辺り一面焼け野原、抉れまくった地面ばかり広がっていて、まるで世紀末な光景だ。その中を俺は黙って歩いている。
 まず最初の用…確認したいことが、ザイートが殺したと言った元クラスメイトのことになる。あいつ、本当に三人の元クラスメイトを殺したのか?

 三人の行方を捜すこと数分、露店区域に散らばるたくさんの死体の中に、そいつらはいた。
 全員、ザイートが戦闘中に使っていた爪らしき刃物による切り傷が、顔や身体に無惨に刻まれていた。辛うじて顔の原型が残っていたお陰で三人とも誰なのか知ることが出来た。

 「木戸涼介(きどりょうすけ)瀬戸希里穂に(せときりほ)...和田奈央(わだなお) だったか、確か。殺されたのはこいつらだったか」

 三人とも、恐怖に染まった死に顔してやがる。まぁあんなキチガイ化け物を前にすれば無理も無い。
 ザイートに殺された三人を確認したことで、まだ殺せてない残りの元クラスメイト五人が誰なのかはっきりもした。
 
 これで一つ目の用は終わり、次の用を済ませよう。次はあそこへ行く...。



 王宮の跡地。因縁の再会を果たしたその場所に、彼女たちはいた。俺が来るのを待っていたように見える。

 「コウガ、さん...」
 「......」
 
 ミーシャ王女が安堵とも畏怖とも呼べない、よく分からない表情を浮かべて俺を呼ぶ。
 その傍らにはクィンもいる。俺を警戒しているように見える。

 「まず言っておくのが、あの魔人族のことについてだ。あいつを殺すことは結局できなくて、撤退を許してしまった。というか、あれを消しても奴の本拠地にストックの身体がまだあって、また復活するという仕組みだそうだ。
 それで、あいつが復活に要する時間はしばらくかかるらしい。どれくらいかは知らんが、療養とパワーアップに長い時間を費やすそうだ。
 復活した奴の力は、今の俺を簡単に消せるくらいの化け物に進化しているだろうな。このまま時が経てば、今度こそこの世界は終わる」

 俺の報告を聴いた二人は、戦慄と恐怖で身を震わせる。それを眺めつつ俺は続きを話す。

 「俺はあいつに今回の借りを返したいと考えている。だから明日、色んなところをまわって俺自身を強化しようと考えている。次はあの魔人...ザイートを完全に殺せるくらいに」

 奴は俺の復讐対象の元クラスメイト3人を勝手に殺し、俺をあんな目に遭わせ舐めプまでされたんだ。復讐する理由は十分にある。絶対に殺す...!

 「この世界の敵は、モンストールだけだと思ってましたが、真の敵は...数百年前に滅んだはずの魔人族だったのですね。彼らを倒さなければモンストールも消えない、ということになるのですね?」

 ミーシャがジッとこっちを見つめて問う。

 「そうなるなぁきっと。魔物からモンストールを発生させていると奴の口から聞いたしな...あ、言っておくが、俺はこの世界の平和の為だとか一切考えてねーからな?あくまで私怨で奴を殺しに行くだけだからな?」
 
 何か俺が世界の危機を救う感じにならないよう釘を刺しておく。魔人族を根絶やしにする気は無い。ザイートの奴を殺せれば、それで良い。

 「...残念です。コウガさんなら、強力なモンストールや魔人族を全員倒して、この世界の救世主になり得ると思ってましたが」

 ミーシャは寂し気に笑う。そして予想外にも、彼女は俺に近づいて俺の手を取った。俺もクィンもその行動に驚いた。

 「コウガさん!あなたがいなければ、あの恐ろしく強大な力を持った魔人とモンストールによってこの大陸が、この世界が終わるところでした。そして私も、あの時殺されていました...。彼らの侵攻を止めてくれて、ありがとうございますっ!!」
 
