この世界の最南端に位置するデルス大陸。
空から見るとΔの形に見えるこの大陸にあるラインハルツ王国には、皇雅と同じ世界から召喚された救世団の少年少女が5人、派遣されている。
そのうちの一人である狙撃手の高園縁佳は現在、国が用意してくれた豪華な宿泊舎にて副担任先生の美羽と通信していた。
時刻は夜。そろそろ眠ろうとした時にかかってきたので半分寝ぼけながら通話に出る。
普通は目上の人にはそういう気持ちで対応したりはしないのだが、この世界にきてから美羽とは親しい同級生のような関係を築くようになったため、彼女に対しては例外に気安い調子になってしまっている。元の世界にいたままの自分では考えられない心境の変化だ。
何の用だろうと思いながら通話に出た縁佳が聞いたのは、美羽からの信じられない報告だった。
「美羽先生......全部、本当なんですか...?」
冗談でこんな夜にこんなこと言わないという美羽の返事を聞きながら、縁佳は目の前が真っ暗になる錯覚に陥った。無理もない。彼女が今聞いた報告は、主に3つ。
ドラグニア王国が滅んだこと。
王国にいたクラスメイトたちは皆殺されてしまったこと。
そして、それらをやったのが、甲斐田皇雅であるということ。
しばらく黙ってしまっている縁佳に、美羽はその気持ちが分かっているかのように同じように黙る。しばらく経ったところで、美羽が再び通話越しに声をかける。
「...もう話せる?」
「......はい。大丈夫です」
「気持ちは分かるわ。私も、甲斐田君本人から聞いた時、今の縁佳ちゃんみたいになったから」
「会ったのですか!?甲斐田君に!?」
「ええ。しかも彼はまだ復讐を止めようとはしていなかったわ。あなたたちも、殺しに行くかもしれない...」
「まさか、もうこっちに向かって...!?」
「それは無いわ。縁り佳ちゃんたちの居場所は教えなかったし。甲斐田君はむしろ私が滞在していたところを訊いてきたわ。今はハーベスタン王国に移動しているかもしれない」
「ハーベスタン王国...」
皇雅の行方を知った縁佳に、選択肢が生じる。
美羽と合流するか、皇雅のところへ向かうか。
「縁佳ちゃん、私は今、ミーシャ様とサント王国へ向かっているわ。現地にその国の兵士さんに連れて行ってもらってるところ。もし私と合流しようと考えてたら、残りの4人と一緒にサント王国に来て。あなたたちがすぐに入国できるよう私が通しておくから。
ただ...今は甲斐田君のところには、行かない方が良いわ。
それじゃあ、気持ちが整理できたら、連絡ちょうだい」
美羽の忠告を最後に、通信が切れた。
「.........」
通信を終えた後の縁佳は、ベッドにうずくまり頭を抱える。
捜して助け出そうと思っていた同級生は、死んでしまっていたがゾンビとして復活して、復讐でクラスのみんなと王国の人々を殺した。
突然のクラスメイトたちの訃報とホームの王国が滅んだという報せに対する衝撃と悲しみに苛まれて、ベッドから動く気にもなれなかった。
縁佳はとんだ思い違いをしていた。
皇雅は私たちを憎んでいたことは、あの実戦訓練で彼が見捨てられて落ちていく時に見せた顔を見れば分かっていた。大西をはじめとするクラスのほとんどは、皇雅を嫌い邪険にして排斥しようとしていた。憎む気持ちは理解できる。
だからといって、そんな同級生の彼でも、殺すことはしないだろうと、彼女は完全に思い込んでいた。その思い込みが強かったが故に、皇雅が殺害したことを聞いて酷くショックを受けてしまった。
高園縁佳は意図せずして人を嫌な気持ちにさせてしまうことがある。“こうした方が良くなるだろう”と思ったことを問題抱えている人に一方的に押し付けてしまうことが原因である。
その悪い癖の被害に遭った最たる例が、皇雅である。
彼の内面をきちんと理解できてなかったから、今のようにどうしてクラスメイトたちを殺したのかを理解できないでいる。
1時間後、ようやっと行動する気になれた彼女は、一緒に派遣されたクラスメイト4人を自室に呼んだ。美羽から聞いた通りのことをそのまま伝えると、4人全員驚愕と悲しみ、恐怖に怒りと様々なリアクションを見せた。
「甲斐田が、みんなを...!?久美やあいりも、殺されたなんて...うっうう...!」
特に仲が良かった同級生たちの死を知って悲しんでいる眼鏡女子は、中西晴美。学校ではクラス委員長を務めていて、職業はプリースト。
「甲斐田って、私たちの中でステータスいちばん低かったんじゃないの!?それが、どうして...みんなが...!!」
まだパニック状態に陥って叫んだセミショート茶髪の褐色女子は、曽根美紀。ソフトボール部キャプテンで、ここでは盾戦士だ。
「ドラグニア王国も滅んだって...それに、生き残っているクラスは、ここにいる私たちだけ。どうなるんだろう...」
恐怖に震えて呟いたセミロング黒髪の小柄な女子は、米田小夜。学校では水泳部、ここでは呪術師をやっている。
「里中と小林も...あの野郎...!よくも...!!」
2人の死を悼み、皇雅に怒り狂っているのは、堂丸勇也。先の2人と同じサッカー部で、ガンシューターだ。
「...私は、甲斐田君に会いに行こうって思ってる。甲斐田君が...みんなを殺したなんて、そんな...」
「っ!ダメよ縁佳!!美羽先生の言ったことが本当なら、あんたも甲斐田に殺されるよ!!」
「中西の言う通りだ。実力がある大西や里中、王国の強い兵士たちをも全員殺した奴だ。しかもあいつは俺たちに復讐する気でいる。行くのは危険過ぎる...!」
