カミラ視点
王国トップクラスの兵士たちと国王たちが為す術無く殺される様を見て、私の中では3つの感情に支配されていた。
1つは、私を戦犯者に仕立てた挙句見捨てたあいつらに対してざまぁみろと思った黒い感情。全部私のせいにして裏切ったことへの報いを受けたのだと愉悦に浸っていた。
1つは、あいつらが死んだところでこの状況が好転することが無いという現実に対する絶望感。あのモンストールたちがあいつらを殺したところで止まることはないだろう。次は私がああなるのだろうという絶望が、私を苛んでいる。
1つは、単純に死に対する恐怖だ。こんなところで、こんな無様なままで死ぬのなんて嫌だ。他人に責められて、裏切られ捨てられて、化け物に殺されて終わる。そんな最期、あんまりだ...!
そしてモンストールたちが私の方に振り返って睨みつけてくる。恐怖に震える私をよそに、ついさっき王国の兵団を全滅させた大罪人と鬼族の女は臆することなくモンストールたちに対し戦闘態勢に入った。
私が無謀だと言わんばかりの言葉を投げても彼らの態度は変わらない。不遜な言動を残して敵の方へ駆けて行った。兵団を全滅させたとはいえ、あんな化け物3匹相手に敵うはずが無い...。そう思っていた。
だが、そんな私の予想は大きく覆された。
もはや人族...生物の領域すら超えた戦いだった。多くの首が生えた蛇の大量の魔力光線をものともせずに、毒すら克服して、素手で胴を貫いて、絶命させた...!
さらに地中へ潜ったかと思えば、ここからでも耳が劈くような爆音が鳴り響いて、彼がいた地が砂漠と化していた。動けなくなったモンストールに止めを刺し、あっという間に2匹も倒してしまった。
私は、あんな異次元の化け物相手に戦うことを提案してしまったのかと、今更あれは愚策だったと思わされる。
「カイダ、コウガ...」
彼の名を呟いて、最後のモンストールへ駆けて行くその背を、私はジッと見つめていた――
*
「限定進化」したアレンは、額に汗を浮かべて体の所々に傷がついている。外傷以上に体力の消耗が深刻みたいだ。あの状態になってからだいぶ経っているようだな。
対するモンストールだが、全体の姿は初めて見る。
一言で表すと、化け物だ。まぁもうちょい詳しく言うなら、胴体と脚がムカデで、首から上はカバみたいにデカい口に何の昆虫か分からない触角を生やしている、と言ったところか。
そいつの容態だが、脚が数本無くなっている。牙も片方折られている。互角にやり合えてはいるみたいだな。けれど、戦い始めてけっこう経ったはずだが、奴の胴体に傷が無い。アレンの攻撃を以てしてもダメージを入れられないくらいに防御が高いのか。
アレンから攻めに行く。「雷電鎧」を全身に纏わせ鬼族武術の技を「金剛撃」を発現して火力を上げた状態でくらわせる。
狙ったのは胴体。だがダメージが入った様子は見られない。あいつ、防御力が2万超えてやがる。魔力や魔防は低いのだがアレンも魔力が乏しい。これは相性が悪いな。普通だったら弱点である魔法攻撃で攻めるのが正攻法だが、今はアレンだけで戦っている。俺が加勢すれば一瞬だが、アレンはそれを良しとはしないだろう。
魔人族への復讐。アレンの最終目標はあいつらだ。その格下であるこのモンストール相手に敗けるようでは、彼女の野望は達成できない。
ここで手を出さないことがアレンの為ではあるが、万一の場合もあるので、一旦アレンの傍に立つ。
「アレン、その姿...あとどれくらい維持できる?」
「...体力だいぶ消耗してるから......あと2分くら、い」
「ならその2分であれを倒せ。もし出来なかったら、俺があれを消すことにするからな」
「ん...分かった」
会話はそこまでにしてアレンの背を軽く押して俺は退避する。ここからどう動くか注目だ。
アレンが突如「咆哮」を上げる。空気がビリビリと振動する彼女の咆哮にモンストールの動きが止まった。あれには拘束効果があるみたいだな。
再度「雷電鎧」を纏ってモンストールの顔面に拳を当てに行く。モンストールは動く気配が無い。いや、動こうとしてるが身体が痺れてまともに動かせないようだ。あの咆哮は麻痺効果もあったのか、凄いな。
動けないモンストールの顔面にアレンは躊躇なく無数の拳打を叩き込む。片方になった牙が折れて触角も吹き飛んだ。が、まだ倒れない。打撃に強い種類みたいだからな。
続いて胴部分に向かって垂直に降下して、その勢いのまま膝蹴りを叩き込んだ。けれどダメージは浅い。傷らしいものは見えたが致命傷にはいたらない。