 ギュッと弱弱しく柔らかい手の感触を感じながらミーシャを見る。彼女の目には少し涙が溜まっていたが、その顔には年相応の可憐な笑みが見られた。本当に感謝しているのだと思うほどに、想いがこもったセリフだった。

 「こんな俺に礼を言って良いのか?前にも言ったが、お姫さんの父と兄、その他貴族や民を殺した人間だぞ?感謝よりも憎悪の念の方が強いんじゃないのか?」

 悪意を込めてミーシャにそう返した俺に、しかし彼女は依然優しい笑みを崩さず答える。

 「それでも、私の命を救ってくれたことは事実です。あなたをこの世界に召喚して死なせてしまった罪深い私を、殺したいと思っていたはずの私を、あの時護ってくれました。家族が貴方に殺されて失ってしまったのは凄く悲しいですが、貴方を恨み憎む気にはなれないんです。
 私があなたにしてしまったことが、それだけ酷いことでしたから...」

 どうも言い訳しているように聞こえるが、本人が良いと言ってるし、もういいか。

 「それで...コウガさん。やっぱり、私を殺したいと思っていますか...?まだ、私が憎いですか?」

 話は変わり、ミーシャは一歩退いて、怯えが混じった目で、自分を殺すのかと問いかけてきた。
 はぁ...この話に入るかぁ。しかもお姫さんから切り出すとはな。
 後宮で話した時は殺そうと思っていたが、その後色々あり過ぎたせいで、何か...ねぇ?

 (カイダ、さん...ミーシャを、お願いします...あの子を、守って、あげて下さい...)
 (...あなたは、ミーシャを殺さない。それは、あなたがいちばん、分かっているは、ず...)

 王妃の言葉が脳裏によみがえる。会って数分ばかりの俺に、復讐に走り同級生どもと王国の人間をたくさん殺してきたこの殺人鬼に、自分の娘を守ってくれと言った。
 いったい何を根拠に、俺は大丈夫だと思ったのか?本人が死んだ以上、その真意は明らかにできないが。

 俺は姫さんを殺さない...か。あの王妃は、会って間もない俺の心境を一目二目見ただけで、見抜いたというのか?結局何も分からないまま王妃は死んでしまった。最期に勝手に俺に頼み事をして...。

 とはいえ、俺はあの王妃の言う通りになるのかもしれない。殺してきたクズな王族の中で、このお姫さんだけには、俺に対して悪意が全く感じられなかった。召喚された初日も、“ハズレ者”とレッテル貼られた後も、実戦訓練の時も...一度たりとも、俺を嗤ったり害を与えたり不快にさせたりはしなかった。

 むしろ...

 まーとにかく、こいつに対して憎悪も殺意も抱いてはいないんだよな...

 というわけなので―

 「殺さない。テメーはもういいや。もうどうでもいい」

 と、子どもが興味を失くした玩具を雑に捨てるかのような態度でそう言い捨てた。

 「ど、どうでもいい...ですか...?」

 ミーシャは俺の言葉が予想外だったのか、呆気にとられた表情で俺を見つめていた。

 「家族がみんな殺されて、国も滅ぼされて、十分ボロボロになったテメーをこれ以上どうこうする気はもう失せた。
 俺もこの国で好き放題に暴れさせてもらったし、少しは気が晴れたし。
 それに、殺したい奴はここにはいない、どうやら別の大陸、国にいるだろうからな」

 その言葉にミーシャは悲し気に目を伏せて、クィンがあの時と同じ反応をして話しかける。

 「コウガさん...まだ復讐を考えているのですか?もう...いいじゃありませんか?これ以上まだ、かつての同志の死を望むのですか...!?」
 「ああ望むさ。お姫さんには悪意がなかったが、あいつらはダメだ。悪意を向けられたし不快にもさせられた。まだ生きているあいつらは復讐対象だ」
 「...っ!!」
  
