エリアンが防御に徹して剣と盾でスマフグの打撃を食い止め、身軽なチーネが猛スピードでスマフグの背中を駆け上がり、後頭部から蜜蜂の剣を半円に曲げてスマフグの眼を剣先で突き刺す。
「ムッ?」
死角か襲う剣の軌道にマフグが蒸気の息を吐き出し、一瞬、片眼に刺さったと思われたが、瞼を閉じて跳ね返され、首を振ってチーネを後頭部から投げ飛ばす。
『えっ?』
チーネはスマフグの耳に掴まって必死耐えていだが、アリダリの叫び声に気を取られ、空中で暗唱して石床に落下した。
『時間稼ぎは我々がする。チーネはソングとSEXをして、剣と盾を出現させるんじゃ』
ソングも炎で型だったベッドを振り返り、「冗談だろ?」と呟いたが、アルダリは真剣な表情でソングとチーネを睨む返す。
しかもスマフグは蒸気の輪っかを鼻から吹き出し、息をいっぱいに吸い込んで火炎を吐き出す動作を始めた。(頬をプクッと膨らます事からスマフグと呼ばれ、喉ちんこの火種で、発酵アルコールを発火させて一気に吐き出す。)
「チーネ、逃げろ」
ソングの叫びと同時に、エリアンがチーネの腕を掴んで退避し、アルダリの手前でスマフグが吐き出した火炎を盾で受け、炎の波を堰き止めたが、エリアンのパンクヘアーとアリダリの髭がチリチリに焼け焦げてしまう。
「火はすぐには吐けまい。王子とトーマはヒットアンドウェイじゃ」
「了解した」
「しょうがないっすね」
スマフグの足は鎖に繋がれているのを見てアルダリが指示を出し、ジェンダ王子が剣を抜いてスマフグに近寄り、トーマも仕方なくショルダーバッグから出したトカゲの被り物をして、爬虫類の腕でカンフーの構えをする。
「アリダリ、俺は?」
「わしとエリアンは火炎を防ぎ、ベッドを死守する」
「わかった。しかし盾が保つかな?」
盾はさっきの火炎で黒焦げになり、アリダリが一角獣の杖を向けて霊力のバリアーを張り巡らしたが、それとても火炎に耐えられる時間は少ない。
「フム、三十秒じゃ。次の火炎より三十秒で絶頂に達し、剣と盾を手にせよ」
走り出したジェンダ王子とトーマはアリダリの声を背中で聴き、スマフグの前で左右に分かれて、振り払う腕を躱して壁際に散らばった。
「それがタイムリミットか?」
「短すぎだろ?」
チーネとソングは三十秒以内に絶対に達し、ドラゴンの神器を発現させる事以前に、戦いの最中にSEXする事でさえ無理難題に思えた。
「しかも、上手くいっても指を失う」
「最悪、体まで腐って死ぬ」
「でも、ヤルしかねーか?」
「そうね」
チーネとソングはジェンダ王子が剣を回転させながら逃げ回り、トーマは壁を這って天井へ退避し、アリダリとエリアンが陣形を作ってベッドを守るのを見て覚悟を決めた。
「ソング。やるよ」とチーネがソングを火に囲まれたベッドへ誘い、「ここでか?」と渋ったソングを押し倒して宣言する。
「愛が有れば場所は関係ない。それにソング、あなたは愛の戦士になると誓った。恥ずかしがるより、勇者としてチーネを抱きなさい」
チーネが甲虫の防具と腰のスリットを外し、花柄の巻きスカートを脱いで紐状のパンツ姿になると、ソングも覚悟を決めて仰向けになったままキルトのパンツを脱ぎ、シャツをはだけて胸を手で隠すチーネを手招く。
「やってみせっぞ。チーネ」
「ソング。ロマンスはなしだ」
