正式な名簿用紙が元老院と王女エッダに提出され、アルダリも会議室に呼ばれて戦士チームの適正審議が行われ、ソングの選出だけが四名の議員から反対された。
「人間の子供が魔術師と戦えるものか?」
「ふむ、他のメンバーに異論はないが、この少年は問題があるな」
「それにゼツリはこの国を捨て、ミズガルズに住みおった」
「叛逆の疑いさえあるではないか?」
「それは誤解じゃ。勇者ゼツリは最期まで我らの為に戦い、正義を死守しようとした」
アルダリは憤慨して反論したが、元老院は空論だと聞き入れず、王女エッダの提案でソングは面接試験をして決定する事になった。
「では、他のメンバーは招集して構いませんね?」
「ふむ、問題ない」
「それでは即刻、通達を出しましょう」
アルダリが議員を睨んで退席すると、王女エッダは元老院の機嫌をとって雑談し、戦士選手の通達が発信された事を確信すると、地味な外出着に着替えて石畳の回廊を早足で歩き、一人で城の周辺にある酒蔵へ向かった。
長いスカートの裾を上げて王女エッダが酒蔵入り口の階段を上がり、樽から葡萄酒を瓶詰めしている店主にジェンダ王子の居場所を聞く。
「王子を見てないか?」
「王女様。ジェンダ王子ならあそこにお泊りです」
店主は王女を見て驚き、口止めされていたが宿舎の二階を指差し、王女が顔を顰めて階段へ向かう。
「思った通りだわ」
ジェンダ王子は戦士チームに選ばれた自覚もなく、若い男の子と一緒に酒蔵の二階の部屋で遊んでいた。王女は王子が戦士として戦えるか不安で、居ても立っても居られずに駆け付けたのである。
『王が愛人に産ませた一人息子で、ブロンド長髪のイケメンであるが、性自認が男性にも女性にもあてはまらず、天使のように愛を振り撒いて遊んでいる』
「やべえ、母上だ。じゃー、当分会えないと思うけど、元気でな」
ジェンダ王子が全裸でベッドから起き出して、まだ寝ている男の頬にキスをして別れを告げ、慌てて服を着てキューピッドの弓と剣を持って部屋の出口へ向かう。
「父上が腐って死んだというのに、まだ遊んでいるのですか?」
ドアを開けると、前に立つ王女と出くわして詰め寄られ、ジェンダ王子はブロンドの髪を掻き上げながら後退した。
「いや、寸止めすれば安全なのです。それに僕は性欲より、美しい愛に憧れている」
「兎に角、もっと男子らしくしなさい。先々、貴方は王にならなければなりません」
「はい。戦士チームの件なら喜んで戦いますから、ご安心ください」
ジェンダ王子は戦士チームの名簿用紙を見せ付ける王女に背を向け、窓へ走り出してジャンプした。
「こら、待ちなさい」
王女が窓に駆け寄って叫び、華麗に着地したジェンダ王子は手を振って逃げて行く。
「まったく」と、ため息混じりに王女が呟き、ベッドに寝ている若い男の子をチラッと見て注意する。
「SEXすると、精液でアソコから腐るのよ。暫くは禁欲しなさい」
「わかりました。でも王女さまとなら、死んでも構いませんよ」
王女は微笑む若者を無視して部屋を出たが、股間に見えたモノを想像してつい顔が綻び、王と愛人の哀れな死に様を思い返して気を引き締めた。
逃走に成功したジェンダ王子が人の流れに混じって二階の窓を振り返り、屈強な戦士に正面から衝突し、盛り上がった胸は低反発で気持ち良かったが、引き締まった腹筋と腰に弾き飛ばされて宙に浮き、落下する寸前に逞しい腕に胸元を鷲掴みにされる。
「うわっ〜と」
「ジェンダ王子。女王エッダがこっちへ来ただろ?妖精族の客が城に到着したので、呼びに来てやったぞ」
大柄な女戦士エリアンは宙吊りにした王子を下ろして立たせ、王子は三角の耳を見て「チャーミングだね」と呟く。戦いの時、耳はピンと立ち、鋭い爪と牙は野獣仕様になる。
