たった今ミーシャ王女から聞いた言葉の真偽を確かめるべく、「真実の口」を起動してみたが、反応は……………無かった。

 どうやら本当のことらしい。このミーシャ王女が異世界召喚の元凶だったようだ…。
 
 「……………」

 無言でミーシャを見つめる。俺は今どんな顔をしているのか、自分でも分からない。
 一方のミーシャも俺をまっすぐ見つめてくる。恐怖は無いのか?今の彼女からは何も読み取ることが出来ない。

 「全てお話します。異世界召喚のことについてを」
 
 そうしてミーシャは俺が気になってた異世界召喚の真実を話しはじめた。少し長い話になりそうなので、俺はその場で座り込んで聞くことにする。

 「——コウガさん含む異なる世界の者たちを召喚したあの日の…約5年前。世界各地から突如として出現したモンストールによる侵攻により、私たちこの世界の人族は滅亡の危機に瀕しました。
 「モンストールたちの侵攻を食い止めながら対抗策を練る日々が毎日続き、ドラグニア王国の兵や上層部は心身ともに消耗するばかりでした。
 私も、その時から軍略担当として対モンストールの軍略を練り続ける日々を送っていました」

 5年前...こいつの場合、小学生くらいの年から戦争に関わっていたということになるのか。俺がいた世界では考えられないな。

 「ある時…対モンストール戦の軍略に行き詰った私は、王宮の書庫に保管されてあった過去の戦争記録を読み漁り、何か良い策がないかと奔走していましたが、そこで厳重に保管されていたとある資料を見つけました」
 「——それに、異世界召喚のことについて書かれてたんだな?」
 「はい、その通りです」

 ミーシャは、過去の戦争の結果からモンストールに対抗できる手段を探していた。そして、異世界召喚についての資料を見つけた。それこそが、モンストールに打ち勝つ手段だと思って。

 「資料に書かれていたものによると、異世界召喚は、あの時以外にも、過去に1度行われていたそうです。それも、100年以上も前に…。
 しかしどれについての詳しい内容が無くて、召喚が行われたこと以外については全く知ることができませんでした...。
 それでも当時の私は異なる世界から召喚した人族こそが大きな戦力となってくれると思ったのです。
 それから数年間かけて異世界召喚の準備を行い、カイダさんたちの召喚に成功したのです」

 異世界召喚が成功さえすれば、それで呼び寄せた俺らを使ってモンストールどもを殲滅させられると、ミーシャは考えていたようだ。
 そんなこいつの提案を、ドラグニアの国王や上層部どもは受け入れた。あいつらもそれだけ追い詰められてたからなんだろう。

 とはいえ……

 「そうやって俺の意思をガン無視にして、テメーらの都合で勝手にこのクソッタレな世界に呼び寄せたわけか…っ」

 理解すると納得はまた別だ。許せるわけがない。そんな気持ちを込めて睨みつけると、ミーシャは申し訳なさげに頭を下げてくる。

 「ドラグニア王国側の…いえ、私の身勝手な理由であなた方を召喚してしまったこと、自覚しています!言い訳のしようもありません!全て、私が...私が考えて、実行させたようなもの...!
 そしてそのせいで、コウガさんが……命を失って………」

 ミーシャは声を震わせて、言葉を絞り出すように述べる。その様子を俺は冷めた目で見つめる。

 「ホントにテメーだけが悪かったのか?最終的に異世界召喚を実行することを決めたのは、あの国王だろ?あいつも十分に同罪だと思うが」
 「それでも、私が提案さえしなければ、あんなことには...そして今のこんな事態をも避けられたはず...」
 「ま、それを言い出したらキリがないだろう。もうどうでもいいしな。俺が死んだとかは。俺はただ、絶対に赦さないと決めた奴らを殺すだけだ」

 冷淡に復讐のことを告げる。その対象には、ミーシャ自身も入っていると暗に意を込めて。

 「コウガさん...」
 「あー、気になってたんだけどさ。テメーの俺に対する態度は、何でそんななの?一応俺は、せっかく呼び出した希望の戦力を潰して、この国をめちゃくちゃにして、挙句テメーの兄と父を殺した、復讐に憑かれた殺人鬼なんだぞ?
 なのに、テメーはさっきから俺に対して恨み言を吐くこともなく、憎悪の眼で睨むこともない。それどころか謝罪の言葉ばかりで、全部私が悪いです的な態度でいやがる...。
 
 教えてくれ。テメーは、一体何を考えている?何を想って今ここにいる?俺に対してどんな感情を抱いている?」

 本当に分からない。
 ここまでのことをされると、いくら彼女自身に非があったことを加味しても、普通恨みつらみの言葉をぶつけたり、殺してやると跳びかかってきたりしてもおかしくはないはずだ。
 だがこのお姫さんからは、そういった負の感情はほとんど感じられない。悲哀に満ちた眼、悪いことをしたと自覚して反省しているような態度といったところか。
 ミーシャ・ドラグニア。テメーは何なんだ...?

