愛と禁欲のサーガ・腐食の魔法[第一部・人間界都市編]

 ドラゴンの剣と盾を構えて走り出したソングにチーネがキルトの巻きスカートを投げ渡し、ソングは空中で腰に巻き付けて戦士チームを救いに向かう。

『……24.25.26』

 スマフグの火炎でエリアンの盾がひび割れ、アルダリの一角獣の杖も熱で折れ曲がり、ジェンダ王子とトーマも後半へ逃れて身動きができない。

「もう限界じゃ」
「このままでは焼け死ぬぞ」
『……28、29』

 タイムアップ寸前でソングがエリアンの前に出て、十字のチェーンが刻まれた盾で床を這う火炎の波を吸い込み、一瞬で消失した炎を見てスマフグは息切れし、再度火を吹こうとするが煙しか出ず、エリアンとアリダリがへなへなと座り込む。

「待たせたな」
「ギリギリだった」
「ふぅ〜、ひやひやさせるな」
「しかし、まだ倒してはない」
「ひぇー、トカゲの丸焼きっす」

 トーマが焼け焦げた被り物を見て嘆き、ジェンダ王子はブランドの髪を手で払って火を消し、ソングの盾の防御力に驚く。

「火を吸い込むとはな?」
「フム、竜族の王ラウバルの力が秘めらておる」
「グラウバルを倒したのはゼツリ」
「なるほど、ドラゴンの骨と鱗で作られているんすね?」

 トーマはドワーフの鍛冶屋の親父に製造技術を叩き込まれ、神々の戦争で家族を失って旅人になった。

「トーマ、よく知っとるな?」
「亡くなった鍛冶屋の親父から、魔法の力を持つドラゴンの盾と剣が存在するって聞いたっす」

 アリダリは焼け焦げた髭と赤い褌の火の粉を払って一息つき、エリアンも黒焦げになった盾を石床に置き、黒革の戦闘服も焼けてボロボロになっていたが、ドラゴンの剣先をスマフグに向けるソングの隣りに立つ。

「ソング。やるな」
「エリアン、休んでていいぜ。スマフグ、おまえの負けだ。諦めて降参しろ」

 エリアンがソングの腰に太腿をピッタリ寄せ、股間のドラゴンがキルト地の巻きスカートの下で横を向いたが、ソングは気にせずに鱗の波打つ剣を構え、右手の小指が腐食して第二関節から欠けているのに気付く。

『ん?』

 アドレナリンが出て痛みは感じなかったが、剣を握れなくなる不安が()ぎり、SEXの回数と比例していると嘆く。

『あと、八回……か?』

 スマフグは歯軋りをして悔しそうにソングが持つ剣と盾を見下ろし、『竜族の王グラウバルが遺した武器かよ?』と呟き、闘志を漲らせて前へ踏み出す。
 青く輝く剣身(ブレイド)にはドラゴンの大鱗が密集して蠢き、グリップとガードは削られた骨に宝石が埋め込まれている。十字のチェーンが刻まれた盾は魔法の力を秘め、攻撃を吸収する事も可能であった。

「人間のガキのようだが、お前は何者だ?」
「ソングだ」

 そう名乗ると、チーネがエリアンを押し退けてソングの横に立ち、胸カップの防具に紐パンのチーネと豊満なエリアンの争いが始まる。

「ちょっとエリアン。くっ付き過ぎ」
「な、なんだよ。邪魔すんなって」
「レズビアンなのに何で?ソングの指南役はチーネなんだよ」
「恋は自由だ。SEXは俺の方がベテランだし、ドラゴンも喜ぶと思うぜ」