「じゃー、一緒に見に行こうぜ。僕らと仲間になる戦士だろ?」
「別に俺は王子を呼びに来たわけではない」
「母上もすぐにこっちへ来るさ。しかし相変わらず、すげーファッションだな?」
「ファッションじゃねー。戦闘服だ」
ショートボブで胸元と腹筋の見える黒革のジャケットにスパッツ。背中には大型の野獣の剣を装着し、胸カップの乳首の部分に突起の金具があり、腰のベルトは鎖、ファウルカップの股間には牙のチャックが装着されている。
「君が無事で良かった。活躍を期待してるよ」
「いや、別に王子の為に戦うわけではない。王女に命を捧げているだけだ」
ジェンダ王子はエリアンがレズビアンで腐食の呪を免れた事を知り、キューピッドの弓矢で異性を好きにならないか試してみたかった。
「王子こそ、もう少し戦士らしい服装をした方がいいと思うぜ」
「まっ、僕は悪戯好きの天使なんでね。ライトな感じでいいのさ」
ジェンダ王子は弓と剣を持っていたが、フリフリの白いシャツにダメージジーンズの生地を腰に巻き、エリアンが理想とする戦士とは程遠い。
『この軟弱な王子に国が守れるのだろうか?』と、前を走る王子の背中とお尻を見て嘆く。
ジェンダ王子と女戦士エリアンが大広場へ行くと、城の上空を旋回していた二匹のカワゲラが広場に舞い降り、石畳の砂埃が羽の風圧で舞い上り、妖精の族長チャチルが先に降り立ち、チーネとソングが笑顔で手で振るのが見える。
「少女と少年のようだが?」
「君にとってはそんな感じだろうが、どちらも強い。特に少年の力には興味をそそられるね」
王子が細い唇を指で摘み、青い瞳で見透かすようにソングの体を観察している。エリアンはその横で広い肩をすぼめて首を傾げ、二人で最前列を割って出て、歓迎者の仲間に加わった。
アリダリが真っ先に来客を出迎え、その背後にケインと侍女四人が立ち、周辺に集まった民衆は巨大なカワゲラに驚く。
「やー、よく来てくれたな」
アリダリが妖精の族長チャチルに近寄りハグすると、チャチルはお尻を触られる前に押し返し、後ろに立つチーネとソングを紹介した。
「孫娘のチーネと、ゼツリの息子ソングだ」
「爺さん。久しぶりだな」
「おお、デカくなったじゃねーか」
ソングがアルダリに軽く挨拶して、隣で礼儀正しく跪くチーネに注意されたが、ソングは全然気にしてない。
「ソング。もっと敬意を払いなさい」
「いや、ただのスケベジジイだぞ。この世界に来る時、みんなそう言ってた」
「子供の聞き間違いだろう。チーネは可愛いお嬢さんじゃな。しかも最強の戦士と聞いておる」
「アルダリ、最強の名はまだ譲ってはおらぬぞ」
「そうか。わしだってまだバリバリの現役だぜ」
「ああ、それではこの二人をお主に任せる。王の葬儀は空から見送る手筈で良いな」
チャチルはそう告げてカワゲラに乗り込み、手を振って一気に飛び立つと、もう一匹のカワゲラも後ろから空に舞い上がり、チーネとソングは別れを惜しんで寂しそうに見送る。
その時、長いスカートの裾を捲りながら全速力で走って来た王女エッダが立ち止まり、肩で息をしながら両手を上げて叫ぶ。
「ああ〜、チャチル。会いたかったわ。今度はゆっくり遊びに来てちょうだい」
その声にチャチルは上空から王女を見つけ、カワゲラを湖から城へ滑空させて、王女に手を振り返して白い雲の中へ消え去った。
四名の元老院、王女エッダ、アルダリが一段高い議員席に座り、ソングだけがぽつんと前に立たされ、秘書官から配られたプロフィール用紙に目を通すと、老齢の議長が儀礼的に質問して面接試験がスタートした。
「安室尊具で間違いないかね?」
「うん。ソングって呼んでくれ」
ソングは特に緊張感もなく笑顔で答え、背後の傍聴席には妖精のチーネ、鍵師トーマ、ジェンダ王子、女戦士エリアンが見学している。
