塔の上のサーディン[イワシの紋章]の旗が夜空に翻り、湖面に映り込む星の輝きを掻き消して、アヒルとカモが仲良く泳いでいる。その暗い水面を城壁の小窓から眺める錬金術師アルダリは、赤いふんどし姿で腰に両手を当てて嘆いた。
「なんてことだ。優秀な戦士が五名も腐って死ぬとはな……。王の死を隠蔽せずに、すぐに警笛を鳴らすべきじゃった」
「アリダリさま。仕方なかったのです。王の名誉は守らなければなりません。それよりも、服を着てくださいよ」
アルダリは研究に夢中になると服を脱ぎ捨て赤いふんどしになる癖があった。弟子のケインが師匠の背中に白衣を掛けてやり、実験器具の後片付けを始めた。
黒色化した肉片を分析して、腐食の呪いと断定したが、元老院は王の名誉を守る為にSEX禁止令を発令するのが遅れ、優秀な戦士を数人失ってしまったのである。
「警告を受けた従者、農民や商人の多くの方は無事でした」
「いや、要請ではSEXの欲望を抑えられない。この呪いはそこにつけ込んでおるわ」
アルダリとケインは王の寝室から黒い細胞と精液の燃え滓を採取してから、ずっと地下の研究室に籠って毒素を調べ、大理石の台にはビーカー、メスシリンダー、三角フラスコ、試験管、アルコールランプ、シャーレなどの器具が並び、炭黒い細胞と粉塵が液体に溶かされ、アルコールランプの熱でガラス管を通り、幾つかの容器に振り分けられて薬品で三原色に変色している。
そして密閉した大きめのガラス容器がデスクの中央に置いてあり、仄かな黒い煙が結集して蠢き、獣の形状に変貌したが呪いの残像でしかなくすぐに消え去ってゆく。
「勇者が何名集まるか、不安じゃ……」
白衣を着たアルダリが壁側のライティングデスクに向かい、暫しペンを持って考え込み、レポート用紙にメンバーと特徴を書き込む。
・錬金術師アルダリ。ダンディーなちょいワル魔術師。
・ジェンダ王子。キューピッドの弓を持つ長髪のイケメン。
・女戦士エリアン。逞しい筋肉と美ボディを誇る野獣の剣士。
(ジェンダ王子はXジェンダーで性自認が男性にも女性にもあてはまらず、エリアンはレズビアンで腐食の呪いからは免れている。)
「わしを含めて、この三名は決定じゃが……」
「アルダリさま。戦士チームと人間界へ向かうとおっしゃってましたが、この呪いの主の目星はついているのですか?」
ケインの問いにアルダリは無言で微笑み返し、数十年前に人間界へ行った時の嫌らしい妄想で、股間がうずうずと元気付くの感じた。
『まだ、ノーパン喫茶はあるかな?今はメイド喫茶だっけ?兎に角、楽しみじゃて……』
キャバクラで指名したバニーガールをレポート用紙に書こうとして辞め、アルダリは妖精族からの戦士選手を期待して、チャチルからの連絡を待った。
そして翌朝、穏やかな陽射しが妖精族の森を照らし、チャチルの部屋の窓から白い伝書鴉が飛び立ち、サーディン城へ向かって青空を羽ばたいていたが、途中で心地良い匂いに誘われて急降下し、草原の木陰に隠れていた店舗車へ降り立った。
今は流浪の商人ヤズベルと呼ばれているが、昔は王侯貴族御用達の貿易商として高貴な貿易商九つの国を行き来していた。しかし神々の最終戦争『ラグナロク』で異界への道は閉ざされ、今はアーズランドとミズガルズ(人間界)の二つの世界で細々と商売をしている。
エピオという象鳥が引く店舗車にYazbel Shopと書かれた派手なステッカーが貼ってあり、骨董品から魔術道具、生活用品まで多様に販売し、額にオスとメスのマーク記号がある伝書鴉は人気商品であった。
「ほれ、女神の香りがするぜ」と、アプロディーテーの蜜液の入った硝子瓶の蓋を開け、女神の香水を宙に漂わせ、城へ向かう伝書鴉を惹きつけて、空から舞い降りるのを待ち受ける。
「ちょっと、見せてもらうぜ」
ヤズベルの腕にとまり、瓶口の匂いを嗅ぐエロガラスの喉を指で撫で、至福の表情で書簡を「ブェッ」と吐き出すと、唾液で丸まった紙片を手のひらで受けて、破れないように慎重に開く。(伝書鴉は受取る者の匂いを嗅ぎ分けて書簡を届けるが、女神の香水は万能である。)