チーネは時間がないのでソングの腰の辺りに跨り、ソングはチーネの腰に手を回して興奮したが、周辺ではスマフグと戦士チームの戦いが激化し、体は反応しても心が集中できない。
『この状況で、SEXしろってか?』
スマフグはジェンダ王子とトーマを岩室の端に追い詰め、エリアンとアリダリが背後から剣と一角獣の杖で突くが、スマフグはエネルギーが回復したら、一気に炎を吐いて焼き殺すつもりで遊んでいる。
「あいつらだけで戦えるのか?それに三十秒なんてムリだ」
「ソング。チーネのテクニックを馬鹿にするな」
「でも、剣を掴めるとも限らないぞ」
「しっかりしなさい。愛の戦士だろ?」
チーネも初体験を終えた初心者であるが、妖精族の指南役として大胆に振る舞い、馬乗りになってソングの頬を平手で叩いて鼓舞する。
『アッ……』と、強気なチーネがソングの硬くなった物に小さく喘ぎ、腰を浮かせて紐パンを横にずらすと、ソングのアソコが中に少し入ってきた。
『ヤダ、ソングったら。ムリとか言って、速攻で反応してるじゃない』
小さな顎を突き出してツンと澄ました顔が火照り、砂糖菓子を炙ったトロけた表情になる。
しかしその時、スマフグが息を吸い込んで頬を膨らまし、炎を口から吐き出してジェンダ王子とトーマが襲われ、エリアンのカウントダウンとアリダリが叫ぶ声が聴こえた。
「1.2.3..……」
「ソング、チーネ。始まったぞ」
「ヤベー、逃げろ」
「速攻で、終わらせてくれー」
ジェンダ王子とトーマが炎に吹き飛ばされて倒れ込み、アルダリが赤い褌一枚になってスマフグを挑発する。
「こっちじゃ。スマフグ」
「闘牛士のつもりか?」
エリアンが裸で赤い褌をひらひらさせるアリダリを見て馬鹿にしたが、スマフグは向きを変えてアリダリへ近寄り、焼け焦げたジェンダ王子とトーマはエリアンの盾の中へ入り込む。
『……4.5.6……10』
チーネはエリアンのカウントを引き継ぎ、馬乗りで腰を振ってソングのドラゴンを呼び覚まし、時間内に愛液を湧出させてソングに勇者の剣を握れと願う。
『ソングのドラゴンよ。キテ……』
『……11.12.13……』
ソングはチーネが跨った太腿とお尻の感触に興奮し、アソコはすぐに立ち上がったものの、チーネが呟くカウントダウンの秒読みに気を取られ、心の中で父ゼツリに文句を言う。
『くそ~、父はなんて意地悪なんだ。ドラゴンの剣と盾はどこにある?』
その時、ソングの意識内に入り込んだチーネに呼ばれて、精霊秘体の扉が僅かに開き、薄闇の世界に光が差し込み希望を感じた。
『こっちよ』
『おっ、微かに見えてきたぜ。愛のパワーでチーネをいかせ、勇者の剣を手にしてみせる』
ソングは目を閉じたまま手を伸ばして二つの桃の乳房に触れ、チーネの喘ぎ声を聴きながら、戦闘中のベッドインを忘れて、無我夢中でチーネを強く抱き締める。
『愛だ。愛を感じろ』
父ゼツリの低く力強い声が頭の中で聴こえ、ソングは不思議な感覚に陥って体が小さくなり、チーネの蜜で溢れた壺にダイビングし、全身に快感のシャワーを浴びて至福の階段を駆け上がり、太陽の輝く大空へ両手を広げてジャンプした。
『チ~ネ!』
『ソング~』
『今よソング。心の目で見るのです』
今度は懐かしい母結衣の声が聴こえ、ソングは快感の爆発と同時に目を見開き、チーネも外耳の花冠の蕾が開いて内耳のメシベがオシベの花粉で受粉し、蝶の羽で精霊秘体の空間を舞い、ソングの父と母の存在を知る。
