分で孤児だった彼を常に下に見て道具のようにしか対応しなかった彼らだったのだから。

 しかしリリナだけは違っていた。常に友聖の身を案じて、国の平和に貢献している彼にいつも感謝していた。魔王を討った後は、もちろん盛大にお礼をしようと思っていた。

 だが、リリナはとんでもない過ちを犯してしまった。


 「私は...サプライズで友聖を喜ばせる為に、芝居で彼を冷たく突き放してしまった...。それが原因で友聖の人格を完全に変えてしまった...」


 リリナは自身が友聖にとって最後の砦だったということに、気付けなかった。すぐにでも友聖の傍に来て支えてあげて...よくやってくれた、あなたがいてくれたお陰で、すごく感謝している、と言ってあげるべきだったのだ。
 
 「私のせいで友聖を、復讐の化け物に変えてしまった...。もちろんお父様たちや民たちにも非があったけど、私が気付いてあげればあんなことにはならなかったはず、です」

 「......杉山友聖は前世での忌まわしい出来事を引きずったまま異世界での生活を過ごし、そこでも彼は不遇な扱いを強いられて、多くの人たちから冷たい対応を受けてしまい、結果彼は...崩壊してしまった...。
 私も彼がああなってしまったことは想定していませんでした。彼が復讐に走ったのは、私の配慮が不足していたせいでもあります...。本当にごめんなさい...っ」

 リリナが自分のせいだと主張する一方で大女神もまた自分の至らなさについて謝罪する。お互いに頭を下げ合うという妙なやり取りの後、大女神が姿勢を正して話を切り替える。


 「さて...リリナさん。ここからが本題です。あなたにお願いしたいことがあります......

 あなたには私と同じ女神に転生してほしいのです」




 「私が女神に......ですか?」
 「はい。リリナさんをここに呼んだ理由はそのことに関係しています」


 動揺した様子で聞き返すリリナに大女神は落ち着いた声音で返事をして続きを話す。

 「リリナさん、あなたは女神に適した人材です。清い心を持ち、愛に満ちた者のあなたには女神に転生できる資格があります」
 「わ、私はそんな大層な人間では...」
 「いいえ。あなた程の清く優しい女性は中々いません。それと......資格があるとは言いましたが、私にとってはリリナさんには女神になって欲しいのです」

 謙遜するリリナを大女神はやんわり諭す。そして再度リリナに女神への転生をお願いする。
 
 「我々女神族は今...悪魔族という敵勢力と争いをしている状況にあります」
 「悪魔、族」
 「今私たちがいるこの次元――“あの世”には、我々女神族や良心を持ったまま死んだ人間が暮らす『天界』と、悪魔族のような悪しき心を持つ者たちが住む『涅槃』が存在しています。 
 その悪魔族が、天界を堕とすべく我々の領域に侵略を仕掛けてきました。我々は当然抗戦することになり、数百年間争い続けているのです」

 いきなり飛躍した話になったことにリリナは少々呆気に取られるもどうにか話についていく。


 「それで...その悪魔族が近年勢力を増して、我々女神族はやや劣勢に陥っています。私としても今は身を削って半身を戦場へ送っている状態です」
 「え...!?今も女神様たちは悪魔たちと戦っている最中なのですか!?」
 「はい...。しかしあなたとこうして話すことが重要で優先すべきことでしたので、この場を設けさせていただきました...。
 安心してください、今は死傷者は出てはいません。膠着状態が続いているといったところでしょうか。劣勢といっても女神族の戦士たちは皆強いです。一人につき何十人もの悪魔を退治できるくらいに」

 それほどに強いのに苦戦しているということは、敵の数が多いということなのだろう。

 「女神になる資格を持つ者が現れるのは稀ですから。リリナさんのような適合者が現れたのは約100年ぶりです」
 「そ、そんなに希少な存在なのですね女神というのは...」
 「それで......厚かましいのは承知の上で頼みごとを言います。リリナさん、女神に転生していただけますでしょうか...?」

 大女神の真摯な眼差しにリリナは押し黙る。しばらくして彼女はある質問をする。

 「すみません...一つ質問したいのですが。もし私が元の世界へ帰りたいと言ったら、私はあの世界へ転生できるのでしょうか...?そもそも、今あの世界はどうなっているのでしょうか...?」

 自分のことと今のこの状況のことで置いてきぼりにしてしまっていたあの世界の現状のこと。友聖があのまま復讐を続けたのなら恐らくは...と予感はしているリリナだが、それでも確認せずにはいられなかった。

 しかし大女神の答えは、リリナがした悪い予想をさらに上回る悪いものだった。


 「あなたがいた世界は、もう無くなっています。
 杉山友聖が跡形も無く消し去ってしまいました。
 今リリナさんをあの世界へ転生させることはもう不可能です」


 「世界が...無くなった...!?じゃあ、友聖もまた死んで...」
 「いいえ、彼は生きています。彼は空間魔術の応用で彼が元いた世界へ転移したのです。転移する直前に彼はあの世界の各地に破壊爆弾を起動して、それで星を破壊したのです...」