 俺の問いに、ミーシャは静かに答え始める。

 「私は、体が弱い子として産まれてきました。武力に関しても才能・センスが全く無いものでした。そのせいで、お父様から早々に見切りをつけられました。あの人は魔術に秀でたお兄様にしか目を向けていませんでした。他の王族の方々も、お兄様にしか期待しておらず、私はほぼいない者のような扱いを受けてきました。中には、陰で私をこう呼ぶ者さえいました。
 お飾りの王女。そして“《《ハズレ者》》” とも...」
 
 (――っ)

 無意識に息を呑んでいた。まさかこいつも俺と同じ扱いをされていたとは。

 「お父様に目を向けてもらいたくて、軍略を学び、同時に政治も学びました。
 数年後には軍略家としての才が認められました。
 けれど…お父様たちの対応は変わらずでした。私の案を聞き入れてはくれましたが、相変わらず私に興味が無い様子でした」

 あの老害国王は即戦力にしか興味無さそうだしな。圧倒的武力こそが強いと思い込んでいるクチだろう。その理屈は事実だけど。それに、あんなゴミクズにでも目を向けて欲しかったなんて、子どもはやっぱ自分の親に構って欲しいっていうアレなのかねぇ?

 「時々戦闘訓練にも参加してみたのですが、体が弱い私にはついて行くことができず、挫折しました。本当は、私にも戦える力が欲しかったのです。
 そんな中、異世界召喚された方々の中で唯一、十分な恩恵が与えられていない人を見つけました。
 
 コウガさん、あなたのことです。」
 
 「......」

 今の発言には不思議と、嫌味が感じられなかった。お姫さんの一言一言に、悪意が一切感じられなかった。

 「召喚後の謁見の時、退屈そうにしていたあなたを見た時、最初は何となく気になる人としてとどめてました。他の人たちと違った仕草をしていて、それがたまたま目に映って、可笑しくてつい笑ってしまって...」 

  初日の謁見の時か。俺だけ退屈そうにしてたのが目立ってたからあの時目が合ったのか。


 「その後、コウガさんが強気な発言した時はビックリしました。いきなり召喚された身であったにも関わらず、立場や報酬を確立させようとするなんて、この人はとても賢いなぁって思いました。それからコウガさんのことがさらに気になって、晩餐会の時、お話ししたかったのですが、叶いませんでした...」

 この女はさっきから何の話をしているんだ?すっかり回想に浸っている気がするのだが。とりあえず聞くことにする。

 「そしてその後、私は知ってしまいました。コウガさんのステータスのことを。他と違って恵まれない能力値と職業であったこと。ハズレ者と呼ばれていたことを...その翌日の訓練で、クラスメイトから乱暴されたことも」
 「......」
 「ある時、休憩時間を使って、訓練場の様子を見に行った時、コウガさんが一人で訓練しているところを見かけて、その様子をこっそり見ていました。
 才能に恵まれず、体が弱い私と、不十分な恩恵しかもらえなかったコウガさん。私はあなたに親近感を抱いていました。同じ恵まれない者、ハズレ者と言われた者同士。私たち似ているなぁと思っていました」

 「けれど、違ってました」

 「あなたはとても一生懸命だった。
 弱いからという理由で諦めて折れた私と違って、あなたは諦めてなどいなかった。歯を食いしばって、這い上がろうといった姿勢で、一人で自身を鍛えていた。
 あの必死に努力しているコウガさんの姿に、私は惹かれました...!
 あの頑張っている顔は、私に希望を、元気を与えてくれました!
 私にできることを精一杯やろう、って強く思わされました。
 コウガさんは、私の憧れの存在です!」

 そこまで言い切って、ミーシャは一息つく。自分の胸の内を俺に全て明かしたことでスッキリしてさえいるように見える。
 あの時の俺は悔しさと怒りを動力源にして鍛錬していたに過ぎない。それを希望だの元気だのって言われてもなぁ。何にしろ、俺は彼女に何かしら影響を与えていたそうだ。