『勇者ゼツリはソングにドラゴンの神器を遺し、お母様と一緒に見守っていたんだ』
ソングは空中に浮遊して赤土の荒野を見下ろし、『ドラゴンの棲む世界か?』と呟き、
光り輝くドラゴンが暁の空から黄金色の粉を降り注ぐのを呆然と眺めた。(精霊秘体とは体内に造られた異空間で、霊意識の小世界と云われている。)
ドラゴンが口から炎を吐いて地底から湧き出る黒い煙の獣を焼き払い、チーネは火柱をくぐり抜けて舞い上がり、ソングの横に並んで赤い霧の漂うモニュメントを見渡し、内部に聳え立つ背骨の剣と臀部の盾を指差す。
『ソング、剣と盾だ』
『おお〜、まるでレントゲン写真みてーだ』
ソングは幻影かと目を指で擦り、背骨の脊椎のプロックに挿し込まれた剣と、臀部の坐骨に被さっている盾を目を凝らして発見した。
『呪いはドラゴンが焼き払っているが、時間がないのでチーネは先に戻る。ソング、抜けるよね?』
『まかせろ』
ソングがそう言った瞬間、チーネは『アッ…』と絶頂に達して精霊秘体から消え、元の体に戻ってソングの足元で片膝を付き、蜜蜂の剣を構えて秒数を数えた。
『……20.21.22』
少し遅れてソングの意識も戻り、両足を跳ね上げて火のベッドから立ち上がり、右腕を背中に回して左腕で臀部を触り、勇者の剣と盾を手に取って構えた。
チーネはその前に屈み込みソングの下半身は隠されていたが、パンツを脱いだ状態で股間のドラゴンは威風堂々と突っ立ち、剣と盾にエネルギーを送っている。
ドラゴンの剣と盾を構えて走り出したソングにチーネがキルトの巻きスカートを投げ渡し、ソングは空中で腰に巻き付けて戦士チームを救いに向かう。
『……24.25.26』
スマフグの火炎でエリアンの盾がひび割れ、アルダリの一角獣の杖も熱で折れ曲がり、ジェンダ王子とトーマも後半へ逃れて身動きができない。
「もう限界じゃ」
「このままでは焼け死ぬぞ」
『……28、29』
タイムアップ寸前でソングがエリアンの前に出て、十字のチェーンが刻まれた盾で床を這う火炎の波を吸い込み、一瞬で消失した炎を見てスマフグは息切れし、再度火を吹こうとするが煙しか出ず、エリアンとアリダリがへなへなと座り込む。
「待たせたな」
「ギリギリだった」
「ふぅ〜、ひやひやさせるな」
「しかし、まだ倒してはない」
「ひぇー、トカゲの丸焼きっす」
トーマが焼け焦げた被り物を見て嘆き、ジェンダ王子はブランドの髪を手で払って火を消し、ソングの盾の防御力に驚く。
「火を吸い込むとはな?」
「フム、竜族の王ラウバルの力が秘めらておる」
「グラウバルを倒したのはゼツリ」
「なるほど、ドラゴンの骨と鱗で作られているんすね?」
トーマはドワーフの鍛冶屋の親父に製造技術を叩き込まれ、神々の戦争で家族を失って旅人になった。
「トーマ、よく知っとるな?」
「亡くなった鍛冶屋の親父から、魔法の力を持つドラゴンの盾と剣が存在するって聞いたっす」
アリダリは焼け焦げた髭と赤い褌の火の粉を払って一息つき、エリアンも黒焦げになった盾を石床に置き、黒革の戦闘服も焼けてボロボロになっていたが、ドラゴンの剣先をスマフグに向けるソングの隣りに立つ。
「ソング。やるな」
「エリアン、休んでていいぜ。スマフグ、おまえの負けだ。諦めて降参しろ」
エリアンがソングの腰に太腿をピッタリ寄せ、股間のドラゴンがキルト地の巻きスカートの下で横を向いたが、ソングは気にせずに鱗の波打つ剣を構え、右手の小指が腐食して第二関節から欠けているのに気付く。
