カッターシャツ1枚着でも、冷房が稼働していないと汗だくになるくらいの季節になってきた。教室内には団扇や下敷きで自身をあるいはお互いに扇ぎながら雑談に花を咲かせるグループがいくつかある。教室にいない者たちは、学校内の避暑地を求めて行ったのだろう。昼休みの時間だが、この暑い時期に屋外で遊ぼうなどという生徒はいないに等しく、教室や図書室で涼むのが、夏の学校での休み時間の過ごし方である。
俺…甲斐田皇雅もその例に漏れず、周りと似たような休み時間を過ごしていた。
ただ、俺の場合、周りと違うところがある。俺の席の周りには、誰もいない。相手が用を足しに出て不在になっているというわけじゃない。休み時間が始まった瞬間から俺は自分の席で1人きり昼食を摂っていた。
そう、俺は俗に言うボッチというやつだ。それも重度の。まぁ、俺は自他共に認める変わった人間だ。悪い意味で。協調性が無い、社交性ゼロ、何考えているのか分からないなどなど、クラス内ではだれもが俺に対する評価はそういうものばかりだ。
さらに俺にとって不都合展開が。このクラスは選択した学科のせいで、2年生からクラスの生徒が固定され、進級した今もクラスメイトが全員去年から変わらないのだ。2年生からクラスメイトと全く馴染めないままで進級した俺は、孤立したスクールライフを送り続けている。
今朝だって、部活(陸上競技部で、短距離のエースとされている)の朝練を終え、教室へ入るなり、俺に向けられるのは、まるで腫れ物にさわるかのような表情や、不快気に眉をひそめるもの、無視を決め込むものなど色々あった。そんな反応が去年の「あの日」以降毎日ずっと続くものだから、もう慣れっこである。
そんな回想を脳裏に浮かべつつ、昼食を終えた俺は、机から本を取り出し、読書の世界に入る。本といっても、読んでいるものは大半がラノベや漫画で、異世界転生(召喚)もの、学園ドラマといった作品がメインだ。俺は体育会系でありややディープなオタクでもある多趣味な男子高校生だ。
「あーあ、5限って小テストあるんだっけー?」
「しかもあの先生、小テストでも点数低いと宿題どっさり出すんだよな―」
「はー萎えるわー」
と、後ろ扉から教室全体に聞き渡るくらいの声量で喋りながら、いかにもウェイ系な奴らが3人入ってくる。その中に顔も見たくない野郎が先頭にいる。
大西雄介。このクラスにヒエラルキーがあるなら、そのトップに座る男子生徒だ。顔立ちは雰囲気イケメンでありながら、カリスマ性と社交性が高いがゆえに、クラスの仕切り役にもなったりもしている。さらにクラス中から慕われてもいる。
だが、俺にとってあの野郎は不倶戴天の仇といっていい存在だ。「あの日」が原因で俺だけ野郎に不快感を抱くようになって、それは野郎も同じで、俺だけをハブり、敵視していながらもいないもの扱いしようとしている。
そんな大西は、偶然に視界に俺の姿が映ると、一瞬顔をキモく歪ませた後すぐ後ろに首をめぐらせ、一緒に入ってきた友人らと談笑し始めた。
因みに一緒にいる男子生徒だが、やや太り体型の刈り上げ入れてるのがが山本純一、野球部で坊主頭でいちばん身長が高いのが片上敦基だ。
といった感じに、教室に「敵」がいる状況だが、無視しときゃあ済む問題だし、俺は再び読書をはじめた。
「......」
そんな俺の様子を遠目で心配そうに眺めていた生徒が一人。高園縁佳。弓道部部長にして体育委員長の肩書を持ち、勉強の成績もクラスでは3指に入る文武両道で、セミショートがよく似合う女生徒である。
「どうしたの縁佳ちゃん?」
「あっちに何か……って、また甲斐田か…。まだあいつのこと気にかけてるのー?」
高園に話しかけているのは米田小夜(やや小柄でセミロング黒髪の女生徒。水泳部)と曽根美紀(茶髪セミショートの女生徒。ソフトボール部)だ。
二人も遠目でこちらを見やりながら高園に何か言っている。
「き、気にかけてるっていうかその……何でもないっ!」
「はぁ……もう甲斐田のこと放っておいた方が良いって。私たちのことどうでもいいって感じみたいで、近づきたくないわ」
「私も、甲斐田君は苦手かな…」
「二人とも、そんなこと……」
そんな高園たちの視線や会話に対して気づかないふりと聞こえないふりをして、俺は孤独な昼休みの時間を過ごした。