「あんたは...」
 
 藤原美羽。
 元いた世界では、俺のクラスの副担任先生だ。
 今回のドラグニア王国襲撃の際にこの女はいなかった。今までずっと他の国…大陸へいたようだな。
 そしてたった今、この王国...いや、今は何もかも失って何も無くなってしまったこの地に戻ってきたというわけだ。

 俺としたことが、何も考えずに走っていたので、彼女の気配を感知できないでいた。いきなりのこの再会に俺も驚いている。
 だが目の前にいる彼女の驚愕度合は俺以上だった。ビックリした表情で俺を凝視している。やがてその目に涙を溜めて、表情も歓喜へ変えていく。

 「甲斐田君…!生きていた。生きてくれていた!ちょっと見た目が変わっているけど、間違いなく君は甲斐田君よね!!」

 某名RPGゲームに出てくる女僧侶みたいな衣装を着て少し短くなった茶色が混じったセミロングの髪を綺麗に整えた長身の女性は、俺の生存(だと思っている)確認ができて歓喜に震えていた。
 その様子を冷めた目で見つめながら、俺は彼女のステータスを「鑑定」する。

フジワラミワ 23才 人族 レベル55
職業 回復術師
体力 3000
攻撃 1500
防御 2000
魔力 4500
魔防 4500
速さ 1500
固有技能 全言語翻訳可能 回復(回帰 状態異常完治 回復付帯付与) 自動回復 薬物耐性 全属性耐性 全状態異常耐性  炎熱魔法レベル6 嵐魔法レベル6 水魔法レベル6 光魔法レベル6 大地魔法レベル6 魔力障壁 限定強化

 普通の、常識的なレベルから見るとこのステータスは凄まじいものだ。この世界において間違いなく人族最強クラスの戦力だろう。
 俺が消えてからひと月と数日間、長いとは言えない期間でここまで強くなれるのか。おそらく、その期間で俺と同じあるいはそれ以上の修羅場・経験を積んでその域まで達したのかもしれない。

 いずれにしろ、今日まで殺してきた元クラスメイトどもとは比べ物にならない強さだ。能力値でもかなり高いが、固有技能が凄まじい。回復系特化に耐性が色々ありまくり、魔法種類に富んでいるという攻守ともに優れた並びだ。
 あの時、訓練で予想していたことが当たったな。この女は間違いなくチート級に強くなる、と。
 最後に気になる固有技能「限定強化」について。アレンや竜人族など魔族特有の固有技能「限定進化」と字面が似ているが、どう違うのか。


「限定強化」 異世界召喚された人族のみに発現される特殊技能。発動後、自身の能力値が大幅上昇、生命力も高くなる。数々の試練を超えてレベルを上げることで取得される。能力値の上げ幅は、レベル上げ・修羅場の数によって増えていく。


 そうか。異世界召喚された者につく固有技能で、姿形は変わらないが能力値が上がるだけか。
 レベルを上げることも取得条件に入るなら、俺にはなぜ取得できていないのか。ああ、屍族になったからか。
 
 黙ったままでいる俺に藤原が不思議そうにしていたので、俺から話しかける。

 「...随分強くなったんだな?一体どこでそんな力を身に着けたんだ?もうただの回復術師じゃないよな」

 俺は生徒で藤原は教師。敬語で話すべきだろうが、ここは異世界。ましてや俺は死んで、倫理とか人間関係とか色々ぶっ壊れたんだ。今更上下関係なんて気にする必要は無い。彼女もこれまでに遭ったやつらと同じ口調で話すとしよう。名も呼び捨てで。

 俺のため口に気にすることなく、藤原は俺の問いに答える。

 「君がいなくなってから、クラスのみんなはより真剣に訓練やモンストールの討伐に当たるようになって。中でも私と縁佳ちゃん...高園さんは凄く訓練に励んで、遠征討伐にも何度も出て、実戦と経験をたくさん積んで...ここまで上ってこられたわ。
 知ってる?私たち今…救世団なんて呼ばれているの。ちょっと恥ずかしいネーミングで困ってるけど」

 真剣に訓練に討伐をこなした、ねぇ?藤原と高園は本当かもしれないが...。つーか縁佳ちゃん?二人はそんなに仲良しになってたのか?

 「それで、あの時……最初の実戦訓練で遭遇してしまった災害レベルのモンストールくらいの敵を倒せるようになったら、私と縁佳ちゃんで地底へ行って君を捜そうと思ってたのだけど、もう必要無くなったね……。
 こうして再会できたんだから!私たちが強くなろうと思ったのは、君を見つけて助けるためだったから」

 そんな理由で、ここまで強くできたというのか。俺を、助けるために...?
  ここに来てまだ、生徒の大事を想って行動しているというのか。危険極まりないあの地底へ行こうとしてまで、たった一人、それもクラスから孤立していて最弱のハズレ者だった俺を助けようとしてたのか?
 大した女だ。こいつの言葉に嘘が一切無かったのだから。アイテム「真実の口」を使っても反応無し。ホントに新任教師かと疑う程に先生できてんじゃねーかよ。
 けど、そのレベル帯であの地底に行くと聞いたからには、言わずにはいられない。