 驚愕過ぎる事実にリリナは絶句する。同時に膝を崩して地面にへたり込んでしまう。
 
 「それと伝え忘れていたことがあります...向こうの時系列についてです。この世次元の時間は、リリナさんが死んでから約7年は経っています。リリナさんがいた世界が消滅したのは少し前になります」
 「そう、だったのですか...てっきりあの日からすぐにここへ来たのだと...」

 「 “この世”から“あの世”へ移る際には時空の歪みが生じてしまい、死んだ時からすぐの時もあれば、数十年経っている時もあります。リリナさんくらいの年月の経過が標準と言って良いでしょう」
 「.........それで、友聖は今...どうしているか分かります、か?」

 リリナは躊躇いがちにそんな質問をする。彼女自身も大体の予想はしているが、やはり事情を知っている人の口から知りたいと思わずにはいられなかった。

 「...あなたが考えている通りです。杉山友聖は、彼がいた世界で憎んでいた人間を次々復讐しています。口にするのも憚れるような手段で、虐殺しています...」
 「そう、ですか......」

 小さくありがとうございますと言ってそのまま力無く項垂れる。
 自分が友聖の心の支えになっていれば、今も復讐に走っていなかっただろうと後悔している。もう、取り返しのつかない事態になってしまっているのだと確信するリリナだった。

 「......大女神様。私が友聖のいる世界へ転生するのは、可能でしょうか?」

 できるなら今すぐにでも友聖のところへ行きたい、彼に会ってちゃんと話がしたいというのがリリナの本心である。
 しかし...あの時見た彼の状態を考えれば、それが困難...否、無理であることを彼女は心の底では理解していた。

 「出来る出来ないかで言うと、可能です。
 可能ですが......たとえリリナさんでも、今の彼とまた対面しても恐らくすぐに......殺されてしまいます」
 「そうですか...」

 躊躇い無く殺すくらいにリリナを憎んでいた友聖のもとに再び現れても、あの時と同様にまた無惨に殺されるに違いない。
 彼はもう取り返しのつかない状態になってしまっていて、魔王をも凌駕する力を手にしている。誰も手に負えない化け物になってしまっているのだ。誰の声も届かない...家族も親しい友でさえも。

 「今、杉山友聖のところへ行ってもすぐに殺されてしまうでしょう...。 “この世”での彼への干渉は、もう諦めるべきと言えます。彼ともう一度接触したいのであれば、彼が“あの世”に来るのを待つ他ありません。
 その時までにリリナさん、あなたも彼と同レベルの戦闘力を身につけるべきだと思います」

 「......悪魔族と戦う為だけじゃなく、友聖とちゃんと話をする為にもなる......」

 リリナの中で女神族に生まれ変わるメリットについて考える。大女神たち女神族の平和の為、そして将来的には友聖との再会の為。力が無ければいくら言葉を並べても意味が無い、ただ彼の力に倒されるだけ。彼と並ぶ力が要されるリリナにとって女神族になることは大きなチャンスと言って良い。
 そして、リリナは―――


 「是非私を、女神に転生させて下さい......っ!!」


 女神に生まれ変わった―――


 転生の間で女神リリナへと生まれ変わり、彼女はすぐに天界へ移ってそこで暮らすことになった。リリナの姿もドレスから白装束へと変わり、背中には白い翼が生えて、頭の上には輪っかが浮かんだ。さらには何か力が溢れる感覚がして、実際彼女に凄い力が宿った。
 女神の適合性が高いと評価を受けたリリナは、他の女神族からモテはやされた。今までの女神族を含め、リリナの素質はトップクラスとのこと。
 天界での生活を始めてから数日後には早速リリナは戦闘の指導を受けて、瞬く間に成長し、悪魔族との争いに加わっていった。

 そして彼女の活躍もあって悪魔族の勢いは徐々に弱まっていった。
 修行と戦いの間も、リリナは友聖がいる世界を見ていた。友聖が笑いながら人を殺している姿を見る度に心を痛め、彼が幸せそうに過ごしているのをいつも複雑な気持ちで眺め、彼が他の女性とアダルトな時間を過ごしているのを見る度に寂しげな顔をしていた...。




そして...リリナが女神に転生してから三十年の時が経った頃、事態が大きく動いた――





 「友聖が、また死んだ......!?」


 日本にいる友聖の様子・動向を定期的に観察していたある日。彼は禁忌の魔術を使用して、自身の死と引き換えに(正確には抜け殻状態、植物状態になるだけだが)自身の魂と精神体、さらには魔力や戦闘系の能力などを過去の自分に引き継がせるという、ある意味の時間遡行を実行したのだった。
 
