時は少し遡り、ドラグニア王国後宮―—
二人の女性のもとに護衛兵が急報を伝えに現れた。報告の内容を聞いた少女
...ミーシャ・ドラグニアはひどく動揺していた。
「今の報告は...本当なのですか?」
「相違ありません。ただ肝心のカイダコウガ本人は目撃されておらず、彼の手から守るために王族の方々は全員避難させております。駐屯兵士たちは未だにあちこちで国民に危害を加えたり兵士と抗戦したりと状況は混沌としております。ミーシャ様もここで避難なさって下さい」
そう言って護衛兵は部屋を出て持ち場に戻った。
「コウガさんが、生きていた。生きていて、くれた...」
ミーシャは、皇雅の生存を知って、艶がかかった金髪を揺らして歓喜の表情を浮かべる。約1ヵ月が経っても彼の生存報告が無く、諦めかけていた矢先の報告だったのだから無理もない。
しかし、報告の後半内容のことを思い出すと、喜んでばかりはいられなくなった。
“派遣した兵士たちと救世団8名は甲斐田皇雅が全員殺した。そしてこの後ここにいる王族どもも皆殺しにする。待っていろ”
正気を失った兵士たちの怪文句が真実であれば、皇雅が歓楽街の兵士たち、そして彼のクラスメイトたちを殺したということ。さらには、この王宮にいる王族、つまり国王・王子、そして王女のミーシャ本人も殺しにくるということにもなる。
「復讐、なのでしょうか、やはり...」
実戦訓練で皇雅が落ちてしまう直前、彼が怒りと憎しみに満ちた眼でミーシャ含む全員を睨みつけていたことを思い出して、ミーシャは悲しい気持ちになった。
(生贄として見捨ててしまった私たちを、赦していない…ですよね。けれど、殺しに...いえ、もう殺してしまっているなんて...)
ミーシャは召喚したクラスの中で唯一皇雅だけを気にしていた。自分と彼の境遇を重ねてしまったからである。
自分が気にかけていた人が大量に人を殺しているのを嘆かわしく思うのは当然のことである。
「ミーシャ、大丈夫?かなり暗い顔してるみたいだけど...」
そんな彼女に声をかける女性が。その声は高価で大きなベッドから発せられた。
「...お母様」
声の主は、ミーシャの母親にしてドラグニア王国の王妃であるシャルネ・ドラグニアである。
彼女は1年前から病で床に臥せっている身であり、この後宮で暮らし続けている。
ミーシャも後宮で暮らしていて、毎日ここに通ってシャルネの看病したり会話をしたりしている。今日もシャルネの看病をしている時に、先程の護衛兵による急報が来たのである。
「コウガさんって、あなたが以前話してくれた異世界召喚の、訓練でいなくなったっていう人のこと?」
シャルネは弱弱しくも優しい声音でミーシャに問いかける。
「はい、彼が生きていて、けれど兵士と同じく召喚されたクラスの人たちをたくさん殺して、次はこの王宮に来るそうです...」
悲痛な面持ちで、ミーシャはそう答えた。
「そう...あなたにとって辛いことね...彼は、おそらく王の、あの人を殺すのでしょうね...」
今度は暗い声音で呟いた。その言葉にミーシャは小さく同意する。
「お父様だけではなく、お兄様までも殺す気だと思います...お兄様の命で彼を地下深くへ落としたことでしたから...」
「そう...マルスが。あの子も、あの人と同じように非情なところが出てきたのね」
実際は、自分を馬鹿にしたことが気に入らなかったという理由で皇雅を落としたというのが真実だったのだが、ミーシャはそのことを言わないでいた。
「この部屋には、手練れの護衛兵と敵に感知されない結界を張っているから、ここを出ない限りは、安全なはずです...きっと...」
「ミーシャ...」
病弱な母の手前、ミーシャは強がり発言をしてみせたが、その表情は暗いままだった。彼女は薄々感じていた。いずれ皇雅がここに来ることを。
シャルネもミーシャの強がりを見抜いていて、娘が暗い顔をしていることを悲しく思っていた。
そしてしばらくして、部屋の外からガラスが割れるような音がした。なんの音なのかは二人とも聞くまでもなく理解していた。
結界が破られた。おそらく護衛兵もやられた。それらを為した者は限られる。
そしてその時はやってきた。
部屋に侵入してくる男の姿が目に映ったのと、僅かな間しか聞くことができなかった「彼」の声を聞いたのは、ほぼ同時だった。
*
最後のこの部屋にたどり着くのに、そう手間はかからなかった。結界を破り、部屋の前にいた雑魚兵たちを殺してどかして、ドアをゆっくり開ける。
中に誰がいるのかは入る前から知っていたので、入ってからすぐに、部屋にいる青い髪の少女に声をかける。
「久しぶりだな、俺をここに召喚させた元凶の一人である、お姫さん。テメーで最後だ」
