爆発の音を聞いたアレンは、二人の戦いが終わったのだと何となく感じ取っていた。彼女がここから動き出すのを察したドリュウが声をかける。
「行くのか?まだ終わったとは限らないぞ?」
「きっと大丈夫。勘だけど、もう終わってる気がする。コウガのところにいかなきゃ」
そう言って「限定進化」を発動したアレンは猛スピードで駆けた。ドリュウもしょうがないなと後を追った。
残されたクィンとミーシャは、後を追うことはしなかった。
「あの異次元の強さを持った魔人相手に...コウガさん、あなたは今どれ程の次元に立っているのでしょうか...」
「......」
クィンの呟きにミーシャは答えることなく、ノイズが走って何も映らない水晶の映像を見つめていた...。
*
空を見上げると、陽がもう沈みかかっていた。サラマンドラから出発してから随分濃い時間を過ごした気がするけど、全部今日のことだったんだな…。
自分の体を見てみる。痛みは無いが体を動かすのに随分苦労している。復活…体の再生やけに遅く感じられる。どうにか左腕を上げることには成功したが、その腕は原型を留めていないものとなっていた。
皮膚は破れ、肉が断裂しまくっていて、中の砕けた骨や神経が色々見えてかなりグロテスクだった。
おそらく反対の腕も、脚も胴体も頭も、テレビには映せくらい悲惨な状態なんだろうな。脳のリミッターを何度も何度も外して、限界を超えて無理やり体を強化した。その代償が、この有様だ。不死性が無ければ途中とっくに死んでたろうな。
ゾンビという、喰えば強くなれるチート性能があってこそ成功したあの戦法だった。死なない、痛みが無い、これだけでも十分反則レベルだよな……。
つーか、今回の相手はこれくらいしなきゃ全く敵わないクソチートだったよな。何だよアレ?あり得なくね?不死性無しであの無尽蔵の体力と意味が分からないレベルの頑丈さ。あいつこそがチート枠だよ、ったく。
とにかく、今回の敵……ザイートに何とか勝利した。
最後の一撃をくらわせる前からだいぶ消耗していたのはラッキーだった。切り札使わせずに倒せたのも非常に良かった。まあ殺せたのかどうかは分からんが、少なくとも全く動けないくらいの傷は負わせただろう。
あとは自分の体が完全に再生するのを待つだけ……。
「コウガっ!!」
すると少し離れたところからアレンの声が聞こえて、やがて彼女姿が見えてきた。俺のところまで一気に迫ってきて、体を抱き上げる。
「お疲れ様...。コウガがこんなにボロボロになってそんな状態でいるの、初めて見た...痛くない?苦しくない?」
俺の今の姿を見て痛そうな顔をして俺を心配してくれる。俺の頭を撫でたり再生中の手を優しく握ってくれる彼女に苦笑しながら大丈夫だと答える。
「ゾンビの性能のお陰で、痛くも苦しくもねーよ。それに、よくこの戦いが終わったって分かったな?」
「うん、勘でそう思ったから」
そっかと言って俺はまた笑う。こういう時にこんな仲間(しかも同年代の異性!)がいてくれるのはありがたいな...。ゾンビになって人としての色々が欠けた俺だが、まだこういう感性が残っていることが、今はとてもありがたく思うね...。
「やれやれ...ここまでしてやられるとはなぁ」
そう気を抜いていたところに、その声が響いた。
その疲弊しきった声を聞いたアレンが臨戦態勢に入る。声がした方へ目を向けると、そこにはやっぱりというか、ふらついて頭から血を流していながらも立ち上がるザイートがいた。
「ったく、あれだけやってまだ死んでねーとか。テメーも十分不死身じゃねーかよ」
「お前がそれを言うかよ…。まあ、もう魔力が底をついて回復できないから、これ以上の戦闘はおろか、回復すら無理になってしまった。そのせいで“切り札”を使う余力も無くなった。何より………《《この身体では》》フルパワーを発揮できないしな」
おいコイツ、最後に聞き捨てならないこと言ったぞ。
「テメー、今のそれが本体じゃなかったのかよ。あれだけの強さでまだ分裂体だったと言うつもりか?」
俺の糾弾にザイートは、いやと首を横に振り、
「今の俺は紛れもなく本体だ。ただし、完全体ではない状態でね。実は今回俺がここに来たことは、同じ魔人族たちには内緒にしていてな。留守がバレないよう分裂体を拠点に残しておいた。
まぁ今回の俺が発揮できた力は、全体の《《大体6割程だ》》」
完全に再生していたらその場でギャグ漫画みたいにずっこけていたかもしれない。それくらいに衝撃的な真実だった。
「随分舐めプしてくれたなぁ?あれだけ必死こいて戦ってたのにテメーは本気じゃなかったっていうのかよ」
「本気だったさ。6割しか出せない力を全て出し切ってお前を消そうとした。だがこの有様さ。今回はお前の勝ちだ。まさかこの世界に、今の俺と互角レベルの生物がいるとはな」
全く勝った気がしねぇ!結局は手加減モードのこいつを捨て身でようやっと倒しただけじゃねーか。なら、今ここで残りの分裂体が来て、攻撃されたら、今度こそ終わる...!