 もう取り付く島もないと悟ったクィンは、悔し気に歯噛みするしかできなかった。
 そこへ、黙っていたミーシャが再び口を開く。

 「コウガさん。あなたが殺そうと思っている残りのクラスメイトの中には、タカゾノヨリカさんもいます。あの人は、コウガさんを捜索する為にずっと懸命に鍛錬を積んで地下にも潜ってました。あなたがまだ生きていると信じて、助ける為に...
 そんな彼女も、復讐対象なのですか...?」

 高園...。そういや、鈴木(男の方)もあいつのこと言ってたな。気にかけてたとかどうとか。
 仮にそうだとしても、あいつは色々間違えた。赦す気は無い。

 「俺は、あいつら全員殺すと決めたんだ。後から何を言われようと変えるつもりはない。一人残らず復讐して殺す...必ずな」
 「.....。」
 ミーシャもそれきり何も言わなくなった。その目に涙を溜めたまま俯いた。
 話は終わりかな?俺から話すことも無いし、もう終わりに...

 「コウガさん。あなたに確認したいことがあります」
 
 ここでクィンが俺に質問をしにきた。続きを促して喋らせる。

 「以前、エーレ討伐が成功した後、私が仕えているサント王国にある宿で私たちが色々お話した時に、カルス村近辺の監視地帯で発見された首無し死体の事件について話したこと、覚えてますか?」

 何を話すかと思えば、もはやどうでもいいあの内容か。頷いた俺を見て続きを話す。

 「あの後も、検死を行ったり村での聞き込みなど色々行われてました。そんな中、私の国...サント王国の国王様はあなたを警戒していました。
 定期連絡の時に、王はあなたがあの事件に関与しているのではと疑いをかけていたことが分かりました。そこからあなたへの監視を強めるようにとの命を受けました」

 サントの国王はこの国の老害国王と違って用心深く頭が切れるらしい。現場に訪れたのか、俺が関与していることまで嗅ぎつけるとはな。今後注意すべき人物だな。

 「私は...コウガさんがあの事件の犯人だとは考えたくはないのですが...ミーシャ様の水晶であなたの戦いを覗いていた時、あなたが使った武器の中に、変わった形の剣がありましたよね?あの剣で魔人を斬ったときの斬り口と...あの死体の斬り口が...同じに見えたのです...」

 へ~。映像越しで奴の斬り口を見切ったというのか。やっぱりクィンは一流の戦士だな。普通気付かないレベルだろうに。
 で...ここまでくればこの後彼女が何を訊こうとしているのかはもう分かる。

 「コウガさん。あなたが...私の仲間たちを、殺したのですか...!?」
 「その通りだ。あの首無し死体をつくったのは俺だ」

 即答で自白した。嘘をつく理由はもう無いしな。

 「どうして!?仲間たちを、あんな無惨に!?」
 「簡単だ。あいつらは俺を害し不快にさせた。あとは、身バレしたことも
動機だったな。当時はまだバレたくはなかったからな。だから殺した。口封じを兼ねてな。因みにあの武器は刀というものだ」

 淡々と答える俺にクィンは目を見開いて途切れ途切れに言葉を出す。

 「そんな、理由で...彼らを、皆殺しにしたのですか...?」
 「ああ。俺にとってあいつらの命なんてそんなものだったんだよ」

 クィンはしばし黙ってしまう。もういいかとここを出ようとすると、クィンが呟くように何か言いだした。

 「狂っています...人の命を、軽く見過ぎてます。簡単に死んで良い人なんて、いないはずです...。あなたは、人として大切なものが欠如してます...!」

 頭に血が上ったのか、俺を罵倒した。その声には怒りや失望、侮蔑といった負の感情がいっぱい込められていた。

 「かもな。あの瘴気にまみれた地の底で死んだあの時、俺は色々失くしたのかもな...だから平気で人を殺せる奴になったのかもな(まぁ元々倫理や価値観が色々おかしかったみたいだけど。人の命とか軽視していたし)」