 アルダリとジェンダ王子とトーマも背後で陣形を作ったが、女性同士の険悪な雰囲気を見て呆れ、ソングも振り返ってあっけに取られている。

「効き目があり過ぎたか?」とジェンダ王子が小声で呟き、アリダリがキューピッドの矢を使ったと気付く。

「恋の悪戯か?」
「それって、解けないんすか?」
「一度、ヤラないとダメな筈じゃ」
「はい。イージーです」
「まったく、困った王子じゃ」

 アリダリがチーネとエリアンの間に割って入り、ソングの横に立ってスマフグを説得するが、赤い褌一枚の老人が加わって更に心象を悪くした。

「スマフグよ。話を最初に戻して、七枚の金貨で我らを通してくれぬか?ソングと戦えば、お主でも切り刻まれるぞ」
「ふざけるな。おめーら、オレを舐めてんのか?」

 スマフグが怒り狂って翼を広げて四メートル程ダイブし、戦士チームを押し潰そうと襲い掛かる。その時、ソングはスマフグの足を拘束する鎖が突っ張るのを見て、最善の策を思い付く。

『なるほどね』

 戦士チームの頭上を翼と胴体の巨大な影が覆い、左右に散らばって逃げるが前へ走り出したアルダリがうつ伏せに倒れ、ソングが「アリダリー」と心配して叫び、スマフグの股の間で上半身を起こして褌を引っ張るアルダリを見て胸を撫で下ろす。

「これ、大事な褌を踏むでない」
「トーマ、大丈夫?」
「フーッ、服が破れただけっす」

 トーマは背中を鋭い爪で引っ掻かれて転び、チーネが助け起こして避難させ、エリアンはジェンダ王子の上に覆い被さり、尻尾が振られるのを剣で跳ね返す。

「サンキュー、エリアン」

 豊満な胸の下でジェンダ王子が礼を言い、ソングはドラゴンの剣を振り上げてスマフグの尻尾を切断し、尾を片手にぶら下げて剣先を向け、チーネがソングに駆け寄って横に並び、蜜蜂の剣を構えてスマフグを睨みながらソングを制する。

「この剣なら、首だって切れるんだぜ」
「ソング、待ちなさい。その者は仮にもウルズの泉の門番です。九つの国が途絶えたとはいえ、ユグドラシルには必要な存在」
「わかってるよ、チーネ。こいつを許す。俺は愛の戦士だからな」

 ソングはジャンプしてドラゴンの剣を振り上げたが、スマフグの首ではなく、繋がれた鎖を切断して拘束されたスマフグを解放した。
 頑丈な鎖が真っ二つに切れて石床に転がり、カッコよく両足を広げて着地したソングであるが、切り捨てスマフグの尻尾を踏み付けてピクピクと動き「うわっ、生きてんのか?」と飛び退いてころび、「ソング、返して」とチーネが巻きスカートを奪って腰に付け、ソングは下半身丸出しになり、慌てて自分のパンツを取りに走った。

「別に、負けを認めたわけじゃねーぞ」とスマフグが鎖を蹴散らして戦士チームへ迫り、エリアンとジェンダ王子とトーマが対峙して文句を言う。

「まだ、やる気か?」
「往生際が悪いっすね」
「ソング。やっぱ、首切った方がいいかもよ」

 ソングは何も言わずにチーネの衣服を拾って渡し、火の消えたベッドを懐かしむように精霊秘体の中を浮遊した体験を思い起こし、チーネと一緒に服と防具を装着した。

「ソング。また指欠けたね」
「ああ、体の中でドラゴンが呪いを焼き払ってんだな。隠された武器にも驚いたぜ。チーネ、導いてくれてありがとう」
「うん、間に合って良かった」

『フム、誰もが最強の武器を手にすると傲慢になるのだが、ソングには優しさが溢れておる。チーネともいいコンビじゃ……』

 アリダリがスマフグの前へ出て、布袋から金貨を七枚取り出して差し出し、スマフグは赤い褌一枚のアルダリを見下ろす。

「スマフグよ。これでおまえは自由だが、改めてウルズの泉の門番を続けるが良い。そしてわしらをこの金貨で通してくれぬか?」
「しょうがねー。アリダリがそこまで言うなら、許してやるか」

