船を迷彩化させて高速で進んでいるから何の障害もなく海を渡れている。
このまま何事もなく目的地へ直行――とはいかなかった。
何かが船を攻撃した。この速度で運航しているこの船に、攻撃を当ててきた“何か”がいる。
「そう順調に行かせてはくれないか。この速さについてくる奴だ、上位レベル以上の強さはありそうだな。二人とも、構えとけ」
俺の指示に二人は頷き、臨戦態勢に入る。
水中から槍状の長い刃物が飛び出し、真上に飛んだかと思えば、軌道を俺たちの船に変えて襲いにかかる。
「追尾型の槍ですか!?しかもこのスピードにもついてきている!かなりの技量とスピードです!!」
クィンが槍を撃ち落とそうと杖を出して魔法を唱える。
“サイクロン・ガロン”
可視化するほどの濃い風が巨大な手の形になってその先端に鋭い爪が形成される。
前回のクエストを経て、魔法レベルが上がったみたいだな。風魔法が嵐魔法に進化している。
吹き荒れる嵐の手が槍を迎え撃つ。易々と水の槍を霧散させた。
が、また槍が降ってくる。同じように霧散させようと嵐の手を振り上げるが、
「っ!?躱された!?」
嵐の手が当たる直前、槍とは思えない動きをしてみせて、回避する。そして船の床スレスレで進み、クィンを貫こうとする。
「魔力障壁!」
が、彼女も修羅場をくぐってきただけあって、すぐさま魔力障壁を張ってギリギリ防いでみせた。
だが、まだ攻撃は続いていた。3本目の槍がクインの真上から一気に急降下する。
「そんな!?まだ……っ」
完全に隙を見せたクィンに、魔力障壁を張る余裕はなかった。
だが、槍がクィンを貫くことはなかった。俺が槍を手掴みで止めて、握りつぶしたからだ。
「相手はかなりのやり手だな。一手二手の先読みをしている」
海を睨んで呟く。もう槍が飛び出す様子はなかった。一旦退いたか。敵はかなりの知能を有しているようだ。
「ありがとうございます、助かりました…!」
礼を言ってきたクィンの顔はやや曇っている。敵にしてやられたことが悔しいようだ。
俺は彼女の礼におうと軽く返事して、海中を睨む。
敵がまだ船にぴったりくっついて移動していることは分かっている。上がってくる様子は見られないので、「アクアジェット」を一旦解除して船を停止させる。
そして風向きを変更させ、この船の周囲を吹き荒れる形にする。周りにもの凄い風が吹き荒れて、海が荒れる。船には魔力障壁を張っているので、嵐の影響はない。
嵐に揉まれて、海中に潜んでいた敵が飛び出してきて、その姿をあらわにする。
「カッパ…?」
そいつは、カッパみたいな形をしていた。ただし、体が灰色で、瘴気も纏っている。魔物ではない、モンストールだと断定する。。
「海にも生息しているとは聞いていたが、こんなところで遭遇するとはな」
「しかも、けっこう強いみたい」
アレンも油断なく構える。「鑑定」で見たところ、たしかにAランクくらいの戦力を持っていた。
が、俺はステータスよりも固有技能に目がいった。
「『技能具現化』...?なんだそれ?」
今までは、名前をみただけで大体技能の詳細が予想できたのだが、こいつのはピンとこない未知なるものだった。
「レア技能を持った敵か…面白い、絶対喰ってみせる!」
獲物を見据えて俺も臨戦態勢に入る。
「コウガ?やるの?」
アレンが俺の様子をいち早く察知して問いかける。
「ああ、すまないが、あいつは俺に譲ってくれないか?あいつの固有技能がほしい。」
「分かった。任せる」
短く答えて俺にサムズアップして俺の後ろに退いた。
「ゾンビになったことで発現した、特殊な固有技能……『略奪』ですか?」
「ああ。奪う方法は、対象の肉を食らうことだが。ゾンビらしい能力だよ、ったく」
「た、食べるのですか!?モンストールを……」
クィンは少し引いた。普通モンストールを捕食するとかあり得ないことだろうからな。常識じゃあ考えられない所業だ。