『ん?』
アドレナリンが出て痛みは感じなかったが、剣を握れなくなる不安が過ぎり、SEXの回数と比例していると嘆く。
『あと、八回……か?』
スマフグは歯軋りをして悔しそうにソングが持つ剣と盾を見下ろし、『竜族の王グラウバルが遺した武器かよ?』と呟き、闘志を漲らせて前へ踏み出す。
青く輝く剣身にはドラゴンの大鱗が密集して蠢き、グリップとガードは削られた骨に宝石が埋め込まれている。十字のチェーンが刻まれた盾は魔法の力を秘め、攻撃を吸収する事も可能であった。
「人間のガキのようだが、お前は何者だ?」
「ソングだ」
そう名乗ると、チーネがエリアンを押し退けてソングの横に立ち、胸カップの防具に紐パンのチーネと豊満なエリアンの争いが始まる。
「ちょっとエリアン。くっ付き過ぎ」
「な、なんだよ。邪魔すんなって」
「レズビアンなのに何で?ソングの指南役はチーネなんだよ」
「恋は自由だ。SEXは俺の方がベテランだし、ドラゴンも喜ぶと思うぜ」
アルダリとジェンダ王子とトーマも背後で陣形を作ったが、女性同士の険悪な雰囲気を見て呆れ、ソングも振り返ってあっけに取られている。
「効き目があり過ぎたか?」とジェンダ王子が小声で呟き、アリダリがキューピッドの矢を使ったと気付く。
「恋の悪戯か?」
「それって、解けないんすか?」
「一度、ヤラないとダメな筈じゃ」
「はい。イージーです」
「まったく、困った王子じゃ」
アリダリがチーネとエリアンの間に割って入り、ソングの横に立ってスマフグを説得するが、赤い褌一枚の老人が加わって更に心象を悪くした。
「スマフグよ。話を最初に戻して、七枚の金貨で我らを通してくれぬか?ソングと戦えば、お主でも切り刻まれるぞ」
「ふざけるな。おめーら、オレを舐めてんのか?」
スマフグが怒り狂って翼を広げて四メートル程ダイブし、戦士チームを押し潰そうと襲い掛かる。その時、ソングはスマフグの足を拘束する鎖が突っ張るのを見て、最善の策を思い付く。
『なるほどね』
戦士チームの頭上を翼と胴体の巨大な影が覆い、左右に散らばって逃げるが前へ走り出したアルダリがうつ伏せに倒れ、ソングが「アリダリー」と心配して叫び、スマフグの股の間で上半身を起こして褌を引っ張るアルダリを見て胸を撫で下ろす。
「これ、大事な褌を踏むでない」
「トーマ、大丈夫?」
「フーッ、服が破れただけっす」
トーマは背中を鋭い爪で引っ掻かれて転び、チーネが助け起こして避難させ、エリアンはジェンダ王子の上に覆い被さり、尻尾が振られるのを剣で跳ね返す。
「サンキュー、エリアン」
豊満な胸の下でジェンダ王子が礼を言い、ソングはドラゴンの剣を振り上げてスマフグの尻尾を切断し、尾を片手にぶら下げて剣先を向け、チーネがソングに駆け寄って横に並び、蜜蜂の剣を構えてスマフグを睨みながらソングを制する。
「この剣なら、首だって切れるんだぜ」
「ソング、待ちなさい。その者は仮にもウルズの泉の門番です。九つの国が途絶えたとはいえ、ユグドラシルには必要な存在」
「わかってるよ、チーネ。こいつを許す。俺は愛の戦士だからな」
ソングはジャンプしてドラゴンの剣を振り上げたが、スマフグの首ではなく、繋がれた鎖を切断して拘束されたスマフグを解放した。