 「だから、私はコウガさんに憎悪の感情を抱ききれないでいます。家族を殺され、国をめちゃくちゃにされて、とても悲しく思い、悼みはすれど、あなたに恨み言を浴びせたり復讐しようといった気にはなれないのです。
 「いえ……本当はあなたとこうして会って話をするまでは、あなたのことを少し恨んでいました。しかしその一方で、こうなってしまったのも仕方ない…と思っています。
 「コウガさんが復讐に走ったことを咎める権利なんて、私にはありません。あなたに殺されることになっても、文句はありません。それだけのことをあなたにしてしまったのだから……
 「——これで、あなたの疑問に答えられたでしょうか...?」

 ミーシャは悲し気に俺を見つめる。家族が殺された悲しみ、自分もこれから同じ目に遭うことになるだろうという諦め、俺に対する罪悪感など、様々な気持ちが渦巻いているように感じられた。

 「やっぱり変わっているな、お姫さん。理由が何であれ、俺に対する気持ちがソレとは。けど、俺の気持ちは変わらない。あの暗闇で誓った通り、全員殺す。テメーも例外じゃねーぞ、お姫さん」
 「コウガさん...」

 俺の言葉にミーシャは目を伏せる。そこで、ベッドから身を起こして、俺を見る気配が。

 「ミーシャを、赦してはくれませんか?カイダコウガさん...」

 今までずっと黙っていた女性……シャルネ・ドラグニア。ミーシャの母にして王妃でもある彼女が、俺にミーシャへの容赦を要求してきた。

 「初めて口を開いた言葉がソレか。あの老害国王と違って、娘想いなのは結構だが、俺がその要求を呑む道理はねーんだが?
 それより気になってたんだが、テメーは今回の召喚には関わってたのか?見たところ病でずっと床に臥せっている生活を送っているようだが」

 どこまでも不遜で無礼な俺の言動に動じることなく、シャルネは答える。

 「あの人がああなったのも、息子のマルスがあなたに酷い仕打ちをしたのも、それらを止められなかった私に責任があります。見ての通り、病に蝕まれたこの身体のため、彼らを諫められることができずにいて、私以外で止める人もおらず、結果こうなってしまいました。夫と子の責任を負うのは私一人で十分です。
 私の命で、もう終わりにしてくれませんか?」

 「お母様...!そんなこと...召喚することを提案した私こそが、コウガさんに...」

 「私はもう長くはない身。それに、子が親をおいて死ぬなんて、耐えられないことこの上ない。ミーシャはここで死ぬべきではない子。
 だからコウガさん。ミーシャを、見逃して下さい...!もうミーシャしかいないのです、私には...!」

 必死に俺に嘆願する王妃。その王妃の言葉に泣きそうな顔をするお姫様。涙ぐましい親子のコントを見せられても、俺の気持ち・決心は揺るがない。ここにいる二人とも、死刑だ。
 情なんて全く湧かない。瘴気まみれの地底で死んだ時から、俺に人としてのあれこれは抜け落ちてしまっている。
 ここにいる男は、ただ恨み憎しみを晴らすがために動くゾンビなんだ。

 ゆっくり歩を進める。その先には、ミーシャがいる。彼女からいこう。
 シャルネがベッドから出てきた。病で動かない身体を引きずってでも、俺の凶行を止めようとしている。それくらいにミーシャを想い、愛し、必死なんだ。

 けどそんなの関係無い。俺は自分のしたいままに、動く。

 ミーシャにあと数歩分の距離まで近づいたその時――

 
 「――っ!!?」
 
 濃密な殺気を感じた。
 それだけではなく、強大な力を持った気配も感知した。俺を狙った攻撃がくるのを察知して、すぐその場から飛び退く。

 直後、耳を劈く爆音が響く。俺がさっきまでいた地に深いクレーターができていた。クレーターをつくった主は、恐竜みたいにデカい、化け物だった。
 だが……………コイツじゃない。俺が感知したホントにヤバい奴は――






 「《《あの頃》》よりもだいぶ力をつけたそうじゃないか。俺の肉をしっかり強化素材として活かせたようで何よりだ。
 なあ、興味深い人族の男よ!」
 
 その声は真上から聞こえた。
 その声には聞き覚えがあった。
 俺があの地下深く死んで、ゾンビとして復活してさまよっていた中で、最初に遭遇したあのヤバい奴だ!
 人の形をしたそのモンストールは、不敵な笑みを浮かべて俺を見降ろしていた...!