道場を後にして、竜人に案内されて広間へ入ってそこで食事をもてなしてもらう。その後は用意してもらった個室でゆっくり羽を伸ばして過ごしていた。
村でつくった後ドラグニア王国へ向かわせたゾンビ兵士どもを暴れさせるのは、まだ早いかなーと思い、ゾンビ兵どもに思念をとばす。人目がつかないところで待機しとけと命令して、奴らを王国の目から隠すことにした。
ゾンビ兵どもを王宮内に入れるのは明日……俺がこの国を発ってからにしよう。丁
そうやって明日のこと考えていると、部屋のドアを叩く音がした。返事をして中へ促すと、入ってきたのはアレンだった。
「コウガ...あの時言った探検のこと...本当は復讐のことだったんだよね?」
単刀直入に昼のことを聞いてきた。
「ああ、クィンがいた手前、そう言うしかなかったからな。さすがアレン、見破ったか。
...俺は今日、元クラスメイトどもに復讐した。ドラグニアの兵士どももたくさん殺してきた」
アレンの前で、今日のことを正直に打ち明ける。
「...どうだった?復讐して。どんな気持ちになれた?」
「強い恨み・憎しみがあった分、殺した時は、最高に良い気持ちになれた。今もアレを思い出す度に、面白くて愉快でいい気持ちだよ 最高だ!」
復讐の感想を聞くアレンに俺はそう答えた。満面の笑顔で。それが伝わったのか、アレンが微笑みを見せる。
「そっか。やっぱり間違ってなかったんだね。コウガも私も、考えてることは正しいって」
「そうさ!復讐は俺の心の澱を消し去ってくれる。自分のどす黒い感情が、汚れが流れて消えて行くような感覚だ。多幸感に包まれる思いだ。
俺を害した奴、不快にさせた奴を徹底的に痛めつけて苦しめてぶっ殺したあの行為は、俺にとって間違っていなかったんだって、改めて理解したよ」
「私も...そうなれるかな?私たちを追撃した魔族たち、仲間を隷従させている魔族たちを殺したら、コウガみたいになれるかな?」
そう言ったアレンの目は不安に揺れていた。知性を持つ生物を殺すことで、自分がおかしくなってしまうのではないかと不安になっているようだ。
「憎いと思っている奴を追い詰めて、その時でもまだ殺したいと思えば殺せばいい。もし、殺すことに抵抗が出たなら、その時は止めればいい。殺すことだけが復讐じゃないしな。
経済的・社会的復讐ってものもある。アレンにあった復讐をすればいい。間違ったことは、一切無いんだぞ?」
アレンの背をさすりながらそう諭す。アレンが俺の手をぎゅっと掴み、安心したような笑顔を向ける。
「ありがとう、私頑張れる気がした...!」
「おう、そうか」
しばらく俺たちはそのままでいた。
やがて俺が明日のことを話し始めると、アレンは手を放して俺と向き合った。
「明日、俺はドラグニア王国に行く。そこにいるらしい残りの元クラスメイトどもと、王宮にいるクズ王子・国王とその他王国に関わる人間どもをぶっ殺しに行く。
当然全て俺一人でする。アレン、明日はどうする?ついて行ってもあまり面白くないと思うぞ...?」
アレンは少し思案した後、答える。
「私は、しばらくここに残る。竜人族たちと戦って、強くする!それが、今の私がいちばんすべきことだと思う」
「なるほど。俺もそう思うよ。復讐のために、頑張ってくれ!」
「うん!」
二人で明日の方針を立てた。
「そういや、今日のクィンはどうだった?道場にはいなかったけど」
夕飯時には同席していて、他の竜人族や鬼族たちと話していたが、昼間の彼女の同行は一切知らない。
「クィンは、夕方までは私と二人で観光してたよ。クィンけっこう楽しそうだった。観光終わった後国の人と通信するって言って分かれたから、その後は知らないけど」
