今は流浪の商人ヤズベルと呼ばれているが、昔は王侯貴族御用達の貿易商として高貴な貿易商九つの国を行き来していた。しかし神々の最終戦争『ラグナロク』で異界への道は閉ざされ、今はアーズランドとミズガルズ(人間界)の二つの世界で細々と商売をしている。

 エピオという象鳥が引く店舗車にYazbel Shopと書かれた派手なステッカーが貼ってあり、骨董品から魔術道具、生活用品まで多様に販売し、額にオスとメスのマーク記号がある伝書鴉は人気商品であった。

「ほれ、女神の香りがするぜ」と、アプロディーテーの蜜液の入った硝子瓶の蓋を開け、女神の香水を宙に漂わせ、城へ向かう伝書鴉を惹きつけて、空から舞い降りるのを待ち受ける。

「ちょっと、見せてもらうぜ」

 ヤズベルの腕にとまり、瓶口の匂いを嗅ぐエロガラスの喉を指で撫で、至福の表情で書簡を「ブェッ」と吐き出すと、唾液で丸まった紙片を手のひらで受けて、破れないように慎重に開く。(伝書鴉は受取る者の匂いを嗅ぎ分けて書簡を届けるが、女神の香水は万能である。)

[アルダリへ。妖精族からはチーネとソングを推挙する。チーネは最強の戦士であり、ソングはゼツリの力を秘めているぞ。」

 伝聞に目を通したヤズベルは「なるほどな。コレでまた儲かりそうだぜ」と呟き、紙片を丸めてエロガラスの口の中に戻し、笑顔を浮かべて香水の硝子瓶の蓋を閉め、まだ匂いをねだる伝書鴉の頭を小突いて空に放る。


 数十分後、城の地下室で実験の疲れからソファで寝てしまったアルダリは、湖面を滑空して城壁の小窓から侵入した伝書鴉に、頬を突かれて目を覚ました。

「おお、待ちかねたぞ」

 デスクの上に「ブェッ」っと唾液で粘った紙片を吐き出し、アルダリはチャチルの返信を読んで喜んだ。

「これで戦士が揃った。両名とも希望通りの人選であり、特にソングは自分が五年前に人間界から連れて来て、チャチルに預けたゼツリの息子じゃ」

 エロガラスは寄り道した事も気にせず、主人に擦り寄って餌をおねだりし、籠の中で唐揚げをいただき、アリダリは笑顔でレポート用紙にメンバーを書き加えた。

・チーネ。妖精の美少女であり、最強の戦士と云われる蜜蜂の剣の使い手。
・ソング(安室尊具)十五歳。人間の母の子であるが、勇者ゼツリの力を秘めている。

 アルダリはメンバー表を早急に元老院(げんろういん)に提出し、人間界へ旅立つ準備をしようと思ったが、ある事件によりもう一名メンバーに加える事になった。

 昨晩、ヤズベルが城を訪れて王女エッダに接見し、新製品の自慰道具をお勧めして売った事から始まり、ケインが慌てて地下室への階段を降りて呼びに来た。

「アリダリさま。女王がお呼びです」
「ふむ、何事じゃ?」
「なんでも金庫が破られたらしく」

 アルダリとケインが階段を駆け上がり、通路を早足で歩いて王室の居間に行くと、王女と側近の侍女四名がある者を捕らえて取り囲んでいた。