ウルズの泉の付近に休憩スペースがあり、戦士チームは化石の椅子に座って焚き火で暖をとり、エリアンは焼け焦げた戦闘服を直し、ジェンダ王子とトーマは泉の流水で傷付いた顔と腕を洗い、アルダリとチーネはソングが持つ剣と盾が消え去るのを眺めている。
「時間が限られているのか?」
青く輝く剣身が青い鏡となり、戸惑うソングの顔が映っていたが、刃先からスーッと透明になって骨のガードとグリップも消え、石床に立て掛けた十字のチェーンが刻まれた盾も消失した。
「フム、股のドラゴンが眠るように、剣と盾のエネルギーも限られているんじゃろう。しかも、チーネの協力なしでは剣も盾も使えまい」
「残念だが、ソングまだ半人前ね」
「くそっ、いつかひとりで剣と盾を出し、自在にコントロールしてみせっぜ」
ソングの決意にチーネが微笑み、精霊秘体に潜り込んだ時に聴こえた優しい声を想い返す。
「ソング。父と母の声に耳を澄ますことね」
「チーネにも聴こえたのか?」
「うん。顔も見えた。お母さん美人だね」
チーネには二人の姿まで見え、方法は不明だが精霊秘体の世界に魂を蘇らせ、ソングを正しい道へ導こうとしている。
「なるほど……」とサングラスをしてアリダリが赤い褌一枚で両腕を組み、ゼツリの顰めっ面を想像していると、スマフグが痺れを切らして戦士チームへ近寄り、ウルズの泉を指差して念を押す。
「アルダリ。剣が消えたからって約束は守るが、帰りの金貨は払えるんだろうな?」
「フム、強欲な奴じゃ」とアリダリが苦笑し、ジェンダ王子がスマフグの足元を剣で指し示して苦言を施す。
「自由は何事にも変えがたい。スマフグ、金貨以上の価値があると思わないのか?」
「当然、帰りはフリーにしてもらう」
「そういうことっす」
エリアンとトーマもジェンダ王子と一緒にスマフグに文句を言ったが、アルダリは意外にも笑顔で対応した。
「まー、いいじゃろ。門番を命じたのじゃから、イチャモンをつけてはいかん。帰りの金貨はヤズベルという商人に出してもらおう」
「そういう事。ルールは守らないとな」
数十分後、火傷と擦り傷の手当てを終えた戦士チームはぼろぼろの衣服を着て武器を装着し、アルダリの掛け声で立ち上り、ウルズの泉を囲んで水面を眺めた。
「わしが水中を潜り、奥深い水底にある人間界への入り口へ先導する。最初は苦しくとも、すぐに体が慣れてくる筈じゃから、慌てずについてくるんじゃぞ」
アルダリがウルズの泉へ入る心構えを話している時、奥の壁際の水面に二本のツノを出し、戦士チームを偵察するカエルが水中に潜んでいた。ベールゼブフォの異種でスパックと呼ばれ、体は小さいが突き出たツノの先に丸い目がある。
『グゲッ』と小さく鳴いて真っ青な水中に潜り、飼い主のヤズベルに知らせに向かう。
「ここを潜れば人間界へ着くのか?」とジェンダ王子がウルズの泉へ体を乗り出して覗き込んだが、泡が湧き上がってスパックの姿は見えず、エリアンに襟首を掴まれて引き上げられた。
「王子、濡れるぞ」
「ありがとう、エリアン」
「どうせ、濡れるっすけどね」
ウルズの泉は化石の壁に囲まれた二十メートル程の楕円形の青い泉で、神聖な湧水が定期的に勢いを増し、中央付近に噴水が天井高くまで噴き上がり、濡れた壁に付着する微生物が青白く発光し、異世界へ旅する者へ神秘的な現象を演出して心を癒す。
「すげ〜、青い洞窟みてーだ」
「ワォー、感動的ですね」
「鉱石の光っすか?」