 スマフグは今更地下の棲家から出て、空も飛べないのに地上で権威を振るえるとは思えず、門番の仕事を辞める気はなかった。

「それに俺はこの仕事が気に入っている」
「おおー、それは良かった。では、少し休んだらウルズの泉へのゲートを通らせてもらうぞ」
「アルダリ。人間界へ何をしに行くのか知らないが、ヤズベルという商人と闇に堕ちた錬金術師には気をつけろ」

 スマフグは解放してくれたお礼として、アルダリに忠告し、敢えて名前は出さなかったが、錬金術師ランス・マンダーが罠を仕掛けた首謀者である事を匂わせた。
 ウルズの泉の付近に休憩スペースがあり、戦士チームは化石の椅子に座って焚き火で暖をとり、エリアンは焼け焦げた戦闘服を直し、ジェンダ王子とトーマは泉の流水で傷付いた顔と腕を洗い、アルダリとチーネはソングが持つ剣と盾が消え去るのを眺めている。

「時間が限られているのか?」

 青く輝く剣身(ブレイド)が青い鏡となり、戸惑うソングの顔が映っていたが、刃先からスーッと透明になって骨のガードとグリップも消え、石床に立て掛けた十字のチェーンが刻まれた盾も消失した。

「フム、股のドラゴンが眠るように、剣と盾のエネルギーも限られているんじゃろう。しかも、チーネの協力なしでは剣も盾も使えまい」
「残念だが、ソングまだ半人前ね」
「くそっ、いつかひとりで剣と盾を出し、自在にコントロールしてみせっぜ」

 ソングの決意にチーネが微笑み、精霊秘体に潜り込んだ時に聴こえた優しい声を想い返す。

「ソング。父と母の声に耳を澄ますことね」
「チーネにも聴こえたのか?」
「うん。顔も見えた。お母さん美人だね」

 チーネには二人の姿まで見え、方法は不明だが精霊秘体の世界に魂を蘇らせ、ソングを正しい道へ導こうとしている。

「なるほど……」とサングラスをしてアリダリが赤い褌一枚で両腕を組み、ゼツリの顰めっ面を想像していると、スマフグが痺れを切らして戦士チームへ近寄り、ウルズの泉を指差して念を押す。

「アルダリ。剣が消えたからって約束は守るが、帰りの金貨は払えるんだろうな?」

「フム、強欲な奴じゃ」とアリダリが苦笑し、ジェンダ王子がスマフグの足元を剣で指し示して苦言を施す。

「自由は何事にも変えがたい。スマフグ、金貨以上の価値があると思わないのか?」
「当然、帰りはフリーにしてもらう」
「そういうことっす」

 エリアンとトーマもジェンダ王子と一緒にスマフグに文句を言ったが、アルダリは意外にも笑顔で対応した。

「まー、いいじゃろ。門番を命じたのじゃから、イチャモンをつけてはいかん。帰りの金貨はヤズベルという商人に出してもらおう」
「そういう事。ルールは守らないとな」

 数十分後、火傷と擦り傷の手当てを終えた戦士チームはぼろぼろの衣服を着て武器を装着し、アルダリの掛け声で立ち上り、ウルズの泉を囲んで水面を眺めた。

「わしが水中を潜り、奥深い水底にある人間界への入り口へ先導する。最初は苦しくとも、すぐに体が慣れてくる筈じゃから、慌てずについてくるんじゃぞ」
 アルダリがウルズの泉へ入る心構えを話している時、奥の壁際の水面に二本のツノを出し、戦士チームを偵察するカエルが水中に潜んでいた。ベールゼブフォの異種でスパックと呼ばれ、体は小さいが突き出たツノの先に丸い目がある。

『グゲッ』と小さく鳴いて真っ青な水中に潜り、飼い主のヤズベルに知らせに向かう。

「ここを潜れば人間界へ着くのか?」とジェンダ王子がウルズの泉へ体を乗り出して覗き込んだが、泡が湧き上がってスパックの姿は見えず、エリアンに襟首を掴まれて引き上げられた。

