いつだったか、父様と母様は私に言った。

 (私たちは武家の人間。成人すれば王などの上の者に仕える身となっている。私たちがニッズ国王様に仕えているように。だが勘違いしないでほしい。私たちには選ぶ権利がある。この者に仕えたいと思った者につくべきだと私は考えている。だからニッズ国王様についているのだ)
 (カミラも...大人になって、あなたが本当に仕えたいと思った人に出会ったら、その人を選ぶのです。あなたにも当然選ぶ権利はあるのだから。
 カミラのその優れた知恵・知略は、必ず役に立てる。主の助けに必ずなれる。自信持ちなさい)

 奉仕の精神。世の中をまだよく知ってはいなかった私は、二人の言葉を、あの時理解できないでいた。それは二人がいなくなってしまった後も同じだった。
 二人が仕えていた国王。私は彼につきたいとは思わなかった。彼は私のことを見てはいない。ただの道具としか見ていない。他の人間だってそうだ。私を見ていない...そんな人たちなんかに、奉仕しようなどと微塵も思わなかった。
 どんなに知略を出して、策略を展開して、成果を上げても、誰も私を褒めてはくれなかった。心の無い空虚な言葉しかもらえなかった。仕える価値など、皆無だった...。

 だけど、今日私は、とても変わった人と出会った。

 「彼」は敵である私に、今まで誰にもかけてくれなかった言葉をかけてくれたのだ。

 (スゲェよテメーは。恐ろしく策謀に長けた女だ、カミラ・グレッド!)
 (戦えない身でありながら、たくさん努力してそうとう場数踏んでそこまで上ってきたんだろ?認めるよ。テメーは世界トップの軍略家だって!)

 戦いの最中に、追い詰められている(実際は手加減していたようだが)にも関わらず突然敵の私を褒めて、しかもこれまでたくさん努力してたくさん経験積んできたことをあの場で見抜いてくれた...。

 初めてだった。誰かにあんな風に言ってくれたのは。私を見てくれたのは...。
 あの時から、「彼」に興味を抱いた。両親以外で初めてくれたああいう言葉。

 そして敗れて追い詰められた今、私は生き残るべく必死に「彼」に命乞いをした。惨めでもいい。汚くてもいい。死ねば全て終わりなのだから。こんな人生のまま終わりたくないから。

 ――殺さない

 私の嘆願、懇願ともいえる言葉が通じてくれたのか、「彼」は私を赦してくれた。容赦してくれた。私は、死なずに済んだみたいだ...。その事実を数秒経ってからやっと実感して、全身の力が抜けてまた立てないでいた。
 半ば放心状態の私をよそに、「彼」は背負っている鬼の女と会話していた。

 「しっかし、貴重な頭脳・固有技能をを持った超有能少女を普通捨てるか?武力が皆無だからって要らないとかどんだけ脳筋王国だったんだあいつら。俺が国王だったらむしろ兵数人と権力者全員捨てて、こいつは絶対保護するってのに」
 「...コウガの元いた国では、軍略家は貴重だった?」
 「まぁな。大昔のとある国に孔明という天才軍師がいてな…」

 彼の言葉に、私は再び心が高鳴った。そんなことを言ってくれるのは今までいなかった。目の前にいる「彼」だけだ...!
 父様と母様のあの言葉が脳裏に浮かぶ。今なら分かる。あの言葉の意味が。
 本当に仕えたいと思える人。私を見てくれるひと。

 「彼」なら、きっと...。

 決心した私は、立ち上がって「彼」の名を呼ぶ...!

 「カイダ、コウガ様!私はあなたに従属します!あなたに仕えたいです...!傍に、いさせて下さい...!!」





 「.........なんだって??」

 この女は今、何を言った?俺に従属?仕えたい?傍においてほしいだぁ??

 アレンを見る。彼女も俺を見て頷く。俺が聞き取った内容と同じだそうだ。
 当の本人を見る。カミラの目は真剣だった。さっきの命乞いと同じ...それ以上の強い意志を感じられる。主に忠誠を誓う騎士とも思えるその態度に俺はまだ困惑している。

 「何でそういう言葉が出てきたのかは知らんが...俺は別に仲間は募集していない。俺の目的に必要じゃないしな。アレン一人で十分だ...ああ、アレンは“赤鬼”な。」
 
 カミラはアレンの名を聞くと彼女の方を見て、くッと歯噛みした。悔しがってる?それは置いといて続きを話す。

 「...そうだなぁ。なら、テメーが俺たちとの仲間になることのメリットを言ってくれ。俺を納得させられたら加えてやるよ。
 ...あ、忘れるとこだった。ルールとしてテメーの固有技能を使って俺の思考覗くの禁止な。軍略家らしく頭使って自力で俺の思考心理読んでみろ」

 その言葉を聞いたカミラはパァッと明るい顔をして、真剣に思考タイムに入る。1分程して彼女のアピールタイムが始まった。雨の中での面接なんて、元の世界でもねーだろうよ。

