逃走に成功したジェンダ王子が人の流れに混じって二階の窓を振り返り、屈強な戦士に正面から衝突し、盛り上がった胸は低反発で気持ち良かったが、引き締まった腹筋と腰に弾き飛ばされて宙に浮き、落下する寸前に逞しい腕に胸元を鷲掴みにされる。

「うわっ〜と」
「ジェンダ王子。女王エッダがこっちへ来ただろ?妖精族の客が城に到着したので、呼びに来てやったぞ」

 大柄な女戦士エリアンは宙吊りにした王子を下ろして立たせ、王子は三角の耳を見て「チャーミングだね」と呟く。戦いの時、耳はピンと立ち、鋭い爪と牙は野獣仕様になる。

「じゃー、一緒に見に行こうぜ。僕らと仲間になる戦士だろ?」
「別に俺は王子を呼びに来たわけではない」
「母上もすぐにこっちへ来るさ。しかし相変わらず、すげーファッションだな?」
「ファッションじゃねー。戦闘服だ」

 ショートボブで胸元と腹筋の見える黒革のジャケットにスパッツ。背中には大型の野獣の剣を装着し、胸カップの乳首の部分に突起の金具があり、腰のベルトは鎖、ファウルカップの股間には牙のチャックが装着されている。

「君が無事で良かった。活躍を期待してるよ」
「いや、別に王子の為に戦うわけではない。王女に命を捧げているだけだ」

 ジェンダ王子はエリアンがレズビアンで腐食の呪を免れた事を知り、キューピッドの弓矢で異性を好きにならないか試してみたかった。

「王子こそ、もう少し戦士らしい服装をした方がいいと思うぜ」
「まっ、僕は悪戯好きの天使なんでね。ライトな感じでいいのさ」

 ジェンダ王子は弓と剣を持っていたが、フリフリの白いシャツにダメージジーンズの生地を腰に巻き、エリアンが理想とする戦士とは程遠い。

『この軟弱な王子に国が守れるのだろうか?』と、前を走る王子の背中とお尻を見て嘆く。

 ジェンダ王子と女戦士エリアンが大広場へ行くと、城の上空を旋回していた二匹のカワゲラが広場に舞い降り、石畳の砂埃が羽の風圧で舞い上り、妖精の族長チャチルが先に降り立ち、チーネとソングが笑顔で手で振るのが見える。

「少女と少年のようだが?」
「君にとってはそんな感じだろうが、どちらも強い。特に少年の力には興味をそそられるね」

 王子が細い唇を指で摘み、青い瞳で見透かすようにソングの体を観察している。エリアンはその横で広い肩をすぼめて首を傾げ、二人で最前列を割って出て、歓迎者の仲間に加わった。

 アリダリが真っ先に来客を出迎え、その背後にケインと侍女四人が立ち、周辺に集まった民衆は巨大なカワゲラに驚く。

「やー、よく来てくれたな」

 アリダリが妖精の族長チャチルに近寄りハグすると、チャチルはお尻を触られる前に押し返し、後ろに立つチーネとソングを紹介した。

「孫娘のチーネと、ゼツリの息子ソングだ」
「爺さん。久しぶりだな」
「おお、デカくなったじゃねーか」

 ソングがアルダリに軽く挨拶して、隣で礼儀正しく跪くチーネに注意されたが、ソングは全然気にしてない。

「ソング。もっと敬意を払いなさい」
「いや、ただのスケベジジイだぞ。この世界に来る時、みんなそう言ってた」
「子供の聞き間違いだろう。チーネは可愛いお嬢さんじゃな。しかも最強の戦士と聞いておる」
「アルダリ、最強の名はまだ譲ってはおらぬぞ」
「そうか。わしだってまだバリバリの現役だぜ」
「ああ、それではこの二人をお主に任せる。王の葬儀は空から見送る手筈で良いな」

 チャチルはそう告げてカワゲラに乗り込み、手を振って一気に飛び立つと、もう一匹のカワゲラも後ろから空に舞い上がり、チーネとソングは別れを惜しんで寂しそうに見送る。

 その時、長いスカートの裾を捲りながら全速力で走って来た王女エッダが立ち止まり、肩で息をしながら両手を上げて叫ぶ。

「ああ〜、チャチル。会いたかったわ。今度はゆっくり遊びに来てちょうだい」

 その声にチャチルは上空から王女を見つけ、カワゲラを湖から城へ滑空させて、王女に手を振り返して白い雲の中へ消え去った。