頑丈な鎖が真っ二つに切れて石床に転がり、カッコよく両足を広げて着地したソングであるが、切り捨てスマフグの尻尾を踏み付けてピクピクと動き「うわっ、生きてんのか?」と飛び退いてころび、「ソング、返して」とチーネが巻きスカートを奪って腰に付け、ソングは下半身丸出しになり、慌てて自分のパンツを取りに走った。
「別に、負けを認めたわけじゃねーぞ」とスマフグが鎖を蹴散らして戦士チームへ迫り、エリアンとジェンダ王子とトーマが対峙して文句を言う。
「まだ、やる気か?」
「往生際が悪いっすね」
「ソング。やっぱ、首切った方がいいかもよ」
ソングは何も言わずにチーネの衣服を拾って渡し、火の消えたベッドを懐かしむように精霊秘体の中を浮遊した体験を思い起こし、チーネと一緒に服と防具を装着した。
「ソング。また指欠けたね」
「ああ、体の中でドラゴンが呪いを焼き払ってんだな。隠された武器にも驚いたぜ。チーネ、導いてくれてありがとう」
「うん、間に合って良かった」
『フム、誰もが最強の武器を手にすると傲慢になるのだが、ソングには優しさが溢れておる。チーネともいいコンビじゃ……』
アリダリがスマフグの前へ出て、布袋から金貨を七枚取り出して差し出し、スマフグは赤い褌一枚のアルダリを見下ろす。
「スマフグよ。これでおまえは自由だが、改めてウルズの泉の門番を続けるが良い。そしてわしらをこの金貨で通してくれぬか?」
「しょうがねー。アリダリがそこまで言うなら、許してやるか」
スマフグは今更地下の棲家から出て、空も飛べないのに地上で権威を振るえるとは思えず、門番の仕事を辞める気はなかった。
「それに俺はこの仕事が気に入っている」
「おおー、それは良かった。では、少し休んだらウルズの泉へのゲートを通らせてもらうぞ」
「アルダリ。人間界へ何をしに行くのか知らないが、ヤズベルという商人と闇に堕ちた錬金術師には気をつけろ」
スマフグは解放してくれたお礼として、アルダリに忠告し、敢えて名前は出さなかったが、錬金術師ランス・マンダーが罠を仕掛けた首謀者である事を匂わせた。
ウルズの泉の付近に休憩スペースがあり、戦士チームは化石の椅子に座って焚き火で暖をとり、エリアンは焼け焦げた戦闘服を直し、ジェンダ王子とトーマは泉の流水で傷付いた顔と腕を洗い、アルダリとチーネはソングが持つ剣と盾が消え去るのを眺めている。
「時間が限られているのか?」
青く輝く剣身が青い鏡となり、戸惑うソングの顔が映っていたが、刃先からスーッと透明になって骨のガードとグリップも消え、石床に立て掛けた十字のチェーンが刻まれた盾も消失した。
「フム、股のドラゴンが眠るように、剣と盾のエネルギーも限られているんじゃろう。しかも、チーネの協力なしでは剣も盾も使えまい」
「残念だが、ソングまだ半人前ね」
「くそっ、いつかひとりで剣と盾を出し、自在にコントロールしてみせっぜ」
ソングの決意にチーネが微笑み、精霊秘体に潜り込んだ時に聴こえた優しい声を想い返す。
「ソング。父と母の声に耳を澄ますことね」
「チーネにも聴こえたのか?」
「うん。顔も見えた。お母さん美人だね」
チーネには二人の姿まで見え、方法は不明だが精霊秘体の世界に魂を蘇らせ、ソングを正しい道へ導こうとしている。
「なるほど……」とサングラスをしてアリダリが赤い褌一枚で両腕を組み、ゼツリの顰めっ面を想像していると、スマフグが痺れを切らして戦士チームへ近寄り、ウルズの泉を指差して念を押す。