「王子、濡れるぞ」
「ありがとう、エリアン」
「どうせ、濡れるっすけどね」

 ウルズの泉は化石の壁に囲まれた二十メートル程の楕円形の青い泉で、神聖な湧水が定期的に勢いを増し、中央付近に噴水が天井高くまで噴き上がり、濡れた壁に付着する微生物が青白く発光し、異世界へ旅する者へ神秘的な現象を演出して心を癒す。

「すげ〜、青い洞窟みてーだ」
「ワォー、感動的ですね」
「鉱石の光っすか?」

 ソングとジェンダ王子とトーマが青く輝く天井を眺めて茫然とし、金貨と財宝が敷き詰められたベッドで寝転ぶスマフグが頭をもたげて振り返り、「フン、潜り切れるか?」と嘲笑う。

「オーツ。水に棲む光虫で、空気を蓄えてるから、潜ったら分けて貰うの」
「チーネ。これを飲み込むのか?」
「ソング。口じゃなくて、鼻で吸うんだ」
「フム、こいつのおかげで、水中でも息ができる。すぐに慣れるって言ったじゃろ」
「マジで?この素晴らしい景色が台無しだ」
「というか、気持ち悪いっす」

 ジェンダ王子とトーマがウルズの泉を覗き込んで溜息を漏らし、サングラスをしたアルダリが真剣な表情で勇気を促す。

「ウルズの泉を潜り切れば異界への入り口があり、感覚的には一瞬で人間界へ移動し、わしらは腐食の呪いを蔓延させた魔術師のフィールドへ侵入するり当然、危険な戦いであるが、愛ある世界を守る為に、決して屈服してはならぬぞ」
「アルダリ。それで人間界に当てはあるんだろうな?」
「確かに、異世界で呪いの主を探すのは簡単ではないぞ」
「任せろ。人間界に友人がおるわ」
「ああ、中山教授だろ?」
「ソング知ってるの?」

 チーネがそう聞くと、ソングは十歳まで過ごした人間界を思い出し、笑顔で懐かしそうに話す。

「中山教授は母の友だちで、有名な学者だよ。母はオペラ歌手で、一緒にコンサートに行ったこともある」

 ソングは母を亡くすと人間界から異世界へ連れて来られ、慌ただしい冒険の日々を過ごしてホームシックにはならず、平穏で退屈な日常が逆に新鮮に思えた。
 ウルズの泉の噴水が鎮まると、アルダリがズボンを下げて赤い褌となり、エリアンが顔を顰めて怒ってソングとトーマも呆れて文句を言う。

「戦士たちよ、わしに続くが良い」
「アルダリ、なんでまた脱ぐんだ?」
「ふざけるのもいい加減にしろ」
「まったく、懲りないっすね」

 しかしアルダリは無視して赤い褌の股座に手を突っ込み、「アソコの座り心地が悪いんじゃ」と、その手をエリアンに嗅がせようとして、カッコよく飛び込むつもりがエリアンに担ぎ上げられてウルズの泉に放り込まれた。

「コラ、やめろ。年寄りを敬え」

 水面へうつ伏せに落ちて水飛沫が上がり、アルダリが手足をバタつかせて顔を水面に上げ、口から水を吹き出してから水中に潜る。

「スケベジジイめ、溺れたふりかよ?」
「侮れないっすね」
「じゃー、行きますか?」
「うん。チーネがアリダリを追う。たぶん赤い褌が目印なんだよ」

 ジェンダ王子が声を掛け、チーネとソングが先に泉へ飛び込み、アヒルの被り物をしたトーマが続き、剣と盾を背中に装着したエリアンがジェンダ王子と一緒に飛び込む。

『こっちだ……』

 華麗な泳ぎでチーネが先頭を潜り、『ほら』と振り返ってソングを手招き、青い水中に靡く赤い布を指差す。

 アリダリはズボンの裾を首に縛り、大股開きで軽快に潜って赤い褌を見え易くし、鼻から吸い込んでオーツを鼻腔に溜め込み、貴重な酸素を肺に取り込む。

 不慣れなソングが息苦しくなり、『ウゲッ』と口から泡を吐き出して、『鼻だよ』とチーネがゆっくり吸い込めとジェスチャーで教え、『なるほど……』とソングもオーツから酸素を貰う。

