ゾンビになってから、肉体的体力に限界は無くなったのだが、精神的体力・心労は死んだ後も負担がかかるものだった。
 疲れた。数日間ずっと動き回ったり戦いまくっていて、神経を張り詰めてばかりだったのだから無理もない。とりあえず、崖元から離れ、近くの草原で大の字に寝転んだ。

 人間、目を閉じて横になってるだけで、ある程度の疲労を取り除くことができるようになっている。死んだ身である以上、食事も睡眠も不要になったのだが、心を休める意味では、どちらにしろ必要なものだと思ってる。今後も、食事と睡眠はなるべく摂るようにするぞ。

 そう決意しつつ、リラックスするため、一度頭を空っぽにし、目を閉じる。
 陸上競技の試合前の時も、時間が大きく空いた時はこうしていたな。そうすることでベストコンディションになれるんで、ルーチンワークとして取り入れていたっけ。

 気が付くと、俺は深い睡眠に入っていた。


                   *

 どれくらい眠っていたのか。目が覚めてもまだ太陽が燦々と照り続いているのを見るに、6時間も眠ってはいまい。ま、頭スッキリして、体も軽くなった気もするし、十分休息は取れた。
 目下どうしようかと思案を巡らせていると、遠くから数人の足音が聞こえてくるので、音のする方に目を向ける。

 10人程度の兵士っぽい身なりの奴らが隊列を組んでこっちに近づいてくる。あと数分もすればここに着くな。隠れてもいいが、兵士が大勢で何しにこんなところまで来たのかが気になるので、このまま待ち構えることに。

 待つこと約3分、兵士ご一行がこちらの目の前に立ち止まり、先頭にいる男兵士が俺に問いかける。

 「お前は、ここで何を?この周辺は、立ち入り禁止区域になっているのだが?」

 とりあえず、てきとーに返すか。

 「あー...俺は、日課でランニングをしてて、んで今日は趣向変えて目つぶって走ってみてぇ...そしたら、気付いたらここに...ってなわけなんだ。
 ところで、兵士さんらこそ一体どういったご用件でここに?それもこんな大勢で」

 俺の珍回答に兵士全員が怪しいものを見る目で睨むが、先頭の男は俺の質問に答える。
 「この先崖の下は、モンストールが巣食う瘴気の谷と呼ばれているところがある。半月前にドラグニア王国が異世界召喚を行い、召喚された者らを対モンストール軍団として『救世団(きゅうせいだん)』を結成したらしい」

 半月前?そうか、俺が廃墟から落ちていったあの日からまだ半月しか経っていないのか。

 「その『救世団』による実戦訓練の一環でモンストールが生息する廃墟に行ったのだが、規格外に強いモンストールと遭遇したそうで、そいつの侵攻を食い止めるためにあそこを破壊したそうだ。今はもう跡地になってるそうだな。
 だが、万が一にもここからモンストールが漏れ出す恐れがあることで、被害を出さないよう彼らは現在定期的にそこを訪れ監視するようにしている。それに倣い、我らの王国も万が一に備え、定期的にこの周辺を見回りに来たというわけだ。ま、今まではここからモンストールが出たことはないがな」

 というか「救世団」って。あのカスどもが世界を救うだと?笑わせてくれる。大層な組織名を付けられたもんだ、あんなにも心が腐っているクソ集団によ。

 「あーなるほど。いやー世間の事情に疎くて。『救世団』なんて大層な...ぷっ、あいや失礼。というか、規格外に強いモンストールがいたのかー。その廃墟のずっと下に。別の場所とはいえ、そんな奴がいるかもしれないモンストールの巣の周辺にこの人数で回ってて大丈夫なんすか?あれは一流兵士数人いても手に余るくらい強いのに」

 途中、名前のセンス無さに吹き出してしまった。
 「当然我らだけじゃない。どんなランクであれ、モンストールを目撃した場合、通信デバイスで王国に報告し、増援が来るようになっている。我らはいわば哨戒役だ。
 ...ところで、お前...」

 と、男の声のトーンが少し低くなり、険しい視線を向ける。
 「まるで、その規格外に強いモンストールの戦闘力を知っているようなことを言ったが、どうしてそのモンストールのことを知っているかのようなことを言ったんだ?」

 うっかり口を滑らせてしまった一言をこいつは聞き逃さなかったようで、後ろの兵士たちも臨戦態勢をとる。まぁ、わざと滑ってみたのだが。

 「俺そんなこと言ったっけ?」
 「惚けるな、やはりお前は怪しい。...そういえば、『救世団』の中で一人モンストールとともに廃墟の崩壊に巻き込まれて、死亡したことにされたと聞いたことがあるのだが...っ!まさか、お前...!?」

