「俺は甲斐田皇雅だ。冒険者名はオウガで通っている」
「オウガ……最近人族で有名になってるSランク冒険者か。ドリュウを圧倒したそうだな」
エルザレスは俺をまじまじと見つめて、首を少しかしげて腕を組む。
「んー、妙だな。お前からは“戦気《せんき》”が感じられない。それどころか生きている気配すら感じ取れない。そこの鬼娘と人の兵士からは普通に感じられるのだが…。お前、生きてるのか?」
俺とアレン・クィンを交互に見て、不審そうに尋ねる。
ちなみに戦気とは、魔族にしか感じ取られないもの、戦闘力を示す気配値?的なものらしい。
「俺は、一度死んでいる。何でかは分からんがゾンビとして復活したんだ。そのお陰で生前みたいに動くこともできるし意思疎通も出来ている。戦気とやらとか生気とかオーラとか感じられないのは俺が死んでるのが原因だそうだ」
「ゾンビだと…?聞かない種族だな。一度死んで生き返ったとか何だそりゃ。変な奴だな」
ストレートに言ってきたな。俺からしたら竜の形をしながらそういう派手な格好をしているテメーも変だぞ。
そしてそれきり俺のことには触れなくなった。何かサバサバした族長だな。精神年齢も若そうだ。
「アレン・リース。鬼族の生き残り」
「クィン・ローガン。サント王国の兵士です。コウガさんの監視という名目で、二人の旅に同行しています」
二人も簡単に自己紹介する。エルザレスはアレンを見て、「ほう」と驚いた声をあげる。
「アレンとやら。お前のその角……あの金角鬼《きんかくおに》か。数年前にモンストールの襲撃で絶滅したと聞いたが、生き残りがいたのか」
アレンは無言で肯定する。
「鬼族がわざわざここに来た理由……ドリュウから聞いている。俺が保護しているあいつらのことだな?」
族長の問いにアレンは頷く。
「全員、今どこにいるの?」
「俺の屋敷だ。二十人分の部屋がある屋敷でな。みんな不自由なく過ごしている」
その言葉を聞き、アレンは安心する。
「鬼族は、魔族によっては隷従させられていると聞いていますが、この国ではそんなことはないようですね」
クィンがそう尋ねてくる。前にもそう説明してたな。
族長はクィンを見てやれやれと息を吐いて答える。
「人族には、魔族が他種族同士が険悪で、いつも争いをしているってイメージがついてしまっているようだな。否定はしない。昔はその通りで、常にどこの魔族も領地争いを続けてきた。俺たち竜人族もかつては鬼族と戦ったことがあったな。
だが、この国に奴隷制度は無い。他種族に対して隷従させることは禁じている。あいつらとは、好敵手として関係を築いてきた。奴隷にするなどとんでもない」
少しクィンを睨んで言う。彼女は失言したと頭を下げて謝罪する。
だが、特に怒った様子は見せずに、話を続ける。
「今の鬼族を殺したり隷従させている魔族といえば、恐らく獣人族か亜人族だな。あいつらは鬼族に辛酸を舐めさせられてきたから、恨みを持っていてもおかしくない。モンストールの襲撃に追従して鬼どもを狩っているかもしれない。
ただ……あの2国は内戦国としても有名でな。今もそれぞれいくつかの派閥ができて内戦が続いていると聞く」
魔族の情勢は、まるで戦国時代の日本のようだな。各地で戦国大名が領地を広げるべく戦を起こし続けているところとかな。
しかし、獣人族が鬼を、ねぇ。最近までイードにいたのに、獣人族のところに行こうという発想はなかったな。確認で行ってみたらよかったな。
「あんな国だが、どちからかの国には鬼族の庇護派の連中がいると聞く。用があるならそいつらと会うがいい。
それより、今日は会いに来たのだろう?生き残りである鬼族の連中と。ついてこい、会わせよう」
そう言って俺たちを家に案内してくれる。アレンは先程から落ち着きなくそわそわしている。仲間と久しぶりの再会だ、無理もない。
「というか、人族の俺とクィンをこうもあっさり通してくれたんだな?いちおうよそ者だぞ?」
前を歩く族長に近づいて声をかける。
「ドリュウが連れてきたということは、お前が実力で奴を負かしたということ。そいつがどんな奴なのか単に興味が湧いた、それだけだ。
それに、竜人族はそんなに排他的でもなければ、鎖国体制でもない。まぁ、そう思ってるのは俺の家族ぐらいだろうが」
そう答えたきり、無言で前を歩く。俺はその後も他の竜人どもに好奇の視線に晒されながら後に続いた。
一緒に来ている竜人は、全員相当の強者だな。クィンはもちろん、アレンよりもずっと強い奴が数人いる。こいつらもドリュウと同じ、序列持ちの戦士って奴らなのだろう。
異世界に来てまだ日が浅い俺でも分かる…… “本物”の戦士だ。今まで出会った人の冒険者や兵士など比べ物にならない。
この世界でいちばん強い種族と言えば、質なら間違いなく竜人族だろうと確信した瞬間だった。
*
族長エルザレスの居住地に着いた。家というより本当に屋敷だ。二十人どころか、その倍近くの客を泊めさせることができるくらいだ。
が、よく考えれば、人族よりデカい竜人のこいつらにとっては、これくらいの規模は当たり前か。族長だって俺の身長の1.5倍はあったもんな。ドリュウもそれくらいはあるみたいだし。
つーか、見間違いかと思ったが、屋敷の後ろに竜の顔が見えた。銅像かと思ったら、身じろぎした。生きてる。
「ペットだ」
と、ドリュウが短く解説する。ペットのレベルを超えてるわあんなの。図鑑で見たことあるあの首の長い恐竜(ブラキオサウルス?)みたいなやつがペットって...。
そのまま屋敷内へお邪魔して、「竜人」が五十人は収容できるくらいの広間へ案内され、中央のテーブルの席に着く。
「あいつらをここに連れてくる。待ってろ」
族長はそう言って広間から姿を消す。
アレンは、座ってからもずっと落ち着かない様子だった。それをクィンが手を握るなどして宥めている。
「ここは何人家族なんだ?」
隣に座っている竜人――カブリアスという男に聞いてみる。
「十人家族だ。父の番が三人いる。子どもは俺含めて六人だ」
異世界の貴族とか国の長では常識らしい一夫多妻制を存分に堪能しているようで。竜人とはいえ、十人でもこの広さは尋常ではないと思ったのだが、他の竜人がしょっちゅう泊まりに来るからこの屋敷だそうだ。
しばらくして、扉の開く音とともに族長が戻り、その後ろから五人の鬼族が入ってきた。
「あ...!!」
アレンが席を立ち、驚きと嬉しさ……様々な感情が混ざっているような声を出す。
「セン!ロン!ギルスに、ガーデル、ルマンドも!!」
名前を呼んで5人の鬼族の男女のもとへ駆ける。彼らはその場で輪になるように抱き合う。アレンは泣きながらよかったと何度も呟き、女性の鬼が涙を浮かべながらアレンの頭を撫でる。男の鬼二人はその様子を笑顔で見守る。その目にも涙が浮かんでいた。
アレンの仲間との感動の再会が果たされた瞬間だった。
クィンがその光景をみて目をうるうるさせていた。俺は何も思うこと無く、ただアレンを黙って見つめていた。
鬼族の里再興への道、まずは第一歩を踏み出せた…ってところだな。