ユグドラシルの木は背後の巨石の壁面に張り付いて同化し、根も枝も幹も石化して岩肌にめり込み、下部の太い幹に蔓の絡み合った門の入り口がある。

「すげーな」
「驚くのはこれからよ」

 チーネとソングが先頭になって門をくぐり抜け、ジェンダ王子が巨木を見上げてアリダリに質問する。

「岩山と一体化しているのか?」
「ああ、幹が空洞化して巨石の内部に洞窟の通路を張り巡らせ、地の底まで続いている。風化して崩れておるが、真の道は変わらぬ」

 数歩進むと明かりが途絶えて洞窟の奥が見えなくなり、チーネが背を向けたまま手招くが、ソングは足を止めてアルダリが来るのをを待つ。

「こっちだ」
「チーネ。松明をつけるから待てよ」
「問題ない。夜目は利く」

 チーネとエリアンが瞳を光らせて先に進み、「俺も見えるっす」とゴーグルをしたトーマも続く。(妖精のチーネは視聴能力が鋭敏であり、エリアンは猫の瞳をしている。トーマは岩穴を好むドワーフの血筋だ。)

 しかしチーネが途中で足を止めて手を背後に向けて制し、エリアンも三角の耳を傾けて風の流れを聴き、猫の瞳で洞窟の奥に目を凝らす。

「何か変ね」
「風が不規則になった……」
「気のせいだろ?心配性すね〜」

 トーマは適当なことを言って、エリアンの背後に隠れ、アルダリのリュックから取り出した火種で松明に火を付けたソングとジェンダ王子が駆け寄る。

「どうした?早く行こうぜ」
「よせ。ソング」

 制止するチーネの手をソングが払い除け、松明の明かりを前に出して踏み出した時、何かに触れて奥の暗闇から矢が数本飛んで来た。

「クォレルだ」

 エリアンが素早く大きな盾をソングの前に出して二本の矢を防ぎ、もう一本の矢はチーネが背中の剣を抜いて叩き落とす。(クォレルとは古代のクロスボウであり、洞窟の奥の台の上に設置された三台のクォレルが入り口付近を狙っていた。)

「罠っすね。光を遮ると発射されるみたい」

 ソングの足元を見ていたトーマがゴーグルのスイッチを切り替えて、赤外線が張り巡らせてあるのを見つけた。
 
「トーマ。見えるなら早く教えろって」
「わりい。このゴーグル、切り替えが鈍くてさ。まさか、こんな罠があるとは思わねーだろ」

 ソングがエリアンの盾に刺さって矢を抜いてトーマに文句を言い、ジェンダ王子はセンサーに手を翳して、クォレルのスイッチが入る仕組みを確認した。

「もしかして、ヤズペルという商人の仕業ですか?」
「フム、人間界の技術かもしれぬ。この炎の錬金術師を恐れる者が、人間界にいるってことじゃな」
「いや、戦士の方だと思いますよ」
「スケベジジイを狙ったなら、セクハラの恨みだろ?」
「うん。たくさんいそうだ」
「と、年寄りを脅かすな。旅の楽しみが半減するわ」
「ねっ、もう大丈夫だと思うけど、警戒して進も。アルダリ、こっちでいいよね?」
「ああ、チーネ。今日も可愛いな」

 チーネは親しみを込めてアルダリを呼び捨てにしたが、尻を触ろうとしたのでノールックで背中の剣を向けた。

「サンキュー、エリアン」
「き、気にすんな」

 盾で矢を防いでくれたエリアンにソングが礼を言い、『親密になってる』とチーネが振り返る。

 チーネは審議会を終えた通路で、ジェンダ王子がキューピッドの矢でエリアンに恋の魔法をかけたと疑い、それとなくエリアンに好きなタイプを聞くと、「俺はレズなので、キュートな女の子が好きなんだ」と教えられた。

『だったら、チーネじゃないか?』

「しかしこの盾、デカッ」
「まーな。いつでも守ってやる」

 エリアンがソングにそう言って微笑みかけ、猫目で松明の炎を見たせいか、ソングの顔がボヤけて目がクリッとした可愛い女性に見え、慌てて目を瞬いて指で擦る。

「チーネ。エリアンが先頭で、戦士チーム全員の盾になる」

 女戦士エリアンはソングの幻影を振り払い、チーネに追いつくとサーディン王の紋章の盾を前方に翳し、後続を引き連れて早足に突き進んだが、暫くすると洞窟の先は途絶えた。

「行き止まりだ」

 広い岩室の中央でエリアンが盾を下ろし、閉ざされた三方の岩壁を茫然と眺め、隣で両腕を組むチーネに聞く。

「ここで間違いないのか?」
「うん。チーネはここまでしか来たことがないんだ。上に行けばアースガルズがあり、下にはミズガルズへの入り口があると聞いてる」

 ソングが付近を松明で照らし、王子とトーマは岩壁に扉の痕跡がないか調べている。アルダリはリュックからビフレスト(虹の橋)と云われる、九つの国を円で結ぶ図柄の描かれた九角形の鍵を取り出し、戦士チームを集めて見せる。

「この鍵で、下への扉が開く筈だ」

 アリダリの指示でソングが岩壁の隅を松明で照らし出すと、ビフレストがピッタリ嵌る窪みがあり、アルダリがミズガルズの文字の位置に回して合わせると、ユグドラシルの幹の年輪が回転し、ギシギシと木材が軋る音が響いて石の扉が開き始めた。

「気をつけろ。螺旋階段が、腐りかけておるからな」

 アルダリがそう言ったように、扉の前に立って下を覗くと、中心の柱に太い蔓が巻き付き、踏み板の螺旋階段が下へ続いていたが、老朽化して何箇所が崩れている。