パルケ王国を出てから2~3時間後。モンストールの住処を横断して(その際何百体ものモンストールどもを屠った)進んだ先にあったのは、名も無き地帯といったところか。
無人だから荒れ果ててるのかと思いきや、明らかに人為的に拓いた土地が続いている。
この辺りにはモンストールが全くいないことから、ここが“排斥派”の領地であることを確信する。
「この先に...仲間が、生き残りが...!」
アレンが若干いきり立った様子で前を見つめる。まだ町あるいは村っぽい影は見当たらないがもうすぐ目的地に着くだろう。
さらに十数分進むと、集落らしきところに着いた。ここが排斥派の本拠地のようだ。
アレンとカミラを見て頷くと二人も了承の意を込めて頷き返す。そのままずかずかと集落の中へ入る。と、その時――
「――誰だ、貴様ら...!?」
突如、地中から音もなく飛び出してきた亜人の男に槍を突きつけられる。隠密系の技能で見張りをしていたようだな。まさか下から見張っていたとは。
「排斥派のテメーらに用がある、って言えば通じるか?それとも、鬼族の生き残りに用がある、の方が良いか?」
槍を瞬時に粉々にして見張りの男の胸倉をつかんだ。ダラダラと問答を続けるのは時間ロスだし、力を出して分からせる。
「グッ!?き、さま...今のは――」
「早くこの集落の長、ダンクっていう亜人のところへ案内して。鬼族...私の仲間たちに会う為に来たの」
アレンがさらに威圧して案内するよう命令する。まさに鬼の形相を浮かべてる彼女は、本物の鬼でも身をすくむくらいに恐ろしく見えた。当然見張り男も青ざめて萎縮し、案内する形に。
集落はやはりというか、パルケ王国と違ってだいぶ廃れている。人口は少なく娯楽も乏しい。こんなところで生活していったい何が楽しいのやら。
やがて煉瓦造りの大きな家っぽいところで見張り男が止まる。その場で手を振り上げる。
直後、俺たちを囲むように亜人どもが武器を構えて現れた。
煉瓦家から厳つい体型のオッサンが出てくる。たいそう防御力高そうな鎧を纏った歴戦の勇者みたいな格好だ。背には大剣あるし。そいつか出てるオーラで大体察した。こいつがこの集落のリーダーだな。
「そこの厳ついオッサンが、 “排斥派”のダンクだな?」
「ああ。俺がダンクだ。家名は捨てたから名乗らないぞ。で?これはどういうことだ?何やら色々知った上でわざわざモンストールどもの巣を跨いで来たんだ。よっぽどの事情があったのだろう?大事な部下を脅してまでここに連れて来させた事情が」
集落の頭領...ダンクが言い終わると同時に周りの亜人兵どもが殺気をぶつけてくる。仲間が酷い目に遭わされてると思い怒っているようだ。カミラがやや恐れて後ずさった。だが、テメーらの怒りなんて、彼女の憎悪と比べりゃあゴミ同然だ。
「私はアレン。金角鬼って言えば分かる?」
一歩と一言。その動作だけで周りの殺気を吹き飛ばす程の強い威圧と殺気が辺り一面に吹き荒れる...そんな錯覚を見た。
周りの亜人兵、ダンク、そして俺も驚愕と戦慄の表情を浮かべた。カミラは小さく悲鳴を上げた、可愛かった。それにしても凄い迫力だ。こんな威嚇行為、今まで見たことなかった。
つい昨日のSランクモンストール戦によってまたレベルが大きく上がったようだな。止めは俺が刺したとはいえパーティ経験値でアレンはかなり強くなれたようだ。
ここにいる亜人どもは一般的には雑魚ではないはずだ。そんな奴らを戦わずして制圧できるくらいになってるなんて、正直予想外だ。
感心している俺をよそに、アレンはダンクのもとに近づく。周りの亜人どもは動けないでいる。アレンが煉瓦家のもとまで来たところでダンクが口を開く。
「金角... “鬼”だと?貴様、鬼族か!!その角からして間違い無いようだ。
...そうか、貴様らが何の用でここに来たのか大体分かった。貴様と同じ、生き残りの鬼どもだな?」
ダンクはさっきの威嚇に気圧されていた様子を一変させ、忌々しそうにアレンを睨む。その目に憎悪の念が感じられた。ディウルの言った通り、鬼族に対して強い憎しみを抱いているようだな。
「分かってるなら説明要らないよね?出して、仲間を。いるんでしょ?この集落に」
「.........」
アレンの問いかけに、しかしダンクはだんまりだ。わざと黙ってるわけじゃないようだが。何か、言い辛そうにしている。
「黙ってないで答えて!仲間たちは今どこにいる!?その家の中?地下牢に閉じ込めたりしてるの?酷いことしてるなら今ここで殺す!!」
だがアレンにはそれがわざとやってるように映ったのだろう、声を荒げて答えを促す。文字通り鬼気迫るアレンの問いにダンクは重々しく答えた。
「半分死んだ。残りはここから離れた家屋で奴隷として扱っている」
「―――――」