 「肉体は死んでも、魂がまだ“この世”にあるから...ここには来ない......っ」

 リリナはその事実を知って愕然とする。もし過去の彼も同じように魂を過去に送ることができるのならば、彼がこの次元にやって来ることはほぼ無くなるということになる。

 「事実上の不老不死じゃない!友聖、あなたは......っ」
 「......まずいことになりましたね...。今回彼が過去へ飛んだ動機は......復讐の為」

 傍で同じく友聖の様子を見ていた大女神はやや渋面を浮かべてそう告げる。

 「復讐...!?そんなどうしてですか?友聖はもうあの世界で憎んでいた人たちを全員殺して終わったはずじゃあ...っ」
 「理由は分かりませんが、とにかく彼はまだ彼らを殺そうと考えてのことと思われます。そしてそれが正しい予想なら、彼は何度も時間を遡って...」
 「そ、んな...!友聖、あなたはまだ復讐を......人をたくさん殺すつもりなの...?」

 大女神による友聖の行動予想を聞いたリリナはさらに悲しい気持ちになる。友聖の底無しの憎悪と殺欲に震えてもいる。己の心を満たす為に己の命さえ捨てるという彼の執着心を、今になって理解できた。


 杉山友聖という男がどれほどまで壊れてしまっているのかを、今理解した...。


 「...大女神様、友聖の行いはもう看過できるものではないと、思います...。私だけでも、あの世界へ行ってはならないのですか?」

 リリナの言う通り、友聖の行いは看過できるレベルではない。人の命をたくさん奪うという人道に悖る行為のこともあるが、彼が過去に行って本来その時代で死ぬはずではなかった人が大勢死ぬことで時空が滅茶苦茶になる恐れがあるのだ。
 最悪世界が滅ぶ事態に及ぶ...その可能性もリリナは提示して“この世”へ転移する許可を求める。

 しかし...


 「リリナさん、お気持ちは察しています。けれどこの次元に魂を置く者が異なる次元へ転移するのは禁忌とされています。良くて今のあなたの資格と地位の剥奪、最悪あなたが次元の間へ閉ざされるという事態も起こることも考えられるのです。
 次元を超えるということはそれほど危険で禁ずるべき行為なのです。辛いでしょうが、私たちが彼に干渉する術は...ありません」
 「.........っ」

 リリナの申し出は、不許可と不可能の二つ返事で拒否された。為す術が無いと宣告されたリリナは悲痛な面持ちで、少年の友聖を眺めることしかできなかった。
 そんなリリナを大女神は謝罪と簡単な慰めの言葉をかけてその場を去った。

 (あの頃...勇者として活躍していたあなたの姿に、戻ったのね。今のあなたを見てると思い出すわ......あの頃の日々を。親しかったあなたとの出来事を。今のあなたを見てるといっぱい、いっぱい思い出す...!)

 身体の年齢15に戻った友聖。本来の人生では中学生で二度目の人生では勇者だった彼を懐かしむ一方悲しくも思いながら、リリナは何もできないこの現実を嘆くしか出来なかった。

 このまま永遠に彼に会えないのなら、いっそ禁忌を犯してでも...つまり無断で次元を超えて友聖に会いに行こうかという考えに至った頃、女神族に衝撃的な報告が入った。

 「悪魔族長サタンの最後の分身体の潜伏先が......“この世”に!?それも人間界に...!?」

 女神族同じく“あの世”に魂を置く者である悪魔族...その長である“大悪魔”サタン。彼は女神族を滅ぼすべく全ての悪魔を率いて戦争を仕掛けて、今も争いは続けている。

 リリナの参戦で悪魔族は次第に勢いを失くし、終戦するかに思えた...が、追い詰められたサタンは数十年前に自身の分身体を大量に作り出して世界中に散りばめさせた。分身体を全て倒さない限りはサタンは消えないということを知った彼女たちは悪魔たちと戦いつつサタンの分身をも討伐し続けた。

 数年前に最後の一体にまで減らすところまでは成功ものの、最後の一体だけがどうしても発見できず、ずっと捜索していたのだが、まさか禁忌を犯し危険を冒してこの世の次元へ侵入してまで身を潜めていたとは、思いもよらなかった。
 
 「もし、サタンが率いる悪魔戦士までもが人間界に侵略したとしたら、人間界は確実に滅ぼされてしまいます...。今のサタンならやりかねません」

 大女神の言葉に女神全員...特にリリナは戦慄する。大敵である悪魔族したことと同じことをしようと彼女はついさっきまで考えていたのだから当然だ。戦慄と同時に恥じてもいた。敵と同じことをしようとした自分の未熟さを恥じたのだ。
 
 「サタンは、人間界にいるある少年の中に潜伏していることが分かりました。その少年も、普通の人間ではありません...。サタンが潜伏しているという理由もありますが、その少年は......一度死んで別の世界へ転生した者で、その後空間をわたって元の世界へ帰ってきた人間なのです」
 「―――」

 大女神の言葉にリリナは大きく狼狽する。他の女神たちも同様の反応をしていたから目立つことはなかったが、彼女の場合その度合いと色は大きく異なる。
 大女神が口にした人間に、覚えがあるからだ。

 「その少年を別の世界へ転生させたのは...私です。
 そしていつどういう経緯でそうなったのか分かりませんが、今彼の中には、あのサタンが潜伏しているのです...。

 その少年の名は杉山友聖。彼を討伐すれば、悪魔族との戦争に終止符をつけることができます―――」
 
 ガツンと頭を殴られるくらいの衝撃的な報告に、リリナは驚愕に震える。しばらくして落ち着きを取り戻し、大女神に問いかける。

 「確か、なのですか...?友聖に、あのサタンが......っ」

 落ち着いたとは言っても声にまだ震えがあるリリナを、他の女神たちがどうしたのかという視線を向ける。リリナの事情を知っている大女神だけは彼女がひどく動揺している理由を汲み取って対応する。

