「――は………っ!?」
目が覚めて、辺りを見ると、さっきまでいたところとは違うことにすぐに気づく。
私が止めようとしていた彼は、もういない。王国へ行ってしまった。
この部屋が昨日から泊めさせてもらっている、サラマンドラ王国族長エルザレスさんの屋敷内の部屋の一つだと気付いたのは、少し後のことだった。
私はなぜ今まで眠っていたのか。恐らくは「彼」による魔法攻撃のせいだろう。
身体に傷は一つも無い。眠らされただけで、それ以外は何もされてない。
あの後どうなったのか……。この部屋に連れてくれたと思われる竜人族族長のエルザレスさんに聞くのが早いだろう。
部屋を出て、途中会った使用人らしき人にエルザレスさんの居場所を教えてもらい、すぐに目的地…修練道場に向かう。
扉を開けると、舞台で激しい打突音が聞こえた。彼女…アレンさんが竜人族の戦士とまた修行していたようだ。
「お前は、サント王国の兵士の...」
私に気付いて近づいたのは、ドリュウさん…という名前の竜人だ。エルザレスさんのことを尋ねると、彼は舞台を見やる。どうやらアレンさんのスパーリング相手をしていたようだ。
私が入ってきたことにいち早く気付いたエルザレスさんがこちらに顔を向ける。それにつられてアレンさんもこちらを見て...とても驚いてる...?
彼女は「限定進化」を解いてすぐ私の目の前まで駆け寄ってきた。汗がたくさん出ている。大量の汗を気にすることなく、私に話しかける。
「ーーークィン!あなたがここにいるってことは、まさか...!?」
何かただ事ではない様子に不安を抱き、アレンさんに問う。
「アレンさん、一体何を知っているのですか?私が目覚めたことが、何かあったことになるのですか?」
少し思案した後アレンさんが答える。
「知ってるかもしれないけど、クィンはコウガに眠らされてた。それも、コウガが解除しない限り目を覚ますことない強力な催眠攻撃を」
「あれはそういう魔法だったのですか...って、え?でも私はこうして普通に...」
「うん。実はコウガから、お願いを頼まれてて―」
(アレン。悪いがクィンをベッドで寝かせてやってくれ。あと――
この魔法の解除条件はもう一つある。それは、俺が意識を強制的に途切れさせられた時、つまり気絶とかした時だ。もし俺がここに戻ってくる前にクィンが目覚めた場合、俺に何かあったと思って欲しい。
そしてそんな事態が起きた場合、アレン。ドラグニア王国まで来てくれないか?大変かもしれないけど、俺を助けて欲しいんだ)
「――って、頼まれた。だから、今コウガの身に何かが起きてる。というわけで、今からドラグニア王国へ行く」
と、アレンさんはエルザレスさんにそう告げる。
「あの男が不覚を取られるとは考えられん。よほど強大な敵が現れたのだろう」
「となると、災害レベルもしくはそれ以上のモンストールが出てきたのかもしれんな」
ドリュウさんとエルザレスさんがそう言葉を交わす。
災害レベルを超えるモンストールなど、この世にいるのだろうか?そのランクは、幻のⅩランクなのか...?
「お前一人で大丈夫なのか?あの男を戦闘不能にさせるほどの敵が現れたのならば、まず殺されるぞ?」
エルザレスさんが忠告するも、アレンさんの意思は変わらない。
「コウガは死なない。少しの手助けがあれば、必ず大丈夫」
「大した自信、いや信頼か」
――信頼。呟くように言ったその言葉が、胸に刺さる。
私は彼に、コウガさんに信頼されていない。私を見る彼の目は、最後は敵意が感じられた。己の復讐を否定され、止めようともした私をそういう風に思われるのも仕方ないのかもしれない。
対するアレンさんは、同じく復讐を志してる人。コウガさんとは通ずるものがある。
お互いに復讐の達成を願って打ち解けて、行動してきた仲間だ。
だから彼女にお願いをしたのだろう。信頼できる仲間として...
