「...お前らは、そうか...お前らが報告で聞いたあの...。それに金角鬼も!?あの話は、ホントだったのか……」
 
 何やら訳知りな様子で俺とアレンを見るディウル。向こうから話す気がないそうだからこっちから話しかける。

 「前もって俺とアレンの存在を知っていたような態度だな?俺はともかくアレンのことを知っているのはどういうことだ?」
 「...昨夜にこの王国の諜報員が休暇でハーベスタン王国に行ってたようでな。その時に強力な戦気を放った女がいた、との報告を持って早急に帰ってきてくれた。
 コードネーム赤鬼というただ者ではない女。その傍らにいるオウガというSランク冒険者に至っては戦気すら感じ取れない、だが途轍もない何かを秘めてる臭いがする...と。
 そしてしばらくしてサント王国からきた急報で、予感は的中した。

 以上からして、たった今正体現したお前を見た瞬間、報告で聞いた男女であること、そして男のお前がカイダコウガであると、納得したということだ」
 「なるほど、把握したよ。解説どうも」

 ギルドでゴミ5人に絡まれたあの時、アレンが威圧した際に、偶然その場にいた亜人族...それも諜報員にあたる奴があの光景を目撃した。
 あの時かすかに息を呑んだ気配がしたけど、そいつ亜人族だったのか。

 自分のミスにアレンが謝罪するも気にするなと返して、ディウルに向き直る。

 「予想外の展開があったがまぁいい。こうして俺と、鬼族の生き残りであるアレンがここに来た理由...お察ししてくれるだろうか?」
 
 アレンを強調して問うと同時にアレンが一歩前に出てディウルを睨みつける。睨まれたディウル本人とアンスリール、周りの衛兵ども全員が戦慄する。どうやらアレンが強烈な戦気を放ったのだろう。俺とカミラは感知しないが。
 
 「...私の家族と里が滅ぼされた後、生き残った仲間たちが他の魔族たちに攻撃されたこと、知らないとは言わせない。あれはお前も命令してそうさせたの?今の亜人族は、私の仲間を捕らえたり...してるの?」

 亜人族が鬼族を捕らえているかどうかでまだ確信がないためか、憎しみに徹しきれず疑いの眼でそう問う。対するディウルは、思い当たるところがあったらしく、難しい顔をしている。
 そういうことか、と呟いき難しい顔のまま問いに答える。

 「お前がこうして忍びでここに来た理由...そうか、お前の同胞たちと再会する為だったのか。納得がいった。で、今のお前の質問だが...

 鬼族はこの国にいる。鬼族が滅んだあの日から少し経った後、とある集団によって数名ここに連れられてきた」
 「っ!!やっぱり、いるんだ!この王国に、仲間が...!!」

 ディウルの返事にアレンが感情を昂らせる。その度に亜人たち全員が戦慄する。中にはその戦気に当てられて後ずさる奴さえいた。アレンも武力において、この世界ではかなり上に位置してるからな。上位レベル程度ならこの段階で戦いが終わるくらいだ。
 それにしてもディウルの難し気な様子が気になる。困っていて言い辛そうな感じだ。

 「訳有りっぽいな?国王の意思で鬼族を害しているから今のその難しい面してるのか?」

 俺が割って入るように質問する。アレンは依然、どうなんだテメー?って言いたそうな顔で睨んでいる。

 「......。私、いやこの場合“国王派”といった方が良いか。少なくともここにいる全員の亜人は鬼族を害してはいない」

 「「「国王派?」」」

 俺たち全員が疑問の声を上げる。カミラでさえ知らない事情らしい。
 
 「少し亜人族と鬼族との間に起こったことについて話させてくれ。
 モンストールが発生する前、私たちと鬼族たちとは激しい領地争いをしてきた。あの頃の鬼族はかなりの戦闘狂だったんで、他の魔族にも恨みを買っていた。無論亜人族にも、だ。鬼族を恨み憎んでいる亜人族はたくさんいた」

 そのへんのところはエルザレスの話に少し出てきたな。亜人と...獣人は鬼を恨んでいる、と。
 
 「そんな風潮が続いていたある時、鬼族がモンストールによって滅ぼされたと知った亜人族の大半は、生き残りを根絶やしにする好機だといってこの大陸に逃げのびた鬼族たちを捕えてきた。捕えてきたものたちは鬼族を酷く恨んでいてな。即刻殺そうという話になった。