[アルダリへ。妖精族からはチーネとソングを推挙する。チーネは最強の戦士であり、ソングはゼツリの力を秘めているぞ。」
伝聞に目を通したヤズベルは「なるほどな。コレでまた儲かりそうだぜ」と呟き、紙片を丸めてエロガラスの口の中に戻し、笑顔を浮かべて香水の硝子瓶の蓋を閉め、まだ匂いをねだる伝書鴉の頭を小突いて空に放る。
数十分後、城の地下室で実験の疲れからソファで寝てしまったアルダリは、湖面を滑空して城壁の小窓から侵入した伝書鴉に、頬を突かれて目を覚ました。
「おお、待ちかねたぞ」
デスクの上に「ブェッ」っと唾液で粘った紙片を吐き出し、アルダリはチャチルの返信を読んで喜んだ。
「これで戦士が揃った。両名とも希望通りの人選であり、特にソングは自分が五年前に人間界から連れて来て、チャチルに預けたゼツリの息子じゃ」
エロガラスは寄り道した事も気にせず、主人に擦り寄って餌をおねだりし、籠の中で唐揚げをいただき、アリダリは笑顔でレポート用紙にメンバーを書き加えた。
・チーネ。妖精の美少女であり、最強の戦士と云われる蜜蜂の剣の使い手。
・ソング(安室尊具)十五歳。人間の母の子であるが、勇者ゼツリの力を秘めている。
アルダリはメンバー表を早急に元老院に提出し、人間界へ旅立つ準備をしようと思ったが、ある事件によりもう一名メンバーに加える事になった。
昨晩、ヤズベルが城を訪れて王女エッダに接見し、新製品の自慰道具をお勧めして売った事から始まり、ケインが慌てて地下室への階段を降りて呼びに来た。
「アリダリさま。女王がお呼びです」
「ふむ、何事じゃ?」
「なんでも金庫が破られたらしく」
アルダリとケインが階段を駆け上がり、通路を早足で歩いて王室の居間に行くと、王女と側近の侍女四名がある者を捕らえて取り囲んでいた。
真夜中の出来事である。黒いビロードのように揺れる湖面をアヒルの被り物をしたトーマが群れに紛れて泳ぎ、城壁はトカゲの被り物に取り替えてペタペタと登って行く。
(魔変の被り物により、足の指が変形して足ヒレになり、粘着力のある爬虫類の指にもなる。)
狭間窓から忍び込んだトーマは見張りを避けてパラス(居館)へ入り、寝静まった城内の通路を忍び足で歩いて行く。
黒服にショルダーバックとゴーグルをしたトーマは小柄で臆病な男であるが、盗みに関しては天才的で開けられない金庫は無いと自負している。
お目当ての豪華な王室へ入ると、奥の壁に巨大な金庫を見つけて、首に掛けていたヘッドホンを装着して聴診器を扉に当てる。
『頼むぜ……』
胸の十字架のペンダントを鍵穴に差し込むと、イモムシのように鍵穴に合わせて変形し、トーマは微かな音を聴き分けて、三個のダイヤルを回して数字を合わせ、ロックが開錠する音を聴いて微笑む。
『よっしゃ〜』とサイレントで呟き、扉を開けて中を調べたが、金貨数枚と黒いケースしかなくがっかりする。
『まったく、王のくせにしけてやがる』
金貨を布袋に入れて、黒いケースを手に取って開けると、褐色の男性器の玩具が横向きに仕舞われてあり、皮膚感も生々しく、イボイボもあるのを見て『本物みてえだ』呆気に取られ、短剣を持って背後から近寄る者に気付かなかった。
「すぐにケースに戻しなさい」
「わ、わかりました」
トーマは短剣を首に当てられ、上品なケースの蓋を閉めて金庫の中へ戻し、扉をきっちりと閉ざしてから、両手を上げてゆっくりと振り向き、透け透けの寝巻き姿で短剣を構えてて睨む王女エッダに謝罪した。
「王女さま……口が裂けても、欲求不満だなんて言いません。絶対に秘密にすっから、お許しください」
王女エッダは許しを乞うトーマを見下ろし、怒りで短剣を持つ手を震わせながらも、恥ずかしさで顔を赤らめていた。
数時間前、ヤズベルから購入した自慰道具を早速試し、あまりの生々しい使い心地に怖くなり、王女の威厳を守るべく金庫に隠したのである。
