クィンと同行することになってからも、俺たちの移動手段は依然変わらず徒歩だ。そのことに彼女は驚いていた。国から国への移動は、普通は馬か船かで移動するものらしいから、俺たちの移動方法がどれだけ非常識だったのかを学習した。だが、今更手段を変えるのも無理があるので、クィンには申し訳ないが、お付き合いさせて頂くことにした。
 クィンが乗ってきた馬は、この先連れて行くのも仕方ないので、野へ逃がしてあげた。戦闘力が高い馬なので、この地帯でも生きていられるだろう。クィンは寂しそうに馬を見送った。

 「ところでコウガさん、アレンさん。二人はイード王国に何か用事があるのですか?」

 歩いている最中、クィンが唐突に聞いてきた。同行を始めてから彼女には次はイード王国へ行くと伝えている。

 「明確な用事は無いんだよなー。ただ何となくそこへ行こうってノリで行くことを決めたから。言うなれば旅だな」

 パッとしない理由である。俺の「元の世界へ戻る手がかり」、アレンの「里を滅ぼした敵への復讐と離れ離れになった仲間の情報」って一応やりたいことはあるのだが、イードにそういった手がかりがあるという確信は無い。まあ行ってみようか、って感じだ。

 「そうですか…。世界を旅する、私も昔はそういうことをして生きるのも良いと思ってました。今も少し憧れはあります」
 「旅に憧れてたのか。なら良かったんじゃねーか?俺たちを監視しに来たお陰で旅が出来てる。他国へ行くことが出来る」
 「ふふ、そうですね。いつの間にか夢が叶ってましたね」
 
 クィンは可憐は少女のように笑う。そういえば彼女は俺より年上なんだよな。笑っている時はあんまり年上には見えないや、同年代にしか見えない。ちなみにアレンは常時同級生のような存在だと思っている。

 「そういや、サント王国とドラグニア王国は別々の大陸にあるんだったよな」
 「え?はい…ここからドラグニア王国へ行こうというのなら海を渡る必要があります。船で一日以上はかかる距離です」
 「やっぱりそれだけ離れているんだよなぁ」

 つーか、俺はどんだけドラグニアから離れたところから地上に戻ってきたのか。まあ…あの時地図も無い状態で真っ暗で方向感覚が分からないまま闇を走り回っていたから、遠い遠いどこかに着くのも納得できるか。
 けどそうなってくると、俺は知らないうちに、海を通り越してサントの国境に入ってたのか。本当に海よりも深いところに落っこちていたんだな、人間には猛毒となるあの瘴気まみれの闇に……。

 俺のリアクションを意外そうに見たクィンは、もしかしてと言わんばかりにさらに聞いてくる。

 「コウガさん、この世界の地理をあまり分かっていないのですか?」
 「あ、ああ。あまり勉強してこなかったもんで、地理や歴史とかの社会科は全然詳しくないんだ」

 異世界召喚されたから、とは今は言えない。

 「よければ、私が色々教えましょうか?大陸や国、種族のことなどを」
 「それはありがたい。教えてくれ」

 最初にいたあの国では、何も教えてくれなかったから、ちょうどいい。召喚されてからひと月くらい経って、ようやくこの世界を詳しく知ることができそうだ。



                   *

 この世界には、4つの大陸がある。
 北にアルマー、西にベーサ、東にオリバー、南にデルスという名前だ。
 さらにそれぞれの大陸に人族の大国が5つある。
 アルマー大陸には元クラスメイトやクズ国王やクソ王子どもがいる『ドラグニア王国』。ベーサ大陸の南部にクィンが住んでいる国の『サント王国』、その北に位置するのが、これから行く『イード王国』。オリバー大陸には『ハーベスタン王国』。デルス大陸には『ラインハルツ王国』。
 このうち、内陸国となっているのが、サントとイードで、残りは海洋国だ。
 各大陸には、魔族の国や里もある。ひと昔に、人族のそれぞれの大国の国王と不可侵条約を結び、領地を安定させている。

 魔族にもいくつか種族がある。
 アルマー大陸には『竜人族』が住んでいる。ドラグニアとの領地比率は3:7。竜人族は少ないからこの比率らしい。
 ベーサ大陸には『獣人族』が住んでいて、この種族とサント・イードの2国との比率が4:6だ。獣人族は、魔族の中でいちばん人口が多い種族で、様々な種類の獣人が一緒に暮らしているそうだ。
 オリバー大陸には、魔物を従えられる人間の『亜人族』が住んでいる。この種族とハーベスタンとは、同盟を結んでいて、世界で唯一、人族と魔族が手を取り合っている形らしい。
 
 因みに、かつてベーサ大陸には鬼族が暮らす里があったのだが、アレンに聞いた通り、モンストールによって滅ぼされ、今はどこかの大陸に散り散りに暮らしているそうだ。噂では、人族や他の魔族のところに上手いこと住まわせてもらっているのもいれば、魔族に殺されるもしくは、隷従させられているらしい。
 それを聞いた時、アレンが身震いしていることに気づき、背中をさすってあげた。仲間がどうなっているか心配でしかたない様子だった。

 また鬼族以外にも滅んだ種族がある。それは『海棲族』だ。文字通り海中で暮らしていて、その海域はデルス大陸の周囲に存在していた。それなりに栄えていたのだが、数年前モンストールと頻繁に争い抵抗していたが、圧倒的戦力の前についに滅んでしまったのこと。
 現在栄えている魔族は、先に出てきた3つの種族だけだ。


 そして、モンストールの生態についてだが、現在も解明はほとんどされていない。ただ
奴らの住処は分かっている。それぞれ国を囲むようにモンストールが支配する領土がある。人族は現在モンストールの巣に囲まれる形になっている。囲まれると言っても、奴らは基本地下深くに住んでいる。俺が落ちたあの地底にだ。
 支配圏の地上に人族や魔族が踏み入ると、迎撃しにくる。定期的に人族の領地を侵略しに行くが、近年成功したことはないとのこと。海にも生息する奴はいるが、少ない。海底からさらに地下深くに陸地をつくり、そこで住むのが殆どらしい。
 俺は、どうやらそんなところに落ちていたようだな。海底よりも深いところとか、いったい何キロあったのやら…。



                     *

 「以上が、この世界についてのことです」

 数分にわたって、クィンが丁寧に説明してくれた。途中何度か魔物が襲ってきたが、アレンが全て返り討ちにした。

 「魔族とは、世界的には、争いはしないが、協調もしないって感じなのか。共通の敵であるモンストールを倒すべく、お互い同盟を結んで、ともに戦おう!――ってわけじゃないんだな」
 「ええ。実際は、私たち側が魔族に同盟関係を持ち込んだのですが、魔族側としては自分に降りかかる火の粉は自分たちで払う、という主観を重用しているらしく、今も同盟に応じてくれていないのです。争いはありませんが、味方とも呼べないのが現状です」

 なるほどな、ドライな関係と言えるかもな。険悪でもないようだし。

 「十分分かったよ。ありがとうクィン」
 「いえ、お礼を言われるほどじゃありません。…えへへ」

 礼を言われて少し嬉しそうに笑うクィン。ありがとうは言われ慣れていないのか。
 なぜかやる気に満ちた様子で先を歩くクィンをしり目に、さっきから喋らなくなったアレンに声をかける。

 「生き残りの仲間はきっと今も生きている。俺も協力するから、助けに回ろう」
 「…ありがとう。頼りにしているね、コウガ」

 気休め程度の言葉しかかけられなかったが、アレンの表情が幾分柔らかくなっていたので、安心した。
 しばらくして、ようやくイード王国の入国門に着いた。