「瘴気が晴れた!あれならコウガさんのところへ...!」
 「私も行きますっ!」

 皇雅がいた辺りで蔓延《はびこ》っていた瘴気が無くなったのを確認した二人は、皇雅のもとへ駆けていった。


 「終わったの、ですね...。コウガさんが、勝った。
 ............良かったぁ...!う、うぅ...!」

 「はい、コウガは帰ってきます...。約束通りに!」

 クィンの報告を聞いたミーシャとカミラも、安堵と歓喜の気持ちを露わにした。ミーシャに至っては泣いている程だ。

 「ハーベスタンの方も無事でいる...アレン、ありがとうございます...!」

 カミラもミーシャ程ではないが、両方の勝利を確認出来て安堵の涙を浮かべている。

 「ミーシャ様、水晶玉でコウガの様子を見てくれませんか?相手は魔人族のトップ、いくらコウガでも余裕ではなかったでしょうから」
 「そう、ですね......“アイテム召喚”」

 カミラに頼まれたミーシャは涙を拭いて、水晶玉を皇雅のいる場所へ召喚した。必死に鍛錬した成果によって、遠くの場所でアイテムを召喚できることができるようになっていた。
 もう彼女は“ハズレ者”などと呼ばれないくらいに優秀な軍略家としての成長を遂げていた。

 「コウガさん!!聞こえますかコウガさん!?」
 大声で何度も呼びかけるが、相手からの返事はなかった。

 「酷い出血量...!“回復”を使っていないってことは、意識が無いのでしょうか?早く回復薬か何かで応急処置だけでもしないと...!!」

 喜びも束の間、満身創痍で意識が無い皇雅を見て、二人は焦りながら大至急彼のところへ行くようクィンたちに伝える。

 しかしその直後――


 「え......!?」
 「そ、んな......!!」


 ミーシャとカミラは、水晶玉に映っている光景を見て、驚愕に目を見開き、戦慄した。

 そこには、皇雅に近づく満身創痍の魔人の姿が映っていた...!





 ザリ......ザリ......。

 左足を引き摺って歩くその様は、映画にでてくるゾンビのような足取りだ。今の彼にとって、そうやって引き摺って歩くことすら全力運動と同義であった。
 全身内出血、内臓破裂、骨や関節はボロボロに砕けて筋肉もあちこち千切れていて今にも死にそうな状態だ。
 何より深刻なのは、魂そのものの激しい損傷だった。彼は一度致死レベルのダメージを負って死にかけていた。その後からついさっきまで、己の中にいた異質な者によって延命させられていたが、その異質者さえも殺されてしまい、もはや手遅れの状態だ。

 だが、そんな状態になっても、彼はまだ動いていた。
 目の前に仇がいるから。殺さないといけないから。
 そういった動機を動力源に、気力で体を動かして、やがて仇の前辿り着いた。


 「......カイ、ダ.........コウ、ガァ.........!!」


 皇雅の名を叫びながら、ヴェルドは己の手に漆黒の魔力を込めて魔力光線を撃とうとする。

 (父上を殺した報い...受けろ!最後は自分自身が復讐され殺されて、終わるがいいっ!!)


 皇雅に向けて手を構えて、滅属性の魔力光線を放とうとしたその時――


 “刹那”


 ザシュッ.........!!「ッ.........ア”ッ......!?ア”ガ.........!!」


 「彼は殺させません!絶対に!!」


 タ―――――ン......!

 ドッッッッッ!!「ゴボォ......!!ガフッ!!」

 「皇雅君は、私たちが守る!!」

 クィンの聖剣による一閃と縁佳の狙撃が、ヴェルドの攻撃を阻止。彼女たちの攻撃でヴェルドは今度こそ、その生命活動を終えることとなった...。


 (すまない、父上.........魔人族が完全に日を浴びることは......実現できなかった..................)


 最期に心の中で亡き父(ザイート)に詫びを述べて、魔人族ヴェルドは塵となって消えていった...。


 「これで、本当に終わったんだよね.........皇雅君」

 皇雅の方を見て、縁佳は小さくそう呟いた。その顔にこれまでの戦いに対する疲弊と若干の安堵を浮かべながら...。




 (クィンのあの技、倭の剣術じゃねーか。スゲーな...あの傑物の技を使えるようになってるなんて。
 縁佳も、正確無比な狙撃...避けられるわけない。人間に戻った今の俺が彼女らとやり合えば、正直殺される気しかしない。クィンの剣聖に縁佳の見えない狙撃。やっぱりお前らの方がチートじゃねーかよ、はーーぁ...)