「二人の言う通り、行かない方が良いよ縁佳ちゃん...!」
縁佳の発言に、彼らは全員反対する。この場は4人の言い分が正しいのだが、縁佳はなおも食い下がる。
「でも...!会って、説得して...」
「もうそんな次元超えてんだろ!人を、それも何十人も殺してる!一旦冷静になれよ高園。行くなら、藤原先生のところが良いだろ?」
堂丸が彼女を強く止めて、とりあえず皇雅のもとへ行こうとするのは無しになった。
「...ごめんなさい。少し、おかしかったよね私。うん、美羽先生のところに行こう」
冷静さを取り戻した縁佳の意見に、今度は全員賛成する。
翌朝、縁佳たち全員はサント王国に向かうべく、船を出すよう王に頼んだ。
任期がまだ終了していないため、彼女らを手放すことを渋った国王だが、一人の男が行かせて良いと進言してきた。
彼の名はラインハート。 “人族最強の戦士”の称号を授けられている。今の縁佳たちが束になっても敵わないくらいの実力の持ち主である。
「彼らの分まで俺が頑張れば良いだけのこと。元々この戦いは我々が起こしたもの。彼らは意図せずしてこの世界に呼ばれた者たち。依存し過ぎるわけにはいくまい。
それに、色々事情があるようだしな」
彼の言葉と縁佳の切実なお願いに折れた国王は彼女たちの任期を解き、船を与えて出国させた。
「ありがとうございます、こちらの要求が通るよう助け船を渡していただいて」
港にて見送りに来たラインハートに礼を言う。
「お前たちの切迫した表情が見えたもので、よほど重い事情があったのだろうと察したからな。ったく、あの鈍感国王ももう少し人の表情とかに気付いてほしいものだ...」
国王への愚痴をぼやきつつ笑う彼は、年齢不詳でステータスも明かそうとしない謎に包まれた戦士だ。顔年齢は40後半はあろうかという相貌。今日まで彼の詳しいことは知らずにいる。
「ここにまた滞在する機会があれば、訓練のお相手お願いします!ラインハートさんにはまだまだ届かないので」
改めて別れの挨拶をして、縁佳たちはラインハルツ王国を出てサント王国へ出航した。
遠ざかっていく船を、ラインハートはずっと見つめていた...。
*
時間は少し遡り、夜。縁佳との通信を終えた美羽は、ラインハルツ王国に滞在している生徒たちの心配をしていた。
先程伝えた衝撃的な報せは、美羽でさえ茫然自失して悲しみにくずおれた程だ。約1年半も教室を共にしてきた仲間たちが殺された彼女たちの心境は想像を超えるものだろう。
特に縁佳は、皇雅を見つけようと今日まで必死に己を強くしてきたのだ。その彼が、死んだが復活したということを聞いて、彼女が放っておくとは思えない。
他4人が止めてくれることを祈りつつ、美羽からも彼のところには行くなと忠告しておいた。おそらく縁佳たちはサント王国に合流しに来てくれるだろうと予想して、現在同行中のクィンにその旨を伝える。
彼女も、短い間だったが皇雅と行動していたと知った美羽は大変驚いた。
船で移動している間、美羽は元の世界での皇雅のことを、自分が知っている範囲で話した。クィンも、ミーシャ王女も彼女の話を静聴していた。
クィンは皇雅の学校での様子を聞き終えると、同情や憐憫、何故今の彼と化してしまっているのかといった疑問に悩んでいるようだった。
美羽自身も皇雅のことをまだよく知らないでいるのだから無理もない。
ただミーシャは、納得がいった様な表情を浮かべていた。軍略家としての才を持ち、心理学にも精通し、さらに自身の生い立ちも加味すれば、皇雅の心境を少し理解できたのかもしれない。
美羽もクィンに皇雅と行動していた間のことを聞いてみたのだが、最後にクィンの仲間兵を彼が殺したということを知った美羽は顔を青ざめながらクィン、そしてミーシャにも頭を下げて謝罪する。
「生徒が、取り返しのつかないことをしてしまい、誠に申し訳ございませんでした...!!
私が彼をもっと理解してあげて、あの時守ってあげられてたら...こんなことにはなっていなかった...!!先生失格です私...」
美羽の悲痛さがこもった謝罪に対してミーシャが慌てて返答する。
「そんなこと!元はといえば私が提案した異世界召喚を私の国で行ったのが元凶です!私たちが呼び出さなければ、美羽さんの生徒さん方も、皇雅さんも...死ぬことはありませんせした。平和だった世界からこんな世界に呼びだすことなど、してはいけなかった...今はそう思っています...!」
「美羽さんもミーシャ様も、責任を重く感じる必要はありません。結局は、全て彼が、悪のです…。そうに決まっています……」
クィンの一言に、全員に沈黙が訪れる。やがてクィンが再び口を開く。
「それでも結果的には、魔物エーレやモンストール群、魔人族の脅威から助けられてきたことには感謝をしています。私は...彼に絶縁に近い言葉をぶつけてしまいそれきりで終わってしまいましたが、本心としてはこんな形のまま終わらせたくないと、そう思っています...。短い間でしたが、コウガさんのことは、良く思っては、いましたから...」
俯いて発言していたため表情は伺えなかったが、少なくとも顔に険は無くなっているようには見えた。
そして今の発言を聞いたミーシャが、横で顔を赤らめながらアワアワしだした。
そんな二人を見た美羽はさきほどの悲嘆にくれた様子から一変、二人から皇雅へ向けたラブコメの波動を感じ取るのだった。
「...あんなことしておいて、甲斐田君、君実は凄くモテるんじゃ...」
その後、途中出現した魔物を撃退しつつ、3人を乗せた船は、ベーサ大陸を目指して進むのだった。