しばらくしてから、二人でアレンとクィンのところへ向かった。
 俺たちの様子を察したのか、クィンがよかった...と小声で呟き、アレンはにこにこしながら俺を見て何度も頷いた。

 さて......今度は彼女に話をしないとな。

 「クィン......半年前にサントの兵士たちを殺したことについてだが」
 「......!」

 突然のことにクィンはしばし呆然とする。が、すぐに話を聞く態勢に入った。今度は二人以外もその場にいさせておいた。

 「口封じとかそういった理由で彼らを殺したこと......クィンにとっては赦せないことであること、大切な人を失った今の俺には理解できている。魔人族討伐までの間、過去のことは忘れて共闘してくれたが、奴らとの戦争が終わった今、お前は俺の味方になる必要が無くなった。
 お前は......俺をどうしたい?復讐したいと思ってるか?お前に謝罪したところで、この問題は解決しない俺はそう思ってる。あとは、クィンの気持ち次第だ。どうするか、決めてくれ...」

 「......」
 「皇雅、君...」

 アレンは俺たちのやりとりを静観して、縁佳は意外そうに俺の方を見る。悪いな縁佳。お前には謝罪してほしいとお願いされたが、生憎あの時あいつらを殺したこと、悔いてはいない。必要だったし、俺の敵として立ちはだかって俺を侮辱した。だから殺した。そのことに今も申し訳ないとは、正直思っていない。

 だから謝罪しない。それよりも...クィンがどう思っているかが知りたい。

 「今でも......仲間たちを殺したこと、忘れていません。あなたがその仇だと確信した時、私はあなたを斬ろうとしました。でもできなかった。不死の体でどうしようもないくらいに強いあなたに敵うわけがなかったから、殺されるだけに終わるから。  
 今でも、あなたのことは......憎いと思っている。
 でも......殺したいとは考えていません」
 「力で敵わないから......ではないみたいだな?俺を殺したいと考えていない理由は」
 「はい。そんなやり方でコウガさんに復讐したいとは考えてません」

 そこまで言うとクィンは深く息を吐いて、キッと強い意志を宿した目で俺を見据えてこう言った――

 「生きて下さいコウガさん!
 生きて、生き続けて、あなたが犯した罪を背負って、殺してきた人たちの分まで生きて、償い続けて下さい!拭いきれない罪悪感を一生抱きながら、生きて下さい!
 それが、あなたに対する“私の復讐”です......!!」

 「.........そうか。それが、クィンの答えなんだな?」
 「私は......あなたとは、違いますから。もう誰も血を流すような目に遭ってほしくないから......!私が出せる精一杯の答えです!!」
 「俺と違う、か。そうだな。お前は......正義感に厚い、素敵な女性だもんな」


 今は罪悪感も後悔も何も無いけれど、生きていたら、いずれはあの時に対して拭うことのできない罪悪感や後悔に苛まれる日がくるのかもしれない。
 その時こそが俺が苦しみ悶える時であり、死にたくなるくらいの衝動に苛まれ続けようと、死ぬことなど赦されない。一生それを抱きながら生きなければならない。
 それがクィンが考えた復讐法ってことなのだろう。ははっ、まさかの時効復讐とは...。

 (でも......分かってんのか?)

 そんなやり方、もしかしたら一生そんな時が訪れないかもしれない。そうなればお前の復讐は一生叶わないことになるんだぞ?こんなヤバい俺に時効なんて通用すると思っているのか?
 ......いや、俺ならいつかそうなるって、お前はそう信じているのか...。
 
 なんか赤面して狼狽えているクィンに、俺は参ったと言わんばかりに両手を上げて呟くように言った。

 「凄いよお前は...。そんで、優しいな」
 「コウガ、さん......」

 クィンの熱っぽい視線を浴びながら、よしと言って宣言した。

 「約束する。生き続ける。俺が殺した奴らの分も、そして殺した罪を背負い続けて、拭えない罪悪感を抱いて...。全部、背負って歩いていくよ、一生な」
 「......ありがとう、ございます!!」 
 「それはこっちのセリフだ。まだ......俺を見限らないでいてくれて、ありがとう」

 そう言った直後、クィンはその場で泣き崩れて嗚咽を漏らした。彼女をよしよしをしているアレンに、「ほらコウガも」といった視線を向けられたので、俺もクィンの肩に手を置いてもう一度ありがとうと呟いた。
 そしたらクィンに縁佳と同じように服を掴まれて胸に顔をうずめられた。10分くらいはそのまま拘束されたのだった。