 「まず...私は軍略家。幼少期に軍学や戦略の他に歴史や地理も学んでいるのでそれら全てに精通しています。カイダ様は異世界からきた人間。この世界のことをまだ完全に理解されてなければ全て詳しく教えられます。また最近の人族や魔族の情勢も詳しいです。知ってること全て教えられます」

 まずはこの世界の色々な情報の提供か。さっきの戦争の際、カミラは俺のことを調べ尽くしていた。冒険者名とそのランクだけじゃなく、異世界から来て、ドラグニアを滅ぼしたということも知っていた。
 僅かな時間で大事な情報を速く正確に入手したその収集力。俺にとって使える人材だ。これだけでも採用理由として足り得る...がまだだな。
 
 「カイダ様。今からは私の推測話になります。あなたがドラグニア王国を滅ぼしたのは...復讐が理由だった。国王か何者かにあなたを害して酷い目に遭わしたからその報復として、王国を滅ぼした...。
 先程カイダ様は“俺の目的”と言っていました。それも、復讐のことを指しているのでは?異世界召喚はカイダ様含む数十人の人間を召喚したと聞いてます。彼らは各大陸へ遠征しに来て各国に滞在していました。先日ハーベスタン王国にきたフジワラミワさんがその例でしょう。
 “目的”の復讐対象は、その彼らではありませんか?だからドラグニア王国を滅ぼしてからもこうして別の大陸にいる。あなただけ別行動しているのは、何かの事情で追放されたから。それが復讐の引き金となったのでしょう。
 つまり今後は、彼らへの復讐の旅として今後また別の大陸へ行く。
 ならば、同盟国の情勢に精通している私がいれば、彼らの尻尾を掴むのは容易です!カイダ様の復讐の手助けになれると、考えています」

 「......ふむ」

 全問正解だ。推測か?って疑うくらいに。何もかもがカミラの言った通りだ。いや、ハーベスタン王国が滅ぶ前ではこの推測には至らなかったのかもしれない。俺と同じように裏切られ捨てられたから、俺の心理を読めたからこそ辿り着けたのだろう。
 何て頭が回る、洞察力が優れてやがる。やっぱり凄いわこの女。

 「ああ、正解だ。俺に関しては全問正解だよ。そうだ、復讐だ。今は残り5人となった元同期のそいつらを殺そうと考えてる。
 だけど、今はそれは後回しにしてるんだ。あんなゴミカスどもいつでも殺せるしな」
 「...?」
 「今はアレンの復讐、同時に俺自身の強化の為に動いている。アレンはまず離れ離れになった仲間たちと再会すべく他の魔族の国に行こうとしてる。ここで1泊してからパルケ王国へ行こうとしてたんだけどな」
 「...そうだったのですか。鬼族の生き残りを...」

 そこでカミラはアレンを見る。アレンも彼女を見返す。両者とも何を思って見つめ合ってるのやら。やがてカミラが口を開く。

 「ならば尚更私を使って下さい!アレンさんの目的にも使えます!魔族の情勢、特に亜人族に関しては絶対の自信があります!鬼族の捜索にあたれと言われればその通りに!利用価値はあると保障します!」

 カミラの猛アピールに、アレンは驚きに目を見開く。俺の肩を掴む手に力が入る。それだけ予想外だったみたいだ。

 「メリットのアピールは以上です。最後に、私情ですが...。
 私は今まで両親を除く誰からも私を見てはくれませんでした。けれどカイダ様は、真正面から私を見てくれて、私の価値を認めてくれました。他人でああいうこと言ってくれたのは...あなたが初めてだったのです。
 そんなあなただからこそ、お仕えしたいと思いました。奉仕したい、と思いました。

 だから後生です!私を、傍において下さい!!」

 最後は、涙を流しながら俺に必死に頼み込んだ。俺の発言の何かが、カミラの心の琴線に触れたらしい。だからこうして俺についてきたがっている。一緒にいたいと思っている。
 初めてだ。同じ年頃の異性にこんなに頼まれるのは。ここに来てから初めてが本当にいっぱいだよ、全く。

 「コウガ...私は、いて良いと思う。ううん、一緒が良い。彼女がいれば、仲間の情報掴みやすくなるかも、だから...」
 「アレン...そうか、アレンの為...」

 アレンの為。
 そうだ。俺の復讐だけなら別にいなくても良い。だけどアレンは違う。仲間の居場所は俺の標的以上に見つけるのが困難だ。
 カミラがいれば、より簡単に仲間たちを見つけられるかもしれない。その能力の片鱗をたった今見せてもらった。...使えるな。
 アレンの目的の為に...そういう理由なら、良いか。

 こいつを仲間に入れて。

 「分かった、良いだろう。合格だ、カミラ・グレッド。お前の仲間入りを許す。今後は俺の軍略家として生きろ。お前は俺が死なせない。ハーベスタンのあいつらみたいに捨てたりしない。今日から俺の傍にいて良い」
 「カミラ...よろしくね。私のこと言ってくれて、嬉しかったよ」

 俺もアレンもカミラを受け入れた。当の本人は、嬉しさにまた涙を流す。その顔は幸福に満ちていた。
 いつの間にか、雨は止んでいた。


 軍略家 カミラが仲間に加わった!