アリダリとケインが王室の居間に駆け付け時には、王女エッダとトーマは密約を結び、トーマは命と引き換えに秘密を封印し、戦士チームに入隊して能力を生かすと誓った。
「王室の金庫を開けたのか?」
「ええ、まー、軽いもんです」
トーマは侍女四名に押さえ付けられて剣を向けられていたが、悪びれた様子もなく鍵師の能力を自慢している。
「コイツ、魔変の道具を持ってますよ」
ケインがショルダーバックを開けて、アヒルとトカゲの被り物を取り出してアルダリに見せ、「これを被って城に侵入したか?」と問い詰め、トーマは「フン」と鼻で笑った。
「イモムシの十字架といい、ドワーフの血を引いておるな?」
ドワーフは高度な製造技術を持ち、鍛治の炎で道具に命を吹き込むと云われている。孤児として育ったトーマは苦笑いして答えなかったが、王女エッダがアルダリに冷徹な表情で指示した。
「アリダリ。このトーマという鍵師を戦士チームに加えなさい。役立たずであれば、殺しても構いません」
「なるほど、面白い。この男をチームに加えるとしましょうぞ」
アルダリがイモムシの十字架をトーマの首に戻してやり、侍女からも解放されたトーマは立ち上がって黒服の埃を払い、ショルダーバックを開けてケインに被り物を戻させる。
「んじゃー、飯でも食わしてくれっか?腹減って死にそうだぜ」
正式な名簿用紙が元老院と王女エッダに提出され、アルダリも会議室に呼ばれて戦士チームの適正審議が行われ、ソングの選出だけが四名の議員から反対された。
「人間の子供が魔術師と戦えるものか?」
「ふむ、他のメンバーに異論はないが、この少年は問題があるな」
「それにゼツリはこの国を捨て、ミズガルズに住みおった」
「叛逆の疑いさえあるではないか?」
「それは誤解じゃ。勇者ゼツリは最期まで我らの為に戦い、正義を死守しようとした」
アルダリは憤慨して反論したが、元老院は空論だと聞き入れず、王女エッダの提案でソングは面接試験をして決定する事になった。
「では、他のメンバーは招集して構いませんね?」
「ふむ、問題ない」
「それでは即刻、通達を出しましょう」
アルダリが議員を睨んで退席すると、王女エッダは元老院の機嫌をとって雑談し、戦士選手の通達が発信された事を確信すると、地味な外出着に着替えて石畳の回廊を早足で歩き、一人で城の周辺にある酒蔵へ向かった。
長いスカートの裾を上げて王女エッダが酒蔵入り口の階段を上がり、樽から葡萄酒を瓶詰めしている店主にジェンダ王子の居場所を聞く。
「王子を見てないか?」
「王女様。ジェンダ王子ならあそこにお泊りです」
店主は王女を見て驚き、口止めされていたが宿舎の二階を指差し、王女が顔を顰めて階段へ向かう。
「思った通りだわ」
ジェンダ王子は戦士チームに選ばれた自覚もなく、若い男の子と一緒に酒蔵の二階の部屋で遊んでいた。王女は王子が戦士として戦えるか不安で、居ても立っても居られずに駆け付けたのである。
『王が愛人に産ませた一人息子で、ブロンド長髪のイケメンであるが、性自認が男性にも女性にもあてはまらず、天使のように愛を振り撒いて遊んでいる』
「やべえ、母上だ。じゃー、当分会えないと思うけど、元気でな」
ジェンダ王子が全裸でベッドから起き出して、まだ寝ている男の頬にキスをして別れを告げ、慌てて服を着てキューピッドの弓と剣を持って部屋の出口へ向かう。
「父上が腐って死んだというのに、まだ遊んでいるのですか?」
ドアを開けると、前に立つ王女と出くわして詰め寄られ、ジェンダ王子はブロンドの髪を掻き上げながら後退した。
「いや、寸止めすれば安全なのです。それに僕は性欲より、美しい愛に憧れている」
「兎に角、もっと男子らしくしなさい。先々、貴方は王にならなければなりません」
「はい。戦士チームの件なら喜んで戦いますから、ご安心ください」
ジェンダ王子は戦士チームの名簿用紙を見せ付ける王女に背を向け、窓へ走り出してジャンプした。