 あの後俺たちはサント王国へ戻ってカミラやミーシャたちと再会、二人に抱き着かれた。
 信じていたとカミラから声をかけられて労ってもらい、ミーシャに至っては俺の名を連呼しながらしがみついてきた。年相応の可愛らしい少女の態度に苦笑してしまった。
 俺は生き残った兵士・戦士たちの傷を治して回った。鬼も、竜も、亜人も、人間も......全て治して回った。

 「米田......」

 人間たちを回復している途中で米田と目が合った。彼女はまだ俺に対して警戒心を抱いてたが、俺の回復魔法を大人しく受け入れて回復されていた。

 「縁佳ちゃんから聞いたよ...。私も、クィンさんと同じ、友達をたくさん殺した甲斐田君を憎いと思っているけど......殺したいって思わない。私たちも甲斐田君に酷い仕打ちをしてしまったから。
 だから、みんなを殺した罪を一生背負って生きてほしい」
 「ああ......それで十分だ」
 「うん.........。それと、縁佳ちゃんを大切にしてあげてね?」
 「.........うん?」

 それきり米田とは会話しなかった。これ以降はお互い関わらないことを決めたから。

 ひとまず俺は故ハーベスタン王国こと鬼族たちが集う仮の里へ帰った。ハーベスタンの元国民や鬼族から感謝と歓迎の挨拶を受けながらセンやスーロンたちのところへ行き、全員の無事を喜んで、回復させた。

 驚くことに、ここに攻めてきた魔人...ベロニカは生きていた。
 戦いの末に彼女は降伏してお縄についたらしい。今後彼女が謀反を起こさないよう、ルマンドの隷属魔術によって管理するとのこと。
 そしてさらに、あとは俺の魔術が必要だと言って、後日ベロニカにあの魔術をかけた。

 「 “時間回復”」
 「く.........ぐぅ!!」
 
 ベロニカを、魔石を摂取する前...今から約100年程前の彼女にまで巻き戻してやった。この状態なら鬼族全員で彼女を押さえることもできる。まぁルマンドの魔術は強力だからどうにもならないと思うが。戦意も完全に折れているみたいだし。俺の姿を見た瞬間、恐怖に震えてたっけ。
 しかしまさか魔人族を生かすとは思わなかったので、アレンに良いのかと聞いてみると、
 
 「魔人族は確かに嫌い。でも憎い奴は殺したから。嫌いな奴を殺そうとは別に思っていない。ううん、こうやって隷属させるのも、一種の復讐かもしれない。だから、生かして管理し続ける。鬼族が責任もってずっと...」

 とのことだった。あくまでこれは復讐......そう言われると、そうか...としか言えない。殺すことだけが復讐ではない......俺はクィンと鬼族からそう教えられた。

 さらにその翌日、俺とアレン、カミラ3人は再びサント王国へ行き、そこでガビル国王直々に俺が犯してきた罪についての裁判的な審問が行われた。約束通り、戦争が終わればそうするって話だったからな、有耶無耶にすればカミラあたりに火の粉が降りかかるかもしれないし。

 結論から言うと、俺は死刑にはならなかった。終身刑や無期懲役など、国の地下牢に監禁なんて処遇にはならなかった。
 俺は兵士や戦士を殺してはきたが、無関係な民間人には手をあげなかったこと、何より世界を魔人族から守り、奴らの親玉を消したという功績が、俺を守ってくれた。さらにミーシャと縁佳とクィン、俺と同様世界の救世主たちの温情も大きい。

 とはいえ何の罰が無いわけにはいかず、サント王国の復興活動に強制参加という罰が科せられた。なんとも温情だらけの判決だこと。あんなに殺しまくったのに。まぁいいか、俺にとって悪くなさ過ぎるし。
 あと、ガビルから何故かクィンのことを構うようにとか命じられた。これも強制らしい。何だそりゃ。

 カミラについては何のお咎め無しだ。これは俺がカミラを無理やり従わせたという体を通したことで、彼女には罪は無いと認めさせたからだ。彼女の今後の生活は、引き続き故ハーベスタンで過ごすことを許可された。
 アレン、というか鬼族については、種族復活を認められ、さらに里も復興することを前提に、この場で不可侵条約を結ぶ形となった。