「アルダリ。剣が消えたからって約束は守るが、帰りの金貨は払えるんだろうな?」
「フム、強欲な奴じゃ」とアリダリが苦笑し、ジェンダ王子がスマフグの足元を剣で指し示して苦言を施す。
「自由は何事にも変えがたい。スマフグ、金貨以上の価値があると思わないのか?」
「当然、帰りはフリーにしてもらう」
「そういうことっす」
エリアンとトーマもジェンダ王子と一緒にスマフグに文句を言ったが、アルダリは意外にも笑顔で対応した。
「まー、いいじゃろ。門番を命じたのじゃから、イチャモンをつけてはいかん。帰りの金貨はヤズベルという商人に出してもらおう」
「そういう事。ルールは守らないとな」
数十分後、火傷と擦り傷の手当てを終えた戦士チームはぼろぼろの衣服を着て武器を装着し、アルダリの掛け声で立ち上り、ウルズの泉を囲んで水面を眺めた。
「わしが水中を潜り、奥深い水底にある人間界への入り口へ先導する。最初は苦しくとも、すぐに体が慣れてくる筈じゃから、慌てずについてくるんじゃぞ」
アルダリがウルズの泉へ入る心構えを話している時、奥の壁際の水面に二本のツノを出し、戦士チームを偵察するカエルが水中に潜んでいた。ベールゼブフォの異種でスパックと呼ばれ、体は小さいが突き出たツノの先に丸い目がある。
『グゲッ』と小さく鳴いて真っ青な水中に潜り、飼い主のヤズベルに知らせに向かう。
「ここを潜れば人間界へ着くのか?」とジェンダ王子がウルズの泉へ体を乗り出して覗き込んだが、泡が湧き上がってスパックの姿は見えず、エリアンに襟首を掴まれて引き上げられた。
「王子、濡れるぞ」
「ありがとう、エリアン」
「どうせ、濡れるっすけどね」
ウルズの泉は化石の壁に囲まれた二十メートル程の楕円形の青い泉で、神聖な湧水が定期的に勢いを増し、中央付近に噴水が天井高くまで噴き上がり、濡れた壁に付着する微生物が青白く発光し、異世界へ旅する者へ神秘的な現象を演出して心を癒す。
「すげ〜、青い洞窟みてーだ」
「ワォー、感動的ですね」
「鉱石の光っすか?」
ソングとジェンダ王子とトーマが青く輝く天井を眺めて茫然とし、金貨と財宝が敷き詰められたベッドで寝転ぶスマフグが頭をもたげて振り返り、「フン、潜り切れるか?」と嘲笑う。
「オーツ。水に棲む光虫で、空気を蓄えてるから、潜ったら分けて貰うの」
「チーネ。これを飲み込むのか?」
「ソング。口じゃなくて、鼻で吸うんだ」
「フム、こいつのおかげで、水中でも息ができる。すぐに慣れるって言ったじゃろ」
「マジで?この素晴らしい景色が台無しだ」
「というか、気持ち悪いっす」
ジェンダ王子とトーマがウルズの泉を覗き込んで溜息を漏らし、サングラスをしたアルダリが真剣な表情で勇気を促す。
「ウルズの泉を潜り切れば異界への入り口があり、感覚的には一瞬で人間界へ移動し、わしらは腐食の呪いを蔓延させた魔術師のフィールドへ侵入するり当然、危険な戦いであるが、愛ある世界を守る為に、決して屈服してはならぬぞ」
「アルダリ。それで人間界に当てはあるんだろうな?」
「確かに、異世界で呪いの主を探すのは簡単ではないぞ」
「任せろ。人間界に友人がおるわ」
「ああ、中山教授だろ?」
「ソング知ってるの?」
チーネがそう聞くと、ソングは十歳まで過ごした人間界を思い出し、笑顔で懐かしそうに話す。