 オーツは水の中に生息する光虫で、水から酸素を吸収して体内に蓄え、ウルズの泉を浄化する役割を担っていたが、汚染水の混入により底へ行く程に濃い青緑となりオーツが減少している。

『以前よりも濁っておるわ……』と、アルダリが底から湧く源泉を見て嘆き、徐々に視界が悪くなるのを不安視してスピードを落とし、後続が近付くのを待ってから、下方に微かに見える巨大なブルーの球体へ迫る。

『あれが人間界への入り口じゃ』
『アルダリ。どこにも扉がねーぞ?』
『ブルーの壁すっね』
『細胞膜を通り抜けんだよ』
『巨大なクラゲなのか?』
『フム、触れれば球体が移送地点を決める』
『しかし、汚染されてますね』

 ジェンダ王子がブルーの膜から黒い沈殿物が滲み出ているのに気付き、アルダリが顔を顰めてブルーの細胞膜に手を差し込み、スーッと抜いた穴から球体の中を覗き込む。

『以前はブルーの泡が浮遊する美しい世界だったが、黒い汚物に侵食されてしまった』
『やはり呪いは人間界から漏れているのか?』
『とにかく入りましょう』
『フム、中へ入ればすぐに激流に呑まれ、一瞬で人間界へ着くはずじゃ』

 アルダリが塞がる穴に両手を入れて広げて入り込み、ソングとチーネも細胞膜に手を入れて入り、エリアンとジェンダ王子、躊躇していたトーマもブルーの球体へ入り込むと、細かい気泡の流れが渦を巻き、戦士チームは激流に呑み込まれ、スピンをして細胞のトンネルを通過し、意識が朦朧となった状態で人間界へ運ばれた。
 ユグドラシルの木の迷路を通り抜け、ウルズの泉を潜った戦士チームは巨大クラゲの細胞管で人間界へ移送され、夕闇の海に浮上して皮膚に付着したヘドロを拭い、見慣れぬ景色を見渡して、想像以上に汚染された世界だと嘆く。

「油で髪と肌がヌルヌルだ。毒が此処から流れ込んだというアルダリの説が正解だったか?」
「フム、人間は星を消し、欲望と堕落の文明都市を築いたんじゃ」
「俺は平気っすよ。ジェンダ王子はデリケートですからね」
「うん。チーネも大丈夫だよ。星が見えないのは残念だけど……」
「ソングに気を遣ってんだろ?妖精族は住めない世界だ」
「いや、田舎へ行けば海も空も澄んでて、森や川もあるんだぜ」
「ソング。此処は何処なの?」
「たぶん、東京のお台場だと思う」

 レインボーブリッジのイルミネーションが戦士チームの後方に輝き、対岸に高層ビル群と東京タワーが聳え、自由の女神のレプリカが出迎えている。

「東京には可愛い子と遊べる店がいっぱいあるぞ」
「アルダリ。まさかそれが目的で来たんじゃねーだろうな?」

 エリアンがアルダリの赤い褌を引っ張って沈め、溺れそうになったアリダリをソングがとチーネが助け、ウルズの泉でふざけた時とは違うと心配した。

「戦いはこれからだぞ」
「じいさん。しっかりしろ」
「死ぬ……。もうダメじゃ」
「仕方がない。運んでやるか」

 ジェンダ王子がエリアンの盾にアルダリを乗せて、アヒルの被り物をしたトーマが後ろから押し、チーネとソングが先頭になり波を掻き分けて進む。

「砂浜に人間がいるよ」
「波に隠れて泳げ。異世界から来たってバレたら、大騒ぎになるぜ」

 戦士チームは浅瀬になると身を屈めて歩き、岸に近づくとアリダリに服を着せ、トーマはアヒルの被り物を外し、全員砂浜に伏せて周囲を偵察する。

「これからどうする?人間は異世界の存在を知らず、神族や妖精族を見たら驚くでしょうね。アルダリ、なんか策はあるのか?」
「わしを誰だと思う?」
「単なるスケベジジイ」
「そうとも言えるが、急いで出発したのには訳がある。ソング、今日が何の日か知らんのか?」