 だが私はそれを良しとしなかった」

 「っ!?」
 
 あまりにも意外だったからか、アレンが驚きに目を見開いた。俺も同感だ。領地を犯され仲間を殺されてきたのだ。そんな奴らが弱った状態で発見すれば殺そうと思うのは道理だと思うが。
 そこのところどうなのかと、また訊いてみたところ、ディウルはアレンにも目を向けながら答える。

 「確かに、鬼族に恨みや憎しみを抱いていないのかと言われれば否と、私は答える。今も変わらない。なぜなら、この王国の王妃...我が妻は奴らとの争いの中で命を奪われたのだからな」
 「!!...お前も」
 「......」

 今の話を聞いたアレンは、さっきまで放っていた威圧や戦気を萎ませた。身内が殺されたというところに反応したのだろう。アンスリールも悲しみや憎しみが混ざった顔して歯噛みしている。奴にとっては母にあたる存在だからな。

 しかしだからこそ、疑問が浮かぶ。身内を殺した敵に対して今も負の感情を抱いている。なのに奴は鬼たちを害してはいないと言った。

 「お前は、復讐しようとは思わないの?私の仲間が、お前の妻を殺した。憎いとも思っている。なのに仲間を捕えてきた時点で、即殺さなかった。何故?殺したいって思ってないの?」

 アレンがディウルに疑問をぶつける。アレンは自分の気持ちに従い、自分を害し、家族や仲間を殺した魔人族と魔族に復讐しようとしている。目の前には自分と少し似た境遇の男たちがいる。ただ彼らと違う点は、こいつらは復讐しようとはしていないことに限る。

 「お前が言いたいことは分かる。ああ、恨んでいたさ、憎んでいたさ。だがこちら側もお前たちをたくさん殺してきた。戦争だった。人が死ぬ殺されるのは当たり前だ。
 それに...妻を殺した鬼族は、もういない。死んだって分かったからな。殺した張本人がいない以上その恨み憎しみを誰かにぶつけることは、私にはできない...そういう性分でな」

 「「......」」

 アレンも、そして俺もディウルの言葉に考えさせられた。元凶がいないならば復讐のしようがない。それがディウルが鬼族を殺さなかった理由になるのだろう。
 奴の性分上、元凶の身内を殺すという発想も無かったのだろう。そういう復讐も存在するのだが、奴は元凶を殺すことが全てだと思っているクチ。復讐対象者の関係者には見向きもしないタイプの人間、か。

 俺はどうだろう?仮に俺が復讐に向かう間にあいつらが既に死んでいた場合、俺のあの憎悪の炎は、あいつらの親しい誰かに向けることになっていたのだろうか?復讐を成した今では確認のしようが無いが。

 「ここまでは私の心情だ。私の意思に共感したアンスリールも、他の衛兵たちも皆同じ気持ちだ。
 だが、そうは思わない奴らも当然いる。奴らは“排斥派”と呼ばれていて現在“国王派”の私たちと対立している関係にあたっている」

 そうか...この話も、エルザレスから聞いた内容だ。内戦国...そう呼んでいたな。派閥がつくられ対立しているのだとか。本当だったんだな。

 「聞いていい?お前の妻を殺した鬼族って...誰だったの?そして、排斥派の首領も誰か教えて」

 しばらく何か考えていたアレンが、亜人の王妃を殺した仲間と現在鬼族を害しようとしている首領のことを訊いた。

 「いいだろう。我が妻を殺した亡き鬼族の戦士は、お前と同じ金角鬼の戦士、歴代最強と言われていた女だ」
 「...!!お母さん、が」
 
 アレンはどこか納得したように呟く。王妃という位が高いかつ武力に秀でた奴を殺せて、もう死んだ人と絞られると、おのずと答えは出せる。アレンの母が、殺したんだな。今は魔人族に殺されもういない。複雑な心境だろう、アレンにとって...ディウルにとっても。

 「そして排斥派のトップに立つ者は、妻の弟にあたる男...私にとっての義弟となるな。名をダンクという。彼は姉のことを大切に想っていた。彼女を殺した鬼族が死んだと分かっても、その憎悪が消えることはなく鬼族全てに復讐心を抱いたままだった。
 あの時も、ダンクが暴走気味に鬼族たちの首を刎ねようとするのを必死に止めた。奴の怒りを鎮める手段として、捕えた鬼族を彼に隷属させるという折衷案を通してどうにかあの場は鎮火できた。だが私とダンクとの間に深い溝が生じ、彼と彼に従う者らはこの王国を去り別に拠点を作った。現在彼らはそこにいるはずだ」