「こら、待ちなさい」
王女が窓に駆け寄って叫び、華麗に着地したジェンダ王子は手を振って逃げて行く。
「まったく」と、ため息混じりに王女が呟き、ベッドに寝ている若い男の子をチラッと見て注意する。
「SEXすると、精液でアソコから腐るのよ。暫くは禁欲しなさい」
「わかりました。でも王女さまとなら、死んでも構いませんよ」
王女は微笑む若者を無視して部屋を出たが、股間に見えたモノを想像してつい顔が綻び、王と愛人の哀れな死に様を思い返して気を引き締めた。
逃走に成功したジェンダ王子が人の流れに混じって二階の窓を振り返り、屈強な戦士に正面から衝突し、盛り上がった胸は低反発で気持ち良かったが、引き締まった腹筋と腰に弾き飛ばされて宙に浮き、落下する寸前に逞しい腕に胸元を鷲掴みにされる。
「うわっ〜と」
「ジェンダ王子。女王エッダがこっちへ来ただろ?妖精族の客が城に到着したので、呼びに来てやったぞ」
大柄な女戦士エリアンは宙吊りにした王子を下ろして立たせ、王子は三角の耳を見て「チャーミングだね」と呟く。戦いの時、耳はピンと立ち、鋭い爪と牙は野獣仕様になる。
「じゃー、一緒に見に行こうぜ。僕らと仲間になる戦士だろ?」
「別に俺は王子を呼びに来たわけではない」
「母上もすぐにこっちへ来るさ。しかし相変わらず、すげーファッションだな?」
「ファッションじゃねー。戦闘服だ」
ショートボブで胸元と腹筋の見える黒革のジャケットにスパッツ。背中には大型の野獣の剣を装着し、胸カップの乳首の部分に突起の金具があり、腰のベルトは鎖、ファウルカップの股間には牙のチャックが装着されている。
「君が無事で良かった。活躍を期待してるよ」
「いや、別に王子の為に戦うわけではない。王女に命を捧げているだけだ」
ジェンダ王子はエリアンがレズビアンで腐食の呪を免れた事を知り、キューピッドの弓矢で異性を好きにならないか試してみたかった。
「王子こそ、もう少し戦士らしい服装をした方がいいと思うぜ」
「まっ、僕は悪戯好きの天使なんでね。ライトな感じでいいのさ」
ジェンダ王子は弓と剣を持っていたが、フリフリの白いシャツにダメージジーンズの生地を腰に巻き、エリアンが理想とする戦士とは程遠い。
『この軟弱な王子に国が守れるのだろうか?』と、前を走る王子の背中とお尻を見て嘆く。
ジェンダ王子と女戦士エリアンが大広場へ行くと、城の上空を旋回していた二匹のカワゲラが広場に舞い降り、石畳の砂埃が羽の風圧で舞い上り、妖精の族長チャチルが先に降り立ち、チーネとソングが笑顔で手で振るのが見える。
「少女と少年のようだが?」
「君にとってはそんな感じだろうが、どちらも強い。特に少年の力には興味をそそられるね」
王子が細い唇を指で摘み、青い瞳で見透かすようにソングの体を観察している。エリアンはその横で広い肩をすぼめて首を傾げ、二人で最前列を割って出て、歓迎者の仲間に加わった。
アリダリが真っ先に来客を出迎え、その背後にケインと侍女四人が立ち、周辺に集まった民衆は巨大なカワゲラに驚く。
「やー、よく来てくれたな」
アリダリが妖精の族長チャチルに近寄りハグすると、チャチルはお尻を触られる前に押し返し、後ろに立つチーネとソングを紹介した。
「孫娘のチーネと、ゼツリの息子ソングだ」
「爺さん。久しぶりだな」
「おお、デカくなったじゃねーか」
ソングがアルダリに軽く挨拶して、隣で礼儀正しく跪くチーネに注意されたが、ソングは全然気にしてない。
「ソング。もっと敬意を払いなさい」
「いや、ただのスケベジジイだぞ。この世界に来る時、みんなそう言ってた」
「子供の聞き間違いだろう。チーネは可愛いお嬢さんじゃな。しかも最強の戦士と聞いておる」
「アルダリ、最強の名はまだ譲ってはおらぬぞ」
「そうか。わしだってまだバリバリの現役だぜ」
「ああ、それではこの二人をお主に任せる。王の葬儀は空から見送る手筈で良いな」