私は信頼されていないけど、敵意をむけられたけど、それでも......
「私も行きます、アレンさん!コウガさんを...放ってはおけません」
私の宣言にアレンさんがビックリした顔で、エルザレスさんが黙ったまま顔を向けてきた。
「クィン...あなたはコウガに...それでも、行くの?」
アレンが心配そうに聞く。私は困り顔で微笑む。
「確かに私は、コウガさんの行動には反感を抱いています。けれど、敵だとは思っていません。短い間だけど、仲間だと、思ってますから」
私の言葉を聞いて、アレンは笑顔で頷いた。同行は許可してくれるようだ。
「はぁ。魔族が人族間のいざこざに首を突っ込むことはタブーとしているのだが、客人が死ぬようなことがあれば寝覚めが悪い。鬼は保護するって約束もしているしな」
エルザレスさんがため息まじりに言いながら、ドリュウさんの肩に手を置く。
「というわけで、ドリュウ。2人を護衛しろ。必要のない戦闘はなるべくするな。あくまで護衛だ」
「承知した」
ということになり、ドリュウさんも同行することになった。
「ありがとう族長、ドリュウ」
礼を言うアレンに手を振って応対するエルザレスさん。ドリュウさんも準備すると言って道場を出る。
「私たちも、すぐに出る。クィン、体調に問題無い?」
「大丈夫です!眠っていたおかげでむしろ元気なくらいに!」
実際、今の私には力が湧いてきている。決心がついたお陰かもしれない。
全員準備できたところで、すぐに出発する。
「アレン、無事に戻ってきて。彼氏さんと一緒に」
ピンクの髪が特徴の鬼族のセンさんが、アレンさんに見送りの言葉をかけていたのだが、その中に“彼氏”という単語が混ざっていたのを聞き逃さなかった。そして、その単語にアレンさんが嬉しそうににやけていたのも、見逃さなかった。
彼氏...?コウガさんはアレンさんのことを、本当にただの仲間としか捉えていないのだろうか?その、恋愛面としては、アレンさん、そして私のことはどう思って...ああ!止めよう!今そんなこと考えるのは!
何だかもやもやする気持ちになってしまったが、気を取り直して、3人でドラグニア王国へ向かう――。
*
どれくらい経ったのか。
目を覚ましてふと目を向けると、目の前に見慣れた俺の体があった。
さらに、さっきから髪を掴まれている感覚に気付いて、上を見ると、ザイ―トの姿が。そこで俺はようやく気付いた。
俺は、奴に首を刎ねられて、その首を掴まれている...!
構えすら視認できなかった。
奴がいつ反撃態勢に入っていたのか、どういう攻撃で首を刎ねられたのか、俺の手刀は奴に届いたのか、何も分からないまま俺は行動不能にされた。
首と胴体が離れると、動けなくなるみたいだ。不死身の吸血鬼やバラバラ人間みたいにはいかないようだ。
地面に転がっている俺の首をザイートが髪を鷲掴みして持ち上げたことで、数舜とんでいた意識が覚醒し、自分の置かれている状況にようやく気付いた。
俺は今、こいつに生殺与奪の権利を握られている。まぁ俺死んでいるし、痛みも全く感じないのだが。けれど、こんな扱いをされて、それに対する屈辱感はありまくりだった。チートゾンビになって初めての経験だ。
