話を終えた後、集落のいちばん奥にあるややボロめの家屋へ移動した。そこには俺たちが来ることを予知していたかのように、男女の鬼たちが家から出てきていた。
彼らを視界に捉えたアレンは、駆け足で彼らのもとへ。真ん中の女の鬼に抱き着いた。
「アレン、なんだね?本当に...!ここで、また会えるなんて...!!よかったぁ!!」
「スーロン!!生きててよかった!遅くなってごめんね...!」
スーロンと呼ばれた灰色の髪をした鬼少女は、感涙しながらアレンと抱き合って再会を喜んだ。残りの二人も笑顔だった。筋肉が盛り上がった典型的な鬼ガタイをした青年鬼と、反対に鬼にしては小柄体型の少女鬼だ。その二人は髪の色が同じ薄いピンクだった。
二人は俺とカミラに向き合い、青年鬼がありがとうと礼を述べる。
「俺はキシリト、こっちは妹のソーン。あのアレンという人とは面識が無いのだが、こうして同胞と会えたのは僥倖であることに違いはない。君たちが彼女をここまで連れてきてくれたのだろう?感謝している。この3人以外で同胞と会えるなんて、思ってもみなかった...!」
そう言ってキシリトと名乗った青年鬼の目には涙が溜まっていた。
「その解釈は半分正解だ。ここに来たのはアレンの行動がほとんど。俺たちはここに来るまでの情報を集めてアレンに全て教えたくらいだ。動いたのはアレンだけだ。全部、彼女のお陰と言って良い。けど、礼は一応受け取っておく」
最後はドヤ顔して若干冗談めかして言った。キシリトはそんな俺を見て笑った。
「聞いておきたかったんだが、ここに来たばかりのお前ら鬼族は、どれくらいいたんだ?」
「...当時は6人はいた。俺たち含めた全員、上位モンストールどもには負けないくらいの戦力を誇っていた。だがあの時、群れに災害レベルの化け物が紛れていて、死闘の末なんとか駆除できたが、3人殺されてしまった。うち1人は、こんなところに連れてきたクソ頭領を庇ったせいでしんだが...」
キシリトが俯いて怒りを抑えて返す。ダンクを庇った件はさっき本人から聞いた。
「あいつは...優しい男だった。俺たちを奴隷扱いしている亜人なんかを危機から救うくらいにな。
モンストールとの大規模な戦いで、あいつは俺たちを捕らえた亜人を。命がけで助けたんだ..。だから亜人族を憎いと思ってる。
今はこうして衣食住を整えてくれて、奴隷扱いしたりもないけど、俺は亜人どもを赦す気はねぇ...」
「兄ちゃん...」
悔しそうに歯噛みして亜人族への恨み言を言うキシリトにソーンは心配そうに彼の袖を掴む。
「憎いと思う気持ち...間違ってねぇ、お前は正しい。あの頭領...ダンクが何故お前たち鬼族を忌み嫌い、不当な扱いをしようとしていたか。それはあいつも大切な人を殺されたかららしい...鬼族にな」
「...なんだって!?」
どうやらこいつらには何も話していなかったらしい。簡単にダンクの過去を話してやった。いつの間にかスーロンも俺の話に耳を傾けていた。話を聞いた彼らはそれでも憎しみが消えることはなかった。
「その亜人を殺したのは、かつての鬼族の族長だった。その族長も、モンストールどもに殺されてしまった。
ダンクはやり場が無くなった憎しみを、鬼族である俺たちに向けてきた...。家族を失ったことは同情するが、それでもあいつがやったことは許せないし、正直...ズタズタにしてやりたいとも思っている」
「そうだよね...気の毒とは思ったけど、やってはいけないことをしてしまった。仲間が3人も、死んだのだから...」
キシリトもスーロンもダンクに対して恨み言を呟いた。ソーンも悲し気に俯いている。
「そういえば、ここに来たってことは当然あの男に会ったんだよね?あいつはどうしたの?ま、まさか...」
スーロンがダンクのことを聞いてきて、殺したのか!?と暗に疑いをかけてきた。
「あー。話の流れからして、アレンが復讐でダンクの奴を殺した、っていうのが普通解釈だろうな。が、しかしながら――」
と、俺が続きを話そうとしたが、後方から「奴」の気配がしたので会話を切った。
「どうやら再会の時間は済んだようだな」
「みたいだな」
俺たちに殺されることなく平気そうにしている男...ダンクが、こちらにやって来て話しかけてくる。
「今をもって、貴様らを自由にさせる。もうここに留まる必要は無い。そこの金角鬼の女の要求でな」
「え...そうなの?アレン」
スーロンが初耳だとばかりにアレンに問う。
「うん。さっき話したでしょ?竜人族のところにも生き残りの仲間たちがいて保護してもらっているって。みんなもそういうところでしばらく暮らすの...私が鬼族の村を興すまで!」
アレンはふんすと息を立てて改めて宣言する。