 
 それから1か月間、俺は王国の復興に貢献し続けることになった。その間一切アレンたちとの接触が禁止されるという中々キツいものだった。
 “回復術”を人以外の有機物・無機物にも対応するよう応用させて、建物、大地、作物...全て再生して回った。
 復興活動以外の時間は、クィンと訓練に励んだり、ミーシャや縁佳と会話したりなどがほとんどだった。

 人間に戻って体力が有限になってからは、クィンとの訓練にはかなり堪えるものだった。主に剣術の指南を受けて、割とスパルタを受けた。剣の腕は彼女が圧倒的上だったものだから、ボコにされた。何で俺に訓練させようとしたのかを訊いてみると―

 「この世界に来たばかりのコウガさんは、職業と平均以下のステータスを理由に、誰とも訓練を一緒にしてくれなかったと聞きました。ミワだけは、あなたと一緒に訓練に付き合ってくれたということも...。だから今度は私が、ミワの分までコウガさんと一緒に訓練に付き合ってあげたいと思いました!
 ずっと孤独での訓練は、寂しくて辛いものですから...。コウガさん、今はあなた独りではありません!一緒に訓練させて下さい!!」

 ...ということだった。ったく、俺は別に訓練したいなんて言ってねーのに。いや、クィンなりに気を遣ってのことなのだろうか。確かにあの時は誰も、一緒に訓練してくれなかった。先生だけが、俺と一緒に...。
 まぁありがたく受け入れよう。
 訓練以外にもクィンと一緒に過ごすことはあった。一緒に食事したり服を見繕ったりなどもした。ぶかぶか私服の彼女を見て、普段とのギャップを目にして笑わずにはいられなかった。


 ミーシャとは、個室でお茶しながらひたすら元の世界での生活...主に俺の生活について聞かれまくった。
 趣味・好きなもの(食べ物)から、学校について、将来について、さらにはタイプである異性とはについてとかまで半日以上質問攻めされた...。挙句、俺が料理できると知ってからは、毎日俺が作るものが良いと言って、専属料理人となったりもした...。1か月間ずっと、甘えん坊の妹みたいに俺に接してきたミーシャは、凄く生き生きしていた。

 縁佳とも、ミーシャやクィンと変わらずの時間を過ごした。何気ない会話や歓楽街へ出かけたり(健全なところ)、連携訓練などもやったりした。

 「ずっと皇雅君とこうしたかった。一緒に遊びたかった。お話したかった。随分遠回りしたけど、やっと叶えてよかった...!」
 俺としたいこと全部終わった後、縁佳は涙を滲ませながらそんなことを言っていた。



 そういう日々を過ごしながら、1か月が過ぎた。
 そして、懲役期間を終えた翌日、俺たち異世界人を呼び出したミーシャから、驚くべきことを告げられた――


 「元の世界に、帰れる......!?」


 俺が驚愕に満ちた声でミーシャに声をかける。縁佳も米田も同様に呆気に取られていた。

「先の大戦が始まるまでの半年間......いいえ、みなさんをこの世界に召喚してからずっと、あなた方を元の世界に帰す転移魔術の研究と完成を進めていました。
 先月起こった大戦の間は完成に頓挫してしまいましたが、この一か月間でついに……ここから特定の異世界へ飛ばす転移魔術を完成させることに成功しました!」
「ははは......有能過ぎるだろ、このお姫様は...!」

 ミーシャが一瞬女神様に見えた。それくらいに俺は元の世界へ帰ることを渇望していた。
 やりたいゲーム、読みたい漫画・小説、出場したいレースetc......あそこには、俺がしたいことが山ほどあるのだから!!
 
 「みなさんが戦ってくれたお陰で、この世界は滅びずに済みました......これくらいのことは当然させてもらいます!今さらですが改めて......本当に、ありがとうございました!!」

 そう言ってミーシャと、ガビル国王もクィンも、その他大勢が俺たちに頭を下げて礼を述べた。二人はともかく俺に頭を下げて良いのかな...?
 というより、「1か月間の懲役」ってのは、そういうことだったんだな。

 「すぐに...帰れるのか?」
 「はい、あとは術を唱えればいつでも。しかし......コウガさん、今で良いのですか?」
 「.........2~3日だけ、待ってくれないか?最後に、会っておきたい人たちがいるから」

 俺の言葉にミーシャたちも縁佳と米田も頷いてくれた。
 当日ここでまた集合することを了承してから、俺は光に迫るくらいの速度で、彼女たちがいる場所へ向かった。