「なんであいつだけ面接してんだ?」
アヒルの被り物をした鍵師トーマが隣のチーネに質問して、ジェンダ王子と女戦士エリアンをチラッと見て警戒した。
「たぶん、態度が悪いからよ。ってか君、それ脱ぎなさいよ」
チーネが無理やり被り物を剥ぎ取り、トーマは恥ずかしそうにゴーグルだけして凌ぐ。盗賊の癖に人見知りで臆病者なのだ。
「トーマだっけ?なんで君がすんなりメンバー入りして、ソングがダメなのか不思議」
「アイツ、弱いからだろ?」
「どう見ても、トーマめっちゃ弱そう」
チーネにバカにされて苦笑いしたが、トーマはチーネとは仲良くなれそうだと思った。可愛いし、本音で話してくれる。
「ソングは人間の血を引き、しかも父親がゼツリだからだ」
「なに、あの伝説の勇者ゼツリの息子か?」
ジェンダ王子の答えに前の席に足を投げ出していた女戦士エリアンが驚き、身を乗り出してソングに興味を示す。
「ゼツリは王お気に入りの最強の勇者であったが、人間界の女と結婚して、王国を見捨てたと噂された」
「ふん、神族ってのは心が狭いんだね。偏見で真実が見えてない」
チーネが鼻を鳴らして批判したので、トーマも頷いて手を上げる。
「そうすっよね。俺もドワーフの血が流れってからよく分かる」
「そうなんだ」
「プライドが高いのさ。妖精族は昔から人間界と交流があるが、神族は人間は信じられないと毛嫌いした」
ジェンダ王子が小声で解説し、元老院の議長が席を睨んで木槌を叩き、「静粛に」と注意してからソングに質問した。
「それでソングとやら、人間界から精霊の地へ来て何年が経つ?」
「よく覚えてねーし、そこの爺さんの方が詳しいと思うぜ。異世界には恋人募集中の可愛い子が、山ほどいると誘われたからな」
元老院の四人が一番端に座っているアルダリを睨み、その隣の王女エッダが頭を抱え、アリダリは苦笑いして「ふむ、少年には夢が必要じゃ」と呟く。
傍聴席ではチーネが花冠の耳を真っ赤にして顔を両手で隠し、ジェンダ王子とエリアンがそれを横目で見たが、トーマは妖精族の内情を知らずに素直に憧れた。
「恋人募集中、なのか?」
「ち、違う。んなわけねーだろ」
チーネが否定するのも気にせず、ソングは堂々と自分の力をアピールして、母の名誉の為にも面接試験を突破したかった。
「そんな事より、俺が強いか知りたいんだろ?母が人間だからって、馬鹿にされたくはないんでね」
ソングは首のペンダントを手で握りしめ、母の思いを感じ取る。父の写真が入った母の形見はいつもソングを勇気付けた。
「俺は誰よりも強い」
クリスティアーノ・ロナウドがサッカーの両手を広げて仁王立ちするゴールパフォーマンスをアレンジし、両手の親指で股間を指し示して背筋を伸ばす。
「ドラゴンのパワーを感じろ」
「な、なんじゃ」
アルダリがすぐに反応して身を乗り出し、ソングの股間がキルトの生地を押し上げ、膨れ上がっているのに気付いて唖然とした。
ソングの周辺に熱エネルギーが漂い、頭髪がハリネズミみたいに跳ね上がると、鍛え上げた体の中に一瞬だけ何かが見えた。
「まさか、お前、ゼツリの神器を引き継いだのか?」
元老院の四人と王女エッダには見えなかったが、アルダリは未曾有のドラゴンのエネルギーと、背骨の剣、臀部の盾がソングの体の中に隠されている事を知る。
傍聴席のジェンダ王子とエリアンも荒ぶるエネルギーを感じ取り、目を凝らしてソングを見つめた。
「な、なんだ?」
「ゼツリの遺産だろ。勇者ゼツリはドラゴンを倒し、そのエネルギーを剣と盾に宿らせたと云われている」
「そうだよ」
チーネが我が事のように喜び、深呼吸をして火照った顔を手で扇ぐ。
「ドラゴンの炎で呪いを焼き払えるんだ」