「そうか...また仲間たちと一緒に暮らして、あの頃みたいに、平和に楽しく暮らすことを目指しているんだな...。それが君のやりたいことなんだな。そのためにこうして俺たちに会いに来てくれたんだな」
キシリトが感極まってアレンに話しかける。ソーンもアレンに尊敬と感謝に満ちた眼差しを向けている。
「また...あの頃みたいに、鬼族の村を再興して平和に暮らしたいから、協力してくれる?」
「うん...うん!するよ絶対!アレンがこうやって鬼族の為に動いてくれてるんだもん。私もアレンの為に何かしたい!」
「私も、兄ちゃんと一緒に姉ちゃんの手伝いする!だよね?兄ちゃん!」
「ああ、当然だ!アレン、協力させてくれ、君のやりたいことに!」
3人とも快くアレンの頼みを受け入れてくれた。その反応を見てアレンは嬉しそうに笑顔になる。今回は仲間数人助けられず死なせる形となってしまったが、こうして仲間が増えることはアレンにとってとても良いことだと思う。笑顔のアレンを見て俺も嬉しく思うようになった。
元世界にいた時やこの世界に来てしばらくの間は、他人の喜怒哀楽にあてられて感情が揺れることはあまり無かったのだが、今の俺はアレンが喜んでいる姿を見て嬉しく思っている。
「俺もどこか変わったのかねぇ...」
「そうなのですか?私はコウガの昔を知らないので、どう変わったのかが分かりません。今度、昔のコウガを教えてくれませんか?」
俺の呟きを拾ったカミラが少し寂しそうに微笑んで俺のことを聞こうとする。
まぁそのうちな、と返してアレンたちを呼ぶ。アレンに頷いて次の目的地を確認する。鬼族全員が理解してくれたところで、計6人パーティとしてここを出ようとするが、ダンテがアレンを呼び止める。
「アレン...と言ったな?俺をこうして生かしてくれたこと、感謝する。俺がしたことは、謝って済むことじゃないし赦されるとも思っていない。失った仲間を蘇らせる術が無い以上、償いのしようもない。せいぜいその3人を貴様のもとに行かせることと...ここで奴らの侵攻を命捨ててでも食い止めるのが、今俺にできることだ。
俺はそう思っている。
ディウルたちの為になれるか分からんが、この身を無駄に終わらせてくれないようにしてくれたこと、礼を言う。そして、すまなかった...!」
最後に頭を深く下げて絞るような声で謝罪の言葉を述べた。それきりダンテは頭を下げたままでいた。アレンはそんな彼を無言で見つめてから、何を言うことも無しに、村から出て行った。鬼3人もダンテを見ることなくアレンに続いた。彼らを見て俺もカミラも後に続く。少し進んでから再度後ろを振り返ると、ダンテはまだ下げ続けていた。だがその男からは、この後にくるだろう死闘に対する覚悟が見て取れた。
ここに来る前、兵どもに囲まれアレンがダンテに尋問していた時のことを思い返す。
(最後に聞きたいことが1つ。お前はどうしてこんなところに拠点地をつくったの?ここは強いモンストールがたくさんいて、猛者でも滞在は避けるくらいの場所。自殺行為なことしてでもここを拓いたのは何の為なの?仲間を多く犠牲にしてでも価値あることなの?)
(...俺は、俺たちは実はもう長くない。鬼族たちを捕えたあの日、特殊な病原体を持った魔物に襲われて何人か不治の病にかかった。ここにいる皆がそうだ。ああ心配するな。感染はせず、病原体に触れた者のみ発症する病のようでな。皆もう長くはない。だから俺たちは合意のもと、モンストールどもを少しでも殲滅してあの国を護る為に、犠牲を払ってでもここに居座ることにしたのだ...)
(護る、為...?)
(最後はいがみ合い仲違いするような形で別れてしまったが、数少ない家族だ。残された時間を使って家族であるディウルたちの為にこうしたまでだ。それに付き合わせてしまった鬼族のあいつらには、今更だがすまないと思っている...)
(そして、これはディウルたちには内緒にしている。もしあいつらに会うことがあれば...できればこのことは伝えないでいて欲しい。俺たちを任務に遣わした責任を引きずるかもしれないからな。情に厚そうなあの兄国王なら、そうなりかねん)
家族・仲間・国の為、残り少ない時間をそれらに費やし命を燃やす。そんな奴をノンフィクションで遭遇するとは思わなかった。いるんだな。身内の為にここまで動ける奴って。俺には到底理解も真似もできない。
俺はもう振り返ることなく前を見て進み村を出た。もうダンテたちと会うことはないだろう。奴らが死ぬ原因は、病が先か...モンストールによる蹂躙が先か...。それは分からないが。
こうして、アレンの亜人族との因縁は、幕を降ろした。
しかしながらアレンの旅はまだ続く。次は...獣どもの王国だ。