ソングとジェンダ王子とトーマが青く輝く天井を眺めて茫然とし、金貨と財宝が敷き詰められたベッドで寝転ぶスマフグが頭をもたげて振り返り、「フン、潜り切れるか?」と嘲笑う。
「オーツ。水に棲む光虫で、空気を蓄えてるから、潜ったら分けて貰うの」
「チーネ。これを飲み込むのか?」
「ソング。口じゃなくて、鼻で吸うんだ」
「フム、こいつのおかげで、水中でも息ができる。すぐに慣れるって言ったじゃろ」
「マジで?この素晴らしい景色が台無しだ」
「というか、気持ち悪いっす」
ジェンダ王子とトーマがウルズの泉を覗き込んで溜息を漏らし、サングラスをしたアルダリが真剣な表情で勇気を促す。
「ウルズの泉を潜り切れば異界への入り口があり、感覚的には一瞬で人間界へ移動し、わしらは腐食の呪いを蔓延させた魔術師のフィールドへ侵入するり当然、危険な戦いであるが、愛ある世界を守る為に、決して屈服してはならぬぞ」
「アルダリ。それで人間界に当てはあるんだろうな?」
「確かに、異世界で呪いの主を探すのは簡単ではないぞ」
「任せろ。人間界に友人がおるわ」
「ああ、中山教授だろ?」
「ソング知ってるの?」
チーネがそう聞くと、ソングは十歳まで過ごした人間界を思い出し、笑顔で懐かしそうに話す。
「中山教授は母の友だちで、有名な学者だよ。母はオペラ歌手で、一緒にコンサートに行ったこともある」
ソングは母を亡くすと人間界から異世界へ連れて来られ、慌ただしい冒険の日々を過ごしてホームシックにはならず、平穏で退屈な日常が逆に新鮮に思えた。
ウルズの泉の噴水が鎮まると、アルダリがズボンを下げて赤い褌となり、エリアンが顔を顰めて怒ってソングとトーマも呆れて文句を言う。
「戦士たちよ、わしに続くが良い」
「アルダリ、なんでまた脱ぐんだ?」
「ふざけるのもいい加減にしろ」
「まったく、懲りないっすね」
しかしアルダリは無視して赤い褌の股座に手を突っ込み、「アソコの座り心地が悪いんじゃ」と、その手をエリアンに嗅がせようとして、カッコよく飛び込むつもりがエリアンに担ぎ上げられてウルズの泉に放り込まれた。
「コラ、やめろ。年寄りを敬え」
水面へうつ伏せに落ちて水飛沫が上がり、アルダリが手足をバタつかせて顔を水面に上げ、口から水を吹き出してから水中に潜る。
「スケベジジイめ、溺れたふりかよ?」
「侮れないっすね」
「じゃー、行きますか?」
「うん。チーネがアリダリを追う。たぶん赤い褌が目印なんだよ」
ジェンダ王子が声を掛け、チーネとソングが先に泉へ飛び込み、アヒルの被り物をしたトーマが続き、剣と盾を背中に装着したエリアンがジェンダ王子と一緒に飛び込む。
『こっちだ……』
華麗な泳ぎでチーネが先頭を潜り、『ほら』と振り返ってソングを手招き、青い水中に靡く赤い布を指差す。
アリダリはズボンの裾を首に縛り、大股開きで軽快に潜って赤い褌を見え易くし、鼻から吸い込んでオーツを鼻腔に溜め込み、貴重な酸素を肺に取り込む。
不慣れなソングが息苦しくなり、『ウゲッ』と口から泡を吐き出して、『鼻だよ』とチーネがゆっくり吸い込めとジェスチャーで教え、『なるほど……』とソングもオーツから酸素を貰う。
オーツは水の中に生息する光虫で、水から酸素を吸収して体内に蓄え、ウルズの泉を浄化する役割を担っていたが、汚染水の混入により底へ行く程に濃い青緑となりオーツが減少している。
『以前よりも濁っておるわ……』と、アルダリが底から湧く源泉を見て嘆き、徐々に視界が悪くなるのを不安視してスピードを落とし、後続が近付くのを待ってから、下方に微かに見える巨大なブルーの球体へ迫る。