 「間違いありません。私としても僅かな可能性を模索しての、人間界への捜索を試みました。そして見つけたのです、杉山友聖にサタンがいつの間にか潜伏していたのを。普通の感知では引っかからない彼でしたから、私の本気の感知魔術で捜索してやっと見つけました。まさかずっと杉山友聖の中にいたとは思いませんでしたが」

 二人とも重い沈黙をしたことで女神たちがオロオロするが、すぐに大女神がキリっとした面持ちでリリナにある命令を下した。


 「女神リリナ。あなたには“この世”に転移し、日本という国にいる杉山友聖を討伐してもらいます!!
 彼を討てばサタンを討つことができ、そして悪魔族との戦いを終わらせることが出来ます!女神族の精鋭であるあなたにお願いします。
 彼を…杉山友聖の凶行を、あなたの手で終わらせて下さい」



 思いもよらない命令に、リリナはビックリした顔を大女神に向ける。彼女の顔は真剣で、本気で今の命令を下したのだとリリナは確信する。

 「良いのですか...?異なる次元へ転移するのは禁忌だと以前おっしゃってましたけど……」
 「禁忌ではありますが、事態は深刻です。これ以上悪魔の好きにさせるとこの次元だけじゃなく別の次元までもが脅威に晒されることになるでしょう。それを防ぐ為に、私たちが禁忌を犯すのは止むに得ません...いえ、今回に限っては特例として認めてもらいます。大女神の名において私が許可させます。
 この次元にいる者が犯したことは、この次元にいる者がどうにかすべきだと私は考えてますから」


 大女神は迷いなくそう答えて女神たちを解散させる。後日彼女は天界の中心部へ赴き、この世界の賢者たちに事情を説明して特例を認めることを持ちかける。


 「許可はおりました。ただし転移するのは女神一名のみ。今も悪魔族との争いは続いている最中ですから人員を割くことはできません」

 ただ...と大女神は深刻な顔を浮かべて続きを話す。

 「次元の転移は失敗して消滅あるいは次元の間に落ちて閉じ込められる可能性が非常に高い行為です。その危険性が原因で転移が禁忌にされているとされるくらいに。賢者の方々は転移を許可する代わりにある条件を出しました。
 一つは先程言った一人だけの転移にすること。そしてもう一つは...賢者の方々が安全に転移する方法があるとのことで、その術式をすぐに完成するからそれまで待って欲しいとのことです」
 「そんな方法が!?危険が大きいから禁忌にされていたのでは…!?」
 「恐らく、今回のような緊急事態が過去にもあったことが関係しているのだと思います。
 賢者の方々は過去の失敗をもとに、今回のような事態に対しすぐに行動できるように、大昔から安全にすぐに転移できる術式を創っていたのでしょう。
 私も少し前にそんな方法があったことを知りました。まだまだ私も未熟でしたね」

 少し自嘲する大女神に、リリナは片膝をついて頭を下げる。

 「いえ。それよりも大女神様、ありがとうございます!私を真っ先にご指名して下さって。女神になってまだ浅い私にこのような重要な任務を任せていただいて...!」

 感謝の意を述べるリリナに大女神は優しく微笑んでリリナの肩に手を置く。

 「あなたの事情・気持ち、この私にも十分理解しているつもりです。それに私はあなたにやって欲しいと思っているのです。想い人に会う為、説得する為。彼の心を救うには、彼が知る者でなければなりません。
 リリナさん、あなた以外に相応しい者はいません。杉山友聖を頼みます...!」
 「っ!必ず...!!」

 大女神の優しい言葉にリリナは感涙しながらも力強く成功を誓った。



 それから数か月間。天界では賢者たちが転移の術式を完成すべく奔走。そんな彼らを狙う悪魔族をリリナ含む女神族たちが応戦。皆リリナに負担をかけまいと奮起して悪魔たちと戦う。そんな仲間たちにリリナは感謝した。


 「本当は私たちも行くべきなんですが、悪魔たちをここで食い止めるのが精一杯。リリナさん、頼みます!!」
 「いえ、友聖を止める機会を与えていただいただけで十分です。それにこれは私がすべきなんです。私のせいもあって友聖があんなになってしまったから。全てにけじめをつけなければ...!」


 そしてついに転移の術式が完成され、リリナは“転移の間”に立つ。側には大女神と賢者たちが見守っている。


 「 “あの世”から“この世”へ転移をする場合、あっちの世界の転移先だけではなくその時代をも設定することができることになってる。
 サタンが今いる時代が現在ではなく過去にいることから、今回あなたが行く先は今から過去の時代だ。
 その際に気をつけねばならないのは...その時代の自分と会ってはならないこと。もし会ってしまうと時空が歪み、最悪その世界が滅ぶ恐れがある。くれぐれも出会わぬよう細心の注意を。
 そして、是非サタンを討ってくれ」