 アルダリがそう言って立ち上がり、ジェンダ王子とエリアンが慌てて倒そうとして逆にデート中の若者に注目され、剣と盾を手にして身構えたが特に騒ぎ立てる事もなく、ソングが首を傾げて通りを眺め、「ハロウィン……」とアルダリの質問に答えた。
 大通りにはスパイダーマンの被り物やファンタジー系のコスプレをした若者達で賑わい、渋谷のスクランブル交差点程ではないが、お台場のパレードも盛大だと注目されている。

「今日だけは異世界の戦士も目立たないってことか?」

 ソングは砂浜をデート中の若者が自分たちを見ても驚かなかったのは、ハロウィンの仮装と勘違いしたからだと思った。

「王の葬儀にも出席せず、急いで旅立ったのはハロウィンの日に人間界に到着したかったからじゃ。予定時間より遅れたが、なんとか間に合った」

 アルダリが前に立つエリアンとジェンダ王子を掻き分けて堂々と歩き出し、ソングとチーネとトーマもゆっくりと後に続き、ちらほらと砂浜に佇む人間を見ながらソングに質問する。

「それでハロウィンって何?」
「コスプレをして楽しむ日だよ。妖精とか神族への憧れかもな」
「ふーん、人間って変わってるわね」
「とにかく、問題なさそうっす」

 ジェンダ王子とエリアンはスマホを向けて写真を撮る人間を警戒し、アルダリの両サイドで剣と弓を構え、ソングがチーネとトーマの肩を叩いてくすくすと笑う。

「それでアルダリ、これからどうするんだ?ハロウィンとかいう平和協定も今日だけなんだろ?」
「俺たちは人間との戦いに来たわけではないぞ」
「そう心配するな。わしたちもコスプレをして、逆に人間になりきるのじゃ。皆んなで買い物に行くぞー」

 戦士チームはアルダリを先頭にしてお台場海浜公園から大通りへ出て、ハロウィンのパレードに混じって歩き始め、「ダイバーシティ東京 プラザ」の玄関口へ入り、フロアの案内板でファッション売り場を探し、エレベーターに乗って五階で降り、ユニクロの店内に散らばって服を選んで試着した。

 店員と他の客が不審な表情で二度見したが、ハロウィンだから変な外国人客がいると思われ、戦士チームの買い物は順調に進む。

「ソング、なんか楽しいね」
「チーネ、もう少し地味な服にしろって」

 チーネは人間のルールを知らないので、下着になって歩き回り、カラフルでスポーティーな服に着替えてソングに見せびらかし、ソングが呆れるのも気にせず笑っている。

「戦闘服は無いのか?」とエリアンが店員に文句を言い、試着室を占領する戦士チームに店員も困惑し始めると、アリダリが「早く決めろ」と急かして何とか購入服が決まり、精算しに行くのアルダリの耳元でソングが囁く。

「アルダリ、分かってるよな?金貨は使えないぞ」
「心配ない。コレがあるわ」

 アルダリはリュックから出したクレジットカードで支払い。ソングはカードの名義が母親の名前『ユイ・アムロ』になっているのを見て苦笑し、数分後に着替えた戦士チームがユニクロを颯爽と出て来る。

 アルダリはサングラスをして赤いジャケットとチノパンを着込み、以前の服と武器はスポーツバッグに入れて各自に持たせてあった。

 エリアンはビッグサイズの黒いパーカーにスウェットパンツ。ジェンダ王子は白いシャツにデニムのジャケットとジーンズ。トーマは黄色いフリースにカラーパンツ。ソングはブルーのプルパーカーにジョガーパンツを穿き、チーネはワイヤレスブラとレギンスを着てピンクのパーカーとミニスカートを重ね着している。