そんなクィンの反応は気にしないで、カッパを睨んで身構える。
それを見たカッパは、何やら戦慄した様子でいる。
この俺が自分では敵わないレベルだと、格が違うと危険察知したのか。
俺に対しカッパは攻撃態勢を解いて、なんと背を向けた。そして海中へ飛び込んで船から離れて行く。
「あ!?俺から逃げるつもりか!?許さん!その技能をよこせえええぇ!!」
冗談じゃないと言わんばかりに、俺も海に飛び込む。魔力障壁の強度を上げて、今から放つ魔法に備える。
雷電魔法“大放電・1000万Ⅴ”
単なる超強力放電を放つ。周囲数百メートルにわたって電撃が流れる。アレンたちや船まで感電しないよう後方に「魔力障壁」を張っておく。
海中が電撃で明るく輝いた。数秒放電し続けて、解除するとともに、海面に何かが浮かんだ……あのカッパだ。
素早くカッパのもとへ行って、捕食する。「技能具現化」を手に入れた。
「技能具現化」...他の技能を物質に変える。具現化した物を技能に回帰させることは不可能。また、魔法攻撃も物質に変換させることも可能。
これは、つまりは固有技能をアイテムに変換させる固有技能だ。
例えば、「肉体強化」といった固有技能を具現化させると、ドーピング薬ができる、といったものだろうか。
一旦船に戻って、試しに一つ技能を具現化させてみることに。今ある固有技能で、具現化しても困らないもの……「感染」かな。
今まで死体を全て焼却処分してきたのは、この「感染」があったからだ。噛みついた死体はゾンビ化する。つまり放っとけば、ゾンビができてしまい、後々面倒事になりかねない。無差別にゾンビを増やしても邪魔だから、ゾンビができないように死体を残さないようにしてきたのだ。便利に思えた固有技能だが、こういう欠点もあったのだ。
だがその作業も、この新しい固有技能を使えば、無差別に感染をさせなくできるかもしれない。早速試そう。
「『技能具現化』
対象『感染』」
脳内で、「感染」を物質に変えるイメージを描く。すると、俺の目の前が淡く輝きだした。
その直後、何か小さな粒が出現して、俺の手に落ちた。「鑑定」でその粒の正体を見る。
「屍族転生の種」……死体にこの種を植えこむと、その死体はゾンビとなって動く。持ち主には絶対服従する。
元々の「感染」技能と変わらない効能を持つようだ。これで、無差別にゾンビをつくらずに済みそうだ。しかも、俺には絶対服従するという点も大きいな。いつか何かに役立つかもしれない。
「コウガ、その種は?」
アレンが興味津々に尋ねる。
「あのカッパを倒した戦利品だ。かなり使える技能を手に入れたぞ~」
得意げに答えてみせた。その傍らで、クィンが訝し気に海を眺めて疑問の声を上げる。
「この海域で、モンストールが出現するなんて、今まで全くありませんでした。奴らが出現する海域といえば、デルス大陸の周辺です。以前説明したと思いますが、その海域では海棲族と頻繁に縄張り争いが勃発していて、そこに戦力が集中していると最近聞きました。
ここにあんなレベルの高いモンストールが出現するなど……」
事態は深刻になっているだろうと考えるクィン。それほど例外案件だったのだろう。
「ここ最近、あいつらの生態が変化してきたのかもな。いよいよ人族を滅ぼさんと、侵攻計画を企てていたりするかもな」
「ありえます。このことも国王様に報告しなければなりませんね…」
モンストールの生態が大きく変わっていることが、今回の襲撃で分かった。そして俺に新しく使える固有技能が追加された。中々充実した航海になってきたな。
「大陸に着く間、あのカッパ以外のモンストールにも遭遇するかもな。ここからは警戒して進もう」
俺の言葉に二人は了解の返事をする。船は再び海原を進んでいく。アルマー大陸を目指して―――