「中山教授は母の友だちで、有名な学者だよ。母はオペラ歌手で、一緒にコンサートに行ったこともある」
ソングは母を亡くすと人間界から異世界へ連れて来られ、慌ただしい冒険の日々を過ごしてホームシックにはならず、平穏で退屈な日常が逆に新鮮に思えた。
ウルズの泉の噴水が鎮まると、アルダリがズボンを下げて赤い褌となり、エリアンが顔を顰めて怒ってソングとトーマも呆れて文句を言う。
「戦士たちよ、わしに続くが良い」
「アルダリ、なんでまた脱ぐんだ?」
「ふざけるのもいい加減にしろ」
「まったく、懲りないっすね」
しかしアルダリは無視して赤い褌の股座に手を突っ込み、「アソコの座り心地が悪いんじゃ」と、その手をエリアンに嗅がせようとして、カッコよく飛び込むつもりがエリアンに担ぎ上げられてウルズの泉に放り込まれた。
「コラ、やめろ。年寄りを敬え」
水面へうつ伏せに落ちて水飛沫が上がり、アルダリが手足をバタつかせて顔を水面に上げ、口から水を吹き出してから水中に潜る。
「スケベジジイめ、溺れたふりかよ?」
「侮れないっすね」
「じゃー、行きますか?」
「うん。チーネがアリダリを追う。たぶん赤い褌が目印なんだよ」
ジェンダ王子が声を掛け、チーネとソングが先に泉へ飛び込み、アヒルの被り物をしたトーマが続き、剣と盾を背中に装着したエリアンがジェンダ王子と一緒に飛び込む。
『こっちだ……』
華麗な泳ぎでチーネが先頭を潜り、『ほら』と振り返ってソングを手招き、青い水中に靡く赤い布を指差す。
アリダリはズボンの裾を首に縛り、大股開きで軽快に潜って赤い褌を見え易くし、鼻から吸い込んでオーツを鼻腔に溜め込み、貴重な酸素を肺に取り込む。
不慣れなソングが息苦しくなり、『ウゲッ』と口から泡を吐き出して、『鼻だよ』とチーネがゆっくり吸い込めとジェスチャーで教え、『なるほど……』とソングもオーツから酸素を貰う。
オーツは水の中に生息する光虫で、水から酸素を吸収して体内に蓄え、ウルズの泉を浄化する役割を担っていたが、汚染水の混入により底へ行く程に濃い青緑となりオーツが減少している。
『以前よりも濁っておるわ……』と、アルダリが底から湧く源泉を見て嘆き、徐々に視界が悪くなるのを不安視してスピードを落とし、後続が近付くのを待ってから、下方に微かに見える巨大なブルーの球体へ迫る。
『あれが人間界への入り口じゃ』
『アルダリ。どこにも扉がねーぞ?』
『ブルーの壁すっね』
『細胞膜を通り抜けんだよ』
『巨大なクラゲなのか?』
『フム、触れれば球体が移送地点を決める』
『しかし、汚染されてますね』
ジェンダ王子がブルーの膜から黒い沈殿物が滲み出ているのに気付き、アルダリが顔を顰めてブルーの細胞膜に手を差し込み、スーッと抜いた穴から球体の中を覗き込む。
『以前はブルーの泡が浮遊する美しい世界だったが、黒い汚物に侵食されてしまった』
『やはり呪いは人間界から漏れているのか?』
『とにかく入りましょう』
『フム、中へ入ればすぐに激流に呑まれ、一瞬で人間界へ着くはずじゃ』
アルダリが塞がる穴に両手を入れて広げて入り込み、ソングとチーネも細胞膜に手を入れて入り、エリアンとジェンダ王子、躊躇していたトーマもブルーの球体へ入り込むと、細かい気泡の流れが渦を巻き、戦士チームは激流に呑み込まれ、スピンをして細胞のトンネルを通過し、意識が朦朧となった状態で人間界へ運ばれた。