 目は閉じていたはずなのに、何でか...俺はたった今起こった光景が脳内に映っていた。ヴェルドを討伐した二人の姿が、見えたのだ。
 第六感の類か何かかねぇ?まぁいいや。

 とりあえず分かることは、俺は死んではいないらしい。何か口に飲まされる感触がしたし、俺の名を連呼する声が聞こえるし、優しくゆっくり揺さぶられてるし...。
 ついさっきまで眠りそうになってたけど、今は少しは眠気がとれたようだ。あー良かった。


 「コウガっ!!」


 さらにもう一人の声がした。その声は、俺にとって大切で、仲間で、愛しい人の、強くて可愛い鬼娘で......

 「よぉ............アレン。お互い......復讐が達成出来て、何より、だ...な」

 目を開いて、どうにか笑顔をつくって、途切れ途切れに彼女の名と労いの言葉を何とか発した。
 最初に視界に入ったのは、涙を浮かべて心配そうに俺の顔を覗いているアレンの顔だった。顔から全体像を眺めていくと、壮絶な戦いだったのだろう。傷だらけで血の痕がたくさんついてる。何より酷いのが、肘から先が無い右腕だ。凄く痛いだろうに...。今すぐ“回復”させてあげたいのだが.........

 「悪いアレン。俺今ゾンビじゃないからさ......魔力尽きてる今、その右腕治せないわ。すまねぇ、わざわざ来てくれたのに。もう少し...待ってく、れ...」
 「そんなの...私の腕は今はどうだっていい!!コウガが、コウガが死にそうで...!今はコウガが先!コウガが大事!ハーベスタンから回復アイテム沢山持ってきたから、これで体力を回復して...!!今は休んで。ね?」


 俺の言葉を遮って、壊れないように優しく抱擁してそう言ってくれた。彼女の涙で頬が濡れる。それが何だが心地好くて、温かくて、幸せな気分にされる。ああ、これだけで体力と魔力が全快すれば良いのにな、と思ってしまう。が、そこまでファンタジー展開は起きてはくれなかった。
 まぁそれは置いといて、次に気になってることを聞いてみる。

 「アレン、腰に差しているその二本の刀って......」
 「ん...ワタルの刀。あるたちに託して欲しいって最期に頼まれた。そのうちの一人は......クィン、あなたにって」

 俺への抱擁を解除したアレンは、白い鞘に収まった刀をクィンに渡した。

 「ワタルさんが......私、に......!!」

 クィンはしばし刀を眺めて、鞘を強く握りしめたまま黙とうを行った。しばらくの黙とうの後、キリっとした眼差しでアレンに向き直る。

 「ワタルさんが私に託してくれた......その遺志は絶対に無駄にしません!この刀、受け継がせていただきます!!」
 「うん......ワタルもそう望んでいるよきっと」
 
 クィンの宣言にアレンは小さく笑った。
 回復薬である程度回復できた俺は、その場で大の字になって仰向け姿勢をとった。そんな俺を見て、3人は改めて安心した様子を見せた。

 「......もう一人は、誰に?」
 「ワタルの兵団にいる人。海棲族の、女の人だって言ってた」

 「私のこと、かしら......」

 少し離れたところから声がした。噂をすればってやつだ。

 「マリスさん...」

 縁佳の呟きからするに、この女がもう一人の受け継ぎ先らしい。青みがかった黒髪で鰓っぽいのが見える。海棲族の生き残りか。
 隣にはカブリアスもいた。彼も傷だらけだったが心配無い様子だ。

 「......あなたがマリスって人?ワタルがあなたに使って欲しいって」
 アレンは今度はもう一本...青い鞘に収まった刀をマリスに渡す。刀を受け取ったマリスはクィン同様にそれを見つめてから、アレンに尋ねる。