 しかしエリアンの盾と剣はバッグに入らず、戦士チームが異世界から来たとバレるのは時間の問題であり、腐食の呪いを蔓延させた魔術師の捜索が不安視された。
 スパックはウルズの泉の青い水面から目玉を出して戦士チームを見張り、門番のスマフグを倒してウルズの泉に飛び込むのを確認すると、戦士チームより先に人間界へワープして、お台場の海から堤防に上がってエロガラスを呼んだ。

「ゲオ、ゲオ……」

 超音波の鳴き声を夕空に響かせて二本のツノ先の目を揺らしていると、空高く旋回するエロガラスがゆっくりと降下し、スパックはツノを引っ込めて堤防を全速力で走り、エロガラスの背中に飛び乗った。

「ブェッ」

 人間界の伝書鴉は額に白いメスのマーク記号があり、全身は真っ黒で普通の鴉とほとんど見分けがつかない。

 エロガラスはくすんだ夕空に舞い上がって、背中にしがみ付くスパックと情報交換して飼い主の元へ向かう。

「奴らがクルゲロ」
「スマフグをやっつけたか?」
「アア、ご主人様もアブナイゲロ」

 エロガラスもスパックも商人ヤズベルに飼われる身分であるが、金の為なら汚い仕事を請け負う最低の商人を心底嫌っている。捕獲した生物は売れるまでこき使われ、首に埋め込まれた発信機で逃げられない。

 商品として売れた者は幸運であり、ヤズベルは優秀で賢い者ほど手元に置いて諜報員として育成した。

「オモシロクなるゲロ」
「しかし、あの魔族に勝てるか?」
「たしかに、魔女もコワイゲロ」

 スパックを背中に乗せたエロガラスが品川の高層ビル群の間をすり抜け、眼下に羽田空港が見えると、多摩川沿いにある広い庭付きの邸宅へ舞い降りてゆく。

 神々の戦いで財産を没収されたヤズベルは、流浪の商人となって辛苦を舐めていた頃にランスマンダーという魔術師と知り合い、かつてのような地位と財産を築くチャンスかも知れぬと、秘密裏に情報を集めてランスマンダーの闇の計画に加担している。

「スペアキーはないのか?」

 広いリビングでマンダー家の長女ファラがヤズベルを四つん這いにさせ、馬乗りになって股を開き、鉄の下着の鍵穴を覗き込んで文句を言った。(禁欲の鉄の下着はドルトンの原子記号が刻まれ、股の中央にライプニッツの四大元素を表す円型の図形があり、その三角形の中央に鍵穴がある。)

「お前の事だから、それくらいは作ってあるんだろ。父には秘密にするから出しなさい」

 ファラは黒革のブラとコルセットをして、手に持った鞭でヤズベルの尻を叩いて責め立てた。

「なんで禁欲のパンツなんて作ったのよ」
「ファラさま。お許しください。ランス様の御命令で闇の鍛冶屋に作らせた物ですが、鍵はランス様しか持っていないのです」

 ヤズベルはズボンを脱がされてパンツを下げられ、ビシバシと鞭で尻を叩かれて真っ赤に腫れ上がり、興奮したファラは馬乗りのままヤズベルを仰向けにさせ、両腕を掴んで無理やり乳房を掴ませた。

「嘘つきだね。早く出しなさい」

 赤い唇を近付けてヤズベルの顔を舌で舐めて迫ったが、窓ガラスをコツコツ叩く伝書鴉に気付いたヤズベルは悶えるファラを押し退けて立ち上がり、黒髪ロングの眼鏡美女は床に寝転がってブラの中に赤いネイルの指をねじ込み、巨乳を揉んで鉄の下着を拳で叩いてひとりで絶頂を迎える。

「アゥ、アッアァ〜」

 その光景をガラス越しに眺めたエロガラスとスパックは顔を見合わせて苦笑し、ズボンを穿いて身なりを整えたヤズベルが窓辺に近寄って窓を開けた時には、真顔で(こうべ)を垂れて出迎えた。