蝋燭の灯る教会の暗い地下室の応接間で、五十センチ程の水晶玉の中にアーズランド島の全景を映し出し、王の葬儀を邪魔する魔術師が人間界に存在した。

 水晶玉の真上から海上の帆船に黒いスポットライトを当て、空が割れて嵐が巻き起こり、王の遺体を乗せる船が沈むのを覗いて笑みを浮かべたぁ、水晶玉に映る雲の切れ目からチャチルが放った矢が飛んで来て、目に突き刺さる寸前に瞼を閉じて顔を手で覆う。

「クソババアめ」

 魔術師ランス・マンダーがチャチルに悪態をつき、蝋燭の灯りで鏡に顔を映し、瞼に突き刺さった(トゲ)を指で摘んで外す。

「ランスさま。大丈夫ですか?」

 部屋の壁際に立つヤズベルが暗がりから心配そうに声をかけたが、本心は報酬を貰って早くこの地下室から退散したかった。

 『金払いは良いが、執念深く恐ろしい闇の錬金術師だ。気分を害したら自分にも被害が及ぶ……』

「お遊びが過ぎたようだ」

 ランス・マンダーは蝋燭の火を吹き消して、水晶玉を暗幕で覆い隠して異界・アーズランドとの交信を断ち、魔術の痕跡を消してチャチルの追跡を躱す。(この時、チャチルは手応えを感じて矢を放った空を目を凝らして見詰めたが、切れ目が閉じて何も見えなくなり、諦めてカワゲラを下降させた。)

 室内の電灯が点けられ、ランス・マンダーの姿とクラシカルな装飾をされた応接間が露わになる。ランスは背が高く痩せ気味で、精悍な顔付きに濃い眉毛と髭を蓄え、容姿は人間とさほど変わらないが、裸になると骨格がデフォルメされ異形の神族であると分かる。

 ヤズベルは鼻髭をピンと伸ばし、髪はきっちりとポマードで固め、黒ずくめの服装に帽子を手にして、丸テーブルの対面の席に着く。

「しかし、異界に亀裂を生じさせるとは、さすがランスさまです」
「完全に船を沈める前に、チャチルの奴が毒矢を撃ちやがった」

 ランスの右の瞼が見る見るうちに腫れ上がり、左眼だけでヤズベルを睨んでいるが、痛みはないのか、それほど機嫌を損ねている感じはしない。

「ヤズベル。それで情報とは何だ?」
「はい。戦士チームにチーネとソングが加わったようです」
「ゼツリの息子、ソングか?」
「ええ、チャチルの孫娘チーネが剣術を教えて鍛え上げたと思われます」
「それは楽しみだ。しかし、人間界までたどり着けるのか?」
「そうですな……」

 含み笑いを噛み締めて、ランス・マンダーとヤズペルの会話が続く。

「それで、報酬の方は……?」
「心配するな、金貨をはずむ。性器具の代金の全額支払うぞ」
「ありがとうございます」

 ランス・マンダーとヤズベルの声が地下室の応接間に響き渡り、流浪の商人と暗黒に堕ちた錬金術師の密約が取り交わされた。