 転移の注意と激励を告げる賢者たちに、リリナは感謝の礼を述べて頭を下げて、最後に大女神と向き合う。

 「人間界を頼みます。杉山友聖がこれ以上罪を犯さないように...そしてサタンが何かする前に」
 「はいっ!あの、大女神様にお聞きしたいことが...」
 「?何でしょうか...?」
 「大女神様の名前は、何というのでしょうか?」


 リリナの質問に大女神はキョトンとした顔をする。そして可笑しそうに笑い、どこか自嘲した様子で答えてくれた。



 「私の名はプルメリ...。かつて想い人に殺されて女神に生まれ変わった哀れな女です――」



 そして、術は発動して......リリナを別の次元へ飛ばした―――


 (リリナさん。あなたは私と同じ道を歩まないで下さいね――)





 そして 現在―――――



 状況を整理しよう。

 俺は今日、高校の時に俺を虐げやがった男...上方逸樹とその仲間たちをぶち殺すべく、奴が通うこの高校にやって来た。
 奴らが登校してきたらすぐにこの屋上へ引き上げて...ここで残酷にぶち殺して、復讐を成す。
 そのつもりだった。

 行動を起こそうとしたその時、脳内で俺の名を呼んだ感じがしたかと思うと空から不自然な光が差して天を晴らした。その光から一人の女が現れて俺のところへ降り立った。
 この時点で非現実的な現象だが、その中でも俺が驚愕したのはその女が誰なのかというわけなのだが...。

 リリナ王女―――。

 二度目の人生で復讐してもう存在しないはずの人間が、漫画やアニメとかで出る女神の格好をした姿をしていて、俺の凶行を止めてやるとほざいたのだ。

 いやいや.........は?マジで「は」??

 幽霊やない、実体が確かにある。人間でもない、さっき表現した通り女神のような何か超越した存在だ。
 というより目の前にいる女はほんまにリリナなんか?俺は咄嗟に検索魔術を発動して目の前の女の正体を暴く。そしてすぐに結果が出る。


 「お前は.........リリナ。異世界にいた王女。お前は俺に殺されて............女神に転生、した...!?」 

 転生という言葉でハッとした。そして理解もできた...!

 「お前......俺と同じ転生者やな?それも人間を超えた存在に転生を...っ」

 俺の問いにリリナは肯定の意を示す。
 
 「友聖が思っている通りよ。私は死んで、女神族という存在に転生した」
 
 次いで俺の顔をしっかり見て懐かしむ感じの表情を向ける。

 「久ぶりね友聖...。こんな形で再会するとは思ってなかったよね...?あなたにとっては十数年ぶりの再会になるのかな。それに今のあなたの姿は、あなたが勇者だった頃と同じで懐かしくて嬉し――」


 俺は話につき合う気はなかった。即座に剣を錬成してリリナに斬りかかる。

 「――っ。躊躇、無いね...」

 ...が、紙一重躱される。しかもだいぶ余裕もった様子で。俺の今の動きを見切っている感じだった。

 「お前も、転生したことで力を手にしたクチか。生前のお前なら今ので真っ二つになってたはずやけど」
 「......うん。天界っていう世界で色々戦闘教育を受けてきたから。それより、今のって.........本気だったよね」
 「当たり前や。お前が転生してそういう存在になったんは驚いたわ。けどそんんだけや。お前とはとっくの昔に決別したやろ?もう話すことも...ましてや旧交を温めることもないわ、クソ女がっっ!!」

 そう罵声を浴びせて再度容赦の無い、本気の一太刀を放つ。狙いは首、剣速は音速に迫る。その首を刎ね落とす―――
 



 「クソ女って酷いじゃない。リリナって呼んでよ」
 「が.........っ!?!?」


 気が付くと俺は壁にめり込んでいた。何をされたのかも分からず吹っ飛ばされて、給水塔の真下の壁に激突させられた。
 
 (今、俺は何されたんや...!?剣が首を捉えたと思った瞬間、吹っ飛んで...。あいつ俺に触れてもなかったよな?何やあの力は...!?)

 内心驚きと動揺をにじませながらも顔には出さず、衝撃で吐いたせいで口についていた唾液を拭って、剣を構えて警戒する。そんな俺をリリナはどこか悲しそうな顔を浮かべながら、静かな声音で俺に話しかける。



 「友聖......話をしましょう」





 先程の衝撃音を聞きつけたのか、校舎内から何事やと騒ぐ声がいくつも聞こえる。それを見たリリナは手を上に掲げて何かを唱える。
 するとさっきまでの喧騒は静まり、屋上に近づく気配も消えた。

 「人払いの結界を張ったわ。誰も私たちに干渉することはないから」
 
 俺が復讐の時にいつも使っている下準備の魔術も使えるのか。同時に防音と不可視と防臭など複数の遮断系魔術を付与して完全密室をつくりあげる。

 「話をしましょう...」

 その声はお願いしてるように聞こえる。
 不意打ちであいつを殺すのは無理だと、先ほどの二度にわたる奇襲失敗で悟った。向こうもすぐに殺す気は無く思える...一応は。
 癪だがここは様子見に徹するとしよう...。あいつの素性もまだほとんど知らんことやし。