定期連絡か何かだろう。大したことは起こっていないようだな。
アレンが部屋を出た後も、明日のことを考えていた。
復讐が終わったあと、もしあそこにいなかった元クラスメイトがいた場合、俺一人で他の大陸へ行ってそいつらを殺すとしようか。もしもだが。
その間アレンたちを引き続きここに泊めさせよう。彼女の修行にもなるしな。
そう決めて、俺は眠った。
翌朝、簡単に身支度をして、夕飯時と同じ場所で食事をとってから、エルザレスに話しかける。
「これから俺はドラグニア王国に行く。その間、アレンたちを引き続きここで預かってもらいたい。
あと、ドラグニアでの用事が終わってからも、場合によってはここに戻らないかもしれない。このまま俺だけお別れになるかもな。まぁよろしく頼む」
ドラグニアという単語に、クィンが反応した。まさか...というような顔を向けてきている。俺がこれから何しに行くのかが、彼女にも分かってしまったようだ。
「その程度のこと、安いもんだ。お前が何を目的としているのかは興味無い。こちらに飛び火さえなければ、何も言うまい」
快諾してくれたことで、俺は当初の計画通り動くとする。アレンを見ると、彼女は頷く。
いってらっしゃい、と言ってくれた気がした。
*
「コウガさん!!」
屋敷を出てすぐ、クィンが俺を呼び止めた。
「一応聞くが、何の用?」
振り返りクィンを見やる。彼女は、険しい表情を俺に向けている。
「ドラグニア王国に何の用事があるのですか...?アレンさんは知っている様子でした」
嘘も誤魔化しも効かない様子だ。ここまでくれば、もう明かしてもいいだろう。
「残りの元クラスメイトどもを全員ぶっ殺しに行く。その他王族や貴族も同様だ」
俺がそう言うとクィンは、酒場の時みたいに叫ぶ。
「どうしても、殺さないとダメなのですか!?他にもっと、やりようがあるハズです!お願いです、これ以上人殺しをしないで下さい...」
涙ながらに俺を説得しにかかる。その言葉にひっかかるものがあった。
「これ以上...?どういうことだ?」
「昨日、私はひとり歓楽街ハラムーンへ行きました。そこで見たものは...惨劇でした」
おそらくクィンは、アレンが道場にいた時に、一人であの村へ行ってたのだろう。そこで元クラスメイトどもの無様な死体と兵士どものグロい死体も見てしまったみたいだな。
「あなたは歓楽街へ探検に…と言ってましたが、まさか……本当にあんなことを…っ」
言ってる途中で泣きくずれる。心を痛めている。人を殺すことが、そこまで許容できないというのか。
「これ以上先へ進むと、本当に戻れなくなります。もう、人の道から完全に踏み外れてしまいます...光を失ってしまいます...」
クィンは、勘違いしている。根本的に間違えてる。
人の道を踏み外す?人間じゃなくなる?光を失う??
馬鹿かこいつ...
「なぁクィン?俺はな…あの時、暗く深い地下で死んだあの日から既に人じゃなくなってたんだよ。人として踏み外しちゃいけない道なんてとっくに外しちゃってるんだよ。
光なんて、もうとっくに失ってるんだよ。そんな俺を引き止めたってもう無意味だ。俺は、ゾンビだから」
「そんなことありません!コウガさんはまだ人なんです!人じゃなければ、私やアレンさんを大事に思ったりはしません!戻ってきてください!」
何も知らないコイツにそろそろ腹が立ってきた...。殺されてもないからそんなことが言えるんだ。あの場にいなかった《《テメー》》が、無様に捨てられて敵わない化け物どもに痛めつけられた奴の気持ちが分かっていないテメーが!俺の復讐を否定するってのか!!