『あれが人間界への入り口じゃ』
『アルダリ。どこにも扉がねーぞ?』
『ブルーの壁すっね』
『細胞膜を通り抜けんだよ』
『巨大なクラゲなのか?』
『フム、触れれば球体が移送地点を決める』
『しかし、汚染されてますね』
ジェンダ王子がブルーの膜から黒い沈殿物が滲み出ているのに気付き、アルダリが顔を顰めてブルーの細胞膜に手を差し込み、スーッと抜いた穴から球体の中を覗き込む。
『以前はブルーの泡が浮遊する美しい世界だったが、黒い汚物に侵食されてしまった』
『やはり呪いは人間界から漏れているのか?』
『とにかく入りましょう』
『フム、中へ入ればすぐに激流に呑まれ、一瞬で人間界へ着くはずじゃ』
アルダリが塞がる穴に両手を入れて広げて入り込み、ソングとチーネも細胞膜に手を入れて入り、エリアンとジェンダ王子、躊躇していたトーマもブルーの球体へ入り込むと、細かい気泡の流れが渦を巻き、戦士チームは激流に呑み込まれ、スピンをして細胞のトンネルを通過し、意識が朦朧となった状態で人間界へ運ばれた。
ユグドラシルの木の迷路を通り抜け、ウルズの泉を潜った戦士チームは巨大クラゲの細胞管で人間界へ移送され、夕闇の海に浮上して皮膚に付着したヘドロを拭い、見慣れぬ景色を見渡して、想像以上に汚染された世界だと嘆く。
「油で髪と肌がヌルヌルだ。毒が此処から流れ込んだというアルダリの説が正解だったか?」
「フム、人間は星を消し、欲望と堕落の文明都市を築いたんじゃ」
「俺は平気っすよ。ジェンダ王子はデリケートですからね」
「うん。チーネも大丈夫だよ。星が見えないのは残念だけど……」
「ソングに気を遣ってんだろ?妖精族は住めない世界だ」
「いや、田舎へ行けば海も空も澄んでて、森や川もあるんだぜ」
「ソング。此処は何処なの?」
「たぶん、東京のお台場だと思う」
レインボーブリッジのイルミネーションが戦士チームの後方に輝き、対岸に高層ビル群と東京タワーが聳え、自由の女神のレプリカが出迎えている。
「東京には可愛い子と遊べる店がいっぱいあるぞ」
「アルダリ。まさかそれが目的で来たんじゃねーだろうな?」
エリアンがアルダリの赤い褌を引っ張って沈め、溺れそうになったアリダリをソングがとチーネが助け、ウルズの泉でふざけた時とは違うと心配した。
「戦いはこれからだぞ」
「じいさん。しっかりしろ」
「死ぬ……。もうダメじゃ」
「仕方がない。運んでやるか」
ジェンダ王子がエリアンの盾にアルダリを乗せて、アヒルの被り物をしたトーマが後ろから押し、チーネとソングが先頭になり波を掻き分けて進む。
「砂浜に人間がいるよ」
「波に隠れて泳げ。異世界から来たってバレたら、大騒ぎになるぜ」
戦士チームは浅瀬になると身を屈めて歩き、岸に近づくとアリダリに服を着せ、トーマはアヒルの被り物を外し、全員砂浜に伏せて周囲を偵察する。
「これからどうする?人間は異世界の存在を知らず、神族や妖精族を見たら驚くでしょうね。アルダリ、なんか策はあるのか?」
「わしを誰だと思う?」
「単なるスケベジジイ」
「そうとも言えるが、急いで出発したのには訳がある。ソング、今日が何の日か知らんのか?」
アルダリがそう言って立ち上がり、ジェンダ王子とエリアンが慌てて倒そうとして逆にデート中の若者に注目され、剣と盾を手にして身構えたが特に騒ぎ立てる事もなく、ソングが首を傾げて通りを眺め、「ハロウィン……」とアルダリの質問に答えた。
大通りにはスパイダーマンの被り物やファンタジー系のコスプレをした若者達で賑わい、渋谷のスクランブル交差点程ではないが、お台場のパレードも盛大だと注目されている。