 「......この力を手にしてからはいつぶりやろーなぁ。俺にダメージを負わせるだけの力を持つ奴と会うのは...。まさかこの世界で俺と同じ異世界の力を持った奴が出てくるとは思わへんかったわ。この力はこの世界では俺だけのもんやって思い込んでたからな...まさか俺みたいに異世界からここに来る奴が現れるとはな。
 しかもよりにもよってお前、が」
 
 剣を粒子に変えて消して両手がフリーになったことを主張しながらビックリした感じの声で話し出す。

 「......あの時と違って、訛り口調で喋るのね?確か関西弁っていうのかしら?」

 「は?.........生まれはここ大阪の土地やったからな。二度目の人生は異世界での暮らしが続いたせいでこの訛りが抜けたが...この時代を生きる俺とシンクロしたことで関西訛りに戻ったんやろな。これが元々の俺の口調や」
 「そっか......うん、その喋り方も良いわね。なんか面白いかも。
 ぇへへ、久しぶりに友聖とこんな会話が出来たわ...嬉しい」

 「............」


 内心舌打ちをする。何が嬉しい、や?話の流れからして自分の素性とかどういう手段でここに転移したんかを話すところのはずが、俺の喋り口調についての話に持っていきやがった...。しかも俺と会話したことに対して喜んでさえもいる...。
 意味分からん。俺はお前を殺した奴なんやぞ?自分殺した奴にそうやって楽しそうにできるか普通?
 そして俺も何あいつの話につき合っとるんや。アホか。
 アカン、あいつのペースに乗せられてる気がする...。


 「で?お前は女神とか言うてたけど、そこんとこについて教えてくれるんかな?あとどうやってここへ来たのかも」
 「ふふふ...友聖ったら私のことが気になってるのね?今の私がどうなっているのを知りたいのよね?うん、じゃあ全部教えてあげるね――」

 などとイラっとする物言いをしてから奴自身についてのことを聞く。

 死んだ後に俺と同じあの転生の間とかに連れられて、大女神によって女神に転生されたこと。その頃にはあの異世界が無くなっていたとのこと。つまりリリナの時間と俺の時間にはズレがあるということ。
 で...天界という場所で敵対している悪魔族らと戦うべくリリナは戦士となって鍛えて戦っていた。
 さらにサタンとかいう悪魔族の長が禁忌を犯してこの世界に潜伏したから、コイツがここへ派遣された、と。転移の方法は賢者の力でねぇ?

 おおよその事情は理解できた。この地球と俺が転生した先の異世界を含む人間界を“この世”という次元とリリナのような女神や悪魔がいる世界を“あの世”という次元があるということも大体分かった。


 「サタンの分身体が...俺の中に潜伏している、ねぇ?」

 中でもいちばん驚かされたのが、女神の敵である悪魔の長の分身体が...そういうことになってることだ。

 「ここに来てからずっと感じてるわ......友聖の中に邪悪なものが混ざってるって」
 「サタン...。俺の心とかに根付いてるんかねぇ」
 「友聖、あなたにはサタンの存在は感じてないのよね?じゃあいつサタンがあなたの中に入ったのかも、知らないのよね...?」
 「そうなるな。気配も感知も何も感じへんかったわ。今俺の中にそんな危険人物がいるとか、全く考えられへんけどな」

 「そう。サタンも私に全く応じる気も無いみたいだし...。
 ......まだバレてないつもりかしら?彼の中にあなたがいることはもう分かってるのよ?どれだけ存在を隠そうと女神族の捜索魔術は誤魔化せないわよ。大女神様を甘く見過ぎよ」

 リリナは突如詰問するように話す。俺に対してではなく、俺の中に...いるらしいサタンとやらに語りかけてるようだ。
 彼女が一言二言語りかけるも無反応。無視しているのか、眠っているのか、分からない。

 「私に応じる気も友聖から出て行く気も全く無いようね。やっぱり、やるしかないのね......」

 リリナはお手上げといった様子で語りかけるのを諦める。そしてさっきまでの気安さを消して、真剣な顔つきで俺と向き合う。

 「本当はあなたからサタンを乖離させて彼を消そうって考えてたけど、それは無理そうね。サタンはあなたと同化していると言っていいわ...」
 「いつのまにそこまで...。で?そうと分かったお前は、俺をどうするんや?」

 俺の問いにリリナは少し押し黙り、やがて覚悟を決めた様子で、俺の目をしっかり捉えて答える。


 「本当はこんなことしたくなかったけど...今のあなたをこの世界でこれ以上好きにさせるわけにはいかないわ。だから私は.........
 友聖、あなたを“あの世”へ連れて行きます!!」
 

 ハッキリとした声で告げる。はったりでも虚勢でもない、本気の言葉や...。

 「それは、遠回しに俺を殺すって言ってるんやろ?」
 「ええ...そうよ」


 その答えを聞いた瞬間、俺は動いた!上へ向かって破壊魔術を放つ。闇雲に上へ放ってはいない。この結界のいちばん薄い箇所を捉えてそこを狙い撃つ。
 結界は破れ、俺は上空へ飛んですぐさま真下へ炎魔術を放つ!