 「じゃあ、仲間は!今も、その男たちに虐げられている可能性があるってこと?だとしたら、赦せない...!」

 事情を全て把握したアレンは再び気を荒げる。場に緊張が走る。

 「それともう一つ。私たちはダンクたちの動向を把握しきれていない。彼らが鬼族を殺していないかどうかは、保障しきれない。彼らの拠点地は、モンストールの住処を挟んだところにあり、うかつに近付けないのだ。ここ数日間連絡も取れていない、奴らがどうしているのかは現地へ行かなければ分からない」

 ディウルは最後に、目を離してしまいすまないとアレンに謝罪する。アレンは悔し気に歯噛みするが、ディウルを責めることはしなかった。

 「今までの話をまとめると...亜人族は現在、鬼族を殺すことは良しとせず隷属するところで止めるべきだとしてる国王派、鬼族を憎悪し殺したいと思いながら別拠点で彼らを隷属している排斥派、この2つに分かれている。
 生き残りの彼らに会うにはそこに行かなければならない。
 彼らの動向は国王様でさえ把握しておらず、現地に行かないと分からない...鬼族の安否も。
 以上そんなところでしょうか」

 カミラが客観的に今のくだりをまとめた。目的地はこことは違う場所。アレンの仲間たちの安否は曖昧。不安はまだ拭えないな...。

 「とても貴重な情報を入手した。偽装して入国して悪かったな。こうでもしないと今の情報得るのは難しいと思ったんで。じゃあ―」
 「―待て」

 自然に王宮から出ようとしたが止められる。出入り口の扉を衛兵どもが立ち塞がる。意味ない行動だが。

 「お前たちがここに来た目的は理解した。そしてこれからしようとしてることも...。それらを踏まえて聞きたい...アレンとやら。
 お前は復讐しに行くのか?それとも仲間を解放しに行くだけなのか?」
 
 ディウルはアレンを真っすぐ見つめて問う。アレンも嘘はつけない相手だと分かったのだろう。同じように真っすぐ見返して答える。

 「お前の話だけでは排斥派を殺すかどうかは決めかねる。実際に会って全て確かめる。だから今この場では殺さない、と答える。今は仲間と再会することが最優先だから」
 「...そうか。言いたいことは分かった。それを踏まえた上でお前にお願いしたい。もしダンクたちがお前の仲間たちを虐げていたとしても...殺さないでやってほしい。あれでも私の家族であることに変わりないからな」
 「...断れば?」

 途端、ディウルから殺気を感知した。これはただの威圧か?殺気は本物だが動く気配はない。アンスリールは身構えているが。

 「...もしダンクたちを殺したと分かれば、いずれお前たちを討伐しに動くとする。お前たち...特にカイダコウガはやがて全世界から犯罪者として扱われるだろうからな。
 アレンよ、もし殺した場合は、覚悟してもらおう...」
 「好きにすればいい。もとからそのつもりで動いてるから」
 
 これ以上話すことはないようで、アレンは扉へ直進する。俺は言いたいことあるのでディウルに話しかける。

 「まぁそういうこった。だからテメーらも、覚悟しておけよ?この後どういうことが起こっても、全てしでかしたそいつらの責任だ。死のうがどうなろうが関係ねー。俺たちは自分の気持ちに正直に、意志に従って動くだけだ。あいつらを殺した報復で俺たちを狙うのは勝手だ。
 けど俺たちは“強い”から、そこのところよろしく。それじゃあな」

 言うだけ言って俺も扉に向かう。後方からディウルがそうかと呟いき次いで通せと衛兵に命令した。出ようとするもカミラが一人ディウルたちとまだ対面したままでいる。

 「コウガ、アレン。すみませんが私はもう少し話したいことがあるので、先に王宮外へ行ってもらっていいでしょうか?そんなに時間かけないので」
 
 カミラのお願いを聞き入れ先に二人で外に出る。

 10分くらい経ってカミラが出てきたところで、俺たちは改めて今後の方針を修正して確認する。

 「これから行くところは決まった...排斥派の拠点地に向かいアレンの仲間たちを解放する。やり方は問わない。交渉でも力ずくでも良い。そしてその亜人族どもの処遇は...アレン、お前に全て任せる。これはお前の目的であり復讐でもあるからな」
 「異論はありません。アレンの意思を尊重して、二人のサポートに徹するのが私の務めですから」
 「コウガ、カミラ...ありがとう!うん、行こう、排斥派のところへ。仲間たちを、救いに...!!」

 行き先は変わって、排斥派の亜人族がいるとされる地へ。アレンをリーダーに俺たちは再び動く。