「テメーも、一度殺されれば、今自分が言ったことがどれだけズレてるか分かるだろうよ。裏切られて、嗤われて、蔑まされ、痛めつけられ...そして殺された俺のことを何にも理解できないお前に、俺を止める資格はねぇんだよ」
平坦な口調で冷たく吐き捨てて俺は歩を進めようとするが、クィンが駆けつける。
そして俺を背後から抱きしめる。彼女の体温を感じる。俺の体が冷たい分、余分に熱く感じられる。
「私はあなたが好きになりました。理由はありません。気付けばそうなっていました。だから、行ってほしくはない。これは私の我が儘と言っていいかもしれません。私が嫌だから止めるんです...」
「......」
しばらく後ろから抱きしめられていた俺だが、気持ちは全く変わらなかった。心は全く揺れなかった。というか、心なんて無いに等しい。いや、違う。簡単なことだ。
俺は、自分を邪魔する奴が何よりも許せないのだ。
クィンを引っぺがそうと身じろぎする。それに気付いたクィンは小さく息を呑んだかと思うと、
拘束《バインド》
俺の身体に鉄製の輪っかを巻き付けた。柔軟性のある金属があるとは初めて知った。良く見ると、「魔力障壁」と同じ効果が付与されている。かなり優れた拘束具だ。
が、こんなもの俺には通用しない。
すぐさま拘束具を破壊してクィンから距離をとる。彼女は俺を睨みながら、再び俺に接近しようと試みる。
「敵わないことは分かっています!けど、こうして何度でも止めに行きます!!」
剣と魔法杖を構えて駆けてくる。
「なら、俺の用事が済むまで行動不能にさせるだけだ」
対する俺は、無表情でクィンに手をかざす。
「暗黒魔法『醒めない闇』
直後、クィンの目から光が消えて、そのままうつ伏せ状態で地面に倒れようとする
「だめ、です...コ、ウ...ガさ、ん............」
最後に俺の名を呟いて、それきり何も言わなくなった。動くこともなかった。
今の魔法は、催眠魔法だ。俺が解除の意を示さない限り、永遠に目を覚ますことはない。
ドラグニア王国での復讐が終われば、解除してやるよ。
クィンは、俺を想っているからこそ、ああしてまで止めようとした。抱きしめられた時、あいつがどれだけ本気だったのかが理解できた。
だが、俺にとっては迷惑以外のなにものでもない。余計だ。邪魔だ。
同じ目に遭ってもいない分際が、妨害してんじゃねーよ。何も理解できていないくせに。
やっぱりクィンは、重い。
「コウガ...」
ふと背後から声が。振り向くとアレンがいた。あとエルザレスもいた。クィンの叫び声を聞きつけたみたいだ。
「俺の魔法で眠らせた。俺が解除しない限り目を覚ますことはない。ベッドで寝かせてやってくれ。あと―」
アレンにクィンの介抱を頼み、もう一つあるお願いも頼んだ。アレンは全て頷き、クィンを担いだ。
「おいおい、女を粗末に扱うんじゃないぞ?想ってくれる女は特にな。モテなくなってから後悔しても遅いからな」
族長が呆れ混じりに忠告してくる。
「俺を邪魔する奴は誰だろうと許さない。ま、同行者の誼《よしみ》として殺すことはしないが」
族長は俺の返答にため息をついて、屋敷に戻っていった。
「アレン、修行頑張って」
「ん...改めて、いってらっしゃい」
アレンの返事に手を振って俺は再び進む。
復讐対象《あいつら》がいるところへ...!
???視点
あちこちに同胞の死骸が見られる。数は5つか。どれも雑な仕留め方だが、絶命するくらいの攻撃力だったのだろう。
その中で2体、致命傷となった傷が異なるものあった。形からして、噛み千切られた痕だ。
食ったというのか。あいつらの肉を食って平気でいられたのか。過去に、魔物が同胞に噛みついて、その肉を食ったのだが、そいつは絶命した。
魔物、魔族、そして人族にとって、俺らの肉は食えたものではない。
なのに、「これ」をやった何者かは、平気だったということか。
そういえば、この肉を食っても平気そうにしていた人族と最近遭遇した。そいつは、俺の攻撃をくらっても、倒れることなく俺から逃げきった。
かと思えば、俺のもとに再び現れたかとおもえば、人族の領域を超えた身体能力で、俺の肉を食らい、俺の技能をその身に宿した。
こんなことは初めてだった。興味が湧いた。百数年ぶりに、俺の心に火がついた。まぁ、そいつにはまた逃げられたが。
だが、こうして痕跡を残してくれた。俺がいたことに気付けなかったようだ。
「面白い。わざわざ俺の領地に踏み入れて何をしていたのか。どこへ行っても、もうお前をいつでも追跡できるぞ。何せ、俺の肉を食らったのだからな」
奴は今、ドラグニア王国に向かっている。少し前に、数か所で大規模な魔法を使った気配がした。相手は自分よりはるかに弱いのに。怨恨か何かあったのだろう。
いずれにしろ、俺の退屈を少しは紛らわせてくれそうな相手だ。久々に地上へ出てみて正解だ。
「《《俺の肉は美味かったか》》、という問いに、今度は答えてもらおうか」
俺も向かうとしよう。ドラグニア王国に―—