 「甘いな藤原。確かにあんたは強くなった。けれどそのレベルであそこに行くのはダメだな。死ぬぞ?あんたが思っている以上に、あの場所は人間にとって死の巣窟だ」

 災害レベルのモンストール群もそうだが、まずあの瘴気でお陀仏ルートだろう。まぁ全状態異常耐性がついている彼女なら平気かもしれないが、一人であの数を相手にするのはまだ無理だろうな。

 災害レベルのモンストール群の遭遇もそうだが、まずあの瘴気をくらった時点でお陀仏ルートだろう。まぁ全状態異常耐性がついている彼女なら平気かもしれないが、一人であの数を相手にするのはまだ無理だろうな。

 そこからか。アレンが来るまで、話に付き合うか。元いた世界での、あの趣味トークみたいな軽い話にはならないだろうが。

 「まず初めに、俺はテメーらに見捨てられて、瘴気まみれの暗い地下深くでモンストールどもに襲われた末に、俺は死んだ。もう俺は死人なんだよ」
 「.........え?」

 藤原はしばし呆然とした様子でいた。目の前にいる人間が、実は既に死んでいる。なんてこと元いた世界だったら毛程も信じられなかっただろう。いや、この世界でも信じられないか。
 証拠になるかは分からないが、服を脱いで生前時とは随分変貌した体とステータスプレートを見せてあげた。

 「その肌の色...種族屍族...?それにこのステータス...!?」

 俺が見せた情報一つ一つに驚愕する藤原を見て、俺は彼女にとって残酷な事実を告げる。

 「そして地下深くから這い上がって戻ってきた俺は、復讐としてあのクソクラスメイトどもを殺し、国王も王子も殺した。さらにはドラグニア王国も、滅んだ。滅ぼした!」

 数秒間沈黙。
 やがて藤原は膝から崩れ落ちるようにその場でへたり込む。その目にはショックのあまりか、光が消えている。茫然自失とはこのことを言うのだろう。

 「元クラスメイトは俺が26人殺して、3体は魔人族っていう化け物に殺されたから、あと5人残っている。もちろん全員、復讐する」

 きっぱりと宣言する俺を、藤原は悲嘆にくれた目で見上げて言葉を出す。

 「まだ、殺すつもりなの?26人も殺しておいて、それでも気が済まないというの?そもそも殺さなければならなかったの?確かに彼らは君を排他的に扱い、暴行したり、挙句見捨てたけれど...復讐するとは言っても、殺す理由になるというの!?
 何で、平気でいられているの...?人を、クラスのみんなを殺したんだよ?彼らは、君を嫌ってはいたけど、死を望んだり殺そうとまでは考えてなかったはずだよ...?」

 最後は縋るように声を振り絞って喋った藤原。そんな彼女に対して微塵も動じていない俺は淡々と言い返す。

 「嘘はいけないな先生?あいつらが本当に、俺の死を望んでいなかったと?俺が消えた後のあいつらの反応を間近で見ていたあんたなら、分かっているはずだろ?思い出せよ、俺が消えてどうだったのかを」
 「......」

 しばらく黙る彼女をよそに、俺は続ける。

 「それに、大西や須藤、里中に男鈴木。どいつもこいつも俺を殺す気で攻撃してきたぞ?殺す気と言っても、ロクに殺人したこともないクソどもの殺意なんてたかが知れてるが。少なくとも全員、俺の死を望んでいたぞ」
 「っ...!!」

 俺の言葉に藤原の顔は悲痛に歪む。彼女もきっと分かっていたのだろう。彼らが俺の死に対して悼むどころかざまぁと嗤って清々していたことを。嘘だと思いたいからさっきの発言をしてしまったことを。
 心の中ではとっくに理解していたはずだ。俺とあいつらとの間に生じた溝がそこまで酷いものだったのだと。

 そこから数秒また黙った後、藤原は立ち上がって改めて俺と向き合って静かに喋り出す。

 「甲斐田君の言う通り...なのかもしれない。私が甘い考えをしていたから、目を背けていたから、さっきみたいなこと言ってしまったわ...。マルス王子の提案で君を見捨てることが挙げられ、それに大西君はじめとするクラスほぼ全員が君を見捨てることを賛成。その時は全員窮地だったから助かりたいが為の決断だったのかもしれないと思ったのだけど...みんな、目が嗤っていた...ように見えた。
 甲斐田君の言っていることは、本当だと、思う...。マルス王子とクラスメイトたちのせいで、甲斐田君は命を落としたようなものだから...」
 「......」
 「甲斐田君が、復讐しようと思うのは、仕方ないことだと、思ってるわ」

 彼女は、俺の復讐しようという想いを肯定した。

 「仕方ない、か...。なら俺がしたことに対して今はどう思ってる?」
 「殺しては、欲しくなかった...。みんな私にとって大切な生徒であることは、ここに召喚された後も変わらないから。甲斐田君、君もその一人だからね?」

 優しく諭すように返した。その言葉も...偽りではなかった。ここまでくると聖女だな。
 そして藤原は深呼吸してから、俺に問うた。

 「甲斐田君...聞きたいのだけど、クラスに復讐すると言った君は...
 