 おっと中々勘が良い兵士さんだ。だがまだゲロるのは早いな。もう少し話すか。
 「いかにも人族にとって希望の光のような集団から死者が出るなんてとても穏やかじゃないなぁ。んで、どうしたよ兵士さん。俺が何かに見えるのか?」
 「お前、名前は?場合によっては至急拘束することになる。名乗れ!」

 人を食ったような態度に苛立つように男が声を荒げ名乗りを促す。その剣幕に全く怯まない俺は、この手の問いかけに対してのよくある切り返しをここで言い放つ!

 「おいおい、人に名を尋ねる時はまず自分から名の―「こいつを拘束しろぉ!!」

 俺があの名セリフを言い終える前に、後ろの兵士どもが俺を捕らえるべく一斉に跳びかかってきた。

 「あーあ、せめて言わせてから襲ってきてほしかったなぁ。つーか、はじめから拘束する気だったじゃねーか」

 こちらに跳びかかってくるも、俺はあくび交じりに移動する。その際「瞬足」でリ、先程まで俺を問い詰めたリーダー格の後ろに回り込む。
 てか、何よこいつらのとろい動き。これで兵士やってんのかよ。まぁ、あの瘴気の底でこいつらにとってキチガイクラスの化け物どもと戦い過ぎたせいで、感覚が麻痺しちゃってんだろうな。もう、こいつらが鼻くそレベルに思えてきたわ。
 事実、俺が回り込んだことに全員気付くのに3秒もかかっている。

 「...っ!!いつの間に!?」

 全員俺の「瞬足」に動揺している。もうノミと象が相撲を取っている気分だ。せっかく久々に人と話せたんだ。もう少し会話してみるか。

 「なぁ。今の動きについてこられなかった時点で、兵士のお前らなら分かるだろ?全員束になっても俺をどうこうできないって。そして俺は、いつでもお前らを殺せるぜ?」

 自覚はあるのか、悔しそうに歯噛みし、得体の知れないものを見る目で俺を見る。

 「そこで、提案だ。今回、俺がここにいたことはお前らの上司、王族、国王など誰にもチクらないでくれないか?ここは見逃してあげるからさ」

 依然と軽い調子で喋る俺に不気味がりながらも、リーダー格が返事する。

 「そういう話を持ち掛けてくるということは、やはりお前は...死んだとされている『救世団』のメンバーか!?だとするなら、尚更このことをドラグニア王国に黙っておくわけにはいかんな...!」

 返事はノーだった。交渉決裂か。と、俺がため息つくのと同時に、兵士のうちの誰かが、

 「そういえば、その死んだとされた奴、何でもいちばん弱くて“ハズレ者”などと言われていたような...」

 と呟くように言ったのが耳に入ってきた。

 “ハズレ者”。かつて俺の蔑称としてつけられたその単語を聞いた途端、俺の中の何かがキレた。

 「...随分と久しぶりに聞いた不名誉極まりない呼称だなぁ...。ああ、ああ、クラスメイトにも、兵士にも、王子にもそう罵られてたっけぇ?」

 俺の雰囲気が急に変わったことに兵士全員が後ずさり、身構える。

 「...せっかく生かすチャンスあげたのに、交渉決裂だ。そしてたった今、お前らも殺害の対象に入れるわ。口封じも兼ねてなぁ。お前らも一人たりとも生かしちゃおかねぇ。全員皆殺しコースだぁ!!!」

 俺が攻撃体勢に入るのを見たリーダー格が、顔を青くしながら、
 「誰でもいい!このことを団長、国王様にこの中の誰か一人でもいいから報告するんだぁ!絶対にこのことを...」

 と兵士たちに命令をとばした。けど...

 「ざぁーんねぇーん。それは無理だから」

 リーダー格が言い終える前に、「硬化」で切れ味を帯びた左手の手刀が、リーダー格含む兵士全員の首をキレイにスパッと刎ねた。その間、1秒にも満たない。

 「さっき俺が返事し終わる前に襲い掛かってきたその仕返しだ。って、聞いちゃいないか...」

 俺の足元には、首から上が無い死体が10体。刎ねた部分は適当に茂みへ風で飛ばした。キモいし。
 ここには長居すべきじゃないな。さっさと去るか。

 行く当てがないまま、俺は廃墟跡地を後にした。