「何やっているの!?あなたたち!」
藤原先生が血相を変えて俺を庇う様に大西たちの前に立ち塞がる。
「大西君!みんな!どうして甲斐田君を!?甲斐田君、意識はある!?」
先生が俺のところに駆け寄り、なんと、俺を背負い込んだ。俺の方が重いはずだが、ここではクラス全員にとって人一人背負って歩くのは苦じゃないのか。
先生の剣幕に大西たちが怯み、後ずさる。
「あー...えーと。み、みんな!訓練に戻ろうぜ!」
大西は周りに聞こえるくらい叫ぶと、誤魔化しながらその場を離れる。
後も続き、俺の周りには誰も...いや、一人いた...高園だ。彼女は悲痛な表情をしながら俺を見ている。何だよ、とも言えないので、不審に彼女を睨むくらいしかできない。
「酷い、魔法攻撃までくらわせて...。『回復』」
と、先生は固有技能の回復魔法を唱えて、身体の傷を次々消していく。同時に、体力も元に戻っていくのが感じられる。
「凄い、あっという間に傷が癒えていく」
「ううん、この回復魔法は、癒すじゃなくて、戻す、が正しいかな?」
高園の感心がこもった呟きに先生は答える。先生が有する回復魔法は、一般の治癒魔法とは大きく異なる。「回帰」という意味の《《再生魔法》》らしい。
腹を刃物で刺された場合、治癒魔法は傷口を塞ぐことはできるが、刺されて失った血は戻すことができない。回復魔法は、身体を刺される前の状態に《《時間を巻き戻す》》ような魔法である。
これだけのチート級の魔法は世界に数十人しかいないらしく、レア中のレアである。
しばらくして身体が、あのクソ集団にやられる前、傷一つ無い状態に戻った。
「...ありがとうございます、先生。もう痛いところはありません」
だが、俺の心はちっとも晴れない。クソどもに一方的に痛めつけられた屈辱が俺を苛む。
「...甲斐田君。またみんなの反感を買ったの?元の世界みたいな態度だと、ここではさっきみたいに酷いことになるわよ。ましてや、あなたはその...ステータスが私たちと違って―
「何?また俺が悪いって?あのクズどもが一方的に絡んできて、少し言い返したら、リンチされた。明らかにあいつらが悪人だろうが!」
「でも、彼らを怒らせることを言ったのは事実なんでしょ?だから、そういった言動を慎めば、もう少し穏便に事態を解決できたと思うんだけど...。」
「テメーはまた奴らの肩を持つのかよ。はっ、俺がハズレ者だからか?どうせテメーも内心では見下してんだろ?協調性がなく、テメーらを見下しているような態度をとっていた俺がこんな惨めな目に遭ってざまぁとか思ってんだろ!?」
「ち、ちが...私はただ、孤立して敵を作る態度でいるのは止めた方がいいって言ってるだけ、見下してなんか...!」
俺はこの女も大西たち程じゃないが、良くは思っていない。協調性がない俺をよく窘めにきて、クラスの輪に入れようとしてくる。良く言えばお節介、悪く言えば良かれと勘違いしている女、だ。俺は望んで独りになっているというのに、こいつは、
(そんなの、いつか淋しい人間になってしまうよ?)
などと、ボッチスクールライフを否定してきたのだ!好きでボッチになることをどうして注意されにゃあならんのか。所詮、この女もあのクズどもと同じなんだろな...。
俺と高園との言い合いを黙って見ていた藤原先生がここで割って入り、
「はい、そこまで!甲斐田君、体は大丈夫そうね。でも、高園さんのこと悪く思わないで。高園さんは、君のこと心配しているだけ、言葉にして伝えるのが上手くいかなかっただけなの、分かってあげて?高園さんも、そうなんでしょ?」
とやんわりと悪意が一切無い笑顔で俺を窘め、高園にも彼女が思っていることを当てにくる。高園は赤面しながら俯いたのち頷く。だが、気が晴れない俺は、ここにいるのも苦痛に思い、立ち上がり、この広場を後にしようとする。
「か、甲斐田君?」
遠慮がちに声をかける高園に振り返ることなく、
「外で一人訓練しに行く。 “クラスメイト”をリンチする奴らなんかと組みたくねーよ。碌に努力してねー奴らに劣りたくねーしな。一人ででも強くなってやる。あ、テメーとも組まねーよ?」
そう言って訓練場を後にしようとする俺の袖を摘まんで止める人物が。
「...先生、何か?」
「なら、私と組まない?さっきみたいに甲斐田君に乱暴するクラスメイトから守ってあげられるし!それに、私も高園さんと同じ、君は危なっかしくて心配に思うし。」
さらっと俺を守るとか、プライド折るような言葉をかけ、またも高園を引き合いに出してきてるし...。これって断ってもついてくるんだろなぁ...。
「ご勝手に、どうぞ」
「もう。お願いします、でしょ?」
と悪戯が成功したのを喜ぶかのような笑顔を浮かべながら俺の後をついてくる。
そんな俺たちの背を高園は一緒に行きたそうな表情でただ見つめていた。
*
あの後、2時間くらい訓練をして、一息ついて補給タイムをとっていると、藤原先生が俺の隣に座り、沈痛な面持ちで話しかけてきた。
「ごめんなさい。私、クラスのことまだ色々分かってなかった。君が他の生徒たちとギクシャクしているなんて。それも暴力沙汰になるくらいに。浜田先生にも言われてたのに...。君がクラスで孤立しているから、たまに気にかけてやってくれって。君が傷つくのを止められなかった」
さっきのリンチの光景がショックだったようだ。それにしても、浜田先生がそんなことをねぇ。もう俺のことお手上げなんだと思ってたが。いや、だからこそか。彼女に俺の問題を押し付けたようなもんか。
「先生はうちの学校に赴任してまだ月日が浅いんだ。気にしなくていいですよ。そろそろ部屋に戻ります。訓練付き合っていただき、ありがとうございました」
先生の謝罪に早口に返事をし、さっさと自分の部屋に戻ることに。去り際に先生がさらに声をかける。
「甲斐田君、君は十分に強いわ。私たちの中で恵まれないステータスから始めて、とても悔しい思いしているはずなのに。でも、君は折れずに毎日とても頑張って強くなろうとしてる。その姿勢は私も尊敬するくらいに。でも、一人では限度がある。私は君の味方だから、頼ることも忘れないでね」
俺は、振り返らず首肯して、その場を去った。