 私をも、殺そうって思ってる?私も、復讐対象に入ってるの?」

 静かに、どこか縋るような声音で尋ねるその顔には、覚悟が見られる。ここで俺が首を縦に振れば、自分は為す術もなく殺されると分かっているのだろう。俺から見た彼女は、あのSランクモンストール群にも劣る程度の戦力だしな。いくら回復特化型といっても、即死攻撃には対応できまい。
 だから藤原は、今ここで腹を括ったのだ。俺に殺されるかもしれないと覚悟したのだ。
 今度は俺がしばらく黙る。その様子を藤原はただ静かにしかし緊張した面持ちで見ていた。
 
 藤原美羽。彼女は、学校ではクラスで孤立していた俺に歩み寄り、親身に相手してくれた。所詮、教師としての仕事の範疇だろうと思っていた俺は心を開くことはせず、適当に雑談交わす関係とした。
 まぁ向こうは仕事で相手してくれているだけだろうが、あの退屈だった部活以外での学校生活で趣味とかの話し相手がいてくれたことには、ありがたくは思っている。
 俺をクラスの輪に無理に入れようとはせず、ただ俺との雑談相手になって接してきた。なんか...特別支援の生徒になった気分だが。

 分かっていたことは、彼女からは悪意が一切感じられなかったこと。それは確かだった。
 そしてここに召喚された後も同じだった。リンチされてた俺を助けて、俺の訓練に付き合ってくれて、学校と変わらない態度で俺に接してくれた。高園も悪意は無いが、何か勘違いしているところがあり却って俺を苛立たせている。
 しかし藤原だけは...どの人間とも違う。そんな彼女を、悪意も害も全く無い彼女を、俺は殺すのか?

 「藤原...俺はこの異世界召喚の主犯は、あの老害国王だと思っていた。だが、召喚を提案したのはドラグニア・ミーシャだったようだ。彼女がそう提案したことで、俺たちはこの世界に呼ばれて、俺は命を落とした...。
 彼女がいなければ、俺は死ぬことはなかった。俺があいつらを無惨に殺すことも無かっただろう。
 初めは復讐しようとした。だがその直後色々あって...彼女を殺すのは無しにした。十分に不幸に落として嘆き苦しんでいる姿を見て、まぁもういいかって思ったんだ。復讐は何も殺すことだけじゃないとも言うしな。

 だから分からなくなっているんだ。這い上がっていたあの時、クラス全員と王族全員殺すって誓ったのに、あのお姫さんは殺さずに終えてしまった。俺はどうしたいのかって」

 この時自分は何を言っているのだろうと思いながら喋っていた。本心を今ここで打ち明ける気がしなかったから、言葉にするのが嫌だったから、などあるが。
 お姫さんを例に出してグダグダ喋っている俺に嫌気がさす。だから、言おう。彼女の問いに。
 
 「けどグダグダ考えるのは止めだ。したくもない復讐・殺しをしても楽しくも面白くもないし。俺がやりたいようにやるのが結局いちばんだ。だからさ...」
 俺は...

 「俺はあんたを殺さない。復讐対象から外すよ」

 判決を下した。俺は、藤原を殺さない。
 俺の答えを聞いた藤原はしばし俺を見つめて、やがて口を開く。

 「......なら、縁佳ちゃんと残りの生徒たちも、殺す以外の方法で復讐することはできないかな?私は...これ以上死んでほしくないって思ってる。生徒...クラスメイト同士でそんなところ、見たくないし、してほしくない!」
 「......」
 「私は、今まで生徒に自分の望みや価値観とかを押し付けることは絶対にしなかった。けど今ここで初めて、生徒である君に自分の望みや想い、価値観とかを押し付けるわ!
 甲斐田君!もう同級生を殺そうとするのは止めて!!」

 涙を流して俺に懇願する彼女は、先生とは離れた姿だった。なりふり構わず自分の思うこと、してほしいこと、純粋に自分が望んでいることを俺にぶつけてきた。
 そんな彼女を見て、俺は思わず吹き出してしまった。

 「甲斐田君...?」
 「ああ悪い。やっぱりあんたは凄いなぁと思って。このチート性能が無ければとっくに負けていたんだろうなって」
 「...?」
 「はぁ...あんたの言い分、気持ち。少しは理解したよ。
 だけどこればっかりは、俺の気まぐれ次第だ。生かすも殺すも俺の勝手だ。自分の要望・想いを貫きたいなら、俺を力ずくで止める以外無ぇぞ?」
 「甲斐田君...」

 これ以上言っても無駄だと悟ったのか、藤原はもう何も言うことはなかった。

 「じゃあ、そろそろ仲間と合流することになってるから、もうここを出るよ。最後に、情報交換しないか?」

 そう言って俺は魔人族のことを伝えて、藤原からは彼女がどこの国で滞在していたのかを教えてもらった。
 お互い情報を提供したその後は、何も言わずに別れる形となった。

 こうして、藤原美羽との思いもよらない再会を終えた...。