アルダリがウルズの泉へ入る心構えを話している時、奥の壁際の水面に二本のツノを出し、戦士チームを偵察するカエルが水中に潜んでいた。ベールゼブフォの異種でスパックと呼ばれ、体は小さいが突き出たツノの先に丸い目がある。

『グゲッ』と小さく鳴いて真っ青な水中に潜り、飼い主のヤズベルに知らせに向かう。

「ここを潜れば人間界へ着くのか?」とジェンダ王子がウルズの泉へ体を乗り出して覗き込んだが、泡が湧き上がってスパックの姿は見えず、エリアンに襟首を掴まれて引き上げられた。

「王子、濡れるぞ」
「ありがとう、エリアン」
「どうせ、濡れるっすけどね」

 ウルズの泉は化石の壁に囲まれた二十メートル程の楕円形の青い泉で、神聖な湧水が定期的に勢いを増し、中央付近に噴水が天井高くまで噴き上がり、濡れた壁に付着する微生物が青白く発光し、異世界へ旅する者へ神秘的な現象を演出して心を癒す。

「すげ〜、青い洞窟みてーだ」
「ワォー、感動的ですね」
「鉱石の光っすか?」

 ソングとジェンダ王子とトーマが青く輝く天井を眺めて茫然とし、金貨と財宝が敷き詰められたベッドで寝転ぶスマフグが頭をもたげて振り返り、「フン、潜り切れるか?」と嘲笑う。

「オーツ。水に棲む光虫で、空気を蓄えてるから、潜ったら分けて貰うの」
「チーネ。これを飲み込むのか?」
「ソング。口じゃなくて、鼻で吸うんだ」
「フム、こいつのおかげで、水中でも息ができる。すぐに慣れるって言ったじゃろ」
「マジで?この素晴らしい景色が台無しだ」
「というか、気持ち悪いっす」

 ジェンダ王子とトーマがウルズの泉を覗き込んで溜息を漏らし、サングラスをしたアルダリが真剣な表情で勇気を促す。

「ウルズの泉を潜り切れば異界への入り口があり、感覚的には一瞬で人間界へ移動し、わしらは腐食の呪いを蔓延させた魔術師のフィールドへ侵入するり当然、危険な戦いであるが、愛ある世界を守る為に、決して屈服してはならぬぞ」
「アルダリ。それで人間界に当てはあるんだろうな?」
「確かに、異世界で呪いの主を探すのは簡単ではないぞ」
「任せろ。人間界に友人がおるわ」
「ああ、中山教授だろ?」
「ソング知ってるの?」

 チーネがそう聞くと、ソングは十歳まで過ごした人間界を思い出し、笑顔で懐かしそうに話す。

「中山教授は母の友だちで、有名な学者だよ。母はオペラ歌手で、一緒にコンサートに行ったこともある」

 ソングは母を亡くすと人間界から異世界へ連れて来られ、慌ただしい冒険の日々を過ごしてホームシックにはならず、平穏で退屈な日常が逆に新鮮に思えた。