翌朝、俺たちは国の北端にある港に向かった。港に着くと近くに飲食店がいくつか開いていた。朝が早い漁師の為に朝早くからやっているそうだ。俺たちもそこで簡単に済ませられる食事を摂った。ここで食べておかなければ、目的地のドラグニア王国があるアルマー大陸に着くまで食事ができないのだ。

 ここからアルマ―大陸へ行くには、海を渡らなければならないので、ここで船を買わなければならない。少し待てば、大型船が運航し、半日以上かけてドラグニアへ向かうことになっているのだが、それに乗ることは良しとしなかった。
 半日は遅すぎる。3~6時間で着くようにしたい。善は急げだ。もしかしたら、既に他国へ向かっている奴がいるかもしれないからな。高園や藤原先生など、ずば抜けた強さを持つ奴はもう即戦力として戦いの前線に立っていてもおかしくない。
 まぁあのゴミカスどもは優れた職業と能力値にかまけて、ロクに訓練なんかしてねーだろうな。まだあの国の庇護下にいるだろう。

 どちらにしろ、クラスメイト全員は生かしちゃおけねー。特に、大西、片上、山本、安藤、里中、小林、須藤あたりは絶対に殺す。俺の中のブラックリストの指折りクラスのクズどもだからな。
 船が買える店に行き、3~4人乗りの船を買う。10万ゴルバ払って手に入れ、海に浮かばせる。

 「よし、もう行くとするか」
 「うん。海を渡るのは初めてかも」

 アレンも元気に返事して、船に乗り込んだ。
 もう一人の同行者を見やる。

 「......」

 そこにはあまり元気なさげなクィンが、そこにいた。

 「行くか?」

 俺はあえて同行するか否かを聞いてみた。

 「行きます、一緒に。あなたを放ってはおけません」

 そう答えて、彼女も船に乗り込んだ。
 その背を眺めながら、昨夜のあのやり取りを思い返す。



                 *

 「認められません。復讐なんて。復讐で人を殺すなんてこと、認められません」

 クィンは、悲痛な顔でそう言った。心の底から、復讐をしているのが予想できる。

 「認められない...ねぇ。お前が認めないからといって、俺は止めるつもりはないぞ。俺の気持ちに従い、あいつらを殺しに行く。お前の意思は考慮しない」
 「そんなのダメです!たしかにコウガさんが酷い目にあわされたと聞いた時は悲しく思い、怒りたくもなりましたが、だからといって、人を殺していいわけでは...」

 と、そこで言葉を区切って俯く。俺のことを想ってくれてこその今の言葉だろう。

 「コウガは死んでしまっている。今はこうして、一緒にいるけど、かつては同じ異世界人たちと王族によって、コウガは死人となった。なってしまった。自分を死に追いやった奴らを殺したい気持ち、私はとても理解できる。殺された痛みは、とっても分かる...」

 アレンも話に加わり、俺の復讐を肯定してくれる。アレンも、自分ではないが、親と同胞を殺された。そしてその犯人を憎み、殺したいと復讐を誓った。だから、こうしてクィンに反論している。

 「アレンさん、あなたも復讐を…」
 「私は、モンストールに対してだから、コウガとは少し違うけど、復讐する気持ちは同じ」

 アレンはモンストールだけではなく、弱った仲間を襲った他の魔族に対しても憎んでいる。そいつらにも復讐をするのだが、わざわざ言い足すことはなかった。

 「とにかく、あなたには、復讐をしてほしくはないのです!その力を復讐のためではなく、この世界の敵であるモンストールの殲滅に使ってほしいのです!人殺しに、ならないで下さい...!」

 そう嘆願したクィンの目には涙が少し溜まっていた。その真剣で悲し気なまなざしに俺は少し黙った。アレンも意外そうにクィンを見た。

 「…出会ってまだ数日だというのに、そこまで復讐しようとしている俺を諫めようとするなんて、変わってるなぁ。なんでそんなに止めようとするんだ?俺に人殺しになってほしくない理由は?」

 単純な疑問をぶつけてみた。アレンもクィンが答えるのを待つ。

 「私の仲間で、友が囮に使われてモンストールに殺されたとのことで、囮にさせた人を、復讐として殺したんです。その仲間は投獄されて、しばらくしたある日私は面会に行ったのですが...」

 そこで言葉を区切り、悲しそうに続きを話す。

 「牢の中にいた仲間は、心が空っぽになったかのような様子で、光が失ったようでした。長い間牢に入っただけではそうならないはず。復讐を遂げたことで、人として大切な心が抜け落ちてしまったかのようでした。あんな顔を見た私は思ったのです。復讐を遂げた先には光がなくなる。抜け殻のようになってしまう、と」

 また言葉を区切ったかと思えば、クィンは突然俺の手を握った。

 「だから、これから復讐をしようとしているコウガさん、私を救ってくれたコウガさんが、そんな未来になってしまわないでほしいから!」

 ギュッと俺の手をつかんで、自身の身の内を吐き出したクィン。その手は柔らかくも力強かった。

 「そ、それと…好ましく思っている人に、悲しい道に進んでほしくないのも、し、自然な気持ちだと思っているので...」

 かと思えば、いきなりそう言って、頬を赤らめて、手をゆっくり離した。
 つーか、好ましいって。俺をか?変わった女やなー。

 「…クィン、まさか...」

 と、アレンがフーっとクィンを威嚇するように見つめる。その彼女は、恥ずかしくなったのか、またも俯いて、それきり黙った。

 「酔いがまわり過ぎたのかねぇ。もうおひらきにして、宿に向かおう」

 と言って、先ほどまでのことはなかったかのように、祝勝会を解散させた。



                  *

 あの後、クィンだけ別の宿に泊まった。彼女には色々想うことがあったのだろう。まぁ色恋のことはよく分からんが。
 とにかく彼女は、俺に復讐をしてほしくないそうだ。俺を想っているからこそ、止めようとしたのだ。
 今朝の彼女はさっきの通り、元気があまりない。もう同行はしないと思っていたが、こうして付いて来ている。
 彼女は、国の命で俺を監視するために同行しているのかもな。どちらにしろ、これから気まずい雰囲気のまま同行してほしくはないよなぁ。場合によっては、彼女を撒いてパーティ解消することも頭に入れておくか。
 そう決心して、船に乗り込んで出航にかかる。

 普通に行くと遅いし、こんな船じゃ敵に沈められる恐れがある。
 そこで、魔法を使って何倍もの速さでかつ敵に見つからずに海を渡る方法で行く。
 魔法は何も相手を殺すためだけにあるんじゃない。工夫すれば、生活をより豊かに変えられる。

 まずは船の隠密化だ。誰にも気づかれないように「迷彩」で俺たちの船を認識させないようにする。
 次に船の高速移動化だ。船体に水魔法「アクア・ジェット」を付与する。もうこの時点で、通常の3倍以上の速度が出るが、まだ納得しない。もっと速くするぞ。

 「嵐魔法『追い風』」

 嵐魔法レベルまでいくと、「追い風」の風速は、台風3つ分の突風くらいに強烈だ。さらに、風が吹く範囲を船の周囲に限定させる。集中突風を発生による超高速船がここに誕生。速度は線路を走る新幹線をも上回る。

 「す、凄く速い!景色がすぐ変わっていく!」
 「...! 相変わらず規格外ですね...」

 アレンもクィンもこの速さに驚いている。クィンは若干呆れた様子だったが。
 この速さで行けば、3時間くらいで着くはずだ。さぁ早く着いてくれ!
 目をぎらつかせて笑っている俺を、クィンが少し警戒が込められた目で見ていたが、スルーする。