麻痺から回復したモンストールは、無数の脚を鞭のようにしならせてアレンを潰しにいく。ハーベスタンの兵士を蠅をたたき殺すかのようにしたあの攻撃は強い、何発もくらうと無事では済まない。
無数の脚鞭打をアレンは「見切り」で躱す。1発腹にくらって悶絶するも堪えてまた胴体に攻撃する。今度は手に纏っている鎧を鋭くさせて大きな爪を形成する。雷でできた大きな爪を思い切り振り下ろしてクローをくらわせた。
「裂け爪」
結果は...雷の爪だからか、魔防が低いモンストールの硬い体から、血が出てきた。ようやっとダメージが入ったな。
「やっと突破口が見えた...倒せる」
アレンはさらに攻めに徹する。雷の爪を立てたまま、連続で腕を振り下ろす。さらに手だけじゃなく足にも爪を形成し、蹴り技も加える。
「篠突き!!」
ど真ん中一か所にクロー・刺突・蹴りを際限なく浴びせ続ける。まさに篠を突く雨。激しくも正確に急所を突く無駄が無い攻撃。凄い技術だ。
本で出てきた技を見様見真似で放っているだけの俺とは違い、幼少期から鍛錬に励んでいくつもの実戦を積んできたアレンの技は、きれいで正確だ。にわかの俺とは質が違う。手本になるなぁ。
アレンの連続技をくらい続けているモンストールの胴だが、次第に鱗や皮膚が破れていき、血もたくさん出てきた。その血をアレンは手にいっぱい付着させる。そして血まみれの右手でさらに思い切り体に刺突する。
ブスッとやや深く突き刺さりめり込む形になった右手部分に、「雷電鎧」を集中的に纏わせた。よって全身の雷オーラは薄くなったが、右手にもの凄い濃密な雷がまとわりついている。
あー。なるほど、アレンの狙いが分かったぞ。
外からの攻撃に強く、打撃耐性が高い敵。どう倒す?答えは...
「感電して。『放電』」
内部から破壊すれば良いだけ。外は頑丈でも内側が脆く出来ている。
そこに気付いたからアレンは今のやり方を実行したんだ。
体内に直接雷を流し込まれたモンストールは断末魔の悲鳴を上げてのたうち回る。同時に、中からの攻撃と雷の電熱で、肉質が柔らかくなったようだ。今が狙い時!
「薙撃《なげき》」
「金剛撃」を発現し、今度は右脚に雷オーラを集中させたアレンの強烈な右回し蹴りで、モンストールの胴体は真っ二つに切断された!
「はぁっ、はぁっ...!たお、せた...」
止めを刺したことを確認したアレンはその場に倒れる。「限定進化」も解除され元の体型に戻った。
俺が話してからここまでの時間...1分と50秒。その多くの時間は、さっきの激しい雨のような連続技に費やされていた。バテるのも当然だ。フルマラソン完走直後の100m全力疾走するようなものと言えば分かるか。
疲労困憊で苦しそうにしているも、どこか達成感に喜んでいる様子のアレン。
だが、
「っ!?」
倒れているアレン目がけて、上半分になったモンストールが大口開けて突進してきた!身体千切れても動けるとか、そういうところは昆虫の特性持ってるんだな!!
突進してくるモンストールを戦慄した表情で見ていることしかできないでいるアレンあと数メートルで嚙み砕かれるってところで――
「残念~!もう2分経ったので、俺が相手だ」
ギリギリ割り込んで、炎熱の魔力光線でモンストールを焼き払った!
「コウガ...!」
「ナイスファイトだアレン。一人で相性が悪いSランクモンストールをあそこまで追い詰めたこと、誇るべきだ!よくやったな!」
跡形も無く消してからアレンを労い目一杯褒める。俺の手を握りながら立ち上がったアレンは褒められたことに嬉しそうに目を細める。が、すぐに俺にもたれかかる。よほど疲れているようだ。
「あともうちょっとだった。次は、余力残して倒すくらいにならなきゃ...」
「そうだな。数日経ったらまたレベル上げに行こう。アレンはまだ強くなれるさ」
「ん!少しでもコウガに近づく!」
アレンは向上心枯れることなく次を見据えた。そのレベルでこれだけ戦えるんだ。さらに修行積んで俺と同じレベルくらいになった時、異次元の強さを手にしてそうだな。楽しみだ。魔人族にだって、きっと負けないさ。
こうして、急襲してきたSランクモンストールどもを返り討ちにしたった。ただしハーベスタン王国は滅んだ。...またしても俺が絡んだせいで。
アレンを背負って元いた場所へ戻る。そこには、もう立てるようになった故ハーベスタン王国の軍略家の姿があった。
「さて、残るのはテメーだけになったな?」
「.........」
カミラ・グレッド。こいつどうしようか?