最後の復讐対象であるミーシャを前にして、俺は殺意を膨れ上がらせる。
俺がこうやって部屋に入ると、これまでの王族と貴族は醜い豚みたいに鳴いて騒いでいたが、ミーシャは俺がここに来ることが分かっているような様子だった。俺を見て恐怖を抱いてはいるものの、みっともなく狼狽えることはしなかった。さすがは一国の王女様、といったところか。
「カイダ、コウガさん...」
「ああ。改めてお久し振りだ、お姫さん。テメーだけこんなところで避難していたとはな。ま、順番は決めてなかったし、最後が誰だろうと関係なかったが」
「...あなたが言う順番っていうのは、殺す順番のことを言ってるのですか?」
「ああ」
「では...お父様は、お兄様は...もう...」
「そうだ。復讐した。つまり、殺した」
ミーシャの問いかけに俺は平坦な声で答えた。それを聞いた彼女は、その場でへたり込む。悲痛そうに、今にも泣き出しそうな顔をして、お父様、お兄様と呟く。
同時に、奥にあるベッドからも悲し気な声が聞こえた。おそらく王族だろう。それも、この国のトップに当たるくらいの地位の人間だ。
「救世団、あなたのクラスメイトの方々や兵団も、全部コウガさん、あなたがやったのですね?」
涙が落ちるのをギリギリ堪えらながら、ミーシャは確認するように問うてくる。
「そうだ。あのゴミどもも、この国の無能兵団も、テメーの父も兄もその他王族どもも、何もかも消した。この国はもう滅亡一歩手前だ。たった一人の人間...俺によってな」
挑発するように親指で自分の胸をトントンと叩く。それに構わず、ミーシャは怒りをあらわに叫ぶどころか、なおも悲し気に俺に話しかける。
「殺さなければ、ダメだったのですか?コウガさんは今こうして、生きているではないですか。なのに、かつての仲間たちを殺すなんて…………っ」
やっぱ変わっているなぁ。今までのゴミどもはどいつもこいつも蔑み嘲り、見下してきたが、彼女だけ、そういう言動や態度は一切無かった。ふと、召喚された初日の謁見での目が合った時のことが脳裏に浮かぶ。
「その言葉からして、知らねーみたいだな?いいか?俺は死んでいるんだ。あいつらの攻撃で地下深く落とされた先でも、あの化け物どもに攻撃されて、俺は命を落とした。だが、どういう原因か、俺はゾンビとして復活して、こうやって活動できている」
俺の言葉を聞いてミーシャは目を見開いて驚愕する。
「分かるか?俺はあいつらに殺されたも同然なんだ。それ以前にも不遇な目に遭い、虐げられ、たくさん不快な思いをさせられてきた。復讐する理由も殺す動機も俺にとって十分過ぎるくらいだ。あの老害国王とゴミ王子が俺に殺されるのも当然だ」
「そんな……そんなことって...!コウガさんは、あの時本当に...」
俺が死んだことが衝撃的だったのか、またも泣きそうな顔になるミーシャ。
つーかさっきから気になっていたが、俺のこと名前呼びしてるんだけど?あれだけのことを犯した、自他共に認める凶悪犯をそういう呼び方でいくとは。やっぱ変わっているな。
「ごめんなさい...!こっちの勝手な都合で召喚したせいで、コウガさんの命が失われることになって...本当に、ごめんなさい...!」
突然ミーシャが頭を下げて謝罪してきた。その声からして、本気で謝罪していると分かる。
「何で謝るんだ?いや、それよりも、殺す前にどうしてもお姫さんに訊きたいことがあったんだ。本人から直接な」
「......」
ミーシャはまだ頭を下げたままだが、構わず続ける。
「俺は、相手の発言が嘘か本当かをはっきりさせられるアイテムを持っててな。あの老害国王が異世界召喚のことについて気になる発言をしやがった。その内容は―」
(違う!貴様は勘違いしている!我が異世界召喚を提案したわけではない!我はその案を採用しただけに過ぎない)
「俺はこの発言内容の真偽を判定した。嘘だった場合は本音が漏れ出す仕組みになっているんだが、このアイテムは...無反応だった。嘘はついてなかった。どういうことか、お姫さんならもう分かっているな?」
「......」
ミーシャはゆっくりと顔を上げて俺を見る。その眼には覚悟を決めたように見えた。
「異世界召喚を考え付いたのは、あいつじゃなかったんだ。では誰が主犯者だったのか?候補はあの王子と、テメーと、ベッドにいる誰かさん、ということになるのだが、どうなんだ?答えてくれるよな?」
数秒、沈黙が訪れ、やがてミーシャが意を決して答えた。
「異世界召喚の実行を企てた首謀者は―――私、ミーシャ・ドラグニアです!
コウガさん、あなたの人生を荒らして狂わせた全ての元凶が、私なんです...!!」