誰が見ても、俺はこいつに敗れてさらし首にされてるようにしか思えないだろう。
「ハァ...ハァ...敗北者...?取りけ」―っておっと、ネタかましてる場合じゃなかったわ。
つーか、この状況マジでまずい。顔のパーツは動かせるが、首から下の部位は何一つ動かせない。完全に詰んだ。
「お前が俺に仕掛けた攻撃技はもともと俺のだ。それも、分裂体から奪った紛い物レベルだ。そんな紛い物でオリジナルの俺がやれるわけないだろ。俺の固有技能で攻撃しようとした時点でお前は終わってんだよ。
ま、同胞を葬る時大体があの“武装硬化”だったところ、どうやらあれがお気に入りのようだが」
「硬化」と呼んでいたあの固有技能は本来「武装硬化」というのがオリジナルらしい。確かに、俺が今まで使っていたあれは紛い物だったみたいだな。
ザイートは何を思ったのか、俺の首を俺の体のもとへ投げ捨てた。首と体が近づいたことで、塵が発生して、それによって身体が元通りにくっつき、動かせるようになった。
「どういうつもりだ?こうなること分かっていたようだが?」
「俺とお前との戦力差を教えてやる。あと、お前の口から聞きなれない言葉があったから、それも訊いておきたいしな」
完全に舐めプモードだ。腹立つわコイツ。少し距離をとり、深呼吸して魔法を矢継ぎ早にまくし立てて大量詠唱する。
『溶岩炎嵐(マグマストーム)!』
『絶対零度!』
『天雷氾濫(アマツマガツチ)!!』
レベルⅩのあらゆる魔法を手当たり次第にザイートにぶつける。
この時の俺は冷静さを完全に欠いていたに違いない。見境なく大技を乱発するなど絶対反撃されてボコられるオチではないか。初めて自分のはるか格上の存在と立ち会って、平静でいられなくなっている。完全に呑まれている。
そして案の定、身体に若干傷をつけつつも、平気そうにしているザイ―トの姿が。
奴を目視できたのは一瞬のこと。煙が晴れた直後、「神速」で俺の目の前に現れて、またも首をスパッと刎ねられた。
さらに五体もバラバラに切り刻まれて、その場でなすすべなく倒れる。
ダメだ。「武装硬化」は明らかに俺の上位互換だ。威力が桁違い過ぎる。咄嗟に体に張り付けた魔力障壁をあっさり破壊して俺をバラバラにしたのだから。
それ以前に、こいつのステータスがクソチート過ぎる。生首状態でザイ―トの能力値を「鑑定」したのだが、軽く後悔した。
ザイ―ト 135才 種族不明 レベル?999
ステータス
職業 不明
体力 ?99999999
攻撃 ?99999999
防御 ?99999999
魔力 ?99999999
魔防 ?99999999
速さ ?99999999
固有技能 武装硬化 神速 瘴気強化 気配感知 魔法弱体化鎧《マジックアーマー》 魔力障壁 全属性魔法レベル9 超高速再生 限定進化
何だよコレ...。レベルもステータスも、文字化け状態じゃねーか。測定不能=異次元の化け物だ。そら勝てねーわ。
固有技能もとち狂ってやがる。さっき魔法くらって大したダメージ入ってなかったのは、鎧を発現させて防いでいたのか。
何よりも見間違いであって欲しかったのが、「限定進化」するということ。ふざけんなアホか!ここからさらにステータスが数倍化するってのかよ!?