「今日だけは異世界の戦士も目立たないってことか?」
ソングは砂浜をデート中の若者が自分たちを見ても驚かなかったのは、ハロウィンの仮装と勘違いしたからだと思った。
「王の葬儀にも出席せず、急いで旅立ったのはハロウィンの日に人間界に到着したかったからじゃ。予定時間より遅れたが、なんとか間に合った」
アルダリが前に立つエリアンとジェンダ王子を掻き分けて堂々と歩き出し、ソングとチーネとトーマもゆっくりと後に続き、ちらほらと砂浜に佇む人間を見ながらソングに質問する。
「それでハロウィンって何?」
「コスプレをして楽しむ日だよ。妖精とか神族への憧れかもな」
「ふーん、人間って変わってるわね」
「とにかく、問題なさそうっす」
ジェンダ王子とエリアンはスマホを向けて写真を撮る人間を警戒し、アルダリの両サイドで剣と弓を構え、ソングがチーネとトーマの肩を叩いてくすくすと笑う。
「それでアルダリ、これからどうするんだ?ハロウィンとかいう平和協定も今日だけなんだろ?」
「俺たちは人間との戦いに来たわけではないぞ」
「そう心配するな。わしたちもコスプレをして、逆に人間になりきるのじゃ。皆んなで買い物に行くぞー」
戦士チームはアルダリを先頭にしてお台場海浜公園から大通りへ出て、ハロウィンのパレードに混じって歩き始め、「ダイバーシティ東京 プラザ」の玄関口へ入り、フロアの案内板でファッション売り場を探し、エレベーターに乗って五階で降り、ユニクロの店内に散らばって服を選んで試着した。
店員と他の客が不審な表情で二度見したが、ハロウィンだから変な外国人客がいると思われ、戦士チームの買い物は順調に進む。
「ソング、なんか楽しいね」
「チーネ、もう少し地味な服にしろって」
チーネは人間のルールを知らないので、下着になって歩き回り、カラフルでスポーティーな服に着替えてソングに見せびらかし、ソングが呆れるのも気にせず笑っている。
「戦闘服は無いのか?」とエリアンが店員に文句を言い、試着室を占領する戦士チームに店員も困惑し始めると、アリダリが「早く決めろ」と急かして何とか購入服が決まり、精算しに行くのアルダリの耳元でソングが囁く。
「アルダリ、分かってるよな?金貨は使えないぞ」
「心配ない。コレがあるわ」
アルダリはリュックから出したクレジットカードで支払い。ソングはカードの名義が母親の名前『ユイ・アムロ』になっているのを見て苦笑し、数分後に着替えた戦士チームがユニクロを颯爽と出て来る。
アルダリはサングラスをして赤いジャケットとチノパンを着込み、以前の服と武器はスポーツバッグに入れて各自に持たせてあった。
エリアンはビッグサイズの黒いパーカーにスウェットパンツ。ジェンダ王子は白いシャツにデニムのジャケットとジーンズ。トーマは黄色いフリースにカラーパンツ。ソングはブルーのプルパーカーにジョガーパンツを穿き、チーネはワイヤレスブラとレギンスを着てピンクのパーカーとミニスカートを重ね着している。
しかしエリアンの盾と剣はバッグに入らず、戦士チームが異世界から来たとバレるのは時間の問題であり、腐食の呪いを蔓延させた魔術師の捜索が不安視された。
スパックはウルズの泉の青い水面から目玉を出して戦士チームを見張り、門番のスマフグを倒してウルズの泉に飛び込むのを確認すると、戦士チームより先に人間界へワープして、お台場の海から堤防に上がってエロガラスを呼んだ。
「ゲオ、ゲオ……」