チャチルはそう告げてカワゲラに乗り込み、手を振って一気に飛び立つと、もう一匹のカワゲラも後ろから空に舞い上がり、チーネとソングは別れを惜しんで寂しそうに見送る。
その時、長いスカートの裾を捲りながら全速力で走って来た王女エッダが立ち止まり、肩で息をしながら両手を上げて叫ぶ。
「ああ〜、チャチル。会いたかったわ。今度はゆっくり遊びに来てちょうだい」
その声にチャチルは上空から王女を見つけ、カワゲラを湖から城へ滑空させて、王女に手を振り返して白い雲の中へ消え去った。
四名の元老院、王女エッダ、アルダリが一段高い議員席に座り、ソングだけがぽつんと前に立たされ、秘書官から配られたプロフィール用紙に目を通すと、老齢の議長が儀礼的に質問して面接試験がスタートした。
「安室尊具で間違いないかね?」
「うん。ソングって呼んでくれ」
ソングは特に緊張感もなく笑顔で答え、背後の傍聴席には妖精のチーネ、鍵師トーマ、ジェンダ王子、女戦士エリアンが見学している。
「なんであいつだけ面接してんだ?」
アヒルの被り物をした鍵師トーマが隣のチーネに質問して、ジェンダ王子と女戦士エリアンをチラッと見て警戒した。
「たぶん、態度が悪いからよ。ってか君、それ脱ぎなさいよ」
チーネが無理やり被り物を剥ぎ取り、トーマは恥ずかしそうにゴーグルだけして凌ぐ。盗賊の癖に人見知りで臆病者なのだ。
「トーマだっけ?なんで君がすんなりメンバー入りして、ソングがダメなのか不思議」
「アイツ、弱いからだろ?」
「どう見ても、トーマめっちゃ弱そう」
チーネにバカにされて苦笑いしたが、トーマはチーネとは仲良くなれそうだと思った。可愛いし、本音で話してくれる。
「ソングは人間の血を引き、しかも父親がゼツリだからだ」
「なに、あの伝説の勇者ゼツリの息子か?」
ジェンダ王子の答えに前の席に足を投げ出していた女戦士エリアンが驚き、身を乗り出してソングに興味を示す。
「ゼツリは王お気に入りの最強の勇者であったが、人間界の女と結婚して、王国を見捨てたと噂された」
「ふん、神族ってのは心が狭いんだね。偏見で真実が見えてない」
チーネが鼻を鳴らして批判したので、トーマも頷いて手を上げる。
「そうすっよね。俺もドワーフの血が流れってからよく分かる」
「そうなんだ」
「プライドが高いのさ。妖精族は昔から人間界と交流があるが、神族は人間は信じられないと毛嫌いした」
ジェンダ王子が小声で解説し、元老院の議長が席を睨んで木槌を叩き、「静粛に」と注意してからソングに質問した。
「それでソングとやら、人間界から精霊の地へ来て何年が経つ?」
「よく覚えてねーし、そこの爺さんの方が詳しいと思うぜ。異世界には恋人募集中の可愛い子が、山ほどいると誘われたからな」
元老院の四人が一番端に座っているアルダリを睨み、その隣の王女エッダが頭を抱え、アリダリは苦笑いして「ふむ、少年には夢が必要じゃ」と呟く。
傍聴席ではチーネが花冠の耳を真っ赤にして顔を両手で隠し、ジェンダ王子とエリアンがそれを横目で見たが、トーマは妖精族の内情を知らずに素直に憧れた。
「恋人募集中、なのか?」
「ち、違う。んなわけねーだろ」
チーネが否定するのも気にせず、ソングは堂々と自分の力をアピールして、母の名誉の為にも面接試験を突破したかった。
「そんな事より、俺が強いか知りたいんだろ?母が人間だからって、馬鹿にされたくはないんでね」
ソングは首のペンダントを手で握りしめ、母の思いを感じ取る。父の写真が入った母の形見はいつもソングを勇気付けた。
「俺は誰よりも強い」
クリスティアーノ・ロナウドがサッカーの両手を広げて仁王立ちするゴールパフォーマンスをアレンジし、両手の親指で股間を指し示して背筋を伸ばす。
「ドラゴンのパワーを感じろ」
「な、なんじゃ」
アルダリがすぐに反応して身を乗り出し、ソングの股間がキルトの生地を押し上げ、膨れ上がっているのに気付いて唖然とした。