 「死ぬんはお前や!消えろぉ!!」

 
 巨大な炎球が校舎ごとリリナは焼却―――



 「―――それはダメよ友聖。無関係の人を巻き込むのは許さない」

 ドパァン―――

 ――されなかった。

 炎に呑まれたはずのリリナには火傷などいっさいついてなかった。校舎も無事だ。よく見ると水蒸気がたっているのがわかる。

 「相殺したんか...水と氷の魔術で...しかもあっさりと」

 俺が魔術を放って数秒経ってから魔術を放ったくせに、あっさり俺の炎を破ったんかいな...時間差あった分こっちの方が有利だったはずが、負けた...。

 「私の結界の弱い部分をすぐに見抜いてすぐ破壊するなんて、驚いたわ。さすが魔王を倒した勇者ね」
 「お褒めの言葉どうも...なんて言えるかよ。あっさり俺の本気の魔術を破りやがって...。それも余裕そうに......っ」

 俺は今の魔術も本気で放った。このリリナという存在が俺にとって脅威であると最初の攻撃で理解した。せやから本気を出した。けど破られた。

 目の前にいるこの転生女神は、力・魔術ともに俺を上回ってやがる...!!

 「友聖...大人しくそのままでいて?私はサタンを討たないといけない。でもそうするにはもうあなたごと討たないといけない...。あなたをむやみに傷つけて苦しませたくないから......そのままじっとしててちょうだい」

 リリナは穏やかな声でそうお願いして俺に手を伸ばしながら近づいてくる。力の差をにおわせて、抵抗の無意味を分からせて、穏便に俺を殺そうとしている。
 このまま大人しくしていれば、俺は苦しまずに死に、サタンとやらを倒しておしまい…ということになるんか。
 で、俺はこの世界で死に、あの世へ連行される...と。

 当然、俺の答えは......


 「い や だ ね」


 力と魔力が上なだけで、総合の実力では俺はまだ負けてはいない。足掻きもせずに大人しく殺されてたまるかよ!
 ドンと地を蹴ってデタラメに駆け回り...短剣を握りしめてリリナを真後ろから心臓を突き刺す!
 そして俺は―――


 「そう。なら、けっこう痛い目に遭ってもらうから」


 地面に叩きつけられていた。





 目にも止まらない速さでリリナの後ろを取って、そのまま剣を突き刺す。奴には俺の動きを捉えていないと、そう高を括っていた。

 しかし結果は、逆に俺がリリナにフェイントをかけられ、無様に地に伏すこととなった。
 奴は小さく上に跳んで俺の真上に移動して、そこから俺の背中ど真ん中に掌底のようなものを叩き込まれてうつ伏せ状に地面に強く...それは強く強ーく叩きつけられた。

 「ひゅ―――ッ」

 肺の中の空気がほぼ全て吐き出され呼吸が止まる。
 後ろをわざと捉えさせて俺に慢心と隙をつくらせて、こうして俺にダウンを取らせた...ってところか。
 地面にダウンしたのは数秒の間で、すぐに上空へ飛んで浮かぶ。ヒビが入った肋骨を癒して体力を回復させる。

 だがそんな十分な余裕を許可する程、相手は易しくない。リリナは光纏った拳を振るってくる。咄嗟に両腕をクロスしてガードする。腕には鎧を錬成してある。常人が殴ればその拳と腕が破壊される硬度をほこる
 が、


 「そ~~~~ぉれっっっ!!」
 
 バキィィ、ゴ...ドォン!!

 しかしリリナの拳は俺の鎧を破壊し、さらに俺の両腕をも破壊して俺を吹っ飛ばしやがった。
 どうにか受け身を取って、両腕を癒しつつ地面からいくつもの大砲を錬成して、リリナを集中砲火する。
 だが先程の流れで学習してる俺はそれでダメージを与えたとは思わずにすぐに次の行動に移る。自身の体に魔力でつくった丸いシールドを展開して防御態勢をとる。このシールドは透明色にできてるから外がしっかり見えるし移動もできる。大剣を持ちながら駆け回りリリナを警戒する。

 煙が晴れる......その直前にその声は聞こえた。

 「勇者の頃と同じ、いえそれよりも少し強くなってる。動きに無駄が無く次を予測してすぐに行動しようとしてる。流石だわ。魔王軍との戦いが終わっても自分を磨き続けてたのね。強い、強いわ...けど――――

 私も凄く強くなる為にいっぱい努力してきたから、負けない!」

 煙の中から、近接武器にもなる魔法杖を振るおうとしているリリナが飛び出してくる。シールドに激突、数秒拮抗してシールドが割れる。それを予測していた俺は溜めをつくっておいた大剣の一撃を奴に叩き込む―――杖と打ち合う!!
 ギギギ...と拮抗して火花が散る。だが地に足をついてる分、踏ん張りが利いている俺に利があったお陰で、リリナを何とか押し返した。
 浮いているから下半身の力があまり発揮されないリリナ相手に、溜めをつくって全身に力を入れられる状況にあった俺がやっとの思いで押し勝った構図だが...。裏を返せばハンデを負った相手に全身全霊でかかってやっと勝ったという、力の差がはっきり分かるという。