 クィンの罵倒に意を介さずにそう返す俺を、クィンは睨みながら静かに言葉を発した。

 「このことは国王様に報告します。そして、あなたとの行動も外れます。あなたとこれ以上一緒にいられません」
 「そうか。お別れだな。じゃあな」

 パーティ離脱宣言にも大して動じることなく軽く返事して、今度こそ俺は王宮跡地を後にする。
 これだけ言われても感情が全く乗っていない返答に、クィンはその狂いように動揺した。が再びミーシャを護るように体勢を立て直した。俺は無視して二度と彼女たちの方へ振り返ることなく去った。

 クィンと決別し、ミーシャを見逃すという結末で、彼女たちとのストーリーは終了した。また会うことになるだろうが、その時はもう敵同士になっているだろう。
 もし俺の邪魔をするならその時は.........殺そう。



ミーシャ視点

 「では、これからサント王国に戻りますが、ミーシャ様もご同行した方が良いと思いますが...」

 コウガさんが去ってしばらくしてから、クィンさんが私にそう提案してきた。
 ここにはもう王国など存在しない。ましてや生き残りの人さえいない。ここにはもう私とクィンさんしかいない。
 全員、コウガさんの復讐と彼と魔人との戦いの余波で亡くなってしまったのだ。

 ここにはもう、何も無い。
 私を大切に想い愛してくれたお母さんも、愛情はほとんど向けられなかったけどそれでも唯一無二の家族である父と兄も、大切な国民も、皆消えてしまった。

 私は、もう独りになってしまった...この場では。
 けれど、まだ私に手を伸ばしてくれる人がいる。
 私はその伸ばしてくれる手を掴んだ。

 「是非、ご一緒させてください。非力な私にも何かできることがあるはずです。この世界を平和にするために...!」

 そんな私の姿を見たクィンさんは優し気な笑みを浮かべて御守りしますと言って、サント王国に連れてもらうことになった。

 先程のコウガさんの発言でクィンさんは怒りに任せて罵倒したことを思い出す。
 私もコウガさんの人を人と思わない発言に心を痛めたが、彼をあんな風にさせたのは、私のせいでもあるのでは、と思ってしまっている。その罪悪感のせいで彼に怒りの感情が湧くことはなかった。

 他にも彼に悪感情を抱けない理由はある。
 彼にも明かした私の想い。彼が私にとって憧れの存在であると。
 だけど今は、別の感情も芽生えている。さっき本人には言えなかったことを、今は心の中で留めておく。

 (コウガさん、あなたをお慕いしています!あなたの強さにも...異性としても...!!)

 いつか、彼と再会できた時、この想いが変わらずにいてくれれば、真っすぐに伝えよう...!

 青い髪をなびかせて、私はそう決意した―—

 (またお会いできることを、祈っています...必ず!!)






 時間が経つにつれて何かムシャクシャしてきたんで、「瞬神速」で一気にドラグニア王国だった地帯を超音速で駆けた。辺りは何も無い。景色が線になって見える様を眺めながら駆ける。

 魔人族のこと、ミーシャのこと、クィンのこと。あいつらのことを考えるのは一旦よそう。今日はもうマジ疲れた。このままアレンと合流する。どこかベッドがある宿に泊まりたい...。色々考えるのは明日からでいい。

 今後の予定を考えながら移動していると、王国地帯の外に出ていた。そのままサラマンドラ王国へ行こうとしたが、俺はその場に止まった。
 理由は、今目の前に立っている一人の女性を見たからである。
 
 (......まさか、こんなところで、このタイミングで再会するとはな...!?)

 しかもここまで近づいてからやっと気づくなんて、注意散漫にも程がある。完全に気を抜いていた。
 が、相手も同じことを思っていたようで、俺以上に驚きに目を見開いてこちらを凝視している。走ってきたのか、若干息を乱している。
 やがて《《彼女》》の方から先に口を開き、俺の名を呼んだ。


 「甲斐田、君...!!」


















 藤原美羽(ふじわらみわ)
 元の世界では俺のクラスの副担任先生だった彼女と、思わぬ再会を果たした―― 
 



第4章 完