「そう焦った顔をするな。魔力と体力が底尽く手前まで削らされ、ここまでボロボロにされると復活するのにしばらく時間がかかる。それに残りの分裂体を戻すのにも少々手間がかかる。
仮に分裂体をここに寄越しても、その前に完全再生したお前に止め刺されてこの身体が消される可能性が高い。そうなれば俺の復活にまた膨大な時間を費やす羽目になる。
お前の身体のどうせあと数分で治るのだろう?」
意外にもというか、奴は冷静に先を読んで、ここで俺たちと相手することを避けようとしている。ならば、奴の言った通り、ここで完全に潰せば――!
「だから、ここは退かせてもらう」
そう言ってザイートは地面に手をつく。その直後、地面の奥深くから地鳴りがした。
そしてザイートがいる地面から巨大な口が出てきた。大きく開いた口は奴を飲み込んだ。こいつ……地面の下を自由自在に移動するタイプのモンストールか!
ザイートを回収したモンストールはすぐに退却しようとするが、それに待ったをかけた奴が俺に話しかけてくる。
「これ以上は戦えないしこのままだと消されるだろうから、今回は撤退する...。
カイダコウガ。お前は俺たちにとってイレギュラーであり脅威だ。今後も同胞を狩るのであればお前を完全に敵と認定して、完全に消しに行くとする。
次は、完全体で会うことになるだろう。それまでに、もう少し己を強化しておくことだな...」
ザイートの目には、ハッキリと敵意が感じられた。俺を完全に脅威の種として見ている。目を付けられた。次は容赦なく消しにくるだろう。
俺は無表情で感情の無い人形のような目で奴を見る一方、隣にいるアレンは怒りに満ちた眼でザイートに問いかける。
「誰が...私の家族を殺した!?お前たち魔人族の誰が、鬼族を滅ぼした!?答えろぉ!!!」
憎しみに満ちた声で叫んだアレンに対し、ザイートは不気味な笑みを浮かべながらも彼女の問いに答えてくれた。
「ふむ...せっかくだから、答えてやろうか。お前の家族や里を滅ぼした同胞の名は “ネルギガルド” という。今のお前では到底敵うまい。
じゃあな」
そう言い残して、口を閉じたモンストールは地中へ潜って退却する。
「逃がさない!」
アレンが追撃に出て攻撃するが躱される。地中に潜ると速くなる特性でもあるのか、モンストールはあっという間に地下深くへと消えて行った。
「くそ、まだ治らない...いつもならとっくに再生しきっているのに」
下半身がまだ再生されていない。最後に使った部位が足だったから再生にいちばん時間かかるのは分かるが、治りが遅い。
考えられる要素は、リミッター解除による肉体の崩壊なのかもしれない。
敵からくらった外傷や技の反動傷なら数秒で再生するが、限界を超え過ぎて酷使したことで負った内部の崩壊ダメージの再生は、倍以上の時間が必要になるのかもしれない。こんなデメリットがあったなんて。どんなものにもリスクはあるもんだな...。
「コウガ。ごめん、逃がした」
アレンがすまなそうに声をかける。先程までの怒りの感情はもう消えていた。
「しかたねーよ」
アレンの肩に手をおいて気にするなと労う。脚部分がやっと再生された。
「感知」してみたが、もう奴の気配は一切しなかった。完全にここから撤退したようだ。
周りを見てみると、地面はぐちゃぐちゃ、瓦礫の山がいくつもあり、あちこちに消し炭っぽいのがある。まるで核爆弾でも落とされたかのような有り様だ。これを、二人で起こしたのだから笑えてくる。随分、ド派手に荒らしたなぁ。
こうして、魔人族の親玉とは決着がつかないまま、戦いは終わった。
*
ザイートが撤退してから約5分後、ようやく体が完治していつも通りの調子を戻した。後から駆けつけてきたドリュウも交えて、これからどうするかという話をしていく。
アレンは、サラマンドラにいる鬼族たちに会う約束をしていたので、ドリュウと一旦戻ることを提案したので、ここでまた二手に分かれる流れになった。
俺は……まだ用事が残ってることを二人に告げる。
「コウガ、用事ってこの国のこと...?」
アレンが控えめに尋ねる。
「まぁ、な。有耶無耶にするのも癪だし、ちょっと行ってくるわ。すぐに済むと思うが。あとちょっと確認したいこともあるし。何なら、俺も後でサラマンドラに寄っていこうか?まだ友達と積もる話あるだろ?」
俺の提案にアレンは首を横に振る。
「私が無事だという知らせを持っていくだけだから、私もそんなに時間取らない。あと竜人族の戦士たちにも礼を言うけど」
それぞれ方針が決まり、二人はサラマンドラに一旦戻ることに。その際、アレンが心配そうに声をかける。
「コウガ...クィンは、あの王女を護るって言ってた。彼女にまだ復讐しようって考えてるなら、クィンはきっと...」
「ああ、そうだな。まぁ、成り行きとクィン次第だ。安心しろ...とは言えないが、とりあえず任せてくれ」
「...ん、分かった。じゃあ後でね」
俺の返事にアレンは優しく微笑んで、その場を去った。彼女は短い間だが、クィンとは仲良さげに上手くやっていた。そんなクィンをもし殺すことになっても、アレンは俺を見限ったりするのだろうか?
いや、そもそも俺はどうだ?クィンを殺すことに抵抗はあるのか?
屋敷前で眠らせた時、あのまま殺すこともできたがそうはしなかった。俺にとって嫌いな性格をした彼女だったのにだ。
「……」
複雑な気持ちになりながら、俺は跡形も無くなった王宮跡地へ戻る。その前に、まずは確認したいことがあるから、その寄り道だ...。