「マ、マジか?ソングってすげ〜な」
トーマが素直に感心し、ソングとも仲良くなれそうだと思った。隙を見て秘書官からプロフィール用紙を盗み、自分と同じく両親がいないのを知って親近感を持つ。
「悲しみを乗り越えて、強くなったのか?」
しかしソングは思いのほか苦戦し、股間のドラゴンを出現させる事も、体に隠された剣と盾を手にする事もできなかった。
「なんか、違う。上手くいかねー」
あの時、ドラゴンが火を吹いて呪いを焼き払い、背骨には剣があり、臀部には盾があったとチーネに教えられたが、それをコントロールして扱うのは難しかった。
『快感のイメージ。チーネのアソコ』
ソングは両手を広げて全身に力を込め、チーネとSEXをした時の天にも登るような快感を思い起こして、局部にエネルギーを集中させた。
『いや、いきなりじゃダメだ。苺の唇に……桃のオッパイ。メロンのお尻。そしてアソコはマンゴーか?』
ソングが手と腰をくねくねさせて動き、勇者ゼツリの子かと感嘆していたジェンダ王子とエリアンの表情が変わる。
「どう見ても、変なこと想像してないか?」
「妙ではあるが、武器を扱うルーチンなのでは」
「いや〜、あの腰付き、あれだろ」
トーマが声を押し殺して笑い、チーネが顔を真っ赤にしてトーマのゴーグルを手で覆う。
元老院の四人も、ソングが恍惚の表情で匂いを嗅ぐのを見て、何事かと顔を顰めた。
『まったく、ソングったら何やってるのよ?』
チーネは恥ずかしいのを通り越して、怒りで黄金色の髪を逆立てて、思わず立ち上がって叫んだ。
「ソング。エッチなこと考えるのやめなさい」
言い終えてから、あちゃーって感じで口を押さえて席に着き、王女エッダがソングの小指を見て推察する。
『なるほどね』
ソングに秘められた能力はある衝動により発現され、愛の証として使用が可能になる。
『ゼツリはラグナロクの戦いで、敵とはいえ神々を殺して嘆き苦しみ、ドラゴンの武器は封印したいと、人間界へ去ってしまったのだ』
「ソング、貴方のその小指。それが勇者である事を証明しています。最高点で貴方を合格とし、その力を戦士チームで発揮する事を期待する。ゼツリの名にかけて、魔の呪いに打ち勝つのよ」
王女エッダはソングの左手の小指が欠けている事に気付き、チーネの恥ずかしくも熱い眼差しを見て、ソングとチーネは恋をして愛し合ったと見抜いた。
『やったのね?でも、ソングとチーネは生きている』
女王が両手を前に出してハートマークを作り、笑顔でソングに合格を伝え、チーネを残して秘書官と傍聴席の者を退席させ、ソングとチーネに詳しい説明を求めた。
「チーネも前に出て、ソングの横に並びなさい」
「わかりました。女王さま」
女王エッダは若い二人の恋愛を考慮して内密に進め、城の中にスパイがいる危険性も考慮した。
アルダリは席を立ち、胸ポケットの中の拡大鏡を手にして、ソングの体の中を隅々まで覗いて調べている。(拡大鏡は大きさと透明度をアップさせ、エネルギーの流れと物体の中まで見通せる。錬金術師アルダリのエッチアイテムの一つである。)
「ソング、ちょっとパンツ脱いで見せてくれぬか?」
「アルダリ、もうよしなさい。それよりチーネとソングに確認したい事があるの」
「王女、どういう事でしょうか?我ら元老院を差し置いて合格と決めたからには、それなりの理由があるのでしょうな?」
「ふん、まだ気付いてないのか?」
錬金術師アルダリが振り返って四人の年寄りどもを一瞥し、鼻で笑ってそう告げた。既にアルダリはソングに秘められた武器を見抜き、腐食の呪いを操る魔術師と戦うにはソングとチーネの力が必須だと理解していた。