その返答を聞いた瞬間、アレンの顔から、色が消えた。同時に大気を震わせるくらいの「咆哮」を上げて、ダンクに跳びかかり、地に組み伏せて、雷を纏った爪を突き立てた。
俺以外の奴らにとって数舜の出来事、誰も反応できていなかった。組み伏せられた状態のダンクは苦し気に呻く。が、アレンは構うことなく問いを続ける。
「...何で、殺した?私たちがそんなに、憎いか?お前の姉を殺したのは私の母だと聞いた。けどお前が復讐する前に母は死んだ。
だから!代わりに他の仲間でその憎しみをぶつけて殺したのか!?そして今も残った仲間たちを奴隷として苦しめて!!」
最初は感情の無い口調と表情だったが、徐々に怒りや憎悪に満ちた形相で、苛烈な口調で叫ぶように声を荒げた。その目には涙すらあった。仲間の喪失に対しての悲しみからか、今のアレンからは怒りと悲しみ両方の感情を感じ取れた。
「違う...勘違いをしている。俺は...俺たちは意図的に鬼を殺してなどいない。
殺されたのだ、モンストールどもによって」
「!?モンストール、に...?」
先程までのどす黒い感情を少し潜めて訝し気に聞き返す。仇を前にして冷静さを取り戻せて安心した。我を失っては復讐を果たすのは困難になるからな。
「鬼族がこの大陸に漂流したあの時、貴様の言う通り俺はあいつらをその場で殺そうとしたさ。だがその時は義兄...現国王ディウルに阻まれて出来なかった。俺の姉でありあいつの妻でもある、あの人が殺されたというのに...あいつは鬼族を赦したのだ...!理解できなかったよ当時はな。
で、あいつとの口論の末、俺を中心とした鬼族の排斥派は、捕えた鬼たちを連れて王国を出てここを拠点地とした。ゆくゆくは新たなる国をつくるつもりでな。
...その際に多大なる犠牲がついたが」
「......その多大な犠牲っていうのが...!」
アレンがその続きを察したのと同時に顔を悲痛に歪めた。そしてダンクは無慈悲にその続きを言った。
「そうだ、貴様の仲間を使ってモンストールどもを駆除した。その時に捕えた鬼どもの半数が死んだ。あいつらには俺たちの村のために死んでもらった」
「っ...!!...!!...!!!」
アレンが声にならない呻き声を出す。ぶち切れ寸前だ。その隙を突いてダンクが拘束から脱出する。
「あの時は鬼どもだけに駆除を任せることはしなかった。俺たちも総出でモンストールどもと戦った。
その戦いの中で、俺は深手を負って敵に隙を突かれて死を覚悟した。だがそんな俺を...鬼族の男が身を挺して助けてくれた...結果そいつは死んでしまった」
「...!!」
怒りで沸騰寸前のアレンだったが、ダンクの続きの言葉で少し平静を取り戻した。
「それ以降、俺は鬼族に対する憎しみや恨みが薄れていった。だが姉を喪った痛みは消えないままだ。その痛みを少しでも紛らわせる方法として、亜人が鬼より優位に立っていると思いこむことにした...あいつらを奴隷扱いすることでな」
「命を救ってもらっておいて、私の仲間たちをまだそんな扱いをしているの?ふざけないで!自分勝手過ぎる!下らない自己満足の為にみんなをいつまでも苦しめるな!!」
「...勘違いしないでほしい。俺たちは生き残りの鬼たちには、貴様が思うような扱いを強いてはいない。せいぜい家事や見張り、重労働を常識の範囲内でやらせているくらいだ。もっとも、負荷は同胞たち以上だが」
「......本当?」
疑わしい目で睨んで聞き返すアレンの顔を、ダンテは今度は真っすぐ見て肯定する。嘘は...ついていないな。この拠点を興して以降、捕えた鬼族たちには乱暴はしていないそうだ。
「でも、お前のせいで半分生き残りの仲間が死んだ。こんなところへ移ったせいで、お前たちの勝手で!死んでしまった!それに変わりは無い!」
「...ああそうだな。貴様の言う通りだ。結論からして、俺があいつらを死なせたようなものだ。貴様にとっての仇になるのだろうな、俺は...」
アレンの糾弾にダンクはその通りだと肯定し、罪を、過ちを認めた。罪悪感すら感じられる顔をしている。
妻を殺した鬼…アレンの母が死んだ今、鬼族に憎悪・恨みを抱かなくなって殺しを否定したディウル。殺した鬼だけじゃなく鬼族そのものを恨み憎んで復讐しようとした排斥派の頭領のダンク。
アレンもダンクも復讐心を抱いている。動機内容もよく似ている。俺は身内が殺された経験が無いから二人の復讐心があまり分かってやれないが、殺意の気持ちはよく理解している。復讐の殺意はどこまでもどす黒くて昏く燃えているものだ。
二人ともお互いの復讐心が理解できているのだろう。お互いの過去を見せ合いそして今深く悩んでいる。ここからどうするべきか?殺すのか?
俺はただ黙って見守るだけだ。この復讐の旅の行く末を。どう始末をつけるのかを...。