超音波の鳴き声を夕空に響かせて二本のツノ先の目を揺らしていると、空高く旋回するエロガラスがゆっくりと降下し、スパックはツノを引っ込めて堤防を全速力で走り、エロガラスの背中に飛び乗った。
「ブェッ」
人間界の伝書鴉は額に白いメスのマーク記号があり、全身は真っ黒で普通の鴉とほとんど見分けがつかない。
エロガラスはくすんだ夕空に舞い上がって、背中にしがみ付くスパックと情報交換して飼い主の元へ向かう。
「奴らがクルゲロ」
「スマフグをやっつけたか?」
「アア、ご主人様もアブナイゲロ」
エロガラスもスパックも商人ヤズベルに飼われる身分であるが、金の為なら汚い仕事を請け負う最低の商人を心底嫌っている。捕獲した生物は売れるまでこき使われ、首に埋め込まれた発信機で逃げられない。
商品として売れた者は幸運であり、ヤズベルは優秀で賢い者ほど手元に置いて諜報員として育成した。
「オモシロクなるゲロ」
「しかし、あの魔族に勝てるか?」
「たしかに、魔女もコワイゲロ」
スパックを背中に乗せたエロガラスが品川の高層ビル群の間をすり抜け、眼下に羽田空港が見えると、多摩川沿いにある広い庭付きの邸宅へ舞い降りてゆく。
神々の戦いで財産を没収されたヤズベルは、流浪の商人となって辛苦を舐めていた頃にランスマンダーという魔術師と知り合い、かつてのような地位と財産を築くチャンスかも知れぬと、秘密裏に情報を集めてランスマンダーの闇の計画に加担している。
「スペアキーはないのか?」
広いリビングでマンダー家の長女ファラがヤズベルを四つん這いにさせ、馬乗りになって股を開き、鉄の下着の鍵穴を覗き込んで文句を言った。(禁欲の鉄の下着はドルトンの原子記号が刻まれ、股の中央にライプニッツの四大元素を表す円型の図形があり、その三角形の中央に鍵穴がある。)
「お前の事だから、それくらいは作ってあるんだろ。父には秘密にするから出しなさい」
ファラは黒革のブラとコルセットをして、手に持った鞭でヤズベルの尻を叩いて責め立てた。
「なんで禁欲のパンツなんて作ったのよ」
「ファラさま。お許しください。ランス様の御命令で闇の鍛冶屋に作らせた物ですが、鍵はランス様しか持っていないのです」
ヤズベルはズボンを脱がされてパンツを下げられ、ビシバシと鞭で尻を叩かれて真っ赤に腫れ上がり、興奮したファラは馬乗りのままヤズベルを仰向けにさせ、両腕を掴んで無理やり乳房を掴ませた。
「嘘つきだね。早く出しなさい」
赤い唇を近付けてヤズベルの顔を舌で舐めて迫ったが、窓ガラスをコツコツ叩く伝書鴉に気付いたヤズベルは悶えるファラを押し退けて立ち上がり、黒髪ロングの眼鏡美女は床に寝転がってブラの中に赤いネイルの指をねじ込み、巨乳を揉んで鉄の下着を拳で叩いてひとりで絶頂を迎える。
「アゥ、アッアァ〜」
その光景をガラス越しに眺めたエロガラスとスパックは顔を見合わせて苦笑し、ズボンを穿いて身なりを整えたヤズベルが窓辺に近寄って窓を開けた時には、真顔で頭を垂れて出迎えた。
ヤズベルはファラに四つん這いされて尻を鞭で叩かれた醜態を払拭し、指で口髭をピンと伸ばして威厳のある顔を装い、窓外で待つスパックと伝書鴉に声を荒げて問う。
「何事だ?来客中に現れるとは、重要な案件なんだろうな?」
「ブェッ。もちろんです」
「戦士チームがキタゲロ」
「なに?あのスマフグを倒し、ウルズの泉の最終ゲートを通り抜けたというのか?」
「そうゲロ」
スパックは窓枠に座って深々と頷き、伝書鴉は室内の匂いを嗅いで澱んだ空気に目を細め、ファラと目が合ったので慌てて視線を逸らす。