「俺のステータスを見たのか?馬鹿が、余計に後悔するだけだろうに。まあ、これで自分と俺との格の違いが分かっただろ?」
俺はただ悔しさに歯ぎしりすることしかできないでいた。奴の言う通り、格が違い過ぎる。死んでからチートな力を手に入れて、そこから敵を圧倒していって完全に天狗になっていた。
その後また舐めプで俺を再生させて、俺は何度もザイートに攻撃するが、悉く返り討ちにされて、その度に戦闘不能にさせられるのループが続いた。
合計10回は死んだかと思えるくらいに殺された俺は今、首と上半身と下半身が分断されて、下半身には鋼鉄化した岩石が乗っかっていて、上半身は雷でできた縄で縛られ、その上に首が乗せられているという状況だ。
文字通り指一本動かせないでいる。これだけされてもゾンビの俺は何も感じない。死ぬこともないから意識が途切れることもない。完全に生物からかけ離れた存在だ。まぁ目の前にいる男はそれ以上の化け物だが。
「さて、これ以上殺そうとしてもお前は死ぬことも消えることもないらしい。普通その状態になれば生命活動が終わっていいはずだが、まだ意識があるとはな。やはり俺が知っている屍族とは少し違うな」
縛られている俺の目の前まで近づいてその場でしゃがんで見下ろすザイートを俺はただ睨むことしかできない。
「コウガさん!!」
と、ザイートの後ろから、逃げたはずのミーシャが、戻ってきた。
「ドラグニア王国の王女か。増援のつもりか?戦闘は不向きのようだが」
ザイートはミーシャを一目見て、彼女が戦闘に劣るとすぐ見抜いて、興味無さげに視線を俺に戻す。
「何でここに戻ってきた...?殺されるかもしれないのに」
俺の質問に対し、ミーシャは半泣き状態で俺のもとへ駆けつける。ザイートは意外そうな顔をしただけで、彼女に特に何もしないでいる。
「ああ...こんな、酷い...!ううう...!コウガさん...」
俺の上半身に触れようとするも、縛っている縄に感電しかけて手を引っ込める。俺を、助けようとしているらしい。
「テメーにここでできることは何も無い。それを承知の上でここに来たみたいだが。俺を助けるつもりか?俺が何してきたか忘れたわけじゃないだろ?
しかも目の前にいるこいつは、モンストールの長で、俺を簡単にこうやった、超がいくつもつく化け物だ。分かってるよな?」
「...放っておけません。あなたがここでしてきたことは私にとって許せないことです。だけど、あなたがモンストールにこんな...こんな目に遭わされて、黙って見てはいられません!コウガさんがこんな惨い姿にさせられているのは、堪えられません...!」
そう言ってミーシャは涙をこぼして俺の頭に手を乗せる。だからどうしてお姫さんは俺にそんな感情を抱いているんだよ...訳が分からない...。
「あー。王女様?今はこの男に用があるのだが...いや、丁度いいか。王女様もここにいていいぞ。」
そう言ってザイートは胡坐をかいて座り込む。ザイートを怯えた目で見ながら後ずさるミーシャを苦笑しながら、彼はあくび交じりに言葉を発する。
「少し、話をしようか。俺のこと。カイダコウガ、お前のことも。そしてお前らが言うモンストールの発生の真実を」
ザイートの言葉にミーシャは息を吞む。俺も若干動揺する。こいつが何者で、俺も一体何なのか。謎がここで全て分かるかもしれない。
「まずは俺の質問に答えてもらおう。カイダ、さっきの自己紹介で自分のことを異世界人だと言ってたな?あれはどういう意味だ?」
まずはザイートの知らないことを答えることから始めるらしい。これに答えなければ話が進まないだろうから、俺は素直に答える。
「俺は、この世界とは異なる全く別の世界から召喚されてきた人間だ。俺の他に30数名の人間も召喚されてる。そこにいるお姫さんの提案によってだ。テメーらモンストールどもに対抗するために、俺はこの世界に呼び出されたんだ」
ミーシャにちらと目を向けると、彼女は気まずそうに目をそらしながら俺の言葉を肯定する。
「なるほどな。別の世界から...変わった名前もそのせいか。納得した。俺が道中殺したあの3人も、異世界人だったのか?」
ザイートの質問にミーシャが戦慄するも、俺はイエスと答える。
「そうかそうか...あの時と同じか...ククク、こんなことが起こるとは。全く、人族はやはり俺たちをいちばん楽しませ、追い詰めてくれたものだ!」
突如、ザイートは一人で勝手に納得して、可笑しそうに笑いだす。
「何一人で完結しようとしてやがる?あの時?お前は一体何を知ってる?俺たちが知らないこと、話してもらおうか」
「ふっ、この状況で大した強気だ。いいだろう。今はそういう話だ。では少し長くなるが、お前らにとって面白い真相がいっぱい出てくるだろうよ?」
ザイートは愉快そうに笑って、再び話始める。
「まずは、俺が何者かについて話そうか...。
俺は100年以上前に絶滅した、“魔人族”の長だ。」