ソングの周辺に熱エネルギーが漂い、頭髪がハリネズミみたいに跳ね上がると、鍛え上げた体の中に一瞬だけ何かが見えた。
「まさか、お前、ゼツリの神器を引き継いだのか?」
元老院の四人と王女エッダには見えなかったが、アルダリは未曾有のドラゴンのエネルギーと、背骨の剣、臀部の盾がソングの体の中に隠されている事を知る。
傍聴席のジェンダ王子とエリアンも荒ぶるエネルギーを感じ取り、目を凝らしてソングを見つめた。
「な、なんだ?」
「ゼツリの遺産だろ。勇者ゼツリはドラゴンを倒し、そのエネルギーを剣と盾に宿らせたと云われている」
「そうだよ」
チーネが我が事のように喜び、深呼吸をして火照った顔を手で扇ぐ。
「ドラゴンの炎で呪いを焼き払えるんだ」
「マ、マジか?ソングってすげ〜な」
トーマが素直に感心し、ソングとも仲良くなれそうだと思った。隙を見て秘書官からプロフィール用紙を盗み、自分と同じく両親がいないのを知って親近感を持つ。
「悲しみを乗り越えて、強くなったのか?」
しかしソングは思いのほか苦戦し、股間のドラゴンを出現させる事も、体に隠された剣と盾を手にする事もできなかった。
「なんか、違う。上手くいかねー」
あの時、ドラゴンが火を吹いて呪いを焼き払い、背骨には剣があり、臀部には盾があったとチーネに教えられたが、それをコントロールして扱うのは難しかった。
『快感のイメージ。チーネのアソコ』
ソングは両手を広げて全身に力を込め、チーネとSEXをした時の天にも登るような快感を思い起こして、局部にエネルギーを集中させた。
『いや、いきなりじゃダメだ。苺の唇に……桃のオッパイ。メロンのお尻。そしてアソコはマンゴーか?』
ソングが手と腰をくねくねさせて動き、勇者ゼツリの子かと感嘆していたジェンダ王子とエリアンの表情が変わる。
「どう見ても、変なこと想像してないか?」
「妙ではあるが、武器を扱うルーチンなのでは」
「いや〜、あの腰付き、あれだろ」
トーマが声を押し殺して笑い、チーネが顔を真っ赤にしてトーマのゴーグルを手で覆う。
元老院の四人も、ソングが恍惚の表情で匂いを嗅ぐのを見て、何事かと顔を顰めた。
『まったく、ソングったら何やってるのよ?』
チーネは恥ずかしいのを通り越して、怒りで黄金色の髪を逆立てて、思わず立ち上がって叫んだ。
「ソング。エッチなこと考えるのやめなさい」
言い終えてから、あちゃーって感じで口を押さえて席に着き、王女エッダがソングの小指を見て推察する。
『なるほどね』
ソングに秘められた能力はある衝動により発現され、愛の証として使用が可能になる。
『ゼツリはラグナロクの戦いで、敵とはいえ神々を殺して嘆き苦しみ、ドラゴンの武器は封印したいと、人間界へ去ってしまったのだ』
「ソング、貴方のその小指。それが勇者である事を証明しています。最高点で貴方を合格とし、その力を戦士チームで発揮する事を期待する。ゼツリの名にかけて、魔の呪いに打ち勝つのよ」
王女エッダはソングの左手の小指が欠けている事に気付き、チーネの恥ずかしくも熱い眼差しを見て、ソングとチーネは恋をして愛し合ったと見抜いた。
『やったのね?でも、ソングとチーネは生きている』
女王が両手を前に出してハートマークを作り、笑顔でソングに合格を伝え、チーネを残して秘書官と傍聴席の者を退席させ、ソングとチーネに詳しい説明を求めた。
「チーネも前に出て、ソングの横に並びなさい」
「わかりました。女王さま」
女王エッダは若い二人の恋愛を考慮して内密に進め、城の中にスパイがいる危険性も考慮した。
アルダリは席を立ち、胸ポケットの中の拡大鏡を手にして、ソングの体の中を隅々まで覗いて調べている。(拡大鏡は大きさと透明度をアップさせ、エネルギーの流れと物体の中まで見通せる。錬金術師アルダリのエッチアイテムの一つである。)
「ソング、ちょっとパンツ脱いで見せてくれぬか?」