元老院の老齢議員は神の能力を失いながらも、数千年もの間権力の座に居座りつ続け、封建的な考えで権力を行使して、腐敗し始めた世界を改善しようとしなかった。ラグナロクの神々の最終戦争は、このような年老いた強欲な権力者によって巻き起こったと云う者さえいる。
「ソング。その小指は腐食の呪いによるものだろう?」
錬金術師アルダリがソングの欠損した左手の小指を拡大鏡で見て、炭黒い残り滓が傷口に付着してある事を調べた。
「まさか、あの性器から腐る恐ろしい呪いから逃れたと言うのか?」
「信じられぬ。どうやったのだ?」
元老院の議員が顔を見合わせて驚き、ソングは小柄で禿頭の動転振りに、火星人みたいだと吹き出しそうになる。
「タ、タコジジイ……」
「ソング。失礼だよ。えーと、どうと言われてもこまりますが」
「そうね。私から質問します。ソングとチーネはSEXをしたけど無事だった。言いづらいと思うけど、詳しく説明してくれないかしら?」
王女エッダが無能な議員に代わり、どうやって腐食の呪いを免れたか問い質す。
「マジで聞きたいのか?いやー、自慢話になるけどいいのかよ。とにかくもう、最高の初体験で……スゲー、気持ちい……」
ソングが身振り手振りで喋るのをチーネが手を伸ばして口を塞ぎ、「バカ」と睨み付けて股間を足蹴りにし、王女と元老院に頭を下げてから話し始める。
「チーネもその時に初めて知ったのですが、ソングの体の中には剣と盾が隠され、アソコには毒煙を焼き払うドラゴンが潜んでいます」
「なるほど。ドラゴンの神器、ゼツリの仕業じゃな?」
席に戻ったアルダリが白髪を手で撫でながら聞き返し、チーネは蝶に変身してソングの精霊秘体に侵入し、ドラゴンが火を吐いて、湧き上がる毒煙の獣を消し去るシーン想い浮かべた。
「ソングの性器に潜むドラゴンは、蜜液を放出する前に湧き上がる呪いを焼き払ったのです。それでチーネも助かり、ソングは小指だけに呪いを受けた」
チーネの背中にテントウムシがとまり、その盗聴器から通路にいるトーマのヘッドホンに伝わり、ジェンダ王子とエリアンが奪い合って耳に当てて聴いている。
トーマは傍聴席から出される時、ショルダーバッグから虫型の吸盤をチーネの背中に貼り付けた。(テントウムシは五センチ程のブローチであるが、マイクが仕込まれてヘッドホンに音声が届く。聴診器の先端にセットする器具で、コード接続すると高感度な鍵師アイテムになる。)
「でも、今のところはドラゴンも武器も上手く使えないのです」
「つまり……ソングとなら、SEXしても大丈夫」
王女エッダの呟きが、通路の隅に集まってヘッドホンに聞き耳を立てるジェンダ王子とエリアンに伝わり、意味深な言葉を交わす。
「男に興味はないが、ドラゴンは気になる」
「僕も試してみたいよ」
トーマは腐食の呪いを知らず、興奮気味な二人を見て首を傾げた。
王女はソングの股間を横目で見て、『凄そうね……』と顔を上気させ、考え込んでいた錬金術師アルダリがソングに苦言を施す。
「ソングよ。このままではお前は指を全部失い、剣を持つ事もできなくなるぞ。欲望に走らず、禁欲を心がけて、ドラゴンと剣と盾の使い方を学ぶが良い」
アルダリは羨ましくもあるが、ソングは愛と禁欲の狭間で難しい選択をし、最強の戦士へと成長しなければならないと推察し、アドバイスを受けたソングは複雑な表情でチーネと見つめ合う。
そして元老院の四名がこそこそと話し合い、議長が「ソングを合格とする」と告げて閉廷した。
戦士の面接試験を合格したソングが審議室を出て、チーネと通路を歩きながら両手の指を広げて嘆く。アリダリの忠告は理にかなっていたが、快感を知った若者には残酷な宣告である。
「チーネとしたら、また指を失うってことか?」