「なんなの?ヤズベル」
「アルダリが戦士チームを引き連れて、人間界へ侵入したようです。ランス様の古きライバルが、腐食の呪いを阻止しに現れた」
「へえー、またお父様に取り入って、金儲けができるじゃない」
「めっそうもない。私は善意でランス様の協力をしています。それに戦いは苦手なので、静観させていただきますよ」
「小狡い、策略家だからねー」
長身のファラは両足を肩幅に開いてポーズを決め、鉄の下着、コルセット、黒革のブラの上から赤いワンピースを着て、ロングスカートのスリットから美脚を覗かせて窓辺へ歩み寄る。
「コラ、エロガラス。まだ話しは終わってないわよ」
伝書鴉が慌てて飛び立ち、スパックもツノを伸ばして目を回して動揺し、ファラは目尻を吊り上げて鞭でスプーンを飛ばし、空中で羽根を散らした伝書鴉は公園の方へ降下してゆく。
「メスガラスなので、ファラさまのフェロモンが苦手なのです」
ヤズベルはそう言ったが、内心は鉄の下着で抽出されるエレメントを嗅ぎ取り、危険だと恐怖して飛び去ったと思い、自分も熱くなった性器が萎えるのを感じた。(エレメントの原液は無害であるが、錬金術の調合により恐ろしい物質に変化する。)
「アルダリ率いる戦士がこちらに来たと、ファラさまよりランス様にお伝えください。この情報は無料サービスです」
「当たり前よ。楽しんでるところを邪魔しやがって。異界の生物は嫌いよ。ちょっと知恵があると思って生意気なんだ」
スパックもマンダー家の魔女を恐れて逃げたかったが、蛇に睨まれたカエルのように心臓がバクバクして動けない。
「それで、そいつら強いの?」
「い、いえ。弱いゲロ」
ファラは赤いネイルをスパックの腹に食い込ませて指で摘み上げ、顔を近付けて赤い舌でスパックの顎を舐め、スパックは『本当はめちゃ強くて、ヤズベルもマンダー家も負ければいい』と、ドラゴンの神器でスマフグを倒した事は内緒にした。
「ガキと女の子、ナンパなイケメンとスケベジジイ。みんな弱いゲロ」
「ふ〜ん。でもスマフグは止められなかったんだろ?」
「金貨に目がくらんだゲロ」
そう言われて、ファラはスパックを外に放り投げ、文句を言いたそうなヤズベルを睨み、人差し指を向けて女教師のように注意する。
「父はウルズの泉へ入れるなと言ってた筈。これはヤズベルの失態だと報告しておきます。それにさっきキスを押し退けたのも、マイナスポイントだわね」
ファラがそう言い捨ててリビングを出て行き、ヤズベルは頭を下げて丁重に玄関まで見送ったが、心の奥底では顔を顰めて愚痴っていた。
『まったくヒステリックになると、手がつけられんぜ』
古い教会をリノベーションしたマンダー家はヤズベルの邸宅から歩いて10分程の距離にあり、二階のステンドグラス窓からエナが顔を出し、赤いワンピースの姉ファラが通りから門に入るの見つけると、螺旋階段を早足で降りて玄関で出迎えた。
「お姉さま。どうでした?」
エナは期待に胸を弾ませて笑顔で質問したが、ファラの曇った表情を見て声のトーンを落とす。
「父は?」
「地下室に居ます。遅いから心配したんですよ。それでキーは手に入りました?」
「ダメでした。ヤズベルを責め立てたけど、無いと言い張ってたわ」
「やはり、父しか持ってないのか?」
エナが肩を落として溜息を吐き、スカートの裾を摘んで硬い鉄の下着の感触に唇を噛み、寄り添うファラと奥のキッチンへ向かうと、慌ただしく夕食の準備をしていた次女のウィンがエナを叱り、三女のアンも顔を顰めて睨む。