「アルダリ、もうよしなさい。それよりチーネとソングに確認したい事があるの」
「王女、どういう事でしょうか?我ら元老院を差し置いて合格と決めたからには、それなりの理由があるのでしょうな?」
「ふん、まだ気付いてないのか?」
錬金術師アルダリが振り返って四人の年寄りどもを一瞥し、鼻で笑ってそう告げた。既にアルダリはソングに秘められた武器を見抜き、腐食の呪いを操る魔術師と戦うにはソングとチーネの力が必須だと理解していた。
元老院の老齢議員は神の能力を失いながらも、数千年もの間権力の座に居座りつ続け、封建的な考えで権力を行使して、腐敗し始めた世界を改善しようとしなかった。ラグナロクの神々の最終戦争は、このような年老いた強欲な権力者によって巻き起こったと云う者さえいる。
「ソング。その小指は腐食の呪いによるものだろう?」
錬金術師アルダリがソングの欠損した左手の小指を拡大鏡で見て、炭黒い残り滓が傷口に付着してある事を調べた。
「まさか、あの性器から腐る恐ろしい呪いから逃れたと言うのか?」
「信じられぬ。どうやったのだ?」
元老院の議員が顔を見合わせて驚き、ソングは小柄で禿頭の動転振りに、火星人みたいだと吹き出しそうになる。
「タ、タコジジイ……」
「ソング。失礼だよ。えーと、どうと言われてもこまりますが」
「そうね。私から質問します。ソングとチーネはSEXをしたけど無事だった。言いづらいと思うけど、詳しく説明してくれないかしら?」
王女エッダが無能な議員に代わり、どうやって腐食の呪いを免れたか問い質す。
「マジで聞きたいのか?いやー、自慢話になるけどいいのかよ。とにかくもう、最高の初体験で……スゲー、気持ちい……」
ソングが身振り手振りで喋るのをチーネが手を伸ばして口を塞ぎ、「バカ」と睨み付けて股間を足蹴りにし、王女と元老院に頭を下げてから話し始める。
「チーネもその時に初めて知ったのですが、ソングの体の中には剣と盾が隠され、アソコには毒煙を焼き払うドラゴンが潜んでいます」
「なるほど。ドラゴンの神器、ゼツリの仕業じゃな?」
席に戻ったアルダリが白髪を手で撫でながら聞き返し、チーネは蝶に変身してソングの精霊秘体に侵入し、ドラゴンが火を吐いて、湧き上がる毒煙の獣を消し去るシーン想い浮かべた。
「ソングの性器に潜むドラゴンは、蜜液を放出する前に湧き上がる呪いを焼き払ったのです。それでチーネも助かり、ソングは小指だけに呪いを受けた」
チーネの背中にテントウムシがとまり、その盗聴器から通路にいるトーマのヘッドホンに伝わり、ジェンダ王子とエリアンが奪い合って耳に当てて聴いている。
トーマは傍聴席から出される時、ショルダーバッグから虫型の吸盤をチーネの背中に貼り付けた。(テントウムシは五センチ程のブローチであるが、マイクが仕込まれてヘッドホンに音声が届く。聴診器の先端にセットする器具で、コード接続すると高感度な鍵師アイテムになる。)
「でも、今のところはドラゴンも武器も上手く使えないのです」
「つまり……ソングとなら、SEXしても大丈夫」
王女エッダの呟きが、通路の隅に集まってヘッドホンに聞き耳を立てるジェンダ王子とエリアンに伝わり、意味深な言葉を交わす。
「男に興味はないが、ドラゴンは気になる」
「僕も試してみたいよ」
トーマは腐食の呪いを知らず、興奮気味な二人を見て首を傾げた。
王女はソングの股間を横目で見て、『凄そうね……』と顔を上気させ、考え込んでいた錬金術師アルダリがソングに苦言を施す。
「ソングよ。このままではお前は指を全部失い、剣を持つ事もできなくなるぞ。欲望に走らず、禁欲を心がけて、ドラゴンと剣と盾の使い方を学ぶが良い」
アルダリは羨ましくもあるが、ソングは愛と禁欲の狭間で難しい選択をし、最強の戦士へと成長しなければならないと推察し、アドバイスを受けたソングは複雑な表情でチーネと見つめ合う。
そして元老院の四名がこそこそと話し合い、議長が「ソングを合格とする」と告げて閉廷した。