「ソングったら、今頃気づいたの?下手したら死ぬかもよ。それよりエッチなことばっか考えてないで、スーッと背骨の剣を抜く練習しなさいよ。このままでは宝の持ち腐れだぞ」
チーネは指南役として背中から剣を抜く構えを見せたが、『あの時のドラゴンを想い出すと、愛液でアソコが濡れて紐の下着が食い込み、変な気分になる』と苦笑する。
「チーネ、ほんとは俺のドラゴンが使えないのが残念なんじゃねーのか?」
「バカね。とにかく、全部使えないとダメだろ」
ソングがチーネの耳元で囁き、チーネが怒ってソングを突き飛ばし、先に歩き出したので背中にテントウムシがついているのをソングが見つけ、足の吸盤を不審に思って床に落として踏み潰す。
「なに?」
「いや、変な虫がいた」
その時、通路の先の曲がり角でヘッドホンをしたトーマが、盗聴器が壊れた衝撃音で悶絶して床に倒れ込む。
「ソング、合格したようだね」
「おめでとう。これで一緒に戦えるな」
ジェンダ王子とエリアンが笑顔で出迎えたが、王子は素早く弓を構えて矢を放ち、エリアンは王子と放たれた矢を見返し、一直線にソングへ向かった矢は顔の手前で薔薇の花に変化した。
「僕のプレゼントだ」
「ふん、乙女チックな魔法だな?」
ソングは空中に静止した一輪の薔薇を手にし、足早に近寄るジェンダ王子が握手を求めて花を取り上げ、ウェディングブーケのように背後に投げてエリアンの胸の谷間に挿す。
『なんだ?』
エリアンは薔薇を胸から抜き取り、「変なことすんな」と王子に投げ返そうとしたが、触れた瞬間に電流が走って心臓がドキッとした。
その光景を目で追っていたチーネは『恋の魔法か?』と、ジェンダ王子がキューピッド の弓を使って、エリアンのハートに恋の魔法をかけたと見破る。
何も知らないトーマは起き上がってヘッドホンを首に掛け、両耳を手で押さえながらふらふらとチーネとソングに近付き、改めてソングに挨拶した。
「鍵師トーマだ。よろしくな」
ソングと握手してチーネにヘラヘラと微笑みかけ、「俺に開けられない金庫はねーからよ」と自慢する。
ジェンダ王子はエリアンから薔薇の花を回収し、変化した矢を元に戻して背中の革ホルダーに収めた。
チーネは一癖も二癖もありそうなメンバーが揃い、『揉めなければいいけど』と顔を曇らせ、万全な体制で暗黒の魔術師と戦えるのか不安視した。
翌朝、塔と門に王旗が掲げられて、王サーディンの盛大な葬儀が城で行われた。王国の兵士と民衆が大広場に集まり、ドラゴンとイワシの紋章の彫刻が施された帆船が湖岸に着けられ、棺に入れられた王の遺体(黒炭の残骸)が、飾り付けをした台座に乗せれて運ばれてゆく。
大空にはカワゲラやシダの大葉を羽にした運搬機に乗る妖精族が見送りに集まり、ランフォリンクスの翼竜が引き上げる篭に乗る妖精もいて、精霊の地へ向かうチーネとソングはユニコーンに跨って、名残惜しそうに城の上空を振り返る。
「カワゲラで飛びてーな」
「うん。でも、ソングの故郷に行くんだ。楽しいかもよ」
チーネが後ろに乗るソングに微笑みかけて、ユニコーンの手綱を振り下ろして走らせ、その背後をゆっくりと走るコブロバの水陸車にはアルダリとジェンダ王子が寝そべり、馬に乗るエリアンが近寄って声をかけた。
「アルダリ。葬儀が終わってからでも良かっただろ。そんな慌てて人間界へ行く必要があるのか?」
「僕は王に軟弱だと嫌われ、母からは戦士として武勲を上げろと背中を押された。つまり、葬儀に出てる場合じゃないんだ」
「フム、夜までには人間界へ着きたい。ここで王とはお別れじゃ」
水陸車の後部席でジェンダ王子とアルダリがグラスになみなみと葡萄酒を注ぎ入れ、高々と掲げて一気に呑み干し、女戦士エリアンは「王への忠義心はないのか?」と顔を顰めた。