「エナ、なんでサボってるのよ」
「いつも、楽してるわね」
「ごめん。待ちきれなくてさ」
「お姉様。それで、どうでした?」
「お姉様達の予想通りだそうです。でも宝くじだって、買わなきゃ当たりませんのよ」
「鍵はともかく、面白い情報を仕入れたわ。夕食の時にお父様に伝えるので、機嫌を損ねないように支度を急ぎましょう」
ファラがスープの味見をして調味料を足し、ウィンとアンがサラダとポテトとチキンを大皿に盛ると、エナが広いダイニングテーブルの上に料理を運び、フォークとスプーン、取り皿とワイングラスが次々と並べられる。
マンダー家の四姉妹、長女ファラ、次女ウィン、三女アン、四女エナは父ランスの命令で鉄の下着を穿かされ、スペアキーを手に入れて一時でも解放感を得ようと、ファラが秘密裏に動いていたが鍵を手に入れる事は困難であった。
古い柱時計の針が19時30分を指し示しすと、父ランス・マンダーが地下室の階段を上がるコツコツという音が響き、さっきまでお喋りをしていた四姉妹は緊張した表情で静まり返り、エプロンを外して衣服を整え、黒い司祭の服を着た父ランスがダイニングルームへ現れるのを壁側に整列して迎えた。
ランスは広いテーブルに並ぶ熱々の料理を眺め、スープ鍋の蓋を開けて匂いを嗅いで笑みを浮かべたが、壁側に立つ四姉妹には厳しい表情を向けて、鋼鉄のリングに付けられた四種類の鍵を手にして近寄り、ジャラジャラと揺らして四姉妹の前を歩く。
「何かあったのだろう?騒々しい雰囲気が、料理から立ち上る湯気に表れているぞ」
通常は夕食前に鉄の下着を脱ぐ事が許され、四姉妹は朝まで解放感を味わう事ができたが、罪を犯した場合はベッドの中でも装着して過ごさなければならない。(基本的にSEXは禁止で、夜の外出は鉄の下着着用と父ランスの許可が必須である。)
ランスは地下室で研究に勤しむのが日課であるが、族長チャチルの毒矢で右目を負傷した後遺症で、床を踏む微かな音で集中力を削がれ、四姉妹の無邪気な行動が気に障った。
「お父様。アルダリ率いる戦士チームが人間界へ到着したと、ヤズベルから聞いて参りました。夕食の準備が遅れ、騒々しかったのは私の帰りが遅くなったからです」
ファラが目の前に来た父へ報告し、ランスは鍵を揺らす手と足を止めてファラを正面に見て聞き返す。
「トラップをすり抜け、門番のスマフグを倒してゲートを通り抜けたのか?」
「はい。しかしスマフグは金貨を積まれて通したに過ぎず、腐食の呪いで異界の戦士は減少し、アルダリは人選に苦労した筈です。情報ではガキと女の子、ナンパなイケメンとスケベジジイの集まりとか……」
長女ファラがそう言うと、四女エナが口に手を添えて微笑み、父ランスも頷いて表情を緩めた。
「奴がスケベなのは変わらずか?まっ、計画は滞りなく進んでいるので問題あるまい。ファラ、ご苦労だったな……」
ファラは声を掛けてくれた父に軽くお辞儀をして、両手でロングスカートの裾を上げて鉄の下着を露わにし、父ランスが片膝をついて鉄の下着に顔を寄せ、股付近の鍵穴に鍵を差し込んで解除し、ファラは鉄の下着の前面を開いて脱ぐ。
他の姉妹も次々とスカートの裾を捲って、父ランスが鍵穴にそれぞれの鍵を差し込むのを待ち、四女エナはミニスカートを膝までずり下げて鉄の下着を解錠して貰う。
不思議な光景ではあるが、貴族の儀式の様に厳かに行われ、脱いだばかりの鉄の下着が四着、赤い布を敷いた壁際のデスクの上にトロフィーのように飾られた。