 「あの人は......ワタル兵士団長は、最後はどうしてた?」
 「.........最後まで魔人と戦い続けてた。私たちのこと信じて、後を全て託すように、全部...命さえも出し切って......。とても満足そうに、安らかな顔だったよ」
 「そう.........最後まであの人、らしいわね...。ところで彼は...」

 アレンの返答にマリスは小さく微笑んで、俺の方へ向かい、見下ろした。

 「あなたとは、初めて対面するわね、カイダコウガ。戦争では一切顔を合わせなかった...。なんでか分かる?」
 
 その目には敵意が少し混じっていた。こいつが所属する国の兵士もたくさん殺したからな、無理もないか。確かに、副兵士団長という肩書を持ちながら、戦争でこいつとは一切遭遇しなかった。その理由は一つしか考えられない

 「止められたんだろ?倭に。あんたを守ったんだ。俺に、魔人どもに殺されないように。倭にとってあんたはそれだけ大切な人だったんだろうな...」

 「私にとってワタルは......最初はただの上司としか思ってなかったけれど、いつからかあの人のことを父親のように思っていたわ。あの人も私のことを......いえ、私たちを我が子のように接してくれた。あの時出陣を止めたのは私だけじゃない、ラインハルツ兵士団のほとんどの兵士たちを止めたのよあの人は...。
 まぁ全員止めるのはあの人でも無理だったみたいで、半分以上は一緒に行ってしまったけどね。みんな、あなたに殺されたみたいだけど......」
 「......」

 マリスの言動に、縁佳もクィンも身構え出した。アレンは俺の真後ろに立ち、いつでも俺を背負って離脱できる態勢でいる。
 しかしマリスは武器を構えるどころか、殺気すら放つことをせずに、ただ真っすぐ俺を見据えて続きを話した。 

 「だけど...そんなあなたに、ワタルは色々託して逝った。魔人族の残党が現れた後、ワタルは私に通信を飛ばしてきた。これからあなたを守りに行くと。あなた無しにはこの世界を守りきるのは不可能だと。
 私は、あなたのこと赦す気にはなれない。けれどワタルがあなたを信じたということは確かよ。だから......私はワタルが信じたものを信じることにするわ。
 カイダコウガ、魔人族を討伐してくれて、ありがとう......」

 そう言って、全員に一礼して、この場を去っていった。カブリアスも俺とアレンに軽い会釈をしてから彼女の後に続いた。

 俺は......世界を守ろうなんて大層な正義の為にあいつらと戦ったわけじゃない。ただの私怨で、復讐の為に戦っただけなんだけどな。
 まぁそのことは黙っていよう。

 「アレン、今なら再生させられる。右腕見せてくれ」
 「コウガ......本当に大丈夫?」 
 「ああ。頼む...」

 俺のお願いにアレンは頷いて右腕を近付ける。彼女の肩先に手を当てて“回帰”を唱えた。
 一瞬でアレンの、綺麗な右腕が再生されて、傷も全て消えた。体力・魔力も8割くらいには回復している。全快にはできなかったが...。

 「ふぅー。あ~~有限だとこんなにも疲れるのかぁ。回復魔法って凄いな本当に...。あの人も、凄ぇ人だったんだなぁマジで」
 「皇雅、君...」
 「ええ、本当に...ミワは凄いお方でした...」

 息を切らしながら零した言葉に、縁佳が反応してクィンが同意した。
 しばらく全員口を開くことなくいたが、縁佳がこっちをやたら見ていることに気付く。そういえば、彼女とはまだ解決していない案件が残ってたんだったな...。さっきから彼女から口を開こうとしているが、どうやら上手く言葉が出せないでいるらしい。
 仕方ない...本当は米田が来てから始めようと思っていたが、今やるとするか...。
 俺の背中を擦ってるアレンとクィンに、縁佳と少し二人にさせてほしいと頼む。


 「俺たちがいた世界での事情に関わる案件なんだ。学校でのこと、ここにきてからのこと。今は元の世界から来た者同士で話がしたい。アレンも...頼む」


 俺の真剣な申し出に続いて縁佳もお願いと言うように頭を下げた。しばらく黙ってから、二人とも分かったと承諾して、二人とも俺たちから離れてくれた。


 縁佳と二人きりになった俺は、最後の最後にどうにかしなければならないこの因縁に、どう終止符を打つのかを決める―――