精霊の地を遊び場にするチーネが巨石の連なる岩山へ案内し、遠くにユグドラシルの木が見え始めた頃、王の葬儀は佳境に入り、城の見張り台から火矢が放たれ、王の遺体を積んだ帆船に火が燃え移り、ミーミル湖から海へ流れ着く。
「あれは……なに?」
祭壇に立って祈る王女エッダが異変を感じて空を指差し、大広場に集まった兵士と民衆もざわつき始めた。
「なんか変じゃねーか?」
「空に穴が開いたみたいだ」
「しかも船の周辺だけ、海が荒れてるぞ」
葬儀の帆船は海上で燃え尽きて、積んだ羊と鶏肉に巨大魚が群がって海中へと葬られるのだが、空が割れて船の周辺に激しいスコールと風が巻き起こっている。
「王の葬儀を汚すのか?」
先頭のカワゲラに乗っていた族長チャチルが雨と竜巻で火の消された帆船を見下ろし、何者かの仕業だと怒る。しかも海面が波立ってオオダコの足が船に巻き付き、海の底へ引き摺り込まれ、チャチルはカワゲラを上昇させて空の切れ目へ向かう。
「チッ、不快な魔術を使いやがる」
チャチルは背中に装着していた弓を構え、閉じてゆく空の切れ目へ矢を放った。
蝋燭の灯る教会の暗い地下室の応接間で、五十センチ程の水晶玉の中にアーズランド島の全景を映し出し、王の葬儀を邪魔する魔術師が人間界に存在した。
水晶玉の真上から海上の帆船に黒いスポットライトを当て、空が割れて嵐が巻き起こり、王の遺体を乗せる船が沈むのを覗いて笑みを浮かべたぁ、水晶玉に映る雲の切れ目からチャチルが放った矢が飛んで来て、目に突き刺さる寸前に瞼を閉じて顔を手で覆う。
「クソババアめ」
魔術師ランス・マンダーがチャチルに悪態をつき、蝋燭の灯りで鏡に顔を映し、瞼に突き刺さった棘を指で摘んで外す。
「ランスさま。大丈夫ですか?」
部屋の壁際に立つヤズベルが暗がりから心配そうに声をかけたが、本心は報酬を貰って早くこの地下室から退散したかった。
『金払いは良いが、執念深く恐ろしい闇の錬金術師だ。気分を害したら自分にも被害が及ぶ……』
「お遊びが過ぎたようだ」
ランス・マンダーは蝋燭の火を吹き消して、水晶玉を暗幕で覆い隠して異界・アーズランドとの交信を断ち、魔術の痕跡を消してチャチルの追跡を躱す。(この時、チャチルは手応えを感じて矢を放った空を目を凝らして見詰めたが、切れ目が閉じて何も見えなくなり、諦めてカワゲラを下降させた。)
室内の電灯が点けられ、ランス・マンダーの姿とクラシカルな装飾をされた応接間が露わになる。ランスは背が高く痩せ気味で、精悍な顔付きに濃い眉毛と髭を蓄え、容姿は人間とさほど変わらないが、裸になると骨格がデフォルメされ異形の神族であると分かる。
ヤズベルは鼻髭をピンと伸ばし、髪はきっちりとポマードで固め、黒ずくめの服装に帽子を手にして、丸テーブルの対面の席に着く。
「しかし、異界に亀裂を生じさせるとは、さすがランスさまです」
「完全に船を沈める前に、チャチルの奴が毒矢を撃ちやがった」
ランスの右の瞼が見る見るうちに腫れ上がり、左眼だけでヤズベルを睨んでいるが、痛みはないのか、それほど機嫌を損ねている感じはしない。
「ヤズベル。それで情報とは何だ?」
「はい。戦士チームにチーネとソングが加わったようです」
「ゼツリの息子、ソングか?」
「ええ、チャチルの孫娘チーネが剣術を教えて鍛え上げたと思われます」
「それは楽しみだ。しかし、人間界までたどり着けるのか?」
「そうですな……」
含み笑いを噛み締めて、ランス・マンダーとヤズペルの会話が続く。
「それで、報酬の方は……?」
「心配するな、金貨をはずむ。性器具の代金の全額支払うぞ」
「ありがとうございます」
ランス・マンダーとヤズベルの声が地下室の応接間に響き渡り、流浪の商人と暗黒に堕ちた錬金術師の密約が取り交わされた。