 「はぁ、はぁ...っ」
 「.........」

 加えて息を乱している俺に対して、リリナは平常のままで息など乱していない。
 今のやりとりでどっちが上かがはっきり分かっちまった...。


 「これが......あのリリナ王女やと?女神になると、そこまで化けるのかよ......っ」
 「数十年間ずっと鍛錬して戦い続けてきたから。くぐってきた修羅場の数は勇者だった友聖と引けをとってないよ。ううん、きっと友聖を超えてる」
 「大した自信やな...。まぁ俺としては、長年強敵と戦わなかったから、そのブランクもあるんやろうけど...。事実、非戦闘員の王女やったお前とは明らかにかけ離れてる。よほど、えぐい強化をはかったんやろうな......」 
 「この時の為に必死だったから...友聖を想い続けていたからここまで来られた。
 あなたとこうして向き合って話をする為にっ!」
 「話ねぇ?さっきからの攻撃といい、殺し合いの間違いじゃねーの!?」


 即座にガトリング銃を錬成して連射。魔力も込めているから一発で人体を粉々に破壊する威力をもつ。さらに銃にもある程度改造を施している発射速度をマッハ数十にしており1秒で千発は撃てる代物や。まぁ撃つ人間が貧弱やと反動で自爆するけど、撃ち手が俺やからそこは問題無し。
 俺が叫んでからガトリング銃が全弾出し尽くすまで僅か2秒のこと。
 そして肝心の標的は......

 「話合いをしたいというのは本当よ。最終的にはあなたを“この世”から葬るのは事実だけど」

 またも涼しい顔をしたまま、全弾を奴の体に触れるかどうかの距離で止めていた...。あれは斥力...無属性の重力魔術か。
 リリナは弾を徐々に自身から引き離して、額に血管を少し浮かべながら全弾を塵にして消した。またも改造した近代兵器が敗れた。

 だがそれすらも読んでいた俺は、銃の連射と同時に放っておいた粒子サイズの爆弾を、ガトリング弾が塵になって消えたと同時に爆発させた!
 小さいからといって侮ってはいけない。本来あの爆弾は直径1mを超える大型物で、それを粒子に圧縮させている。爆発の威力は見ての通り、人を数百人軽く殺せるものや!


 「っ!げほ......っ」

 今のは効いたようで、両腕両脚に大火傷を負って俺から距離をとる。あの威力の爆発をくらって部位一つ欠損しねーところは流石は女神とやら。まぁここまでしてやっと奴に傷を負わせられた。
 そしてこのチャンスを無駄にする俺ではない。

 「死にやがれ。塵一つ残らず消えて無くなれ」

 膝を着いているリリナに、消滅をもたらす光線を放つ。魔王軍幹部を容易に消し去った実績がある極太いビームが、リリナを跡形無く―――


 “メタトロン”

 ドォ――――――――――ッ

 「く、そぉ.........っ!!」

 ―――消すことは叶わなかった。リリナもまた光線を放って俺のを相殺して消し去った。光に満ちた超濃密の魔力は俺をも消そうとして、俺は瞬間移動で光線をどうにか躱した。


 「“女神の恩恵”」


 奴の体が青く光ると当時に奴が負った大火傷が無くなっていき、四肢も治っていく。やっぱり治療魔術も使えるのか。チャンスやと思ってた今の一撃がまさか破られるとは......っ

 「くそ、が...!あれだけ最良の攻撃をいくつも仕掛けたのに、俺が疲弊しているだけかよ...!お前がそこまで強くなってるとか...っ!これが女神の力なのかよ、クソが!!」

 ぜぇぜぇと息切れしながら悪態をつく俺に対し、リリナは元の艶ある肌を見せて杖を構えている。

 「友聖、あなたはあの頃よりも強くなってるわ。けど...私はその上を行ってる。もう分かったでしょ?このまま抵抗してもあなたがただ苦しむだけ...。お願い、もうそのまま何もしないで私に倒されてちょうだい」

 また投降...というか大人しく死ねと言ってくるリリナを、俺は「くそくらえ」と叫んで特攻する。



 そこからは......奴のワンサイドゲーム。

 徒手戦...骨を折られ内臓損傷。剣戟...全身切り刻まれる。魔術合戦...撃ち負ける。
 どう攻めても全て跳ね返されて打ち伏せられて、殺されかける。
 俺とリリナとの間にはっきりとした力の差がある以上、戦いが長引くはずもなく...俺はついに地に伏すこととなった―――。


 「俺が...力を手にした俺がまさか、こんな一方的にやられるとか......何やねんこのクソ現実......っ」
 「友聖...」


 怒りと悔しさに歯を軋ませている俺を、リリナは俺を悲しむような顔で見下ろしていた。